蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

帝国の新帝 束の間の祭宴

リアクション公開中!

帝国の新帝 束の間の祭宴

リアクション




 エリュシオン宮殿 



 その頃、聖の送ってきた招待状を手に、その表情を緩める選帝神ノヴゴルドは、エリュシオン宮殿内にある公邸にあった。
「やれ、楽しみなことだの」
 選帝神と言うより、ただ一人の老人に戻ったかのような口調で呟いた、その時だ。ドアをノックする音がして、頭を下げながら入ってきたのはクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)だ。
「白輝精への報告書の承認を貰いに来ました」
 そう言って、報告書の束を執務机に出しながら、クリストファーは「とは言うものの」と苦笑した。
「『そんなの面倒くさいからノヴゴルドに任せるわよ。今は彼が選帝神よ』と言われるのがオチだとは思いますが」
 その口調に、さもありなんとノヴゴルドは少し笑って肩を竦め、クリストファーの報告書を受け取った。それをめくりながら、自身の留守中にあった事件の一節を見つけて、ノヴゴルドは目を細めた。
 クリストファーの報告書に目を通しながら。
「その節は、随分と世話になったようだの」
「いえ……あの老人は、どうされるんです?」
 ノヴゴルドが行方不明とされていた間、偽造された委任状を持ってジェルジンスクに現れた老人のことだ。クリストファーの働きのおかげで、委任状は偽造であると判明し、ジェルジンスクへのオケアノスの密やかな侵略は、表へ出る前に消えることとなったのだが、ラヴェルデに通じていたとは言え、その仕事振りは疎かでなかった部分をクリストファーは評価していたのだが、ノヴゴルドは重たく首を振った。
「あれはラヴェルデの手駒であるからの。有能であるのは間違いないが、生かして使うにはリスクが大きい」
 裏切ったからには、あれも覚悟の上であったろう、と、ノヴゴルドは厳しい意見だ。息をついたノヴゴルドは、自らの領地を想うように目を細めた。
「欲と言うのは難しいものよ。かつては豊かな土地柄を羨まれたジェルジンスクにも、栄え富んだオケアノスに憧れる者が出てきておる……」
 独り言のような呟きに、何とも言えない顔をしながらも、クリストファーは勤めて事務的に続ける。
「あの老人、これで終わったとは思っていないだろう、と言い残していましたが」
「よほど深く、ラヴェルデの奴めに繋がっておったのだろうの」
 処分を待つ身の上となっているとは言え、あれは何をしでかすか、ノヴゴルドはラヴェルデへの敵意にも似た感情を滲ませると、再び息を吐き出してそれを払うように首を振った。
「兎も角にも、あれの手を退けられたのは、そなたのおかげよな」
「いえ……」
 その言葉に恐縮しながらも、クリストファーは首を振った。
「ジェルジンシクを守れたこと……結果的に、エリュシオンが守られたことは喜ばしいですし、一安心、といったところですが、予断は許されない状況です。それに……」
 クリスファーは苦笑し、素直に心の内を吐露した。
「好奇心と……白輝精のいた場所だから、という個人的な動機ですから」
「白輝精どのか」
 言葉の内容は気にした風はなかったが、かつての上司であり、今も自身はその代理と自負するノヴゴルドは、その名に苦笑気味に目を細めた。
「息災であるとは思うがの……便りがないのは良い便り、ということじゃろう」
 ノヴゴルドは溜息をついたが、それだけ白輝精はノヴゴルドのことを信認している、ということでもあるのだろう、とクリストファーはくすりと笑うのみに留めた。そんなクリストファーに手ずからお茶を淹れて渡しながら、それではこちらの状況も報告せねばな、とノヴゴルドは背もたれに体を預けて目を細めた。
「さて……どこから話したものかの?」
 と、選帝の儀に纏わる、長い話を始めたのだった。



 同じくエリュシオン宮殿の一角。
 新たなカンテミール選帝神として、正式に就任し、宛がわれた宮殿内の公邸で式典の日を待つティアラ・ティアラの元を訪れた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、慇懃に頭を下げている所だった。
「私のような下々の人間にも会っていただけるなんて、選定神の寛大な御心使いには真に感謝致します」
「そんな心にもないこと、言う必要ないっていうかぁ」
 そんな小次郎に、ティアラは肩を竦めて部屋に通すと「でも、意外ですねぇ。ティアラに会いに来るとは思ってなかったですよぉ?」とからかうように言いながら小次郎にソファに勧める。その正面で、自らのパートナーである龍騎士であるディルムッドを侍らせるティアラに、小次郎は小さく笑った。
「中々、貫禄がついてきたじゃないですか」
「どさくさで選帝神に収まったにしては?」
 そんな言葉に、ティアラが意地悪く笑うのに、小次郎が否定も肯定もしないでいると、ディルムッドの方が微妙に顔を顰めた。無礼な、とでも思っているのだろうが、小次郎のみならずティアラもそれをスルーして肩を竦めた。
「ステージに立つアイドルを舐めてはいけませんよぉ。臨機応変に空気作れるのが、アイドルですしぃ」
 そんなティアラの立ち振る舞いに、内心僅かに感心しながら、いくらか世間話に花を咲かせて場を和ませてから、カンテミールの今後についてどう考えているのか、と小次郎は尋ねた。
「ラヴェルデの後ろ盾を失った今、ティアラ殿の実力が試されるわけですが」
 挑戦的にも聞こえるその言葉に、ティアラは目を細めた。
「後ろ盾は失いましたがぁ、選帝神の看板は大きいですしぃ。反発があるぐらいのほうがぁ、征服する甲斐もあるってものじゃあないですかぁ?」
 挑み返すように言って「カンテミールを、ティアラ色に染めてみせますよぉ」冗談めかすように言ったティアラだったが、小次郎はあえてそれを笑い飛ばさずに目を細めた。
「そうやって、選帝神と言う名の権力で手にした人気に、価値があると思ってます?」
 鋭く切り込んできた小次郎に、ディルムッドが気色ばんだが、ティアラは寧ろ面白がるようににっこりと笑った。
「権力で得られた人気は本物じゃない、って言いたいんでしょう? それ、ちょっと違うっていうかぁ」
 権力で作るのは人気ではなくただのコネクションであり、人気を得るということこそが、権力を作るのだ、と語るティアラ、小次郎はあえて反論せずに肩を竦めて見せた。
「エカテリーナ嬢が、それを黙認するとも思えませんがね。手を組んだんでしょうに」
「シブヤ化するとは言ってないですよねぇ?」
 思わずと言った調子でむうっと口を尖らせた所を見ると、完全に主導権を握りきれなかったことは、まだそれなりに気にしているようだ。だが「エカテリーナちゃんはぁ、趣味は全然これっぽっちも噛みあわないですけどぉ……無駄に反発してお互いを削ぐより、掛け算やってくほうが建設的ですしぃ」と負け惜しみでも無く語る、そんな固執するでもない切り替えの早さが、何のかんのと上手く立ち回って、選帝神に収まったティアラの本当の能力なのかもしれない。 
「住み分ける必要も、ティアラは感じてないっていうかぁ。エカテリーナちゃんの実力を考えれば、おいしいところをどっちも取りに行っちゃえ? みたいな?」
 エカテリーナのことを憎からず思っている様子が声の端々で聞こえるのに、小次郎は思わず口元を緩めた。
「楽しそうですね」
「楽しいですよぉ」
 ふふ、と緩むティアラの口元は、普段のアイドルらしい笑みに比べて、随分と柔らかかった。
「ティアラが手に入れたのは、多分、舞台なんですよ。舞台は広い方が、気持ちいいですしぃ」
 仮面を被るのも、打算で動くのも、ティアラにとってはアイドルと言うステージの上と同じようなものなのだろう。嘘やお世辞や本音を隠した世界は、苦ではないというと嘘になるのだろうが、やりがいのある世界です、とティアラはにっこりと笑って見せた。
「エカテリーナちゃんや、あなたみたいな人が舞台裏にいてくれれば、ティアラ的には充分ですよぉ」
 そう言って、普段表では余り出ることの無い、挑戦的な光をした目で、ティアラは悪戯っぽく笑った。
「煮ても焼いても、食いづらそうな人、ティアラの前にはこの先、あんまり出てきてくれないでしょうしぃ?」
「恐縮です」
 言われた意味がわかっていながら、わざとらしく慇懃に頭を下げる小次郎に、「褒めてないんですけどぉ?」とティアラは心底楽しそうにして笑ったのだった。