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リアクション
第10章 チョコレートどうぞ☆
屋上には、冷たい風が吹き荒れていた。
「さ、寒い。でも笑顔笑顔!」
「うん、冷めないうちに届けないとね」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)と一緒に、注文のピザを届けに来ていた。
屋上への入口から、ビニールシートで覆われたテントまでは、そう距離はない。
2人はほかほかのピザを持って、ビアガーデンになっているテントへと急いだ。
「待ってたぜー。寒かっただろ〜」
「こっちにおいで、チョコレート達!」
テントの中では、モヒカンを中心としたパラ実生達が2人を待ち構えていた。
彼らがビニールシートをしっかり押さえており、今はテントの中に冷たい風は入ってきていない。
中央にストーブが置かれているため、快適な温度になっていた。
「姿格好もチョコレートだよなぁ。私を食べてとか……ぐふふふふっ」
チョコをイメージした茶色の制服を纏った2人を見ながら、パラ実生達はなにやら妄想をしている。
ただ本当に、美羽と瀬蓮は可愛かった。
レースとフリルたっぷりの可愛い服とエプロン。そして白いリボンで髪を結び、甘いピザを運んでくるメイドさんというか、天使というか、パラ実生達の救世主だ。
「はいどうぞ。ご注文のピザとグラタンですー」
にっこり微笑んで瀬蓮がピザをパラ実生に提供する。
「寒い中、お越し下さりありがとうございます。こちら差し入れです」
百合園生のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)も、チョコレートメイド服姿で、来場者にチョコレートを配っていた。
「ありがと、ありがとー……」
喜んで、瀬蓮が持ってきた料理と、ロザリンドのチョコレートを受け取ったパラ実生だけれど。
「……」
茶色のピザとグラタンに、茫然。
更に、ロザリンドから渡された炭でしかないものに、唖然。
「焼きチョコというものを作ってみました。他にもありますよー」
直火で鋳型にチョコを流し込んだものや、チョコレートと納豆と白子のコラボレーションなど。
精鋭の実力を発揮した数々のチョコレートを見せていく。
「こ、これだけで、じゅー……ぶんだ」
モヒカンパラ実生達は首をそっと左右に振って拒否する。
「美羽、こっち」
「あ、コハク」
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は客として美羽達を待っていた。
「こっちもチョコピザなんだけど、詩穂さんのアイディアで作った美味しいピザだから大丈夫」
こそっとそう言って、美羽は、コハクには見かけも味も美味しいスイーツピザと、ミルクティーを渡した。
「これは、美味しそうだね。大きなチョコレートパフェみたいだ」
わくわくしながら、コハクは一口食べてみる。
カリカリの生地はフレークのようで、チョコソースととってもよく合っていて、凄く美味しかった。
「う、うごあーーーう、う、ま……い」
パラ実生達は、奇妙な声を上げつつ、瀬蓮のピザを食べている。
瀬蓮達が作ったチョコピザと、美緒達が作ったグラタンだ。想像を絶する出来のはずだ。
無論、美味しいという意味ではなく。
(まともなお客さんにはまともなピザを出すけど、百合園との合併を希望しているパラ実生の夢は、打ち砕いて置かないとね!)
美羽はそう思いながら。
「百合園の子が一生懸命作ったの。全部食べてねっ。百合園に来た時にもご馳走してくれるんだって!」
瀬蓮と並んで、にこにこ言うのだった。
モヒカン達の顔は青ざめている。
「ヒャッハー。よし、合併後は、専業主夫科を設けようぜ! 料理食わせてやる代わりに、君を食わせろーなんてなー、ぎゃはははは!」
しかし、パラ実生の妄想は尽きなかった。
「面白い人達だね、美羽ちゃん」
瀬蓮は楽しそうなパラ実生を見ながら、ほわっと微笑んでいた。
「そうだね……。でも、1人で彼らに関わったら駄目だよ、誘われたりしたときは、私やアイリスにちゃんと相談してね」
危機感のない瀬蓮の様子に、美羽はちょっと心配になって言った。
「うん。ありがとー。知らない人にはついていかないようにするね。それじゃ、次の注文の品、持ってこよー」
瀬蓮は寒さに耐える為、ぎゅっと目をつぶりながらテントの外に出ていく。
美羽もそれに続いて外に出た後。
振り返ってみると、パラ実生達がピザを無理やり口に押し込んで、飲み込んでいた。
既に気分が悪そうなモヒカンの姿もある……。
(……お腹を壊す程度ですむと思うけれど)
美羽はコハクの方に目を向けた。
コハクは美味しそうにチョコピザを食べながら、美羽に目配せをしてくる。
(何かの際には、救護ブースに連れていくから大丈夫だよ)
(お願いね!)
目で語り合うと、美羽は瀬蓮の後を追っていく。
「そうだ、瀬蓮ちゃん。この引換券、私とコハクの分、瀬蓮ちゃんにお願いしてもいい?」
美羽は入口でもらった引換券を瀬蓮に渡す。
「うんっ。用意してきたのは買ってきたものだけどいいかな?」
「もちろん、嬉しいよっ」
美羽は瀬蓮から市販のトリュフを貰った。……彼女の手作りチョコピザより美味しいはずだ。
「私からはこれ」
鞄の中から取り出したラッピングした箱を、美羽は瀬蓮に渡す。
「ありがとー。もしかして、手作り?」
「うん。ハート型生チョコだよ」
とろけるような甘さの生チョコに、ちょっとビターなココアパウダーをかけた手作りチョコだった。
「ふふっ、美羽ちゃんの手作りチョコ、食べるの楽しみー」
瀬蓮はとっても嬉しそうにチョコをぎゅっと抱きしめた後。
「溶けたら大変っ」
大切そうに鞄の中にしまった。
茶色と白のチョコレート色のメイド服を纏った、可愛い女の子が2人。
一般客に料理を届けにきた。
「お待たせしました」
1人は、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)。
若葉分校生と、ゼスタからの依頼で、今日はここでメイドさんを務めている。
アレナは頭に、大きな茶色のリボンをしている。
「あまーい、スイーツピザですよー♪」
もう一人は、アレナの友人の秋月 葵(あきづき・あおい)。頭の大きな青色のリボンがトレードマークの、百合園生の少女だ。
「おお? 変わったピザだな……」
「ピザソースじゃなくて、チョコレートソースたっぷりのチョコピザなんだそうです」
テーブルの上に、注文のピザを乗せながらアレナが説明をする。
「リクエストがあれば、この『無限チョコパウダーふるい機』で好きなだけチョコパウダーのトッピングサービスもしちゃうよ♪」
「それじゃ、サービスしてもらおうかな。バレンタインだし」
「オレもオレもー」
「うん、任せて♪」
リクエストに応えて、葵はチョコパウダーをピザチョコの上にかけて、更に甘々にしていく。
「おー、なんか美味いじゃん」
「新感覚チョコレートだな」
出来上がったチョコピザは若者達に好評だった。
「チョコレート娘さん、注文いいかな?」
「こっちもお願いー」
葵とアレナはにっこり微笑み合って、それぞれ次の注文を取りに向かう。
「ピザと、チョコビールだって。ホストクラブから持ってこないとね。アレナちゃんの方は?」
「こちらも、チョコリキュールの注文ありました。一緒にもらいに行きましょう」
注文を取った後、葵とアレナは一緒に注文の品を取りにピザ屋とホストクラブに向かうことに。
「ホストクラブに行くついでに、チョコレート渡しちゃいましょ♪ あ、これはアレナちゃんに」
葵は肩掛け鞄の中から、チョコレートを1つ取り出して、アレナに差し出した。
「友チョコ♪ ちゃんと優子隊長用とゼスタ先生用もあるよ〜」
「あ、はい。ありがとうございますっ」
アレナは両手で嬉しそうに葵からのチョコを受け取った。
「ところで、アレナちゃんは優子隊長にチョコ渡したの?」
「えっ? わ、渡してないです……」
「それじゃ、一緒に渡しましょ♪」
「で、でも。特に用意はしてない、です」
困った顔のアレナに、葵はふふっと笑みを向ける。
「そうだと思って、用意しておきました〜」
葵は高級チョコレートをもう1つ取り出して、アレナに渡した。
「優子隊長……凛々しい格好しているらしいですよ〜。ついでにその姿拝んで行きましょうか」
「は、はいっ」
「ホストクラブの前に、シール写真機が置いてあるそうです。アレナちゃん、優子隊長と一緒にシール作ってみたらでです♪」
「あ、葵さんも一緒が良いです。優子さんと葵さんの写真の後ろが、いいです……」
アレナはちょっと赤くなりながらそう答えて。
緊張しながら、一緒にチョコレートを渡しに行ったのだった。
「腹痛を訴える者が多いな……」
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、若葉分校生に話を通し、テントの一角に救護ブースを設けて、気分の悪くなったモヒカン達を介抱していた。
主に、やせ我慢をして風邪をひいてしまった者の介抱と考えていたのだが、訪れるモヒカンの大半は吐き気止め、胃薬、整腸剤目当てだった。
「羽目を外して食べ過ぎているようだな」
チョコレートの衣装を纏った可愛い女の子達が給仕をしているため、調子に乗って食べ過ぎているのだろうと、呼雪は考えた。
「それにしても……まぁ、予想はしていたが」
いつの間にかいなくなっていたパートナー達。
ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が若葉分校生として、チョコレートメイド服を纏って給仕をしているのは良しとして。
「呼雪、お腹がいたいんだって、診てあげてー」
モヒカンパラ実生を抱えて訪れたのは、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)。
病人を連れてきてくれるのはいい。
だが、格好が不自然なのだ。男性なのに、長身なのに、ヘルはメイド服を着ている。
「それだけなら、いつものこと、だが」
今回はヘルだけではなくて。
「ねるな、ねたら死ぬぞ!」
テントの外で、寒さで固まっているパラ実生をぺちぺち叩いているのは、ヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)。彼も呼雪のパートナーだ。虎の獣人の。
そして彼もメイド服を着ている。ひらひら、ぴらぴらの!
「うわさぶっ! さっぶ! 君達よくこんな寒い中我慢出来たねー」
ヘルも上衣を着て、パラ実生を助けに向かった。
「その努力を別のところに向ければ良いのに……」
そう言いながら、パラ実生に毛布をかける。
「ヘル……」
呼雪がため息をつく。
ヌウのあの服は、恐らくヘルが着せたのだろう。そして、何の疑いもなく、ヌウは着たのだろう。
「なんだあれ、マスコットか?」
「マッチョなメイドだなぁー」
2人が皆の注目を浴びていることに、呼雪は思わず額を押さえた。
「妙に体格の良いメイドさんもいますが、お気になさらずに。みんなでお揃いです」
負けずにユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は、給仕をしている。
彼女だけは、普通に客に好評だ。
「コユキ、連れて来たぞー」
ヌウは固まっていたパラ実生を毛布でぐるぐる巻きにして、昆布巻状態で呼雪の元に連れてきた。
「きつく巻きすぎだ。でも、対応としては間違ってない」
「うん、この間、TVでやってた!」
目をきらきらさせて、ヌウは言う。
「お手伝い、偉いだろう?」
そして、褒めて欲しそうな目で呼雪を見る。
「……えらいえらい」
呼雪は苦笑気味だったが、ヌウのことは褒めてあげた。
「前科もあるから、さして驚きはしないが……」
ヘルには軽く咎めるような目を向ける。
「前科って……呼雪だったあの時はノリノリで虫歯抜きまくってたじゃん……」
「……俺? 俺は真面目に治療していただけだが」
呼雪は真顔だ。
「呼雪……天然なところもあるんだね、知ってたけど♪」
なんだかヘルは嬉しそうだ。
「お待たせしましたー」
アレナがピザを持って、戻ってきた。
百合園生が心を籠めて作ったピザだ!
「ま、またコレか! もう我慢できねぇ、口直しにお前を食わせろー」
「え?」
焦げたチョコがのっかったピザ?を見たモヒカンが1人、限界を超えてアレナに飛び掛かってきた。
しかし、モヒカンがアレナに触れるより早く。
「あっ!!」
給仕をしていたユニコルノが躓いて、あくまで躓いて、熱い紅茶をモヒカンの顔面にぶっかけてしまった。
「あーちゃー!!」
「ご、ごめんなさい。すぐに手当てを……」
しおらしく謝って。優しく腕をひねり上げて引いて引き摺って、モヒカンを救護ブースに連れていく。
「患者さん、願いします……っ」
アレナも一緒に、救護ブースに向かう。
「あれ? 呼雪さんがお医者さんやってるのですか。患者さん、たくさん、です。皆さん、どうしたんでしょう……」
アレナは心配そうに、腹痛や、凍えて苦しんでいるパラ実生達を見る。
「はしゃぎすぎたようですね。ここでゆっくり温まっていってくださいね」
ロザリンドも顔を出して。
「皆さんもよろしければどうぞ」
段ボールに入れて持ってきた、数々のチョコレートを取出していく。
「パラ実の皆さんに喜んでいただきたくて、沢山作ってきました」
普通に鋳型に直火で溶かしたチョコを流し込んだもの(見かけが悲惨)。
焼きチョコということでオーブンに10分程入れたもの(焦げ炭)。
2月の寒さも吹き飛ぶ生姜やニンニク、唐辛子入りのもの(激辛)。
健康志向、ウィスキーボンボンではなく青汁ボンボン(激苦)。
「こちらは、レーズンとか乾燥果物入れるチョコと日本文化のコラボということで」
スルメや干物を刻んでチョコに入れて、固めたもの。
……それらをテーブルに、ダーっと並べて。
「知り合いやパートナーや白百合団の人達は遠慮して誰も食べてくれなかったのですが、皆さんは遠慮しなくても大丈夫ですよー。どうぞ、召し上がってください」
聖母の微笑でパラ実生を見るロザリンド。
「もう無理ー」
「遠慮なさらず! はい、あ〜ん」
「ぎゃー……」
パラ実生が口から火を噴いて、倒れた……。
でもきっと、温まったはず!
「そうです、後で日頃からお世話になっている優子さんにもどれが美味しかったか聞いてみましょう!」
チョコレートを食べさせてあげながら、ロザリンドが言った。
「……こ、呼雪さん。なんだか、お腹痛い方が多い理由、分かってきました……。て、手伝います」
以後、アレナは救護ブースの手伝いに回ったのだった。
「アレナ」
「はい」
「例え話だけれど、聞いても良いか?」
パラ実生の介抱をしながら、呼雪がアレナに尋ねる。
「はい」
呼雪を見て、不思議そうな顔をするアレナに、呼雪はゆっくり問いかける。
「もしお前が長く続くような病気に罹ったとして、慢性的にずっと微妙に辛い状態で不安でい続けるのを我慢するのと、辛かったり痛い思いをしてでも思い切って手術してきちんと治して元通りにするのだったら」
アレナが目を瞬かせる。
「お前はどちらを選ぶ?」
優子や、他の誰にも聞けないような状態だったら。
自分の判断で決めなければいけない状況だったら。
どちらを選ぶ?
呼雪は、そうアレナに尋ねた。
「えっと……」
呼雪以外には聞こえないよう、小さな小さな声でアレナは戸惑いつつ、こう答える。
「優子さんの迷惑にならないのなら、治らなくていいです。迷惑になったり、邪魔になるのなら、治したい、です」
「治らなくていいのは、辛かったり、痛い思いをするのが嫌だからか?」
その問いに、アレナは首を左右に振った。
「元気だと、長生きしちゃうかもしれないから、です」
「そうか……」
呼雪は軽く目を伏せた。
(アレナが幸せになるには、やっぱり忘れてしまうくらい追い詰められるような記憶と、向き合えるだけの心の成長が必要なんだな。
皮肉なものだ……)
「どうだ、あったかいだろ?」
ヌウが虎に姿を変えて、笑みを浮かべながらパラ実生達を温めてあげている。
「もふもふです。あったかそう。……気持ちよさそう、です」
アレナがふわりと笑みを浮かべた。
「そうだな」
ヌウとアレナの微笑みに、呼雪の心にも温かな感情が生まれる。
自然と、呼雪も穏やかな笑みを浮かべていた。
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