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リアクション
「ターキー、あります?」
種もみ会館の厨房に顔を覗かせたのは、給仕の天使二人でもなくミニスカサンタの女の子でもなかった。
「新しい給仕かい?」
「いやまあ、そんなところです……あはは」
菊の疑問にごまかすように笑うのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「さっき注文があってね。何でも用意しておくもんだね。温め直すからちょっと待ってな」
唯斗がターキーをテーブルに運ぶと、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)とルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)が待ちかねていた。
「遅いでありんす。ニンジャは何事も疾風のごとくこなすものでありんす」
「無茶言わんでください」
いかに忍者とて、調理時間はどうにもならない。
しかし、いい感じに酒が入っているハイナには通用しなかった。
こんがり焼けたターキーの周りは新鮮な野菜に彩られ、見た目から華やかだ。
「クリスマスはこれでありんす!」
「ハイナ、私はもうお腹いっぱいよ」
「ルシアはもっと太るべきでありんす」
「私の分は唯斗にあげるわ」
実は唯斗、この姉妹の給仕のためにまだ料理は一口も食べていない。
ルシアのこの言葉により、急に空腹感がやって来た。
しかし、人の話を聞いていないハイナが唯斗にワインの追加を要求した。
「はいはい、ワインですね。……でもちょっと飲み過ぎじゃないですか?」
「唯斗は息抜きにここに連れてきたはずでありんす」
ピシャリと弾かれてしまった。
ぶどうジュースに取り替えようかな、と唯斗はちらりと思った。
ルシアがハイナによって皿に盛りつけられた肉を唯斗に差し出す。
「食べて。私、本当にこれ以上は無理なの」
「じゃあ、いただきます」
「唯斗ー、フォークを落としたでありんす」
「はいはい」
唯斗はまったく落ち着く暇がない。
厨房から新しいフォークを持って帰ると、仲良くグラスを傾けていた。
「ツリーからビームが出たり花火があがったり、どんどん食べられていくツリー型のケーキとか。クリスマスも所変わればね」
「ここに来て進化したでありんす。もうじき来る正月の門松や鏡餅も、そろそろ進化の時期でありんすよ」
「どんなふうになるのかしら」
「ロケットみたいに発射される門松や、歌う鏡餅あたりと予測してるでありんす」
「賑やかなお正月になるわね」
完全に酔っ払いの会話に唯斗は軽く頭痛を覚えた。
(それでも成り立ってるふうに聞こえるんだから不思議)
「はい、新しいフォークです」
「ありがとう。そろそろケーキが欲しいでありんす」
「了解です。ルシアは? お腹いっぱいでしたっけ?」
「ケーキは入りそうな気がします」
にっこり微笑むルシアは、唯斗にターキーを勧めたことは忘れているに違いない。
(ケーキということは、紅茶かコーヒーもほしがるでしょうねぇ)
この短い時間で、もうすっかり給仕が板についていた。
そして、二人がケーキに手をつけた頃、唯斗はターキーとシチューを食べ始め……ようとしたのだが。
「何だか暑いわね」
「飲み過ぎたでありんすかねぇ」
二人がもぞもぞと脱ぎだす。
唯斗の手からフォークが落ちた。
思わぬ展開だが、このまま見ていていいのか? 周りはパラ実生だらけだぞ。
それだけならまだ良くて、ちょっかい出したパラ実生を酔ったハイナが手打ちにするとか……。
「二人共、待った!」
犠牲者が出て面倒な事態になるくらいなら、自分が酔っ払いを相手にしていたほうがまだいいと唯斗は思った。
「唯斗、帯を解いておくれ」
「私も、背中のファスナーを……」
「いけません! 二人共、場所をわきまえてくださいよ」
「固いことは言いっこなしでありんす」
「固くないですから。ていうか、そんな誘惑……」
「言うことを聞くでありんす……」
唯斗の喉元にハイナが刀の切っ先を突きつけ、ルシアの周りにはナイフとフォークが浮いていた。
二人共、目つきが尋常ではない。
今日が命日かと遠い気持ちになった時、突然、姉妹が倒れた。
慌てて様子を見ると、小さな寝息が聞こえてきた。
「これは……家まで送れってことですね……」
後日、二人の記憶は途中から曖昧になっていたという。
レーザーからビーム、打ち上げ花火へと変化したツリーにアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は絶句していた。
彼女を招待した風馬 弾(ふうま・だん)も、場所がパラ実だけに何かあるだろうと思ってはいたが、まさかビームが会場を阿鼻叫喚に叩き落とすとは考えてもみなかった。
「何て言うか、パワフルというか賑やかというか凄まじいけど……パラ実だから」
と、フォローになってるのかよくわからない言葉しか出てこない。
「パラ実……そうだね。とりあえず、このテーブルが無事でよかったよ。まだケーキ食べ終わってなかったし」
アゾートもようやく口を開いたが、まだぼんやりしている。
弾は少しでも落ち着いてもらおうと、温かい紅茶を注いだ。
「ありがとう」
と、一口飲んだアゾートの表情がホッと緩む。
弾も安心した。
定番の肉料理、シチュー、ケーキと進んだ時にビーム騒動が起こったのだ。
遠くのほうからチョウコがパラ実改造科を罵る声が聞こえてきたのを思い出す。
「びっくりしたけど、花火は綺麗だったね」
「そうだね」
「弾は、あの仕掛けのこと知ってたの?」
「全然。知ってたら何か対策練ってたよ。撃ち抜かれたのがテーブルとか何もないところだったから良かったけど、人に当たってたら大惨事だもの」
「うん、奇跡だね。それとも、生き物には当たらないように設計されてたのかな」
「それはないと思うな」
だよねぇ、とアゾートは笑う。
ここに来てからアゾートの笑顔は何度も見たが、そのたびに弾の胸は甘く締めつけられていた。
食事の時、あ〜んと食べさせたりしたいと思いもしたが、できなかった。
紅茶を飲んで食事を終えると、おとなしくなったツリーを見に行くことにした。
アゾートを真ん中に、左側に弾、右側にノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)がいる。
ノエルも同行すると聞いた時、弾は何故だと思った。
アゾートと恋人関係になって初めてのデートなのに、どうして一緒に来るのかと。
(しかも、仲良さそうに話してるし)
ノエルは大切なパートナーだが、今の気持ちは複雑だ。
だからせめてアゾートと手を繋ごうとしたのに。
「アゾートさん、男は獣ですよ。気をつけてくださいね」
「ノエル、何てこと言うかな!? アゾートさん、そんなつもりじゃないからね?」
「わかってる。大丈夫だよ」
と、手を握り返してくれるアゾートの向こうで、ノエルがくすくす笑っている。
弾は恨めしげな視線を送ったが、見事にかわされてしまった。
ツリーは、いろいろな人が飾っていったオーナメントでいっぱいだった。
幹にめり込んだ黄金の種籾戟が何だか生々しい。
「何か、いかがわしいものもあるけどこれもパラ実流? ……あ、シャンパンの入ったバスケットまであるよ」
アゾートは興味津々に見て回るが、弾はそれよりも繋いだ手が気になって仕方がなかった。
(これはもう、革命的……!?)
アゾートはどう思ってるんだろうと伺い見ると、ふと目が合ってしまった。
彼女の頬が少し赤い。
「えと……ちょっと照れるね」
はにかんだ微笑みに、弾はくらりと来た。
その目が、オーナメントのあるものを捉えた。
見覚えのある何か……。
疑問のまま手に取ったそれは手紙だ。
「この封筒……ノエル!」
「ふふっ。見つかっちゃいましたね」
「見つかっちゃいましたねじゃないよ。これ、これ……!」
「ええ。あなたが書いたラブレターです」
「ボクに?」
弾の手から封筒が消えた。
アゾートが中身を取り出そうとするのを、弾は風のような速さで取り返した。
「こ、これはダメ。その、見せられるものじゃないから!」
「でも、ボクにくれるものだったんでしょ」
「今度! 今度、ちゃんとしたものを送りますから!」
混乱のあまり、弾は自分が何を言っているのかもわからなくなっていた。
しかし、ノエルはしっかり聞いていた。
弾に恋人ができたと知り、ノエルはとても嬉しかった。
心身ともに成長しているのだと実感した。
今日はまるで、小学校へ入学した我が子を見守るような気持ちだった。
(そうですよ、弾さん。想いが通じたからといって油断してはいけませんよ。ちゃんと繋ぎ止めておいてくださいね)
弾とアゾートの仲がいつまでも続くことを願った。
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