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第5章 素敵な出会い

 駅前通りにある、高級そうなショットバーを眺め、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は少々考えた。
(ちょっと一杯やりたい気分だな。今月は余裕あるし、入ってみようか)
 近づいて、重厚感のあるドアを開けて中に入る。
 バーテンダーは一人、老舗の雰囲気が溢れた店だった。
 どの席に座ろうかとカウンターを眺めていたアルクラントは……見たことのある横顔に目を留めた。
「……失礼、ご一緒しても?」
 その人物に近づいて、声をかけると。
「ん? まあ構わないが」
 興味なさそうな返事が返ってきた。
 その人物は――教導団のメルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)だった。
「だが、そこは先客がいる。反対にしろ」
「はあ……」
 彼女の左隣に座ろうとしたアルクラントだが、そう言われてしまったため、右隣に移った。
 左隣にはグラスも荷物も何も置かれていないのに。
「何にいたしましょうか?」
 バーテンダーに尋ねられ、アルクラントは店内に並べられたボトルを見ながら考える。
「私、日本酒かウィスキーばっかりなんだよな。カクテルとかあまり知らないんだ。何かお勧めのものとかあるかな?」
 アルクラントは選びかねて、メルヴィアとバーテンダーに聞いてみた。
「それなら、とりあえずサムライロックでいいんじゃないか」
 メルヴィアがあっさりという。
「ではそれで」
「かしこまりました」
「にゃーん」
「ん?」
 バーテンダーの他にもう一つ、可愛い返事が届き、アルクラントは眉を顰めた。
「大人しく座っていろ」
「にゃん」
 メルヴィアがちらり左隣を見る。
 先ほどまで空いていたその椅子には――三毛猫が座っていた。
「にゃーん」
 もう一匹、カウンターの中にも猫がいる。
「そういえば、お店の看板に猫の絵が描いてあったな」
 どうやら、猫と楽しめるバーのようだ。
 注文したカクテルはすぐに届き、グラスを手にアルクラントはメルヴィアに微笑みかける。
 不機嫌そうな顔をしている彼女だが、実は可愛いものが好きという噂は、アルクラントの耳にも入っていた。
 多分この店の、この可愛い猫達に惹かれて訪れたのだろう。
「さてさて、何に乾杯と行きますかね」
「ふん、何でもいい」
 メルヴィアも飲みかけのグラスを手に取った。
「では、今日の素敵な出会いに」
 乾杯をして、2人はカクテルを一口、飲んだ。
 メルヴィアが飲んでいるのは、ゴッドマザーだった。
 聞けば、結構度数の強い酒らしい。
「空京での任務を終えたところだ。明日は非番なんでな」
 彼女は今日、空京に泊るそうだ。
 任務の内容については勿論明かしてはくれないし、アルクラントも尋ねたりはしない。

「……私はパラミタに来て1年半ほどだが本当に色々な出会いがあってね」
 飲みながら、アルクラントは語っていた。
「最初のパートナー…今は恋人、だが。全てはそこから始まったと言ってもいい」
 メルヴィアは静かに彼の話を聞いていた。
「彼女だけじゃなく、一緒に探検や遊びに行ったりする仲間。増えた二人のパートナー」
「にゃーん」
 相槌のように鳴いた猫に笑みを向けながら、アルクラントは話し続ける。
 こんなにも出会いに恵まれたのは、素敵を求めて歩き出すことを始めたからだ、と。
 それから、メルヴィアの目を見つめる。
「君の歩く道の始まりとは一体なんだろうか。
 そして、これから歩む道の先に求めるものはなんだろうか」
「……所属が変わったからな。始まりと今の目指すところは違う、明確な目標があるわけでもない」
 元々サーカス団に居たメルヴィアは、貧しい者を楽しくしたいと思っていた。
 それが彼女の始まりで。
 教導団に移った今は、弱きものを守っていきたいという気持ちがある。
「と、ちょっと固くなってしまったか」
 笑みを浮かべながら、アルクラントは再び問いかける。
「最近趣味にしていることとかは?」
「……猛獣用の鞭の素材集めだ」
 言いながら、メルヴィアは猫を膝にのせて頭をしきりに撫でている。
 素材集めは表向きの趣味で、実際は可愛いもの――クマのぬいぐるみ集めなのだ。
「そうか……っと、もうこんな時間か。今日はありがとう」
 礼を言うと、アルクラントは携帯電話につけていたストラップを一つ、外した。
「この素敵な出会いの記念に、受け取ってほしい」
 すっとメルヴィアの方に置いて、立ち上がる。
「君にも、素敵な日々が続いていくように」
「ああ、私も、おまえや、おまえが愛する者達が幸せであることを願おう」
 メルヴィアはそう言い、強い瞳で笑みを見せた。
 彼女はもう少しこの店で飲んでいくようだ。
 先に会計を済ませて、アルクラントは出会いに感謝しながら店を後にした。