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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 舞踏会にて 2



 そうやって、大広間の中に外に、色彩も様々な花達が宮殿を彩る様子に「華やかだねぇ」と、警備の合間で目の保養を楽しんでいる様子の氏無に、じろり、とニキータが軽く咎めるような目線を喰った。
「あんまり鼻の下伸ばしてると、スカーレッド大尉に怖い顔されちゃうわよ」
 軽い意地悪を込めた言葉に、肩を竦めて背筋を直して見せた氏無にちょっと笑い、視線を同じくちらりと会場に向けると、ニキータも「はぁ」と溜息を漏らした。
「うちの天使ちゃん、かわいいわぁ……」
 呟きに、のんびりとした調子で「いいねぇ、癒されるねぇ」と相槌を打った氏無に、ねぇ、と同意の声を重ねていると、巡回の最中だったらしいアーグラが二人を見留めて足を止めると、ちらりと一度会場を見「シャンバラの華もなかなかのものだ」と口にした。堅物そうなアーグラにしては意外な言葉だが、どうやら精一杯の愛想だったようだ。無理しないでいいのに、とぼそりと氏無が呟いたのを聞かなかったことにして、曖昧に笑っていると、先程から警備のための目線の中に、羨ましげな色が混じっていたのに気づいたのだろう。「参加してくれば良かろうに」とアーグラは苦笑した。
「こちらの警備は足りている。どちらかといえば、君らは客人なのだから、楽しんでもらいたいところだが」
「代わりに天使ちゃんが楽しんでくれてるから、問題ないわ」
 にっこり笑って、ニキータは姿勢を正した。
「帝都防衛、今回みたいな事は起こっちゃいけない事だけど……第三龍騎士団の力、しっかり見せて貰ったわ」
 流石は帝都の守護神ね、と敬意を表すニキータだったが、アーグラは「その評価は身に余る」と、それに喜ぶでもなく、難しい顔だ。
「易々と侵入を許した不覚は、拭えるものではない」
「あれは、荒野の王を候補者として選帝の間に入れた時点で、防ぎようのないことだったわ」
 たどり着くことさえできれば、誰も防げない千載一遇のタイミングだからこそ、アールキングはそれに狙いを定めて、回りくどい方法をとってまで帝国で暗躍していたのだ。そうは言っても、それで納得できる様子はない。
「第三龍騎士団は、ユグドラシルの守りの要だ。防ぎようのない、などとは、言い訳に過ぎん」
 その会話を小耳に挟んで、「堅い……」と呟いたのは清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)だ。
「何か?」
 向けられた視線に首を傾げるアーグラに、青白磁は目を細めた。
「おぬし、かなりの実力を隠しておると見た。それこそ選帝神に並ぶような」
「買い被りだ。私は一介の騎士に過ぎん」
 即答して首を振ったが、恐縮している様子もない。揺さぶりは効かない様子にむう、と眉を寄せ。
「堅いのう……流石、ダイヤモンドの騎士の上司じゃ」
 寧ろそれ以上に堅いのではないか、と疑わしげにしながら、まあいい、と首を振って「こっちが本題じゃ」と話を切り替えた。
「今回は一部じゃったが、これから先、アールキングとの戦いは激しゅうなって行くじゃろう」
 その名前に、アーグラもその表情を険しく変えるのに、同じく戦いの意思を強く顕にしながら青白磁は頷く。戦力を増やすことも必要なことなら、個々の力もまた、もっと高める必要がある、と説明し「そこでじゃ」とずい、とアーグラに向かって身を乗り出した。僅かに気圧されるように半身を引いたアーグラに、青白磁は続ける。
「わしに相性がええのは、どげな龍かのう?」
 唐突な質問だったが、アーグラは怪訝な顔をするでもなく、青白磁の頭から爪先まで軽く観察するように視線を流すと、軽く首を捻った。
「パワー系の龍が相性が良いだろうとは思うが……実力を見ないことには、判りかねるな」
「それもそうじゃのう……」
 ではどうするか、と首を捻る青白磁。流石に仕事中の相手に、手合わせを願うわけにもいかないし、と首を捻っている様子に、ふむ、とアーグラは目を細めた。
「たとえ龍を得たとしても、一朝一夕で戦力になるものではないが……機があれば、選びに参られると良い」
「それは、かたじけないのう」
 立場上、確約は出来なかったのだろうが、律儀に返答を寄越すアーグラに、青白磁は頭を下げた。
 そんなやり取りを耳に挟んだ氏無が「本当、堅いよねぇ」とそっと耳打ちしてくるのに苦笑して、ニキータは再び会場へと視線を戻したのだった。
 



「お相手を、お願いできませんか」
 同僚達がそれぞれに過ごしている中、そうクローディスに声をかけたのは白竜だ。式典の合間で着替えて来たらしく、上は深い赤、スカート部分は薄い素材を層に重ねて広がり、首飾りから繋がったような金の装飾、という珍しくドレス姿のクローディスは、一瞬自分にダンスの誘いを口にしたのだとは気付かなかったようだ。
「構わないが……今日は警備じゃなかったのか?」
 軽く驚いた様子のクローディスに、白竜は続ける。
「教導団情報科として、こういった場でも、できれば多くのエリュシオンの要人と、挨拶程度でも接触したいので」
「……ふぅん。それって“理由”の方が口実なんじゃないの?」
 もっともらしい理由をからかうように、笑う声でかけられた言葉に振り返って、白竜はぎょっとなって軽く目を見開いた。そこにいたのは、上品だが凝った図柄の刺繍の入ったチャイナドレス姿で、完璧な女性と化した天音だ。
「君か。あんまり美人だから、誰かと思ったぞ」
「ふふ、ありがとう」
 クローディスの率直な感想に笑う仕草も、いちいち妖艶である。にっこりとお礼を言いながら、ドレスアップしたクローディスと友人の姿を交互に見て「でも」と口紅を引いた口元をくすと引き上げた。
「残念ながら、彼のダンスの相手役としては、お眼鏡にかなわなかったみたいだけどね」
 と、ニヤリと意味深に笑った天音に、白竜は無言でわずかに視線を逸らした。
 それをくすりと笑いながら、天音はすいっとクローディスの手を取り手の甲へキスの仕草をした。実際に触れなかったのは、口紅がつくのを避けるためだろう。くすぐったげなクローディスに、天音はにこりと笑いかけた。
「そのドレス、とてもよく似合ってるよ。すごく綺麗だ」
「馬子にも衣装というところだが、そう言ってもらえるとほっとするよ」
 さらりと口にされる天音の言葉に、お世辞でも嬉しい、とばかり、肩の力が抜ける様子に、白竜は複雑そうな顔だ。そんな横顔に「お邪魔はしないよ」と最後まで悪戯っぽく視線を送った友人の背中が遠ざかるのを見送り、軽く息をついて、白竜は手を差し出した。
「一曲、お願いできますか」
「私でよければ」
 答えて伸ばされた手を取り、型通り、といった動きで膝を折り、白竜はクローディスの手の甲に軽く唇を当てた。予想外だったのか、一瞬驚いたように固まった様子に白竜が首を傾げると、クローディスは落ち着かなさげに視線を彷徨わせた。
「……どうにも、くすぐったいというか、心臓に悪いというか……いかんな、変に緊張するぞ」
 その言葉に、実は自分も少々緊張していた、とは言い出せぬまま曖昧に「そうですか」と流して、白竜は次の曲が始まろうとするホールへと手を引いていった。折り良く曲はスローなものに代わり、赤と金で装飾されたドレスの衣擦れがわずかに聞こえる。案外に器用にリードしながら、白竜は口を開いた。
「私がダンスができるのは意外ですか?」
「少しな」
 クローディスは笑って、素直に頷いた。
「こういう場は、苦手そうな気がしていたからな」
 その言葉には無言のまま否定せず、白竜は曖昧な表情をごまかすように腕を引き、ターンを促した。翻るドレスの衣擦れの音がする。どうもいつも以上に口数が少ない様子に軽く首を傾げ、クローディスは不意に白竜の手をぐっと引くと、一瞬だけ強引に、男女逆のステップを踏んだ。
「……!」
 とっさに反応してバランスを崩すことなく対応したものの、虚をつかれて目を瞬かせる白竜に、クローディスはにっと笑った。
「そんなに心配しなくても、足を踏まない程度には踊れるぞ?」
 からかうような口調で言うのに、そうではないのだが、とは思ったが、結局それも口に出さないまま、けれどいくらか緊張が解けて白竜が息をつくのに「こういうのは私は柄じゃあないんだが」と前置いてクローディスは口を開いた。
「誘ってくれてありがとう」
 と、目を細めた。
「たまにはこういうのも悪く……いや、楽しいよ」
 言い換えて、多少照れくさげながら微笑んだのに、白竜は安堵するように表情を緩め、曲が終わるまでゆっくりと踊りを楽しんだのだった。



「へぇ……なかなか様になってるね」
 そうやって、意外にリードの上手い友人のダンスに感心しながら、天音はシャンパンを口にした。会場内でも異彩を放つオリエンタルな姿に、注目はされどその服の踊りにくさを理由に壁の花を続けていた天音は、観察するように会場内を眺めていた視界のなかに、キリアナの姿を見つけると、ボーイからシャンパンのグラスをもうひとつ受け取ると「今晩は」と側に寄りながら声をかけた。
「今日はその格好なんだ?」
 半ば面白がるように言って、シャンパングラスを差しだした天音に「会場内警備を、仰せつかってますよって」と笑うキリアナは、普段の騎士姿ではなく、露出はないが、すらりと流れるようなドレス姿だ。似合ってるよ、と微笑み、天音はセルウスの腰掛ける玉座を見やると、世間話のような調子で口を開いた。
「とうとうセルウスが皇帝になったけれど……キリアナさんの感慨を聞いてみたいな」
「意外と、しっくりきてます」
 その問いに、自然な調子で答え、ふ、とキリアナは小さく笑った。
「可笑しなもんや……そういう宿命を持ってたのは理解してましたけど、本当になってしまわれるんは、正直おもってもみぃへんかったのに」
 そう言ってセルウスを見る目は、皇帝という存在を見ている、というより立派になった仲間への敬意のように見える。そんな横顔に天音が目を細めているのに気づかず、キリアナは穏やかな顔で続けた。
「相応しいかどうかは、正直今もわからへんけど、これでよかったんやなと、納得してます」
 ただ、何故かあの子供を追いかけてたことを思い出します、と、ちょっと遠い目でセルウスを見やったキリアナに、天音は声を潜めた。
「それで……皇帝になった彼の前で、君は何て名乗るつもりなのかな」
「…………」
 その言葉に一瞬目を瞬かせ、直ぐに意味を悟って苦笑したキリアナは「陛下の前で、嘘はつきしまへん」と、しばらく躊躇った後、ふう、と息を吐き出した。
「正直に名乗ります……キリル・マクシモフと」
「それが君の本当の名前なんだね」
 その名前の響きが、何を意味しているのかは明らかだ。頷いたキリアナが「滑稽やと思います?」と自嘲的な笑みを浮かべるのに、その名前や、振る舞いの意味をあえて追求せずに、天音はにっこりと笑って見せた。
「似合ってるんだから、問題ないんじゃないかな」
「天音はんに言われると、なんや、安心します」
 何しろ、そう言う天音は見事な「女性ぶり」である。不意にこみ上げてきたおかしさに、二人はくすくすと笑いあったのだった。

「楽しそうだね」
 そんな二人に、笑みと共に傍まで足を運んできたのは制服姿のクリストファーだ。ちらりと二人を見た視線に意図を悟ったように、天音がひらと手を振ると、クリストファーは「一曲いかがですか」とキリアナに声をかけた。
「ウチでええんです?」
 首を傾げつつも、差し出された手ににこりと笑って、キリアナとクリストファーはホールへと踏み出した。最初のスローな曲調から変わって、友人同士がダンスを楽しむための明るい曲の中で、周りにぶつからない程度にのびのびとダンスを楽しみながら、少ししてクリストファーの方から口を開いた。
「この冒険でのキリアナの物語はどう締めくくれば良いのかな?」
「締めくくり……です?」
 問いに首を傾げるキリアナに、クリストファーは続ける。
「決意を新たにとか、出世物語とか、あるいは結婚引退とか?」
 冗談を挟んだ軽い調子での問いに、結婚はありえしまへんけど、と笑って返しながら、ふと遠くを見るようにキリアナは目を細めた。
「新たにするほどの決意も、あらしまへん。出世はともかく、もっと腕、磨かなとは思ってます」
 生真面目な返答に、キリアナらしい、と笑いながら、不意にクリストファーは目を細めた。
「それと今回の件でエリュシオンで背後で動いていたのは誰なのかな?」
 微かに空気の変わったのに、キリアナも表情を騎士のものへと変えると「一介の騎士であるウチには、誰とは明確にお答えできかねますよって」と堅く声を潜めながら、ただ、と続けた。
「今更やけど、アーグラ団長は何か、知ってはったのかもしれません」
 あのアーグラが、セルウスを助けるために単独でジェルジンスクへ向かおうとしたキリアナの行動を容認したのは、何かしらの背景があったのだろう、と。そして、騎士団長であるアーグラに秘密裏に指示を出せるような人間は、大帝の亡き後、数えるほどしかいない。心中上げた名前が正解だろう確信を抱きながら、クリストファーは表情を再び緩めると、キリアナのリードを再開させながら「とりあえず、俺は帝国の敵になるつもりはないから」とさらりと言って微笑んだ。
「また何か有ったら、声をかけてほしいね」
「ええ……頼りにしとります」
 キリアナも微笑んで頷き、後は二人、曲の最後までダンスを楽しんだのだった。


 そうして、二人が一曲終えたところで、引き返してくるのを待っていたのか、拍手しながら近付いてくる姿があった。
「流石、絵になるな」
 気安げに声をかけられ、一瞬首を傾げたキリアナは、それが唯斗だと判ると目を瞬かせた。珍しい正装姿は、普段と余りに印象が違っていて、気づくのが遅れたのだ。
「誰かと思ったら……」
「流石に、いつもの格好じゃ通してもらえなかったんでね」
 肩を竦める唯斗に、キリアナが「似合ってますよ」と笑うと、唯斗は目を細めて、恭しく頭を下げて見せた。
「お疲れでしたらすいませんが……次の曲、ご一緒願えますか、姫君?」
 少々気障に手を差し伸べる唯斗に、キリアナはくすっと小さく笑って、挑戦的なまなざしをいたずらっぽく向る。
「このくらいで疲れたなんて言うたら、騎士団は勤まりしまへん」
 そう言ってその手を取ったキリアナの腕を引いて、二人はホールへと踏み出していった。
 舞踏会も中盤に差し掛かったため、残っているのはダンスの上手な者、体力のある者ばかりだからだろう、曲調がやや変わり、テンポはやや速い。難しいステップが幾つも周囲で踊る中、案外に器用にこなしながらリードする唯斗に、キリアナは意外そうに軽く目を瞬かせた。
「ダンスは得意なんですか?」
「いや、見よう見まね」
「器用やねえ」
 あっさり言って笑う唯斗に、キリアナが感心したように言うと「キリアナは不器用だよな」と唯斗はからかうように笑った。
「そうやろか?」
 それなりに器用な自覚があったキリアナは首を傾げたが「手先のことじゃあないよ」と、ターンと共に僅かに自分の方に引き寄せると、その顔を覗きこんで、目を瞬かせるキリアナに笑いかけた。
「生き方が、って言うのかな……セルウスを追うにしても、助けるにしても、もっとうまく立ち回ることが出来ただろうに」
 いつも意志に対して真っ直ぐで、矜持や名誉、信じることをひとつ持つと、進み出すことに躊躇いがない。そこに、自分の負担も利益もなく、頑固な騎士道が垣間見える。
「キリアナのいいところでもあるけど、背中を守る身としては心配なんだよ」
 その言葉に、守られるほど弱くない、と反論しようとして、そういえば体力切れをおこした所を見られているのだったと思い出して、キリアナは口をつぐんだ。
「するなって言っても無理するんだろうけど、せめて俺が傍にいるときにしてくれると、助かるかな」
 そう言って、反論しようとするキリアナを遮って唯斗は続ける。
「美人は世界の宝ですからねー。ちゃんと守らせて欲しいんだよ、お姫様」
「ウチはお姫様やのうて、騎士ですよって」
 苦笑しながら反論したが「いいの、いいの」と笑った唯斗に、キリアナは複雑な思いを飲み込むと息をつき、振り切るように首を振ると、後は唯斗のリードに導かれるまま、束の間のダンスを楽しんだのだった。