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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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第5章


 その頃、最上階のパーティ会場では。

「はい、お待ち!!」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が寿司を握っていた。
「……いよいよ盛況だな」
 そして、佐々木 八雲(ささき・やくも)が給仕をしていた。
「いやその……洋装は慣れていないから……少し恥ずかしいですね」
 さらに神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は珍しくタキシードに身を包み。
「ふむ、なかなか新鮮だな。紫翠、人ごみは苦手だろう……平気か?」
 と、シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は紫翠の身を気遣って。
「あら、でも洋装もとてもお似合いですよ、紫翠様」
 レラージュ・サルタガナス(れら・るなす)がその間に割り込んでシェイドの足を踏んだ。

「いや人の足を踏むなよレラ。まぁ、かかと踏んでこないだけマシか」
 いつになく積極的なレラージュに苦笑いを浮かべるシェイド。
「あ、まだ大丈夫ですよシェイド。人ごみに酔うほどではありませんから……」
 レラージュに引っ張られながらも、紫翠はシェイドへのフォローも忘れない。
「紫翠様? 本当はわたくし、ずっと紫翠様に洋装も着せてみたかったんですよ。思ったとおり、よく似合いますわ。
 いっつもシェイドにばっかり取られているんですから、今日くらいはわたくしが紫翠様を独占してもよろしいでしょ?」
 紫翠と腕を組んだレラージュは、紫翠を引っ張って会場の中を進んでいく。その後ろをつかず離れずでゆっくりと追いながら、シェイドは周囲の状況を見渡した。
「やれやれ……ま、いい。たまにはレラに譲ってやるか……まぁ、キナ臭い噂もあることだし、警戒だけはしておくかな」
 レラージュと紫翠の二人は、会場の一角で寿司を供しているテーブルに着いた。

 そこでは、料理人としてパーティに参加した弥十郎が寿司を握っている。
 パラミタには日本文化も多く流入しているが、多くの人種が入り乱れているパラミタにおいて、寿司はまだまだ珍しいものだった。
 確かに日本人が多く入り込んでいるパラミタだが、ネタの確保も難しいこともあるし、生食文化が受け入れられるとも限らないので、寿司も独自の進化を遂げる必要があった。

 そんな中で弥十郎の寿司は、伝統的な純日本風の寿司から、たとえばアメリカで独自の進化を遂げた『SUSHI』のような日本人にとっては特殊な巻き寿司までを網羅し、パーティの客層に合わせて対応していた。
 その甲斐あって、弥十郎の握る寿司はパーティの客にも大評判であった。

「あ、紫翠様!! さっきまでローストビーフを切っていたはずなのに、いつの間にかガリの握りに変わっていますわ!!」
 レラージュは驚きの声を上げた。
「はい、こちらの方にはマグロの握りをどうぞ」
 弥十郎はエンターテイメント性も重視しつつ、日本人風の客には普通の寿司を出す。
 レラージュは次々に繰り出される弥十郎の妙技に歓声を上げて、料理を楽しむのだった。
「ええ……おいしいですねぇ」

 その様子を眺める八雲は、満足そうに頷いた。
「うむ……料理人としてのこだわりもあるだろうが……まずは客を楽しませることが第一。弥十郎も成長したものだ。
 ……うん?」
 だが、八雲の目に留まる人物がいた。
 その老人は、すらりとしたタキシードの上からでも分かる、鍛えられた肉体をしていた。
 盛り上がった筋肉質なわけではないが、柔軟な肉体と洗練された所作で、相応の実力を感じさせる。
「……あの老人……。気になるな」
 八雲は人ごみをかきわけ、老人に接触しようとする。
 その老人は、弥十郎の握る寿司カウンターへと座った。

「……儂にもひとつ握ってもらおうか」
「へい、毎度!!」
 その老人は白色系人種の肌。頭頂部はすっかり禿げ上がっているが、わずかに襟足に残る髪の色は白髪だ。
 鋭角的なサングラスをかけているため瞳の色は分からないが、彫りの深さからすると少なくとも日本人ではあるまい。

「……お待ち」
 弥十郎は、アボカドとキュウリとカニの足を巻き込んだ巻き寿司を出した。表側に寿司飯、内側に海苔を巻き込んだいわゆる『カリフォルニア・ロール』である。
 だが、その寿司を一口食べた老人は一言、弥十郎に告げた。
「これが寿司……か?」
 と。
「え?」
 弥十郎は面食らった。確かに日本人にとってこれが『寿司』かと言われれば疑問を感じるだろうが、明らかに日本人ではないこの老人に指摘されるとは思っていなかったからである。
「……では、これでどうですか」
 弥十郎は、金目鯛の握りを出した。
「味が淡白すぎるな、何も感じない」
「では、これでは?」
 弥十郎は、ハマチの握りを出した。
「油が強すぎる、老体にはキツいな」
「こ、これでは」
 弥十郎は、卵焼きを出した。
「酢飯がないぞ、儂は寿司が食いたいんだ」
「じゃ、じゃあこれでは」
 弥十郎は、コンビーフの握りを出した。
「え、これを握ったの?」

 二人の奇妙な『勝負』は、延々と続いたという。


                    ☆


「これはお嬢様、我が社のパーティにご参加いただいて、光栄です」
 四葉 幸輝はパーティ会場でフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)に声を掛けた。
「……今宵は、お招きにあずかりまして、こちらこそ光栄ですわ」
 フレデリカは少しだけぎこちなく挨拶を返した。緋色の美しく上品なドレスに負けぬよう、礼儀正しく振舞う。
 表情にこそ出さないが、内心しまったと思っている。パーティに参加したのは、まず恋歌に接触して事件の詳細を聞き出すためだ。幸輝に接触したかったわけではない。
 恋歌からのメールはフレデリカにも来ていたが、彼女自身は貴族階級の出身で、万が一にも犯罪行為に加担するわけにはいかない。
 もちろん、このビルの地下に人間一人が非合法に幽閉されているという証拠でもあれば、その不正を暴くことはやぶさかではないが、証拠がないならば力技で押し切るわけにもいかない。
 証拠がないにしろ、このビルの地下に何らかの施設があって、そこに踏み入るだけの大義名分が必要だ。
 だが、今夜の彼女はそもそもハッピークローバー社のパーティに正式に招待された来賓なのだ。主催者である幸輝をスルーするわけにもいかない。
 そんなフレデリカの思惑を知ってか知らずか、氷のように張り付いた微笑のまま、幸輝は続ける。
「我が社は今後とも、パラミタの上流階級の方々と交易の機会を持ちたいと考えております。
 今後ともよろしくお願いします……まぁ、このような場で仕事の話などは無粋でしたな」
 何とかハッピークローバー社の背後を洗いたいと考えているフレデリカだが、幸輝に直接聞くわけにもいかない。
 だが、こうして世間話ばかりしていても埒が明かないと考えたフレデリカは、少しだけ幸輝に切り込んでみることにした。
「四葉社長もお元気なようで何よりです……そういえば、今夜は珍しくお嬢様もパーティにご参加なされているとか?」
 そもそも、ハッピークローバー社の社長、四葉 幸輝に娘がいるとはあまり知られていなかった。
 今まで社長自体があまり表立って立ち回る方ではなかったためかもしれないが、表向きには、突然『社長の娘』という存在が明かされたような格好となっている。

「ええ……恋歌のことですね。実は、パラミタに来る前の恋歌はとても身体の弱い娘でして……社長の娘という立場を押し付けることも負担になるのではないかと思い、世間的には隠しておいたのです。
 お嬢様であればご理解いただけるかと思いますが、立場のある人間の家族だと分かると、ある種の危険が伴いますからね」
 一応、幸輝の説明には筋が通っている。だが、フレデリカが知る恋歌の様子からは、どうしても違和感が拭えない。
「……そう、なのですか? 実は、御社のご令嬢であると知る前から、何度か恋歌さんにはお会いしていますけれど、お身体が弱いようには……」
 それでも、幸輝の言葉には淀みがない。
「そうなのです。パラミタに渡り、パートナーという存在を得た恋歌は変わりました。
 それでもいつ以前のように戻ってしまうか分かりません。だから3年待ったのです、彼女が私の娘であると公表するまで。
 ……事実、フレデリカお嬢様ですら恋歌が私の娘であることはご存知なかったわけですから」
「……そうですね。それで、恋歌さんは今どちらに?」
「ええ……会場にいると思いますよ。今はもう恋歌の行動を制限することはありませんから。
 ……どうぞ、ご自由に」
 言い残して、幸輝はフレデリカの前を去る。

「……ふぅ」
 幸輝の背中を見送って、フレデリカは軽くため息をついた。
 そこにパートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が声を掛ける。
「……お疲れ様ね」
 純白のドレスに身を包んだルイーザは、冷たい飲み物をフレデリカに手渡した。
「……うん、ありがとルイ姉。ああいう手合いはどうにも苦手よ。もっとはっきりとした悪人なら、どうにでもできるのに」
 歯噛みするフレデリカを眺めつつ、ルイーザは軽く笑った。
「でも、フリッカも随分と冷静になりましたね。以前だったら、恋歌さんの話を聞いたらすぐにアニーさん救出に踏み切っていたのではないかしら?」
「……そりゃあね……私だって、パラミタに来て変わったのよ。ここに来て変化があったのは、恋歌さんだけじゃない。
 でもねルイ姉、これは私の直感だけど……四葉 幸輝は私たちがここに何しにきたのか分かっていると思う。
 それでいて余裕で泳がせているのよ。どうせ直接乗り込む大義名分などは作れないと思っているのね。悔しいったら……」
 フレデリカは唇を噛んだ。その背中を、ルイーザが軽く叩く。
「……焦らないで。諦めなければ、きっと道は開けます。
 私たちにできることは、イザという時のチャンスを逃さないようにできるだけの情報を集めておくことではないですか?
 事が起こった時に、少しでも恋歌さんが有利になるように」

「……うん、そうだね。動いているのは私達だけじゃない。まずは、恋歌さんを探しましょ」


                    ☆


「これは?」
 その四葉 恋歌は、警備のバイトとして雇った大岡 永谷(おおおか・とと)にお守りを手渡された。
「ああ、念のためにね。警備を雇うくらいだから、恋歌さんの身に何かあっても良くない。
 俺はこれから地下の巡回に行くから……ま、気休めだと思ってくれ」
 場所はパーティ会場、まさか『これから地下に行って秘密の入り口を探します』とも言えない永谷は、とりあえず地下に向かうと恋歌に告げた。
 他にも多数の人間が動いているであろうことは恋歌にも予想がついている。
 パーティが始まってから時間が経っている。いつ何が起こってもおかしくないのだ。
「……気休めも、必要ありません。気を使っていただけるのはありがたいのですが……」
 恋歌の表情は暗い。
 永谷も恋歌のメールを受け取ったうちの一人。もちろん、自身のガードは必要ない、という恋歌の意志も理解はしている。

「恋歌、ここにいたですか」
 と、そこに広い会場で恋歌を探していた佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)も話しかけてきた。
「ルーシェリアさん、どうして……ここにいるの?」
 恋歌はまた表情を少し曇らせた。自分が皆に頼みたかったのは地下施設にいるアニーの救出だ、自分の警護ではない。
 確かに皆に自分の言うことを聞く義務はない。しかし、今夜このビルに集まってくれているということは、自分の求めに応じてアニーを救出してくれるつもりではないのか。
 だが、ルーシェリアや永谷にも主張はある。恋歌の精神状態が通常のものでないことはメールの文章からも明らかだ。放っておくわけには行かない。
「ガードはいらないって言われても、それで『はいそうですか』と見捨てられるようなら、恋歌さんの友達はしてないです」
「……」
 ルーシェリアの言葉に、永谷もうなずく。
「その通りだぜ。パートナーが大切なのはもちろん分かるよ、でも、それで自暴自棄になっては仕方がないだろ。
 君が助けたいと思っている人だって、自分が傷ついたら結局は悲しませることになるんだぜ。
 そしてそれは、今日このビルに集まった全員が同じこと。
 君がみんなを頼ろうとするのなら――もっとみんなを信頼して行動した方がいいぜ」
 もう一度、恋歌に握らせたお守りをその手ごと握る永谷。
 そこに、ルーシェリアもまたその手を包み込み、微笑みをかけた。
「そうですよ。恋歌さんに何かあったら、悲しむ人はたくさんいるですからねぇ」
 恋歌は戸惑った。本当は自分のガードなどしないで今すぐにアニーを助けに行って欲しいのだ。
 ここに人員を割くくらいなら、一人でも地下に行って行動を開始して欲しい。

 恋歌は呟く。

「うん……言いたいことは分かる……分かるんです……」

 苦しそうに。
 でも、その手を振りほどけなかった。