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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 選帝神 ラヴェルデ 



「こうして直接顔をあわせるのは、はじめてですね」

 時を同じく、エリュシオン宮殿の一角。
 公邸に軟禁状態のラヴェルデの元を訪れたのはセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)だ。
「流石に大変でしたよ。セルウス様の、ノヴゴルド様暗殺容疑を晴らすため、選帝の間まで奔走した時は」
 その苦労を思い出し、言葉に強い敵意の滲むセルフィーナは、にっこりと笑っている分余計に迫力があった。語りたい事は幾つもあるが、とりあえずそれはさておいて、セルフィーナは正面からラヴェルデを見やった。
「あなたが手を組んでいた者について、ご存じのことを全て、お話し願えないでしょうか」
 だが当然、はいわかりましたと口を開くような相手ではない。眉根を下げ、困ったような顔と態度をしているが、ラヴェルデの目は何も話す事はないと語っている。焦れたように息をついて、セルフィーナは目を細めた。
「……わかりました。オケアノスにあるグランツ教の教会ですが、あれはもうエリュシオン帝国には不要なものなので、祝賀祭の景気付けに破壊してしまいましょう」
 脅しを含んだ不穏当な言葉は、ひやりとするような冷たさがあったが、ラヴェルデは面白がるように笑った。
「本当にテロリストになりたいようですな?」
 挑発とも取れる言葉に、反射的に腰を浮かせかけたセルフィーナを抑えるように、女商人ミネコとして同席していた黒崎 天音(くろさき・あまね)が微笑んで「なるほど」と呟くように言った。
「確か、足並みを揃えているわけではない、とのことでしたものね……あの教会には、ちゃんとした表の部分がある、ということですわね?」
「左様」
 その言葉に、ラヴェルデは薄い笑みを深めた。
「確かに、帝国の臣民でありながら、別の神を信仰しているという点で、あまり好ましからぬことではありますが、思考を縛る法はありませんのでな。罪なき人々からその支えを奪うおつもりかな?」
 アールキングとの繋がりは明らかで、アールキングとグランツ教の繋がりも明らかではあるが、言質は兎も角として、屋敷に残されていた、グランツ教との繋がりの証拠となる物件は以前始末されている。それ故の余裕もあるのだろうか。
「帝国とシャンバラの確執は、昨日今日で晴れるものではないということを、身に染みることになるでしょうな」
 やんわりとした口調ではあるが、譲る気配のない語調に、軟禁状態であり、裁きを待つ身にしては弱ったところはない。それが逆に、変な覚悟を抱いてはいないかと天音は注意深く観察するが、後のなさを自覚した無謀さも感じられない。その理由を探るように天音が目を細める中「沈黙を保とうと、無駄なことですわ」とセルフィーナは語気を強めた。
「ここですっきりはっきりさせた方が、お互いのためですわよ」
 更に凄むようにセルフィーナが言ったが、、ラヴェルデの態度は変わらない。今の立場は微妙になっているとは言え、古くからその座を譲らぬ帝国の一柱である。生半な脅しでは屈しないぞと言わんばかりのラヴェルデの無言の意思表示に、空気が剣呑に淀んだ。

 そんな中、空気を割る形でその部屋を訪れたのは、ヘルを伴った呼雪だ。
「……間が悪かったでしょうか?」
 リュートを片手に、室内の面々を見渡して、あえてとぼけた様に首を傾げると、ラヴェルデは表情を崩して「いいや、話は終わったところだ」と、何か言いたげなセルフィーナの言葉を遮るように大袈裟に歓迎のポーズを作って、傍に寄るように手招いた。
「思いの外、お元気そうで何よりです」
 逆らわずソファに腰掛けた呼雪は、ポロンとリュートを爪弾いてラヴェルデに微笑んで見せた。
「お部屋に籠もりきりというのも、気が滅入るのではと思いまして」
 そう言って、許しを得て静かな曲を奏でながら、タイミングを計って「新帝とはもうお話をなさいましたか?」と切り出したのに、いいや、とラヴェルデは首を振った。エリュシオンではその不安の払拭のために、何よりも即位が優先されているのだ。耳障りの悪い案件は、少なくとも式典の後へと先送りされているらしい。予想通りの答えに頷きながら、呼雪は曲に乗せるような口調で続ける。
「あなた様は、あなた様が思うまま、包み隠さずお伝えすれば良いのです……彼なら、きっと受け止めてくれるでしょう」
 その言葉に、ラヴェルデは軽く眉を上げた。ラヴェルデにとっては、セルウスは殺そうとまでした政敵だ。良い感情を持っていないのは当然だろう。そんなラヴェルデに、呼雪は「……ずっと、考えていました」と、ゆっくりと謳うように続ける。
「争い、奪い合い、殺し合うのが人の定めなのか。与えられた悲しみや憎しみを、同じままに返し続けるのか……セルウスは、ひとつの答えを見せてくれました。今、帝国に、この世界に必要なのは何かを」
「随分と、あの子供の肩を持つのだな?」
 幾分か表情は和らぎはしたが、鼻を鳴らすラヴェルデの言葉の端々に、あのような子供に何が出来る、とでも言いたげな音が混じっているのに「ヴァジラはどうなのです? 彼も子供ではないですか」と、からかうように口を挟んだのは天音だ。
「そうそう、ヴァジラといえば……彼が、失敗作、と口にしたと聞き及んでおりますわ。皇帝候補と呼ばれながら、そう自身を称した理由はなんです?」
 一瞬、眉を上げたラヴェルデは、探るように天音を見、軽く鼻を鳴らして口を開いた。
「……言葉の通りだ。彼は失敗作として生まれたのだよ」
 沈黙する一同に、ラヴェルデは続ける。
「ウゲン・カイラスと言ったか。その男が、ブリアレオスを動かすための鍵を作ろうとして失敗し、そのまま捨てられてしまった子供の一人……だ、そうだ」
 その言葉の内容もだが、何よりその挙がった名前に、同席していた一同が僅かに顔色を変えた。その反応に目を細め、観察するようにしながらラヴェルデは更に続ける。
「アールキングからはほかの子供は死んでいた、と聞いている。どの位放置されていたのかも知らん、ともね。辛うじて生き延びた子供に力を与え、私の前に連れてきた、と言っていた」
「……随分素直にお話くださいますね」
 先程の脅しでは、口を開かなかったのに、という皮肉の混じったセルフィーナに、アールキングと繋がっていることはすでにはっきりしているのだから、このくらいは今更隠し立てしたところで仕方がないことだ、とラヴェルデは笑う。
「アールキングに切り捨てられて、ショックはないの?」
 その、あまり気負った所がない様子をいぶかしんでヘルが問うのに、ラヴェルデは肩を竦める。
「あの方は、この滅び行く世界の後に、真の王となる方だ……役に立たねば捨てるのは当然のこと」
「そんな、使い捨てしちゃう相手なんか、すっぱり見切りつけちゃいなよ」
 どこか陶然としたような、いまだアールキングに対しての信望を覗かせるラヴェルデに、ヘルは肩を竦めた。
「ヴァジラへの処遇を見れば、セルウスの寛容さも窺えるってものだよ。まだお子さまだからかもしれないけど、懐の広さはアスコルド以上かもね」
 だからこの際、洗いざらい吐いてドーンと任せちゃえば? と続けたヘルにラヴェルデは面白そうに笑う。
「その寛容さで、捨てられた私を哀れんでくれるだろう、とでも言うのかね?」
 何時になく自虐的なラヴェルデに、呼雪は思わず手を伸ばし、ひたと手の平に触れた。振り払うこともなくその感触に目を細め、僅かに表情を変えるのに、呼雪はオケアノスを訪れた折の街の様子、そして彼の邸の人々と民の言葉を伝えると、触れた手を更に握りこんだ。
「オケアノスにとって……これからのエリュシオンにとって、ラヴェルデ様は必要な方です」
 セルウスもそれを理解するでしょう、と呼雪が言うのにラヴェルデは「必要……か」と意味深に笑みを浮かべた。
「左様であろうとも。かくあるべく、私はオケアノスを治めてきたのだから……彼の地で私の後釜を据えるのは、容易いことではないぞ」
「……それが判っていたから、出頭してきたのですね?」
 ラヴェルデの言葉に天音が軽く目を細めると、その笑みが肯定した。全てを諦め、自害するのではないかと疑っていたが、十分自分に有利であると判っているからこそ、エリュシオン宮殿へと戻ってきたのだと理解する。恐らく、もし処罰が決まったとしても、そこから抜け出せるだけの策も携えているのだろう。アールキングとヴァジラという手駒を失ったことがかえって、焦りと動揺の中から本来の姿を取り戻したのかもしれない。
「先の皇帝が私の首を挿げ替えなかった、いや、挿げ替えられなかった理由……果たして、あの子供がその意味を真に理解しようかね」
 その言葉に呼雪が反論する前に「ヴァジラには、覚悟があった」とラヴェルデは続ける。
「他の全てを犠牲にしても、どんな手段を使っても、自らのために運命を掴む、覚悟が」
 それに対して、セルウスはどうだ? と嘲笑うように言うラヴェルデに「それは」と反論しようとして、その目が言葉と裏腹な何かを見ているのに気付いて、呼雪は口を噤んだ。それに気付いているのか否か、ラヴェルデは一同から顔を隠すように背を向けると「滅亡へ至る運命が、変わったわけではない。だが、あの子供がアールキングを退け、ヴァジラの運命を越えたのもまた事実……」と呟くような声と共に息をついて、ラヴェルデはことさら挑戦的に口を開いた。
「……果たしてあの子供は、アスコルドにも成せなかった事を、成せるのかね?」
「俺は成せると、信じています」
 呼雪が即答すると、ラヴェルデは笑うように肩を揺らし振り返りもせずにこう応えた。

「ならば、私を如何様に扱うか、拝見させてもらおう」





 そうして、皆が去ったところで、すっと物陰から姿を現したデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)に「聞いた通りだ」とラヴェルデは目を細めた。
 デメテールは、秘密結社オリュンポス参謀の天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)から伝言を受けて、ラヴェルデに密かな接触をしに訪れていたのだ。セルウスに反旗を翻すなら、オリュンポスが手を貸す、という十六凪からの言葉を面白そうに聞いてはいたが、その態度からは乗り気なのかどうかは窺い知れない。
「本当に、今脱出しとかなくていいの?」
 少なくとも、暫くはこの状態を甘んじる、というラヴェルデに、デメテールは首を傾げた。
「このままだと、セルウスに裁かれるか、ナッシングに暗殺されちゃうかもしれないよ?」
「セルウスは兎も角、暗殺と言う手段はあるまいよ。私は未だ、あの方の駒の1つの範疇にある」
 その言葉に、ラヴェルデは意味深に笑って、幼い少女の頭を小さく叩くように撫でると、孫に内緒話でもするかのように声を潜めた。
「利用価値が、完全に失われた時の方が危険なのだよ、お嬢さん。味方でも、敵でもないことが、保身の最も近道となることもある」
 公の地位を維持することで、自身をアールキングが直接狙ってこれない状況に置き、同時に「アールキングに見限られた存在」であるのを隠れ蓑に、どちらにとっても利用しやすい立ち位置をキープしているのだ、と。その説明を完全に理解したわけではないが、何か策を巡らせている時の十六凪と似たような笑い方をする何となく察したのだろう。デメテールは口を尖らせた。
「そういうの、狸オヤジっていうんじゃないかな」
「はっはっは、その通りだとも」
 気を悪くする風でもなく、心底おかしい、といった調子でラヴェルデは笑って「帰って伝えなさい」と目を細めた。

「利用するならば、そうするがいい。その覚悟があれば、だが」