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第8章 屋上の天使達


 つい先ほどから吹雪いてきた屋上──。
 テントの中のパラ実生達は、唇を真っ青にして今にも死にそうな様子。
「なあ、女の子ってどんな生き物だったっけ……」
「おい、しっかりしろ! きっとアレだ、下の階から順に遊んできてるんだよ。忘れられてるとか、そんなんじゃねぇよ……たぶん」
「俺が死んだら、ここから灰を撒いてくれ……」
「やめろー! 俺の横で死ぬんじゃねー! 怖ぇだろうが!」
 ぎゃあぎゃあ騒いでいると、テントの入り口がひょいとまくられて、寒風が吹きこんできた。
「大胆に開けてんじゃねぇ! 寒いだろうが!」
 怒鳴ったのは死にかけていたパラ実生だった。
 しかし彼はこれをすぐに後悔することになる。
 何故なら、入口をまくったのは待望の女の子だったからだ。
「あの……お邪魔だったかな?」
「そんなことないっス! 寒いでしょ、入って入って!」
 怒鳴ったパラ実生は仲間に隅っこに蹴飛ばされ、別のパラ実生が訪ねてきた天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)を迎え入れた。
 友好的な雰囲気にホッとした結奈はテントの中に入ると、お盆の上に乗せてきたホットチョコドリンクを差し出す。
「はい、これ飲んであたたまってね。ここ、ストーブあるけど寒いね。お兄さん達も、そんな薄着で寒くない? お洋服、ないの?」
 思い描いていた通りの展開に、寒さに耐えてきたパラ実生達は感動に打ち震えた。
「何てあったかい言葉だ……! もうこの際、小学生でもかまわねぇ! かわいい天使じゃねぇか!」
 彼が勘違いしたのも無理もないことで、結奈の見た目は小学校高学年くらいだった。
「結奈ちゃんはどこから来たの?」
「ほら、もっと火の傍寄れよ」
 すっかりアイドルとなった結奈は、パラ実生に囲まれてストーブの前の組み立て椅子に案内された。
 しかし、彼らの天使は結奈だけではなかった。
「チョコレート、まだありますよ」
「ミルクチョコにホワイトチョコ、ビターチョコを用意しましたわ。お好きなのをどうぞ」
 続いて入ってきたのは、フィアリス・ネスター(ふぃありす・ねすたー)リィル・アズワルド(りぃる・あずわるど)
 どちらもとてもかわいい女の子だ。
「今日はいい日だ……! あんた達のことは一生忘れねぇよ」
 チョコレートを次々口に放り込みながら涙ぐむパラ実生もいる。
「そうだな、忘れたら地獄を見せてやるぜ。それと……」
 不意にかけられたやけに威圧的な少女の声に、そのパラ実生は感動の涙を引っ込め、ぱちぱちとまばたきを繰り返す。
 きりっとした奥深い目で睨みあげてくるのは、次原 京華(つぐはら・きょうか)
 小柄だが、その迫力によりあっという間に上下関係ができあがった。
 京華は何やら物騒なものをちらつかせながら、彼をテントの隅に引っ張っていく。
 結奈を囲む輪の外側にいた数人が、フィアリスとリィルによりさらに誘い出された。
「おい、ガキ共。うちのお姫様は誰に対してもああいうふうだから、変な勘違いするんじゃねーぞ」
 京華の鋭い声と視線に、彼らの甘い期待は吹き飛んだ。
 だが、京華の言う『うちのお姫様』──つまり結奈は、彼らからは小学生に見えるのだ。
「いくら何でもガキには手ぇ出せねぇよ」
「言い切れるのか? 男というのは時に理解不能な興味の示し方するからな。おまえらの中に、ああいう感じが好みのやつがいないと、断言できるのか?」
 パラ実生達はそれぞれ顔を見合わせて、知る限りの仲間の好みを思い出そうとした。
「……そういやあいつ、小さい女の子が好きだとか言ってなかったか?」
「いや、それは年齢的じゃなくて体格的にだろ? 結奈ちゃんは範囲外のはずだ」
「けど、やばいのもいるよな。あいつとかあいつとか……」
 不安要素があがってきた時、銃器を持った時のような不穏な音がした。
「害虫は、早いうちに駆除しなきゃいけませんよね」
 チョコをくれた時のやさしい微笑みのまま、フィアリスの手には今度は対神銃がある。
 第一印象とはかけ離れた現実に、パラ実生の脳みそはついていけなかった。
 さらに、彼らの前にすらりと抜かれる白刃。
「ワタシのゆいに手を出そうとしたら……斬り落としますわよ」
 何を、とは恐ろしくて聞けない。
「よく、言い聞かせておくよ……」
 青ざめたパラ実生の返事に、リィルは対神刀を鞘に戻して満足そうに頷いた。
 幸せのチョコを持って来てくれたかわいい女の子達は、天使なのか悪魔なのか。
 どちらにしろ逆らわないほうが良さそうだ、と彼らは判断した。
 と、こんなこともあったが、テント内はおおむね楽しくバレンタインを楽しんでいた。
 すると、再びテントの入り口が開かれた。
「開けんな、寒いっつってんだろーが!」
 懲りずに怒鳴りつけるパラ実生だが、入ってきたほうはケロッとして言った。
「チョコレート持ってきたよー! みんなで食べよう!」
「おおおお! チョコ祭りじゃあー!」
 沸き立つパラ実生をにこにこと見る布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)
「エレノアが運んでくるから、ちょっと待っててね。……あ、何かいい匂いすると思ったら、先に女の子が来てたんだ」
 佳奈子はパラ実生達の向こうに結奈を見つけて手を振った。
 結奈も笑顔で振り返した時、
「お待たせ。佳奈子、持ってきたわよ」
 エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が持つ大きなお盆の上には、温めたミルクと粉末状にしたチョコレート、マシュマロ、カップがたくさん載せてあった。
「も、もしかして、ここで作ってくれるのか!?」
「そうだよ。だから、暴れたりしないでね」
 それを聞いたパラ実生達は、佳奈子の邪魔をしないように遠巻きになる。
 そして、誰が最初に受け取るかをジャンケンで決め始めた。
 佳奈子はカップに粉末チョコを入れ、ミルクをゆっくり注ぎながら丁寧にかき混ぜていく。
「ホットチョコって、ホットココアとほとんど同じだから、バレンタインって感じがしないかもしれないけど、寒い季節に飲んであたたまれる飲み物の筆頭格だよね」
「小さな違いはこだわらねぇが、体があったまるってのは同意だな」
「愛情も込めてくれればなおさらだぜ!」
 佳奈子はくすくす笑いながら、できあがったホットチョコにマシュマロを浮かべた。
「はい、どうぞ」
「うおおおっ、手作り! 手渡し!」
 受け取ったパラ実生はカップを高々と掲げた。
「結奈達も飲む? もし余ってたら交換しない?」
「する!」
 元気の良い結奈の返事に佳奈子は二つ目のホットチョコを作りながら笑顔で頷いた。
 そんな様子を微笑ましく見ていたエレノアは、ふと疑問に思った。
「ここの男子達は、どうしてこんな寒いところで長時間じっとしているのかしら?」
 その疑問に答えたのは佳奈子ではなく、熾月 瑛菜(しづき・えいな)だった。
「バカな欲望のためだよ。チョコがもらえればそれで満足なんだから、気にしなくていいよ。それと、差し入れ追加ね! ケイラ、フィリップ、こっちだよ!」
 瑛菜が手招きすると、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)がテント内に入ってきた。
 二人は箱を腕いっぱいに抱えている。特にフィリップは前が見えないほどだ。
「おー、やってるね! 自分も下の階でケーキたくさん買ってきたよ。クラシックチョコケーキ、ザッハトルテにブラウニーに……何買ったっけ?」
「ガトーショコラにココアのロールケーキに、チョコムースもいくつか」
 瑛菜の返事に、そうだったねと笑うケイラ。
 そんな彼女を瑛菜はやや呆れたふうに見た。
「あたしが声かけなかったら、本気でソロパーティーやる気だったの?」
「そうだよ、変かな? 友達の分はもう全部あげちゃったしね。それで、ふと思ったら自分の分を買い忘れてたってわけ」
「まあいいけど。さ、景気よく開けちゃおう!」
 瑛菜が声を上げると、パラ実生達がワッと歓声をあげた。
 テーブルの上に次々と開けられていくケーキの箱。
「しばらくチョコの匂いがくっつきそうですね」
「いい匂いでしょ。ねえ、コーヒーあるかな?」
「インスタントでよければあるぜ」
「ありがと」
 ケイラの呼びかけに答えたパラ実生は、インスタントコーヒーの瓶も渡してきた。
 結奈や佳奈子達も混じって賑やかなチョコレートパーティーが始まる。
「そういえば、あのメイド衣装かわいかったなぁ」
「だろ? そう思うだろ? 俺達が選んだんだぜ! おまえも着てみろよ、絶対似合うから!」
「いや、自分はこのままでいいよ。あれは誰かに着せたい衣装だしね」
 たとえば、うちの事務所のアイドルさん達とか……と想像するケイラ。
 さらに想像は進み、衣装の改造にまで及んでいた。
 もっとフリルやパニエを足して……。
「ケイラ、変な顔して何の想像してるの?」
「あれ? 変な顔してた? おかしいなぁ」
 瑛菜に胡乱な視線を向けられたが、ケイラは笑ってごまかした。
 それから彼女は、忘れてた、ともう一つチョコを出す。
 こちらは手のひらサイズだ。
「チョコ引換券でもらったんだ。百合園生が作ったチョコだって。どんなチョコだろうね」
 ケイラは包みを留めているリボンをほどいた。
 ハート型の一口サイズのチョコがいくつかあった。
「かわいいね。いただきまーす。みんなもどうぞ。早い者勝ちだよ」
 一番に取ったのは隣に座っていた瑛菜だった。
 その後は熾烈な争奪戦が勃発したため、誰の口に入ったのかよくわからない。
「結奈さん達、食べてる? 遠慮しないでよ」
「ちゃんともらってるから大丈夫! おいしいねっ」
 結奈の傍にはいつだって彼女を大切に思うパートナー達がいるし、今は何かとかまいたがるパラ実生もいた。
 ケイラも、結奈の前の皿にたっぷり盛り付けられたケーキに小さく微笑んだ。
 佳奈子とエレノアには、フィリップが気を配っていた。
 放っておけば人のお皿にケーキを盛り付けたり飲み物を追加してばかりいるからだ。
「どうやらここは、自分のお皿に取り分けたからといって安心はできなさそうですよ。取ったらすぐ食べないと」
「フィリップさんの、今、取られちゃった……」
「ええっ!?」
 フィリップは慌てて皿を確認したが、すでに半分がなくなっていた。
 周りから笑い声が起こった。