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リアクション
7.4度目の勝負
「チェックメイトー!」
リン・リーファ(りん・りーふぁ)の元気な声が室内に響き渡る。
「ははは……負けた」
チェスの相手――ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)は苦笑しながら負けを認める。
「やった! 1勝目! あたしは完全勝利を目指すっ」
リンとゼスタのチェス勝負は今回で4度目だ。
勝負の場所は4度とも違う。
今回2人がチェスをしているのは、東シャンバラのロイヤルガードの宿舎の、神楽崎優子の部屋だった。
ヴァイシャリーや百合園女学院に用事がある際に、ゼスタはよくこの部屋を利用しているそうだ。
「どんな秘密が聞けるのかな〜」
リンはわくわくゼスタを見る。
「んー」
ゼスタはリンが持ってきたどら焼きを食べ、トマトジュースを飲みながら考える。
今回リンは3回勝負で勝敗を決めようとゼスタに提案した。
そして、3回の1回1回と、最終的な勝敗の計4回、それぞれ負けた方が一つずつ秘密を告白するというルールを提案した。
ゼスタは3回勝負とそれぞれの勝敗のルールはそれでいいと言ったが、最終的な勝敗については『俺は前回のリンのルールで』……勝ったら、ひとつ、願いを聞いてもらう。
がいいと言い、リンは了承していた。
『また勝負を挑んで来たら、容赦しない。その後は覚えておけ』
とも、リンはあの時ゼスタに言われていたいけれど。
「勝てば問題ない、油断しない!」
そう意気込んで勝負に臨んでいた。
「そうだな……人に言うなよ?」
「言わないよー」
「25」
「ん? あ、靴のサイズ?」
「じゃなくて、生きてる年数、俺の」
彼の実年齢だと気づき、リンはびっくりして反応が遅れた。
「……は? 5歳じゃなくて?」
「なわけないだろ」
「そっか、そーだよねー。うん、そっかぁ。へー」
じろじろリンはゼスタを見る。
ゼスタは少し恥ずかしげに顔を背けた。
(でも、あたしから見たぜすたんの印象は、リーアさん家で見た、「まなーなんて、しらねー。はらへった」って言ってた5歳くらいの男の子かのかも。……って言ったら、ぜすたんふて腐れそうだよね)
ふふふっとリンは笑みを浮かべる。
「次いくぞ、次ー」
ゼスタはトマトジュースを飲み干すと、次の勝負の用意をする。
「あのさ」
始めながら、ゼスタがリンに話しかけてきた。
「あのこと、解決したから」
「あのこと?」
「アレナをモノにするって件」
「……!?」
リンの手が止まる。
「神楽崎や、アレナが今大切に想ってる人達がいなくなった後、彼女は俺の下にくるそうだ」
それまでの間も自分に尽くすことを約束してくれた、とゼスタはリンに話した。
「ぜすたんのこと、心から好きになったの……でもそれなら」
大切に想っている人達がいなくなってから、というのは変だなとリンは思う。
「普通の剣の花嫁のように、パートナー……神楽崎とまた会える日まで、眠っていたいたいんだと。その間、俺に守っていて欲しいと言ってたが」
そのつもりはない、とゼスタは言う。
アレナが自分の元に来たその時、彼女の記憶を消し、自分はアレナという最高の傀儡を手に入れるのだと。
「そんな言い方してるけど、ぜすたんは自分のことだけ考えてるわけじゃないよね」
ただ、あの子は――ゼスタのことを考えてないなと、リンは少し悲しくなる。
ここ最近、彼が少し寂しげな理由も解ったような気がした。
「は? 自分の事しか考えてねーけど」
「記憶が無くなったら、あの子はぜすたんと一緒に楽しく『生きれる』もんね」
アレナを苦しめているのは、5000年の記憶。生きたくないと思ってしまうのは、辛い経験が――記憶があるから。
「自分のモノとして、失わないために、ぜすたんはあの子を大事にするだろうし」
「……負けた」
「え?」
「いや、チェックメイト」
「ええ? あーっ!」
真剣に話を聞いていたせいで、リンは勝負に集中しきれなかった。
「で、アレナが最高の傀儡になるためには、星剣の存在は欠かせねーんだけど、それも回りの奴らがどうにかしてくれそうだし」
素早く次の準備をして、ゼスタはまた気になる話をしつつ、駒を進めていく。
「俺は、時が来るのを待っているだけでいいんだ」
呟きのようなその台詞は、暗かった。
どんな言葉をかけたらいいのかなと、考えているうちにゲームは進んで。
結局リンはその勝負にも負けてしまった。
「ええっと、みゆうに内緒で、怪盗の片棒を担いだことがある」
「どんなことをしたんだ?」
「それはねー」
リンは苦笑しながら、リンはゼスタに秘密を語っていく。
もう一つも、パートナーの関谷 未憂(せきや・みゆう)内緒のこと。
怪盗に扮して、警備を混乱させたことがある、という話をゼスタにした。
「なるほど、目的の為に悪いこともしちゃうわけだ」
「へへへ……っ。あ、そろそろお茶飲み頃かな」
ガラスの急須を手に取って、リンは小さなグラスにお茶を注いでいく。
予め茶葉と氷を入れてあったものだ。
普通に淹れるより甘みやコクが増すと、未憂に教えてもらったのだ。
「はい、ぜすたん」
「さんきゅー」
背もたれに背を任せ、足を伸ばし、リラックスした姿でゼスタはお茶を飲む。
「うん、上手くできたみたい。美味しいね」
「ん。こういう甘味も美味いよな」
ゆっくりとお茶を堪能してから。
身を起こして、グラスをテーブルに置くと。
「それじゃ、俺の願い、聞いてくれる?」
ゼスタは悪戯気な笑みを浮かべて、リンに言った。
「しゃーない。負けちゃったし」
「それじゃ、リン。今日からお前は俺の奴隷だ」
「え? 今日から? から? ずっとのお願いはダメだよ」
「そっか。まーでも、お前口軽くないみたいし、色々話しちまったし……監視もしたいから、そのうち俺ん家、来いよ。関谷が学校卒業したら、住み込みでウチで働いてほしいんだけど」
何時も通りの軽い口調だけれど、真剣さも感じた。
「で、こっちがホントのお願い」
ゼスタがチェスをしていたテーブルを指差した。
「テーブルに座って。そして目を閉じろ」
笑っているが、ゼスタの目はどこかしら鋭い。
でも、リンは怖くもなんともない。
「なんか命令口調だー」
言い方はともかく、それはリンが前回ゼスタに求めたのと同じことだ。
リンは言われた通り、テーブルに座って。目を閉じた。
……でも、薄目は開けておいた。血だけは吸われたくなかったから。
「バレバレ」
ゼスタの大きな手が、リンの目をふさいだ。
「血は吸わない。けど、血を吸わなくたって、奪えるってこと……知ってるだろ」
ごく近くからその言葉は聞こえてきた。
その直後。
リンの唇に温かな感触があった。
「ん……っ」
次の瞬間、強い感情がリンの中に生まれる。心が勝手に彼に魅了されていく。
(ちがう、あたしの感情じゃない、でていけーっ)
リンは生まれようとする気持ちに必死に抵抗する。
だけれど、急激に体力が奪われていき、深い闇の中に意識がひっぱられる……。
リンが目覚めたのは、翌朝だった。
アレナのベッドの上にいた。
身を起こすと、サイドテーブルの上にあるメモが目に付いた。
『ごちそうさま』
と、ゼスタの字で書かれている。
窓には、お土産に持ってきて風鈴がかけられていて。
ちりん……と、小さな音を立てていた。
(1人で聞くと、さびしい、音かも……)
そっと目を閉じる。
脳裏に浮かぶゼスタの表情と重なる音。
それが眠る前に、開いた目で見た顔なのか……違うのか、わからなかった。
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