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幻夢の都(第1回/全2回)

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幻夢の都(第1回/全2回)

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第3章 黄金都市の囚われ人 4

 邪竜アスターを倒すことが出来れば、自分も「強者」と呼ばれる者達に名を連ねることが出来ると思っていた。
 瀬乃 和深(せの・かずみ)は強くなりたかった。そうあることが、少しでも自分を成長させる糧になると思っていた。それに、強くなくては誰も守ることが出来ない。剣士にとって強さは信仰の対象で、冒険は浪漫である。和深は成長半分、嗜好半分の気持ちを抱いて、アスターへと勝負を挑もうとしていた。
 パートナーのセドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)とともに、〈黄金の都〉に足を踏み入れ、アスターと対峙したのはほどなくの事だった。霧が立ちこめたと思うや、その中にアスターの影が現れたのだ。獰猛なうなり声を発する巨大な竜。血塗られた紅い色を瞳にやどした竜は、和深を見下ろして、鋭い眼光でその身を射すくめていた。
 和深は果敢に挑みかかった。竜を斬り裂くと言われる『ドランゴンスレイヤー』の剣を手に、黒髪の青年は頭上より剣を振り下ろした。取った――すかさず、和深はそう思い、アスターの身を真っ二つに断ち切る確かな手ごたえを感じた。
 ふいに、その脳裏に追憶が去来したのはその時だった。
 和深の意識はそして深く闇の向こうに落下し、手を伸ばしても届かない場所にまで堕ちていった。

 和深には、かつて、親友と呼べる同い年の友がいた。
 友はたくさんの思い出を和深に与えてくれた。和深にとって、友はかけがえのない存在だった。失ってはならない、大切な存在だった。
 だが、友と別れ、それぞれの道を歩み出し、いくつかの時が重なったとき、和深は友が死んだことを知った。どこで死んだのかは、分からなかった。ただ、遠いどこかで、静かに、孤独に息絶えたということを知った。
 それは仕方のないことだったかもしれない。運命と呼ばれるものだったかもしれない。だが、その時の和深に襲いかかったのは、とんでもない失意と無力感だった。どれだけ剣の腕を磨いたところで、どれだけの冒険を重ねたところで、自分は大切だったはずの友一人さえ守れなかったのか。友が与えてくれたたくさんのものに等しいものを、返すことも出来なかった自分が無性に腹立たしく、無力だった。
 そんな友が、今は目の前にいた。和深は震え、戸惑う。現実なのか、そうでないのかの判別がつかなくなり、手を伸ばそうとする。
 ふと、隣にいるセドナが泣いているのに気づいた。セドナは愕然とした顔で涙を流し、そのことに自分自身、気づいていないように、声をこぼしていた。
「アウレーリエ博士……」
 その言葉が、和深を現実へと引き戻した。

 和深が目を覚ましたとき、辺りに立ちこめていたはずの霧は消えてなくなっていた。代わりに、こちらを囲むように近づいてくる影があった。
 金貨虫とボーンナイトという、モンスターたちだ。和深は鋭い目でそれらを睨みつけると、剣を引き抜いた。いつの間にか、セドナはその場に倒れ、気を失っていた。
 セドナがいかなる夢を見たか、和深には分からない。だが、和深は、泣いていたセドナと、幼い日の自分を重ねていた。
 今度は自分が守る番だ――
「……かかってこいっ!」
 そう、決意した目で、和深は迫り来るモンスターたちに挑みかかった。



「まさか、古文書や歴史書にしか書かれてなかった〈黄金の都〉が本当にあるなんて……。たまには噂も信じてみるものね」
 少女の口をついて出たのは、そんな言葉だった。
 薄い茶系の髪の下にある、好奇心旺盛そうな幼い顔立ち。小さな口で方手に持ったハンバーガーをぱくっと頬張り、もう片方の手で巨大図書館から印刷してきた資料を眺めやりながら、少女は黄金に輝く町を調べて回っていた。
「シャノン!」
 ふいに、声が後ろから聞こえて、シャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)が振り返ると、褐色肌の女が軽やかな足取りで、ちょうど跳躍から降り立ったところだった。
「ゼノビアさん……どうだった?」
 シャノンが訊くと、ゼノビア・バト・ザッバイ(ぜのびあ・ばとざっばい)は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「それが、あんまり芳しくなかったです。幻に捕らわれた町の人たちは見つけたのですが、すでに他の契約者の方々の力で、町を出ようとしていますし……これといっためぼしい情報は見当たらなかったですね」
「そう……残念ね」
 淡々と、さしたる支障もなさそうにシャノンは答えた。だが、それから指先を唇に持ってくると、シャノンは考え込むようにうなった。
 シャノンは、自らの知的探求心を満たすためだけに〈黄金の都〉を調べにやって来た少女だった。黄金の都市に何か隠された秘密がないかを探ろうとしているのだ。ゼノビアはその足として働き、シャノンに情報を教えてくれる仲間だった。
 仲間は、他にもいる。
「ところで、グレゴと真柄さんは?」
 ふと、顔をあげてシャノンが訊くと、ゼノビアは面倒くさそうに顔をしかめた。
「あー、あのバケツ頭ですね。あれなら、今ごろ――」
「主は我が剣にして我が砦! 主よ、我に不正義を行う者共を打ち砕く勇気を与え給え!」
 ゼノビアの言葉を遮って聞こえてきたのは、そんな決然とした台詞だった。シャノンとゼノビアが声に反応して振り返ると、視界の向こうに、銀の甲冑に身を包んだ人物と、猛然とそれと戦うモンスターという構図が映り込んできた。
「Amen!」
 兜を被ったその人物――グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)は、低い男の声で言い放ち、ボーンナイトを剣で打ち砕いた。
 ゼノビアはそれをややこしい奴を見る目で眺めやって、シャノンに視線を戻した。
「……ま、あんな感じで、モンスターがいて調べられそうにない部屋への侵入経路を作っているところですよ」
「そう。グレゴも頑張り屋さんね」
 さしたる興味もなさそうに資料に目を戻して、シャノンは言った。だが、すぐにまた、ゼノビアを見返した。
「それで、真柄さんは?」
「うおおおおぉぉぉ!」
 ふいに、シャノンの言葉に続いて聞こえてきたのは、大地を震わすような怒号だった。気合いの声と言って良い。振り返ったシャノンの視界に、今度もモンスターと戦う男の姿が映り込んでくる。
「この太郎太刀の間合い。超えれるものなら超えてみせよ!」
 鎧兜をした、轟然な熱気を帯びた日本男児の男が、大太刀を手にモンスターを相手にして暴れまわっていた。真柄 直隆(まがら・なおたか)その人だった。
 それも淡々とした何の感情もなさそうな目で見やって、シャノンが視線を戻すと、ゼノビアは言うよりも見るが易しというように、肩をすくめてみせた。
「みんな、頑張り屋なのね」
 シャノンはどこかズレた評価を下して、それまで調べていた壁を沿うように移動し、別の箇所の壁を調べ始めた。
「あら?」
 ふいに、シャノンは声をこぼした。
「どうしたんですか、シャノン?」
「これ、壁画じゃないかしら?」
 シャノンが指し示したのは、壁に描かれた細かな絵だった。黄金に彩られていて見えづらくなっているが、確かに何かの壁画っぽく見える。街を飾る金銀財宝はどれも風化しておらず美しいままであるがために、その壁画は異様な気がした。
「どうして、こんなところにこんなものが――」
 言いながら、シャノンが壁画に触れたとき、ふいに、部屋の様相が波紋でも広がったように変わった。一瞬にして、黄金色が消え、廃墟の部屋になったのだ。
「……え」
 咄嗟に手を離すと、再び部屋は黄金を取り戻した。
「これって……」
 シャノンは珍しく戸惑いながら、つぶやいた。
 振り返ると、ゼノビアも呆気に取られた顔をしている。二人は互いの顔を見合わせ、シャノンは途端に、新たな発見を楽しむように笑みを浮かべた。



〈黄金の都〉の金銀財宝の上に、ザッと乗りかかるものがいた。
 黒髪のポニーテールを風になびかせ、貧乏そうな悲壮感漂う幼い顔立ちをしている、小柄な娘であった。だが、その目は爛々と輝いていて、何事かは知らぬが、やる気に満ちていた。
「今日こそは一攫千金を成し遂げるであります!!」
 そのものは、言った。
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)というのが、娘の名だった。吹雪の目的は、〈黄金の都〉の金銀財宝を手にすることにあった。教導団に所属する元傭兵だが、冒険をこよなく愛しているのだ。探検を兼ねたお宝探しだった。
「無事に済むといいんだけどね〜……」
 吹雪の隣にいたコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が言う。いつも通りならば、吹雪は余計なことをして、余計なトラブルを招きかねないからだ。
 懸念するコルセアに、
「まあ、どうにかなるであろう」
 明らかに、タコにしか見えない生物が、言った。
 見た目だけならモンスターのそれである。コルセアは呆れるようにその生物を見やり、
「あんたが言うと、どうにかならなくなりそうなんだけどね、イングラハム」
 忠告するように言った。
 イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は失敬だというような顔をして、だが、それ以上は不毛だと感じ、反論はしなかった。褐色のタコは闇の中から覗くような、獣めいた金色の瞳を輝かせ、辺りを散策する。
 吹雪も財宝の山を降りて、
「こんなどこにでもあるようなちっぽけなものじゃないお宝がきっとあるはずであります! みんなで探すであります!」
 言いながら、調査を始めた。
 コルセアだけは乗り気ではなく、財宝の山にぼすっと座る。それからしばらく、そこでぼーっと過ごした。何かあったらすぐに分かるだろうと高をくくっている。するとふいに、遠い場所で、ドカンッ! と、爆発が起こった。
 一瞬だけびくっとするが、かすかに聞こえる聞き慣れた声に、コルセアはあちゃーっと片手で頭を抱えた。
「言わんこっちゃないですね」
 きっと、吹雪とイングラハムが何か無茶をしたのだろう。
 コルセアは立ち上がり、尻を軽く払うと、ポケットに手を突っ込みながら、悠々と爆発が起こった場所へと進み出した。