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秋のシャンバラ文化祭

リアクション

 
    ★    ★    ★
 
 ふれあい広場の一角では、リネン・エルフト(りねん・えるふと)たちが、ペガサス牧場を開いていました。
「はーい、ペガサス牧場は、こちらですよー」
 柵で囲まれた中で、リネン・エルフトが呼び込みを行っています。そのそばには、ワイルドペガサスが一頭と、フライングポニーが一頭。それから、ペガサスのナハトグランツが暴れていました。
「わあ、ペガサスに乗れるんですね。乗りたいなあ。今、乗れますか?」
 ペガサス試乗できますという看板を見て、ベアトリーチェ・アイブリンガーが目を輝かせました。箒や小型飛空艇はいつも乗っていますが、ペガサスほとんど乗ったことがありません。
「ええと……はいはい。乗れますわよ。ワイルドペガサスとフライングポニーがいますけれど、どちらがよろしいでしょう?」
 ちょっと戸惑いながら、受付係のユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が答えました。本来はメインで試乗できるのは、ワイルドペガサスの中でも希少種のナハトグランツのはずだったのですが……。
「おおい、大人しくしてくれよ」
 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、オルトリンデ少女遊撃隊の少女たちと一緒に取り囲んで、暴れるナハトグランツをなんとかしてなだめています。
「そりゃ、事前に相談しなかったオレたちも悪いし、オレ以外を乗せたくないのも分かるけどさあ……」
 フェイミィ・オルトリンデの言葉を一応聞きはすれ、ナハトグランツは納得がいかないようでした。試乗なんて、聞いていないと言いたげです。
「ええと、それでは、ワイルドペガサスに乗ってみたいかなあ、なんて……」
 ナハトグランツの方を横目で見ながら、さすがにちょっとベアトリーチェ・アイブリンガーが引きます。
「はい。ワイルドペガサスですわね。あちらの、大人しいワイルドペガサスがちょうどあいておりますわ。ええ、乗れるのはあのペガサスだけですの。ではどうぞ」
 あわてて、ユーベル・キャリバーンが、さっさと事務の者に手続きを命じました。案内係が、世話係が手綱を持っているワイルドペガサスの所まで案内します。
「では、この踏み台に乗ってから、鞍にまたがってね。安全ベルトで、腰と鞍を繋いで。足は、鐙にかけて。うん、上手ですよ」
 そばにいるリネン・エルフトが、細かい乗り方を指導していきました。そのおかげで、ベアトリーチェ・アイブリンガーが無事にワイルドペガサスに乗れます。
「じゃあ、まずは軽く牧場を一周して。それから飛んでみよう」
 フライングポニーに乗ったリネン・エルフトが、先導します。翼を軽く左右に広げたまま、ゆっくりとワイルドペガサスが歩いていきます。人を乗せているので、やや翼が所在なげですが、半分広げられた翼は乗り手から見ても美しいものです。
「じゃあ、そろそろ飛んでみようか?」
 牧場を一周して、ベアトリーチェ・アイブリンガーがワイルドペガサスから振り落とされないことを確認すると、リネン・エルフトが振り返って言いました。
「はい」
 ベアトリーチェ・アイブリンガーの返事に、リネン・エルフトがワイルドペガサスの頬をなでて、ついてくるように指示します。
 フライングポニーが走りだし、翼を広げて宙に舞いあがりました。その後をついて、ワイルドペガサスも飛翔します。
「わあ」
 目の前で大きく羽ばたく翼を見て、ベアトリーチェ・アイブリンガーが声をあげました。静かな魔法の箒や、機械的な小型飛空艇と違って、これは何か乗っているという実感があります。
 文化祭の行われている空京大学を上空から見下ろしながら、ワイルドペガサスが大きな輪を描いてキャンパスの上を一周しました。そして、風を切って降下し、元のペガサス牧場に着地します。
「お疲れ様」
 リネン・エルフトが、試乗の終了を告げると、世話係が踏み台を持ってきてベアトリーチェ・アイブリンガーを下ろしてくれました。
「楽しめた?」
「ええ」
 訊ねるリネン・エルフトに、ベアトリーチェ・アイブリンガーが笑顔で答えました。
「乗馬も出来るんだ。これは、ぜひ乗らせてもらわないと」
 ベアトリーチェ・アイブリンガーがペガサスに乗ったのに気づいたセルマ・アリスが、近づいてきました。
「はい、順番ですので、こちらにお名前を」
 ユーベル・キャリバーンが、受付をします。さっと名前を書いたセルマ・アリスが、牧場の中に入って行きました。
「普通種の子に乗せてもらうことは出来ますか?」
「もちろんよ」
 セルマ・アリスの問いに、リネン・エルフトが答えました。係の者が、また踏み台を持ってきます。
「へえ、馬には乗ったことがあるけれど、やっぱりペガサスはちょっと違うんだ」
 ちょっと感心したように、セルマ・アリスが言いました。馬でしたら、鐙に足をかけてひらりとまたがるところですが、ペガサスだとなれていないので翼にぶつかるかもしれません。ここは、大人しく踏み台を使うのがセオリーでしょう。
 落ちないようにしっかりと手綱を取ると、セルマ・アリスがリネン・エルフトの後について牧場を一周しました。
「空へ」
 リネン・エルフトの声に呼応して、ワイルドペガサスが地面を蹴りました。それまで響いていた地面を叩く蹄の音が、風を切る羽ばたきの音に変わります。
「これは……」
 一気に変わる風景に、ちょっとセルマ・アリスが感動します。自分で乗りこなす乗り物とは違って、空に押し上げてもらうという感覚が新鮮です。
「次は、ボク、いいかなあ?」
 順番を待っていた南天葛が、待ちきれないという感じで地上で手を振りました。それを見て、ゆっくりとワイルドペガサスが滑空しながら降りていきます。
「乗せてくれてありがとう」
 そっとワイルドペガサスの首をなでて声をかけると、セルマ・アリスが踏み台を使って降りました。
「出来れば、あちらのペガサスに乗ってみたいんだけど」
 チャレンジャーな南天葛が、ナハトグランツを指して訊ねました。
「ええっ、ナハトグランツなの……」
 どうしようかと、リネン・エルフトがフェイミィ・オルトリンデの方を見やりました。
 とりあえず試してみようと言うことで、フェイミィ・オルトリンデが、暴れるナハトグランツをなだめつつ連れてきました。
「こんにちは。ボクを乗せて……はうあっ!」
 敵意を持たれないようにまずは挨拶からと声をかけてそっと身体に触れようとした南天葛でしたが、そんな言葉にも耳を貸さずに、ナハトグランツが暴れだしました。やはり、フェイミィ・オルトリンデ以外の者に触られるのは嫌だったようです。
「あっ、こら、戻ってこい、グランツ!」
 フェイミィ・オルトリンデを先頭に、ペガサス牧場のスタッフ全員で、あわててナハトグランツを追いかけます。
 捕まるものかと、ナハトグランツがジャンプ一番柵を乗り越えて、ペガサス牧場の外へ飛出して行ってしまいました。
「まずいですわよ、あちらはドラゴン広場です!」
 嘶きながらかけていくナハトグランツの行く先に気がついて、ユーベル・キャリバーンが叫びました。
「なんだなんだ 暴れ馬か!?」
 地面を蹄で打ち鳴らしながら近づいてくる音に気づいて、天樹十六凪が周囲を見回しました。
『ガオォォォォォン!!』
 あいつかと、龍心機ドラゴランダーがナハトグランツを睨みつけます。狼藉者は許してはおけません。
 龍心機ドラゴランダーに気がついたナハトグランツもスピードを上げました。
「ここで戦う気ですか? まずいでしょうに!」
 ただならぬ殺気に、のんびりとキワノをなでていたイグナ・スプリントがバーストダッシュで龍心機ドラゴランダーの前に飛び出しました。
「ドラゴランダー、前だ、前!」
 天樹十六凪の声に、一瞬龍心機ドラゴランダーが止まります。
「お下がりくださいませ!」
 両手を広げて、イグナ・スプリントが龍心機ドラゴランダーに言いました。
『ガオォォォォォン!!』
 だが断ると、龍心機ドラゴランダーが言いかけたときです。
「仕方ないなあ。これだけは使いたくなかったんだが……」
 天樹十六凪が、コホンと小さく咳払いしました。
『分解するわよ』
 高天原鈿女の声真似です。
『ガオォォォォォン!?』
 ビクンと、龍心機ドラゴランダーの動きが止まりました。条件反射です。
 一方、ナハトグランツの方は止まりません。
「あの、馬鹿……」
 バーストダッシュで飛び出したフェイミィ・オルトリンデの背中に、三対の光の翼が顕現します。漆黒の翼と合わせて八枚の翼が大気を打ち、フェイミィ・オルトリンデがナハトグランツに瞬間的に追いつきました。
 羽ばたくナハトグランツの白き翼を身をよじって避けると、フェイミィ・オルトリンデが手綱を掴みました。そのまま滑り込むようにして身体を前に押し出すと、鞍の上に片足をかけます。
「落ち着け、グランツ!」
 右足を鞍の前部にかけると、フェイミィ・オルトリンデが手綱を引いて叫びました。
 鞍の上に立つフェイミィ・オルトリンデを乗せたまま、ナハトグランツが嘶いて後ろ足立ちになります。
 バランスを取るように、ナハトグランツの白い翼が大きく横に広がりました。その上に乗り立つフェイミィ・オルトリンデの光の翼が、ナハトグランツをその場に留めおくように六方に広がって消えていきました。落ち着きを取り戻したナハトグランツが前足を下ろすと共に、白い翼を折りたたんでいきます。同じように広げられていたフェイミィ・オルトリンデの黒き翼も、ゆっくりと閉じていきました。
「お疲れ様、何ごともなくてよかったよ」
 追いついてきたリネン・エルフトが、ほっとしたように言いました。
「ええっと、やっぱり、普通のワイルドペガサスにしましょうね。それとも、フライングポニーにいたします?」
 ユーベル・キャリバーンが、南天葛に訊ねました。