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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 世界樹ユグドラシル 2 



 その頃、ユグドラシルにあいた大穴を、風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の二人は複雑な心地で見上げていた。
「同じような事をイルミンスールに対して行われた、と想像をするだけでゾッとしますわね」
 呟くように言ったノートに、頷く望の顔も苦いものだ。
「パラミタの世界樹の中では、第1位のユグドラシルに対して、コレですから」
 それに、今回召喚されたのは、アールキングの一部に過ぎないのだ。召喚された場所が悪かった、という側面があるにしても、脅威なのには変わりない。それでなくとも、かつて先代のイルミンスールを滅ぼした存在なのだ。
「いつまたイルミンスールを狙ってくるかも判りませんし、後手に回りっぱなしと言うのも癪です」
 舌打ちしかねない調子でそう言って、望は不穏な表情で目を細めた。
「正直、ここらで型に嵌めてフルボッコにしたい所です」
「ちょ、望! 望!?」
 言葉と共にぞわっと纏った殺気にも似た恐ろしげな気配に、ノートの顔に思わずじとりと汗が滲んだ。
「腹黒い事はいつも通りですけど、言葉に出てますから!?」
「ああ、失礼いたしました」
 しれっと言ってもういつものように笑っているのが、逆に恐ろしい。滲み出る黒さに、ノートが気のせいではない寒さを背中に感じていると、「ところで」と、不意に望はノートを振り返った。
「情報等はこちらにも回して頂ける様に、お嬢様の方から根回しして頂けたんですよね?」
「…………」
 その言葉に即答がないのに、じっと無言の視線を向けるとノートはふっと視線をそらした。その横顔が引きつっているのは、多分気のせいではあるまい。
「……シ、シテマスワヨ」
「じゃあ、こっち見て言って下さい」
「こ、ここまで入れただけでも良いじゃないですか!」
 そう言って、ノートは側面をごっそりと抉るように開いた穴から、選帝の間の入り口に立っている龍騎士たちへと視線をちらりと向けた。選帝の間の天井を貫いたアールキングの残した傷跡の上。本来であれば、選帝の間の真上に当たる場所に、ノートたちは立っているのだ。
 本来、選帝の儀以外、それも選帝神と皇帝候補者しか立ち入ることの許されない場所ではある。アールキングに食い破られて酷い有様になってしまっている今、調査や修復の為にある程度は解放されているとは言え、流石に誰も彼もというわけにはいかない。彼ら第三龍騎士団の騎士達が当然警備に当たっており、中へ入れないまでも、その外周を調査していられるのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)と共に、教導団の氏無が現場に来ているからというのも、いくらかあるだろう。
「ただの便乗じゃないですか」
「結果オーライですわ!」
 じとりとした目が向けられるのに、言い切るノートの声は必死だ。そんな二人の様子を横目に、氏無は笑ってちょいちょい、と二人を手招いた。
「まぁこっちいらっしゃいよお嬢さん方。情報は多いに越したことはないから
「ほら望、根回し成功ですわよ!」
「これは同情されたと言うんです、お嬢様」


 そんなやりとりを遠巻きに、警護を担当している騎士達に、頭を下げて回っているのはリカインだ。
「あの時はすいませんでした」
 言われた騎士の方は、複雑に眉を寄せる。
 彼らは、セルウスを選帝の儀に間に合わせるために、ユグドラシルへ侵入した際、リカインに吹っ飛ばされてしまった者達だ。正面から堂々と立ち会ったのならば、リカインも頭を下げることはなかったのだが、殆どだまし討ちのような状況での出来事だ。それ故に、騎士達も何とも言えない顔だったのだが、内一人が緩く首を振った。
「結果的に、お前たちの働きでユグドラシルは守られたようなものだ。謝る必要は無い」
「そうだな」
 他の騎士も頷いたのに、リカインは困った様子で「でも」と反論しようとしたが、騎士の方は苦笑を深めた。
「何より、どんな形であろうと勝負は結果が全てだ。我等は足りず、負けた。謝られても困る」
 騎士は騎士道を重んずるとは言え、敵が全て騎士であるはずは無く、いつも正々堂々と来るものではないし、奇襲もだまし討ちも戦術の一貫である。ユグドラシルを守護するのが任務である以上、それを果たせなかった時点でどんな言い訳も意味が無く、敗北はただ、敗北である。
 それ以上の言葉は、かえって騎士達のプライドに傷つけると悟ってリカインは口を噤むのに、騎士は僅かに表情を緩め「しかし惜しいな」と呟いた。
「度胸も気迫も、シャンバラには勿体無い。陛下とご縁も深いようだし、いっそエリュシオンに籍を置かんか?」
 いくらかは冗談のつもりで言ったのだろうが、騎士のその言葉に、リカインは真っ直ぐその顔を見返した。
「シャンバラだとか、エリュシオンだとか、関係ないわ」
 その強い口調に、騎士が目を瞬かせる中リカインは続ける。
「今回の騒動で、セルウス……陛下、にはかなりの契約者が協力したけれど、そのほとんどはシャンバラへの利便のためじゃないもの」
 そもそもセルウスが皇帝になるとは、当時は思いも寄らなかったものだ。後先で言うなら、友達になった相手を応援していたら、皇帝になった、と言ったほうが正しい。
「今は、拘ってる場合じゃない。あなたたちも、アールキングの脅威を目の当たりにしたはずでしょう」
 その言葉に、顔色を変えた騎士に、リカインは真剣な顔で頷いた。
「直ぐには難しいのかもしれない。でも、あの脅威に立ち向かうには、力をあわせないと」
 そうでしょう、と訊ねる視線に、騎士達は顔を見合わせた。シャンバラとエリュシオンの間には、未だ根強いわだかまりが横たわっているのだ。直ぐには割り切るのは難しいだろう。だが、僅かな沈黙を挟みはしたが、騎士は複雑な顔で「力をあわせられるかどうかは、わからんが」と前置きしつつ、その手をリカインへと伸ばした。
「―――……当面、敵として相対はしたくないな」
 その言葉に含まれた様々な思いに、リカインは目を細めてその手を握ったのだった。



 そうして、リカインが龍騎士達と交流を深めている姿を眼下に、北都の回収した武器を手にした氏無とディミトリアスが、揃って難しい顔をしていた。
「こんな時に、仕事の話を持ちかけてしまってすみません」
 そう言って頭を下げた北都に、氏無は苦笑して首を振った。
「気にしなさんな。こんな時だから、疎かにしちゃいけないことだからね」
 そうして先の言葉を待つ様子の氏無に、北都は頭を下げながら、報告を続けた。
「先日、オケアノスの中心地にある、グランツ教の教会の倉庫で見つけた武器ですが、それらに刻まれていた刻印は、ディミトリアスさんの一族を滅ぼした人たちが持っていたものと同じでした」
 超獣事件で、巫女の記憶を見ているため、間違いはないだろう、と続けて、北都はポケットからぺらり、と何かのマークが描かれた紙を差し出す。それは、選帝の間で撮影された記録映像にも映っていた印だ。
「これが、その時に武器に付けた印です」
 それは、今氏無が手にしている武器……選帝の間で、アールキング召還の際に使われていたそれらにも、全く同じ印が付けられている。その意味は言わずもがなだ。
「一万年前の武器を所持していても問題はありませんが、その武器がユグドラシルを危機に陥れるために使われたとなれば問題でしょう」
 そう言って、一瞬ディミトリアスを気遣うように見てから、北都は続ける。
「ジェルジンスクで選帝神ノヴゴルドを暗殺しようとした時に使われたのも、この武器だと思われます」
 それには、ディミトリアスが「間違いないと思う」と頷いた。
「少なくとも、あの時少女に殺された男達が持っていたのは、確かにこの槍と、剣だ。僅かにだが、俺の命を砕いた時の気配が残っている」
 思い出したくもないような苦い記憶だろうが、それだけに間違いはないだろう。頷いて、クナイが後を引き取るようにして続けた。
「その時回収していった少女と思しき、白いフードの人物が出入りしていたのも確認されてます」
「それから……偶然ですが、教会内で、アールキングとオーソンの会話を耳にしました」
 続けて、教会に侵入していた際に北都が聞いたという会話の詳細を説明すると、氏無の眉根が僅かに寄る。騙している相手、騙されている相手、というのは、どちらが誰かは断定できないが、少なくともラヴェルデやヴァジラがそこに含まれているのは間違いないだろう。北都は苦い顔を隠さず、説明を続ける。
「アールキングとグランツ教の繋がりは確定しています。ただ……」
「一般信者は、多分、何も知らない普通の人々だろうねぇ」
 氏無がため息をつくように言い、北都も頷いた。
「信仰を別にすれば、彼らは純粋なボランティア団体のようなものでした」
 実際に混じってみたから良く判るが、あそこにいた殆どの信者は、ただ不安を信仰に託しただけの、ごく普通の人々だった。クナイの調べで、テロリストの少女だけならず、貴族らしき姿もあったというが、それでもそういった後ろ暗い者達の方が恐らくはごく一部だろう。
「本来なら、最も関与の深いラヴェルデ氏も交えてお話しできれば良かったのですが」
「素直に口を開いてくれる御仁じゃあなさそうだしねぇ」
 クナイが複雑な顔で言ったのに、氏無が苦笑すると、僅かな沈黙の後で「氏無さん」と北都は姿勢を正しなが口を開いた。
「氏無さんは教導団の人間ですし、帝国の方とも、繋がりがあるようですね」
 その言葉に、僅かに首を傾げつつも頷いた氏無に北都は続ける。
「エリュシオンの上層に、話を持ちかけて頂きたいのです」
 氏無が僅かに細めるのに構わず、北都は先を続ける。
「ヴァジラを王に据えようとしたのは、計画の一つに過ぎません。今も別の計画が動いているでしょう」
「……たとえば、イルミンスールを超獣に狙わせたみたいに」
 望が付け足したのに、北都は頷いて肯定する。
「セルウス様がエリュシオンの皇帝となられた今こそ、シャンバラとエリュシオンが共に立ち向かって行くことができるはずです」
 そして同時に、共に立ち向かわなければアールキングやオーソンといった大陸を蝕む幾つもの脅威を前に、太刀打ちできなくなる日が、遠からず訪れるはずだ。その言葉に「そうですね」と頷いたのは望だ。
「パラミタ最強の筈の世界樹で、この有様。失敗したからには、もっと巧妙な手口か、あるいは強引な手口で、事を進めてくるでしょうし……」
 考えるだに、嫌な感覚ばかりが沸いてくるのに、望は眉を寄せた。相手は一万年も前から、機を伺い暗躍してきた存在だ。しかも、かつてのイルミンスールを滅ぼした程の力を持った、だ。
「世界樹単独で対処できる様なレベルは、超えてますね」
 望がため息をつくのに、ノートは「弱気になっていますの? 珍しいですわね」と挑戦的に言って、空の覗ける深い傷跡を見上げて目を細めた。
「それをどうにかしなくてはいけませんのよ。世界樹ですらないわたくし達自身の手で」
 その言葉に、北都達も強く頷いたのだった。



 同じ頃、ユグドラシルの通路の中に残された、激闘と死の痕跡の上に記憶を蘇らせながら暇を潰していた竜造は、流石に退屈になったのか周囲を見回し「いつまで掛かってんだ?」と呟いた、その時だ。
「お待たせ」
 そう言って、近づいてきたのは徹雄だ。その腕に大きな荷物が抱えられているのに、竜造は目を細めた。
「見つかったのか」
 頷き、ユグドラシル内を探し回ったのか「苦労したんだよ?」と肩を竦める徹雄の言葉を半ば聞き流しながら、竜造は横たえられた遺体を見下ろした。何らかの処理が行われているのか、傷跡やこびりついた血まで、未だ鮮やかな色を残している。眉を寄せた竜造に徹雄は肩を竦めた。
「身許がわかるものとか、調べるつもりだったんじゃないかなあ」
「ふん」
 興味なさそうに鼻を鳴らして、竜造は少女の遺体を持ち上げると、そのまま肩に乗せた。とてもテロリストだったと思えないほど、細く小さな体に等しく、軽い。それが意外に思えて、竜造は目を細めた。
 振り下ろされ、ぶつかり合った時の剣の重さ。皮膚に食い込んだ切っ先の鋭さ。それがこんな小さな体から発せられていたのかと思うと、妙な心地だった。感傷ではない。どちらかと言えば、感心に近いものだったかもしれない。
「もうちっと楽しんでも、良かったかもな」
 殺し合いだった以上、最後はどちらかがこうなるのは判りきったことではあるが、終わってみると勿体無くなってくるもので、言ってもせん無いこととは思いつつも呟きが漏れ、それを切り替えるように首を振って、竜造はそのまま出口へ向けて踵を返した。
 どうやら、その遺体を持っていくらしいと判って、徹雄はおや、と首をかしげた。殺しあった相手を悼んだり、憐れんだりするようなタイプないのは、よく判っている。それだけに、その行動が不思議に思えたのだ。
「一体何に使うのやら」
「使う、とか妙なこと言ってんじゃねぇ」
 思わず呟いた徹雄に、少女の遺体を担いだままで竜造は眉を寄せた。
「俺が全力で殺し合った奴を、何も知らずにお祭り騒ぎしてる奴らが住む場所の養分にしたくねぇってだけだ」
 そう言って、少女の体を運んでいく背中に、徹雄は肩を竦めながら「竜造も変わったのかな?」と聞こえないように呟いたのだった。



「それで……怪我人はいなかったでありますか?」

 死体の安置室が襲われた、という報を、樹隷たちと共に聞いて、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は思わずがたんと座っていた椅子から立ち上がったが、どうやら襲撃も一瞬のことで、無理矢理にというよりは忍び込むように現れて、置いてあった死体を持っていってしまったのだという。
「目的は判らないけど……凄い早さだったし、追いかけるのはムリだろうね」
 遺体を失ったのは気になるところではあるが、幸い怪我人はおらず、他に被害も無かったとのことに、ふう、と安堵の息を漏らすと、丈二は腰掛け直して、お茶で喉を潤した。
 式典の日を間近に、約束していたセルウスの冒険譚を披露している真っ最中だったのだ。せがむ少年達に、丈二は話を続けた。帝国を出てから、坑道を通り、コンロンへ渡り、帝都へも訪れ……ジェルジンスク監獄に入れられた下りでは、出来事自体は今となっては笑い話だが、そこに勤める樹隷とのハーフ達のこともあって、年長者たちの表情が一瞬曇った。帝国臣民でありながら不可侵の存在である彼らは、それでも神聖視されているという一面もあるが、彼らハーフはそうではない。本来生まれるはずのない彼らが、生きて働ける場所はそうは無いのだ。大人たちがそうやって顔を曇らせる中で、年若い子供たちは逆に、顔を見合わせて「でも」と表情を和らげた。
「セルウスが皇帝になったんだもん。これからもそう、とは限らないじゃん」
 その言葉に、丈二も頷き、自然に口元が緩んだ。
「きっと変わっていく筈であります」
 温泉も出来たって聞いたしね、と明るい顔をする少年たちだったが、その中でセルウスとなじみの深かったらしい少年は小さく苦笑を浮かべていた。
「まぁでも、お祝いしにいくには、間に合わないよな」
「仕方ないさ」
 それでなくても相手は皇帝なのだから、と残念そうな顔をするのに「そのことですが」と丈二は口を開いた。
「会えるように交渉するのはムリですが、寄せ書きを運ぶぐらいは、お役に立てるでありますよ」
 その一言の効果は絶大だった。皆はばたばたと慌てたようにペンを持ち寄ると、所狭しとそれぞれのメッセージを書き入れていく。
 やがて完成した寄せ書きは、文字を詰めに詰め込んだため、見た目は非常によろしくないものとなってしまっていたが、それも彼らの思いゆえだ。そこに込められた様々な言葉を噛み締めるようにしっかりと受け取ると「必ず、お届けするであります」と丈二は誓うように約束を口にしたのだった。