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第11章 ヴァイシャリーのバーで

 月が綺麗な夜。
 ヴァイシャリーを散策していた如月 和馬(きさらぎ・かずま)は、偶然見かけたお洒落なワインバーに入り、カウンター席で飲んでいた。
 見た目が不良で、バカっぽく、実際バカで考えなしの彼の周りに寄ってくる客はなく。
 店員たちにも少し距離を置かれていた。
 とはいえ、追いだす事も出来ず、店側としてはちょっと困っているようだった。
 そんな空気を感じ取ることもなく。
「こんばんは〜」
 同じく、いや違った意味でこの場にはそぐわない、可愛らしい女の子が入ってきた。
「このお店の名前、『イリス』だよね?」
「そうですよ、お嬢さん」
 バーテンダーが優しく対応する。
「うん、ちょっと道に迷って困ってたんだけれど、親切な人がお店の場所教えてくれたから、大丈夫! ここで、待ち合わせしてるの」
 少女――高原 瀬蓮(たかはら・せれん)は、紙袋を手に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ええっと、アルコールの入ってない飲み物ありますか?」
「ソフトドリンクのメニューはこちらです。当店では、ぶどうジュースがお勧めです。いかがいたしますか?」
「それじゃ、ぶどうジュース、お願いします」
「かしこまりました。こちらにどうぞ」
 バーテンダーは瀬蓮をカウンター席の隅の方に案内してくれた。
 和馬とは反対側の隅だ。
(高原瀬蓮じゃねぇか)
 和馬はワインを手に流し目を送ったり、グラスを置いて音を立てたり、アピールを繰り返すが瀬蓮は全く気付かない。
 紙袋の中をみて、楽しそうに微笑んだり、携帯電話をチェックしたり、自分の世界に入っていた。
「よぉ」
 瀬蓮に飲み物が届いたのを機に、和馬はすすすっと近づいて、瀬蓮の隣に座りなおした。
「ん、んん? ああ、こんばんは〜。あれ? ここキマクじゃないのに」
 瀬蓮は和馬に気付くと不思議そうな目を向けてきた。
「たまにはこういう店で、美味い酒を安心して飲みたくてな」
 にかっと笑みを浮かべると、瀬蓮もほわっとした笑みを向けてきた。
「キマクのお酒って『しろいこな』が入ってたり、飲むと眠くなったりするんだってね」
「必ずじゃねえけどな。がはははっ」
 笑いながら、和馬はワインを一口、口に含む。
 キマクの薄い酒なら、豪快にぐびぐび飲んでしまうところだが、ここでそれをしては、もったいない。
「和馬さんってキマクのこと、色々知ってそうだよね。アイリスが恐竜騎士団を預かることになったから、瀬蓮もキマクの恐竜騎士団の人達と仲良くなっていかなきゃって思うんだ。
 皆とはどういうお話をすればいいのかな? あっ『おぶつはしょうどくだ』って掛け声、瀬蓮も覚えたよ!」
「そうか、いい心がけだ。あの辺のことなら任せろ。今度いい店連れてってやるぜ。まあ、あれだ……お前に手を出したら、ヤバイからな。その辺は安心しておけ」
「うん、よろしくねー」
 瀬蓮の方から手を差し出してきて、和馬は少しドキドキしながら彼女と握手をした。
 彼女の手は折れてしまいそうなほど細くて、すべすべで気持ちの良い感触だった。
「わー、しっかりした手だね。武勇伝とか沢山ありそうー」
「勿論だ。アイリスが来る前には……」」
 和馬は瀬蓮に、『大荒野の像族を一分で壊滅させた』とか『恐竜の卵泥棒と丸三日かけてのカーチェイス』の話や、『種もみの塔の頂上を目指した耐久タワークライミングレースでの出来事』、『キマクのアオシスにまつわる女神伝説の真実と成果』、『パラミタトウモロコシの早食い競争で優勝したら何故か異世界にトリップしていた』などなど、武勇伝やら体験を多少盛って瀬蓮に話して聞かせた。
「すごい、すごい。楽しそ〜!」
 瀬蓮は和馬の話を目を輝かせながら、聞いていた。
「……あっ。電話」
 気付けば、アイリスとの待ち合わせ時間はとっくに過ぎていた。
「ん? 瀬蓮は『イリス』にいるよ? アイリスは今どこ? え?『イリス』……ああ、喫茶店の! わかった、今からいくよー。え? 来なくていい?」
 どうやら、待ち合わせの店を間違えたらしい。
 アイリスが迎えに来てくれるようだった。
「それじゃ、それまでの間、キマクの観光名所でも教えてやるか」
「うん、教えて教えて〜」
 電話を切った後も、瀬蓮は楽しそうに和馬の話に聞き入る。
「北東にある崖だが、あそこでは日夜チキンレースが行われててな、月に一度大会もあって観客も……」
 彼のキマクでの普通の話は、瀬蓮にはとても興味深かったらしい。

 こうして瀬蓮は、キマクの日常を普通の人の常識として捉えていくのだった。