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幻夢の都(第1回/全2回)

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幻夢の都(第1回/全2回)

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第3章 黄金都市の囚われ人 3

 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は興味のみを抱いて〈黄金の都〉にやって来た。
 興味しか遙遠の心にはなかった。金銀財宝に心は惹かれないし、心にトラウマを抱えているわけでもない。遙遠は特にこれといって求めるものがなかったのだ。
 ならば、人の欲望や求めるものに反応して、夢や幻を見せるという〈黄金の都〉は何を見せるのか。遙遠はそれが気になって仕方なかった。
 果たして、遙遠は黄金都市へとやって来て、町の様子を見て回り、落胆した。
 そこには何もなかったのだ。
「……どういうことですか」
 思わず遙遠はつぶやくが、答える声はなかった。
 町は黄金にすら彩られてなかった。あったのは、巨大な空洞を埋め尽くすような廃墟であった。おそらくはかつてここに住んでいた人々でもいたのだろう。戦場跡のようになった町は瓦礫と家屋の残骸だらけで、所々に人骨が残されていた。
 黄金都市があるという噂を聞いてきたのだが……。
 遙遠は首をかしげ、薄暗がりの廃墟をずっと歩き回った。
 かつん、かつん、という自分の足音だけが静かに響く中、結局は何も見つからず、元の入り口に戻ってきてしまった。分かったことは、大きさだけなら相当のもので、以前は栄えていたのだろうということ。そして、住んでいた人々は全て息絶えたか、あるいは町を棄てて逃げ去ったか、どこにも生存者の姿はなかったということだった。
「――あるいはこれも、幻なのかもしれませんけどね」
 遙遠は自問自答するようにこぼしながら、廃墟に背を向けた。
 握っている洋灯(ランタン)の光だけが暗がりに浮かぶ。廃墟から遠ざかる光はやがて洞窟の中に消え、そして、打ち捨てられた街の寂寞だけが残った。



 どうしてこうなったのか。いまだによく分かってはいない。
 ただ、襲い来る火の粉を振り払うように、八神 誠一(やがみ・せいいち)は大太刀を振るっているだけだった。
 大太刀が引き裂くのは、無数のモンスターどもだった。黄金の骨で出来たボーンナイトに、足下を這う金貨虫。上下から攻撃が来るのは厄介だが、まだ獣を相手にするよりかは生々しさはなくてマシだとどこかで思っていた。
 上から降りかかるボーンナイトの剣を体捌きで避けると、瞬時に大太刀を振るい上げて骨を粉々に斬り裂く。続けざまに、反転するように剣を回すと、足下を這っている金貨虫どもに向けて斬撃を放った。衝撃波が波を作り、金貨虫を吹き飛ばす。
「どうしてこうなるのかねぇ」
 まるで嘆くように誠一はつぶやいた。
 当然、返ってくる答えはないが、期待したわけではなかった。こうして口に出して吐き出していかないと、自分が馬鹿らしくもなるのだ。面倒事は御免こうむりたかった。
〈黄金の都〉にやって来たのは、噂の事件を調査するためだった。それが一皮剥けばモンスターどもに襲われ、結局は戦闘ばかりしている気がする。しかも、いつの間にか、なし崩し的に町の人々が脱出する護衛となったのだ。
 最後のボーンナイトを斬り伏せて、ようやく、誠一は息をついた。
「面倒なのは嫌いなんだけどねぇ……」
 言いながらも、確実に誠一はモンスターを叩き潰していっていた。
 ぼさぼさになった黒髪の下で、やる気なさげに細められた瞳が、足下で一匹だけ残っていた金貨虫を見つけ、
「ふぅ……」
 ため息と一緒に、大太刀を金貨に突き立てた。



 宿で寝ていたはずだったのに、気づけば柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は黄金に輝く町にいた。
「おいおい、こりゃあ、どういうことだ……?」
 戸惑いながら、辺りを調べる。
 他にも幻に捕らわれた町の人々や契約者を見つけ、恭也は事情を聞くことに成功した。何でもここは〈黄金の都〉と呼ばれる場所で、邪竜アスターとやらが自分をこの町に誘い込んだらしい。
 そのことを聞いて、恭也は、
「……この歳で夢遊病って訳じゃなさそうで安心したわ」
 自分の精神の正常さに対し、ほっと息をついた。
 続いて恭也は、アスターの目的を聞いた。アスターにとって都におびき出された人々は活力となる媒体――つまるところは餌なのだ。
 仲間からそれを聞いた恭也は、ふいに目を細め、
「……なかなか面白い冗談だなぁ?」
 と、愉快さの欠片も感じさせない微笑で言った。
「こんな場所に隠れて幻影で餌を釣るしか脳がねぇトカゲ風情に、誰が喰われるかってんだ。ふざけんじゃねえよ」
 恫喝するような吐き捨てる言葉に、町の人々や仲間達はぎょっとなった。ポケットの中でくしゃくしゃになった煙草を吸い始め、煙をくゆらせる姿は不良そのものだ。機嫌を損ねてはいけないと、周りの人々が思い始める。
 そんな恐怖を抱かれているとは知らず、恭也は煙草を地面に棄てて、踏みつぶした。
「ま、引きこもりのトカゲ野郎にはしっかり礼をしないとなぁ。さっさと町の連中をここから出して、こっちから会いに行ってやろうぜ」
 にやりと笑みを浮かべながら言う恭也に、仲間達は緊張を押し殺したようにうなずいた。
 町の人々の脱出を優先と考えてはいるのだが、恭也は、半分はどうやって邪竜とやらを絞めてやろうかということに心が奪われていた。
「土産は持っていかねえとな。トカゲ野郎にくれてやるのは、鉛弾と白刃だがよ」
 誰ともなく告げる恭也は、二本目の煙草に火をつけるところだった。



「むぅ……」
 彼岸花の咲いた不思議な川辺から目覚めた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は、いまだ現実感と夢見心地がごっちゃになっていて、あぐらをかきながら、うなるような声をこぼした。
「気づいたか、甚五郎」
 ふいに、隣から草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が言った。
 甚五郎は羽純に目線を送ることなく、じっと自分が今いる町の様子を眺めた。
 そこは黄金に輝く町だった。金銀財宝があちこちにある、絢爛豪華な都市である。死んだ祖父母の夢を見ていたと思ったら、いつの間にかこんな町にいたのだ。甚五郎が状況が把握出来ずにいると、羽純が事情を丁寧に教えてくれた。
 どうやらここは噂に聞く〈黄金の都〉らしい。町の宿で休んでいたら、町人たちと一緒にここに誘い込まれたということだった。今現在、他の仲間たちも幻から目覚め、人々の救出に尽力しているとのこと。
 甚五郎は彼らに協力し、都市からの脱出を試みることにしていた。
「甚五郎ー!」
 財宝で積み上がった小高い丘の上にいた甚五郎のもとに、ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が声を張り上げながら、手を振りつつ、走ってきた。その後ろにいかにも機械人形めいた金属の浮遊体がある。それはブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)と呼ばれるホリィと同じ甚五郎のパートナーで、遅れて、ブリジットはホリィの後を追う形を取っていた。
「どうしたんだ、ホリィ」
 甚五郎の前までやって来て、息を切らすホリィに、甚五郎が訊いた。
「もうみんな移動しているみたいなのです! ワタシたちも急がなくては!」
 ホリィは溌剌とした声で言った。獣人特有の頭から生えた獣耳が、声に反応してぴくぴくと動いていた。
 遅れてやって来たブリジットも、ホリィの進言に同意した。
「ホリィの言う通りです。皆さん、すでに準備を整えてます」
「そうか。手間をかけさせるわけにもいかないな。さっさと俺達も行くとするか」
 甚五郎は言って、財宝の丘からすべるように降りていった。その後を、羽純たちも追った。
 降りている最中、甚五郎の胸中にあったのは黄金都市で目覚めたときの夢だった。祖父は今でも自分を見てくれているだろうか。ふいに考え、だが、それは自分が弱きになっている証拠だと思って、心の中の迷いを振り払った。
 まだまだ自分も気合いが足りないのだ。
 気合いが全てを解決すると思っている甚五郎は、そう解釈し、心に整理を付け終えた。