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第13章 エッツェル覚醒

「かっかっかっ、心配ご無用!! この広場に入った時点で、ルーン魔術の罠は仕掛けてあるわい!!」
 盗賊たちや魔物たちとの激闘が続く街の広場で、カオス的状況を目の当たりにしてもなお、鵜飼衛(うかい・まもる)は余裕を崩さなかった。
 ルーン魔術を得意とする衛にとって、魔術符を罠として仕掛けることなど、たやすいことだった。
「実をいうとな、魔物の気配を感じておったから、いつもより大量に仕掛けておいたのじゃ!!」
「それでは、衛の側には誰も近づけんから、自分らの出番もないということかの?」
 メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)が、茶化すような口調で衛に尋ねた。
「誰もそんなことはいっとらんわい」
 衛がそういったとき。
 ちゅどーん!!
 さっそく、魔術符の罠が発動した。
「う、うきいいいいいいいい!!」
 うっかり罠にかかってしまったサル男の全身が燃えていた。
 そして。
 ちゅどーん!!
 ちゅどーん!!
 あちこちから炎が吹きあがり、多勢の魔物を燃やすことに成功した。
「おお、大漁じゃ」
「衛様。さがって下さい。そろそろ罠を抜けてくる魔物が出てきましたわ」
 ルドウィク・プリン著『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)が、気づかっていった。
「なるほど。自分の側に近寄るということは、この剣の錆になってもいいということじゃろうな?」
 メイスンはニヤッと笑うと、剣の柄を撫で始めた。
 そして。

「カクカク。死ね、死ね!!」
 スケルトンの大軍が、衛たちの方に押し寄せてきた。
 罠にかかって燃やされながらも、まだまだかなりの数がいたのである。
「ほうほう。やれやれ」
 衛は、肩をすくめた。
「飛んで火にいる何とやら、じゃな」
 言い捨てて、メイスンは、鞘から抜いた大剣をものすごい勢いで振りまわし始めた。
 ぶん、ぶーん
 スケルトンたちは何も考えてないのか、メイスンが剣を振りまわす中にそのまま突っ込んできた。
 がたがたっ
 ぱりーん
 当然、メイスンの大剣にその骨だけの身体を斬り刻まれ、崩され、砕かれていった。
 ころころ
 衛は、広場の石畳に転がってきた、スケルトンの一部だった骨のひとつを拾いあげて、しみじみと眺めた。
「ふむ」
 感心したように息を吐く衛。
 ちょうどそのとき、スケルトンに続いて、ダチョウロボの大軍が押し寄せてきた。
「げあ、げあ」
 ダチョウロボは電子音の鳴き声をあげながら、その長い足をばたつかせて、高速移動で攻めてくる。
「ほう。サイズがちと大きいな。では、そろそろ!!」
 メイスンは大剣を振りまわすのをやめると、上段に振りかぶって、思いきり魔物に振り降ろした。
 ばきっ
 どごーん
 斬り捨てられたダチョウロボは転倒し、足をばたつかせた後、回路がショートしたのか、火を吹いて動かなくなった。
「さあ、スイカ割りはまだ続くぞい!!」
 メイスンは、休む間もなく、次の斬撃を繰り返した。
 ただ斬り伏せる。
 それが、メイスンの闘いであった。

「それでは、わたくしも」
 プリンは二丁の拳銃をホルスターから引き抜くと、メイスンの斬撃をまぬがれたスケルトンやダチョウロボに弾丸を撃ち込んでいった。
 どきゅ、どきゅーん
 プリンの狙いは正確で、魔物たちは次々に撃ち抜かれて倒れていった。
「さあ、邪神のお味はいかがでしょうか?」
 プリンは、ニヤッと笑った。
 プリンの放つインテリジェントトランス弾をくらった標的には、弾丸から、プリンの持つ知識、恐るべき邪神の情報が流れ込み、狂気の深みにはまりこむことになるのである。
「お、おわああああ!! 腕にくらっちまったぜ!! あが、あがああ」
 たまたま、盗賊たちの一人に、プリンの弾丸が当たってしまった。
「いあ! はすたー! ふんぐるいういういういういうい」
 意味のわからない戯言をいいながら、その盗賊は口から泡を吹いて倒れてしまった。
 狂気の世界へ誘われたショックから、絶命したのである。
「狂えるだけの余裕がある方は、まだ幸運なのですわ」
 プリンは、邪悪な笑みを浮かべた。
 しかし。
 と、プリンは内心で思った。
 先ほどから、ひどく暗い気配を感じるのは気のせいであろうか?
 プリンにとって「気のせい」などということはありえなかったが、それでも彼女は気のせいだと考えるようにした。
 その気配は、徐々に強くなっているようにも感じたが、プリンは、つとめて口に出さないようにした。
 衛に、余計な心配をかけたくなかったのだ。

「おお、これは、まことに数が多いわい。仕方ない。最後の策じゃ」
 衛は、押し寄せる魔物の大軍に、くるりと背を向けると、すばしこい足取りで逃げ始めた。
「ウガ? 逃げるな!!」
 ケンタウロスたちが、血相を変えて衛を追い始める。
「おお、足の速い魔物じゃな。これはいかん。追いつかれてしもうたわい」
 衛は、これ以上逃げられないとわかると、追っ手の方を振り向いて、ニヤッと笑った。
「老いぼれめ。愚かな真似はやめろ」
 ケンタウロスたちは、勢いよく突進した。
「あともう少しじゃ。もう少し近くへ……よし、きたな」
 衛はうなずいて、術を発動させた。
 ちゅどーん!!
 ケンタウロスたちの真下に仕掛けてあって魔術符が、火を吹いた。
「あぎゃああああああ」
 魔物は、悲鳴をあげてのたうちまわった。
「これほど簡単に陽動にひっかかるとはな。この一帯には、先ほどよりも多い数の罠を仕掛けてあるのじゃ。かっかっかっ」
 衛は、愉快そうに笑った。
 と。
 衛は、ふいに顔をしかめた。
 何だ、いまの気配は?
 ひどく暗いだけではない。
 ひどく懐かしい感じのする気配だった。
 まさか。
 衛は、想い当たりそうなある存在のことを脳裏に浮かべようとして、やめた。
 冗談じゃない。
 あのような存在のことは、少なくとも、あともう少しの間は、思い出したくなかった。
 衛は、我に返るように首を振ると、眼前の敵との闘いに集中しようとした。
 ちゅどーん!!
 魔術符が、再び火を吹いた。

「ルーン魔術、ですか。このパラミタでも、八卦術を広めようと思っていたところですが、こうしてはいられません。みなさんに、朱鷺の術をみて、ルーン魔術などとどちらがよいか判断してもらいましょう」
 東朱鷺(あずま・とき)は、衛の活躍をみて、不思議と血の騒ぐものを感じた。
 朱鷺は、その戦場に、八卦術を発動させた。
 乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌
 これらの八卦が、どれだけ大きな力を持つか、みせつける必要があった。
「よおよお、姉ちゃん、こんなところで、何やってんだよぉ?」
 盗賊たちが、下卑た笑いを浮かべながら、朱鷺をとりかこんできた。
 朱鷺のことを、戦闘能力を持たないと感じたようだった。
 実際には、そんな人がそこにいるはずはないのだが。
「いいこと、しようぜぇ」
 盗賊の一人が、朱鷺の肩をつかんだ。
「ふん!!」
 朱鷺は、八卦術で強化された力を使って、盗賊を投げ飛ばした。
「おわああ!!」
 転倒する盗賊。
「てめえ!!」
 他の盗賊は、ナイフを構えて突進してきた。
「八卦術・七式【艮】!!」
 朱鷺の左腕から、術で生み出された鳥が飛び出してきた。
「ぐあ」
 鳥に襲われた盗賊は、悲鳴をあげて、吹っ飛ばされた。
「八卦術・八式【兌】!!」
 続けて、朱鷺は、5匹の神獣の幼生を召還した。
 玄武、白虎、青龍、朱雀、麒麟。
 それぞれの神獣が、叫びをあげながら盗賊に襲いかかっていく。
「あぎゃあああああああ。助けてくれえ!!」
 白虎にパンツを食いちぎられた盗賊が、お尻をおさえ、涙を流して逃げ出していく。
「派手に、暴れて下さい」
 多くの人が、八卦術を鑑賞する機会を得ることを、朱鷺は願った。

「お、おわああああ!? 何じゃありゃああ!!」
 広場で激戦を繰り広げる魔物たち、盗賊たち、そして生徒たちが、同時に同じ叫び声をあげた。
 無理もない。
 彼らがみつめる中、上空からゆっくり舞い降りてきたそれは、何と、巨大なサナギのようなものであったのだから。
 それは、サナギのようなもの、としかいいようがなかった。
 特に、蝶の幼虫が成虫に羽化する前につくるサナギによく似ていたが、よく似ているというだけで、本当にサナギなのかどうかはわからなかった。
 あるいはサナギだったとしても、それがいったい何のサナギなのか、ということが問題となる。
 まさか、蝶のサナギであるとも思えないからだ。
 そして、ステラレの街の現状から考えて、天使のようなものが現れるとは考えられず、結局、ろくなものが降りてこないと思われるのである。
 多勢の存在が息をのんで見守る中、そのサナギは、ゆっくりと、広場の中心に着地した。
 そして。
 しばらく、何も起きなかった。
「こ、これは、おっかねえぜ!! 何だか得体が知れなさすぎってやつだぜ!!」
 百戦錬磨の盗賊たちも、そのサナギに近づくのだけは、ためらわれた。
「むう。こ、これは、俺たちの仲間、という気もしないし何だかわからん!!」
 魔物たちも、とりあえずサナギを避けた方がよいと判断したようだ。
 そのとき。

「危険だよ!! いますぐ闘いをやめて、ここから避難するんだ!!」
 緋王輝夜(ひおう・かぐや)が、けたたましい警戒の叫びをあげながら、広場に乱入し、闘いを続けようとする人間その他を押しのけて、サナギに向かって突き進んでいった。
「何だ何だ、どうしたんだ?」
 興味を持った風森巽(かぜもり・たつみ)は、輝夜の話を聞いてみようという気になった。
 もしかしたら、恐るべき悪の組織の陰謀の手がかりを得られるかもしれないと、巽は思ったのである。
 そして。
 輝夜の口から告げられたのは、恐るべき真実であった。
あれは、義父さんなんだ!! いまや、『義父さんだったもの』という言い方が正しいかもしれないけど、でも、義父さんなんだ!!」
 輝夜は、真剣なまなざしでいった。
(む。まさかこれは、この女性の義父が悪の組織に誘拐されて改造人間にされたということか!? つまり、このサナギから生まれるのはチョウ怪人か何かか!? 何ということだ、改造人間になる悲しみを味わうのは、俺だけで十分だと思っていたのに……。かくなるうえは、俺がこの怪人を……って、何を先走って考えてるんだ!? もう少し話を聞かなければ!!)
 輝夜の話を聞いた瞬間、脳裏に吹き荒れた妄想的思考を、巽は慌てて振り払った。
「義父さんって、何だい? それが危険なの?」
 巽の問いに、輝夜は強くうなずいた。
「人間だったころの名前は、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)っていうんだ。でも、魔族との闘いでおかしくなっちまって、いまは自我をなくして暴走しているのさ。でも、あたしは諦めない!! 必ず、義父さんを止める!! でも、今日は、もっとおかしいんだ。義父さんが、こんなサナギのような姿になるのをみるのははじめてで、何か、これまで以上に恐ろしいことが起きそうで……みんな、逃げて!!」
 輝夜は、じっと耳を傾けている周囲の人間その他に再び呼びかけた。
「エッツェル?」
 巽は、首をかしげた。
 どこかで、聞いたような名前である。
 というか、つい最近も、その存在に出会ったような気がしてくるから不思議だった。
 でも、どこで?
 巽の脳裏に、一瞬夜空に浮かぶ月が想い起こされたが、そのイメージはすぐに消えた。
 結局想い出せないが、何だか不吉な感じがするのは事実だった。
「けど、みたことのない姿になってるなら、これが義父さんだって、どうしてわかったんだい?」
「シュウウウウ。ソレハ、私ガ解析シタノデス」
 巽の問いに答えたのは、アーマード レッド(あーまーど・れっど)だった。
 レッドは、異形と化した後のエッツェルのデータを、いろいろと記録していたのである。
 このサナギは、レッドの解析結果によれば、まさしくかつて「エッツェル」だったものと同定できるのだ。
「とにかく……危険なのは……間違いないんですよ。我らは主公を解放するのを避けられない宿命と考えています……ですが、他のみなさんはさがるべきです……。ケンカなら……他でやってもいいのでは……」
 ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)も、緊張した面持ちでいった。
 ミストにとっても、今回の現象は既知外のもので、それゆえにいつも以上の恐怖を感じていた。
「う、ううむ。しかし、急にそういわれていても……」
 話を聞いていた盗賊や生徒たちは、頭を抱えてしまった。
 確かに危険そうだが、自分たちも、いまは真剣に闘っていたのである。
 このサナギが何なのかはっきりわからないうちに撤退するのもどうかと思われた。
「みんなで、義父さんを止める手助けをしてもいいんじゃないか? それもここでの闘いのうちということで」
 巽は思いきってそういってみたが、その方向性も、生徒たちには微妙なようだった。
「ダメ!! 他の人たちを巻き込むわけにはいかないよ!! 早く逃げて!! あっ、もう遅い、始まった!!」
 再び呼びかけていた輝夜は、言葉の途中で真っ青になった。
 輝夜の反応をみて、広場のものたちは、みな、サナギに視線を向けた。
 そして。
 全員が、凍りついた。
 広場の中心に舞い降りた、不気味なサナギ。
 その表面に、ヒビが入り始めたのだ。
 ぴきぴき
 何かが、サナギから羽化しようとしていた。

「ぎゃ、ぎゃあああああああああ!!」
 盗賊も魔物も、そして生徒たちも、その場にいた全員が悲鳴をあげた。
 サナギから羽化してきた、そのものの姿を目にしたためだった。
 そのものは、4本の異形の腕と、魔獣のごとき容貌を持ち、天使のごとき美しい紫水晶の翼を持っていた。
 みるもの全てを宇宙的恐怖のどん底に突き落とす、すさまじい姿であった。
「私は、ヌギル・コーラス。いや、あえて、別の名を語ろうか」
 そのものは、ゆっくりとそう語った。
「無限に広がる蒼き空、美しく、雄大……人は、そこに希望、夢といった、心の新天地(フロンティア)を抱くのだろう」
 かつてエッツェルだったそのものは、空をみあげて、いった。
「この世界に絶望を……破壊を……私の狂気を満たすために……私は名乗ろう。【蒼き空を喰らうモノ】と」
 そのものは、広場に集うものたちを見下ろして、厳かな口調でいった。
「こ、これは!? 義父さんだけど、いままでと違う!! 明確な意志もあるし、知能が高くなっているみたいだ。やはり、いままで以上にヤバい!!」
 輝夜は、戦慄した。
 エッツェルのいまの状態は、意志もなく、ただうなり声をあげながらあちこちを徘徊していた、いままでの状態とは雲泥の差があった。
 しかも、いま、抱くことになった意志は、破壊をもたらすことを宣言している。
 狂気が、邪悪な方向に指向性を持ったのだ。
 義父は、このまま人類の敵になってしまうのだろうかと、輝夜は思った。
「ピキピキ。ミナサン、離レテ下サイ。ここはワタシたちが!!」
 レッドが、ミサイルをエッツェルに向けて発射した。
「むう?」
 エッツェルは、ミサイルを水晶の翼で弾いてしまう。
「主公……いま……解放して……さしあげます」
 ミストは、瘴龍を放った。
 だが、瘴龍たちも、生まれ変わったエッツェルの前にはなすすべもない。
「愚かな連中だ。原始人同様のくせに、なぜ刃向かう? 本来なら、あまりにもちっぽけであるがゆえに破壊の手からも無視されるものを!! よかろう。お前たちから、先に始末しよう」
 エッツェルはそういうと、数百メートルに及ぶ、巨大な魔力鎖を召還した。
「クルーエル・ウルティメイタム!!」
 エッツェルは、鎖を振りまわして、輝夜たちを攻撃した。
「ピー。輝夜様!!」
「姉君!!」
 レッドとミストは、輝夜をかばって、エッツェルの鎖に打たれた。
「あ、あああああああああ!!」
 絶叫とともに、2人は倒れ、行動不能になる。
「うわあ。し、しっかりして!! くっ、義父さん!!」
 輝夜は、2人を介抱しながら、遥かな高みから見下ろすエッツェルを、睨みつけた。
 かくなるうえは。
「生命賭けで歌うよ。THUNDER STORM!!
 輝夜は、歌い始めた。
 自分の声によって紡がれるこの歌で、エッツェルの中にわずかに残る人間の部分が反応を示すのではないかと、わずかな期待をこめながら。

 FLYNG TO BURN OUT
 この世の全てを飛び越えて
 己の常識を打ち砕けば!
 加速増して走りゆく先に現れる
 限界の壁がそびえ立つ
 SO FAR AWAY
 届かぬ場所へいつしか
 永遠さえも貫く速度で


「ふしゅるる? そ、その歌は……がああっ」
 エッツェルは、鎖を振りまわす腕を止め、身悶えた。
 エッツェルの5%の人間部分が共鳴し、全体の魔力を弱めていったのだ。

「何だか大変なことになってきたが、輝夜の歌のおかげで、何とかなりそうだな。よし!」
 巽が、エッツェルと闘うため、変身しようとしたとき。
「ハッピーバースデー!! どうやら、君たちの手に余る存在が出てきたようだな!!」
 ステラレの街の救援を呼びかける少年の近くに現れた、あの指輪の魔法使いが姿を現した。
「歌で弱ってきたのは事実だが、この私が多少手助けした方がよさそうだ」
 そういって、魔法使いは、エッツェルを封印する術の詠唱を始めた。
「ちょっと待ったぁ!! 悪いけど俺は、あんたを信用していない!!」
 巽は、魔法使いの姿をみると、険しい顔つきになった。
「うん? 私を疑うのか? なぜ?」
 魔法使いは、巽をみつめていった。
「あんたは、怪しすぎる。この街にきてから、いろんな人に話を聞いたが、誰も、あんたのことを知らなかった。あんたは、いったい、何なんだ? 称号だの何だのと、闘いを煽っているようにも思えるが、欲望収集のためにこの事態を引き起こした財団Xか? とにかく、意図がわからない。少しでも、はっきりさせてもらおうか」
 巽は、腕組みをして、いった。
「私が何者かなど、この街を救わねばならないという大義に、どんな影響があるというのだ?」
「誰も、この街を見捨てていいなどはいっていない。ただ、あんたは、その大義を利用して自分の邪悪な目的を達成しようとしている可能性があると、いっているんだ」
 巽は、魔法使いをにらみ続けている。
 こんな話をしている状況ではないのはわかっていたが、魔法使いの術が、どんな影響をもたらすかもわからない。
 エッツェルとやりあう前に、ケリをつけておきたい問題だったのだ。
 そのとき。

「ギガアアアアアア。自らの言葉の迷路に迷い込む愚か者どもめ!! 造物主に代わって、裁断を下そう!!」
 輝夜の歌に苦しんでいたエッツェルが、うめきながら、鎖を振るってきた。
 その鎖は、巽を直撃しようとした。
「む。危ない!!」
 魔法使いは叫んで、巽を突き飛ばした。
 ぐわしゃああ
 代わりに、魔法使いが恐るべき鎖に打たれる。
「な、なに!! おい、しっかりしろ? なぜ俺を助けた?」
 巽は、驚いて、横たわっている魔法使いを抱え起こした。
「うう。恐るべき魔力だ。あの存在は、危険すぎる。完全に倒すことはできない。とりあえず、どこかに遠ざけるのが賢明だろう。君たちは……自分の力を……ある程度は知るべきだ」
 魔法使いは、うめきながらいった。
 死が避けられないことを、巽は悟った。
「どうやら、俺は誤解していたようだ。すまない」
 巽は、率直に謝った。
 自分は何か大事なものを見失っていたのではないかと、巽は思った。
「ハッピー、バ、バースデー!!」
 そんな巽を、魔法使いは瀕死ながらも祝福した。
「ハッピーバースデー? どういうことだ?」
「君は、いま、設定の裏を読むリスクに気づき、新しい自分に生まれ変わった。そのことを祝福しているのだ……。頼む。私の跡を継いで、勇気という名の魔法を使って欲しい……ガクッ」
 そういって、いまわのきわの魔法使いは、巽に、【指輪の魔法使い】の称号を与えた。
「えっ? ちょっと待ってくれ。俺はちっとも、魔法使いという感じではないのだが? おい」
 巽は、慌てて魔法使いを揺さぶったが、もう息絶えてしまっていた。
 しゅわあああ
 地面に横たえると、冷たくなっていた魔法使いの身体は、不思議な光に包まれて、消えていった。
「やれやれ。称号なんて、与えればいいってもんじゃないのにな。まあ、いいさ。俺が、指輪の魔法使いか。それなら!!」
 巽は、襲いくるエッツェルに向き合った。
 自分のせいで、魔法使いが亡くなったのは事実だ。
 それなら!!
 最後の言葉は、真摯に受け止めるべき!!
「魔法使い、あの世でみていろ、俺の魔法を!! 変身!!」
 巽は、変身ポーズをとった。
 ぴかあああ
 巽の身体が、光に包まれる。
「勇気の魔法が、俺を変える!! 仮面ツァンダー、ソークー1!!」
 実際には、いつもと変わらない変身だったが、あえて魔法といってみた巽だった。
 巽は、エッツェルに向かって走った。
 何も策はなかった。
 だが、やらねばならない。
 
「エッツェル。やはり、先ほどからの気配は、おぬしであったか」
 衛は、エッツェルの変わり果てた姿をみて、ため息をついた。
 何と、哀れな。
 これが、人のなれのはてとは。
 衛は、魔術符を取り出した。
「そっちへ奴を誘導するのだ!!」
 衛は、巽にそう指示した。

「またルーン魔術ですか。そうはさせませんよ」
 朱鷺は、衛に対抗意識を燃やした。
「神獣たちよ!! 合体攻撃を、ソークー1を援護し、あの異形のものに決めて下さい!!」
 朱鷺の指示で、玄武、白虎、青龍、朱雀、麒麟の5匹が、巽と一緒に走り出した。

「ぐおおおおおおおお」
 エッツェルは、うめいた。
 巽を追って足を踏み出していったら、ルーン魔術の罠にかかったのだ。
 ちゅどーん!!
 爆発の炎が、エッツェルをわずかに焼いた。
 本来なら焼けるはずはないのだが、いまのエッツェルは弱っていた。
 輝夜は、まだ歌い続けている。

「一緒に闘ってくれるのか? ありがとう」
 巽は、神獣たちの応援に感謝しながら、炎に包まれるエッツェルに挑んだ。
「ぎい、ぎい!!」
 神獣たちは、5匹がいっせいに攻撃をエッツェルに仕掛けて、その動きを止めていく。
「ああああああああ、神獣ども、何と、忌まわしい」
 エッツェルは、神獣を睨みつけると、鎖でそれらを吹き飛ばそうとした。
 その身体に、巽が組みついた。
「いまは街の救援が先決だ!! お前は空の彼方に飛んでいけ!! とああー」
 巽は、力いっぱい、エッツェルを放り投げた。
「む。ぐううう。自由を得よう」
 放り投げられたエッツェルは、途中から自ら翼を広げて飛翔し、街から離れていった。
 巽たちに、恐れをなしたわけではない。
 あの歌を、これ以上聞きたくなかったのだ。

 輝け! THUNDER STORM!
 夜空が割れる 光、刃、輝き ああ地を裂く
 吼えろ! THUNDER STORM!
 吹きすさぶ風 轟く雷鳴よ あぁ弾け飛べ
 猛き嵐よ 光る速さで翔けろ
 FINAL THUNDER STORM!!


 輝夜は、歌い終わったところで、駆け出した。
「義父さん、どこへ行くんだ!? どこへ行こうと、必ず探し出して、止める!!」
 輝夜は、悟っていた。
 自分の歌こそが、エッツェルを止める切札となることを。
 個人的なしがらみとは別に、自分は、エッツェルと闘う義務があるのだ。
 輝夜は、飛翔する義父を追って、どこまでも走っていった。