リアクション
「お茶どうぞ!」 ○ ○ ○ 「ヒャッハー! お嬢ちゃん、俺とあっちのカップル席行こうぜ〜!」 「連れがいるので」 陽気に近づいてきたモヒカンに、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は素っ気なくそう言って、オレンジケーキを口に運ぶ。 「美味しい。パティシエでも来てるのかしら」 ネージュが作ったそのケーキは、程よく甘酸っぱく、スポンジもしっとりオレンジの味と香りが染み込んでいて、とっても美味しかった。 「おねーちゃん、あっちで俺とヒャッハーしようぜ!」 「連れがいるので」 また近づいてきた別のモヒカンにも素っ気なく言って流し、マリエッタはケーキや料理を1人で食べていた。 連れ――一緒に訪れていた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、所属している教導団から呼び出されヒラニプラに帰ってしまっており、戻ってくることはなさそうだった。 親しくはない人と、会話する気分にはなれなかった。 笑顔で躱す余裕もなかった。 秋の学園祭で見てしまったこと。してしまったこと、彼女と彼女の恋人のことが……頭にこびりついていて。 マリエッタは元気を取り戻せていなかった。 だけれど、美味しいスイーツを食べているうちに、少しは心が軽くなってきた。 「さて、次は何を食べてみようかな。それともツリーでも……」 豪華、というより面白く飾りつけられているツリーを近くで見て見ようかと、目を向けたマリエッタは――見てしまった。 会いたくない人を。見たくはなかった人達を……。 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に、パーティに訪れていた。 「女の子の席はあっちだぜぇ!」 若葉分校の男子が、セレンフィリティとセレアナの背を押してきた。 「っと、あっちね。わかったわ。セレアナに触らないでちょうだい」 手を払い落として、セレンフィリティはセレアナの手を引いて、女性が集まっている席の方へと歩いて行った。 ただ、手を繋ぎあって、楽しそうに……とはいかなかった。 学園祭の時のことが、どうしても気にかかってしまい。 セレアナの顔を、まっすぐに見れなくなってしまっていた。 (2人で過ごせるクリスマスなのに……) 学園祭の時、劇で『桃雪姫』を演じていたセレアナに、突如乱入をしてきた青い髪の少女が、激しくキスをした。 ただならぬ状況に、完全にあっけに取られ、セレンフィリティはその場で何も出来ず。その後も、何も聞くことができずにいた。 (あの子は何者? セレアナとはどんな関係……) でも、あの少女の態度から解っていることもあった。 彼女はセレアナの事が好きなのだ。彼女の想いは痛い程セレンフィリティにも伝わってきた。 自分との関係で苦しんでいるときに、行きずりの関係を持ってしまったのかもしれない。 そんな風にも思っていたが、もしそうだったとしても、セレアナを責めるつもりはなかった。許すつもりだった。自分の無神経さがセレアナを追いやったのだから。 (結果として、セレアナとあの子を苦しめて傷付けたのね、あたしは。……責める資格なんてありはしないわ) 女性ばかり集まるテーブルの近くで、セレンフィリティはそっとため息をつきつつ、セレアナの手を離した。 その隣で、セレアナも深く悩み――恐れていた。 (あの子との関係に……セレンは気付いてる?) 青い髪のあの子――マリエッタと関係を持ったのは、2年前のクリスマスの夜。 独りでいることに耐えられず、偶然目の前に入り込んできた彼女と、行きずりの関係を持ってしまった。 (私はあの子のことを苦しめ傷つけてしまった) そのことに、セレアナは酷く罪悪感を感じていた。 (いつまでも逃げてばかりはいられないのはわかるけれど……全てをセレンに打ち上げたら……) どんな反応をするだろうか? 怖くて、怖くて、言いだす事が出来ずにいた。 苦しくなり、セレアナは立ち上がる。 「ケーキもらってくるわね。席とっておいて」 セレアナはそうセレンフィリティに言うと、ケーキを貰いに料理が置かれているテーブルへと向かって行った。 セレンフィリティは返事をしなかった。 物思いに耽っていた彼女はセレアナが離れたことに気付いていなかった。 「……セレン」 「ん?」 名前を呼ばれて、セレンフィリティは隣に顔を向けた。 さっきまでセレアナがいたその場所にいたのは、彼女ではなく――短い青髪の少女、マリエッタだった。 驚いて、セレンフィリティは目を見開く。 マリエッタは、そんなセレンフィリティの腕をとった。 「話があるの」 そして、種もみの塔の方へとセレンフィリティを連れて行く。 あの時と同様。セレンフィリティは驚くばかりで、何の意思も示せないまま、マリエッタに連れられて、種もみの塔の裏まで歩いた。 「あたしは、マリエッタ・シュヴァール……。セレアナさんとは、公園で出会いました」 パーティ会場が見えない場所で、マリエッタはそう自己紹介をした。 そのまま、沈黙が続いた。 「な……」 何があったの? どんな話をしたの? あなたは何故あたしの名前を知ってるの? 聞きたいことはあるのだけれど、セレンフィリティは混乱してしまい、言葉が出てこなかった。 しばらくして、マリエッタの方からあの日のことを話し始めた。 公園で、セレアナと出会い、セレンフィリティを求めていた彼女と、行きずりの関係を持ったこと。 だけれど彼女は、セレンフィリティのことしか見ていないということ、を。 途切れ途切れ、一連のことを話した後。 マリエッタは、涙を一粒、落とした。 「セレンさん、あなたはセレアナさんのことを見つめている? 見つめられたら、見つめ返してる?」 セレンフィリティを見るマリエッタの目から、また一粒、一粒――涙があふれていく。 「……いつも愛している人から見つめてもらえている人って……それが当たり前であるかのように錯覚してるけど……いつまでも自分だけ見つめてもらえるなんて思って、自分からは見つめ返さないでいたら……いつか、とりかえしのつかないことになるのよ!」 マリエッタの激しい感情を受けて、セレンフィリティは何も言えなかった。 「……あなたはセレアナさんのこと、本当に、本当に見つめているの? その視線を受け止めているの?」 声を詰まらせて、マリエッタは言葉を続ける。 「お願いだから……目をそらさないで……」 苦しそうに泣くマリエッタに、セレンフィリティはどう声をかけたらいいのか、わからなかった。 今、謝っても、感謝をしても。 多分、彼女は更に苦しむだろうから。 「……セレアナのところに、戻るわね」 ただ、そうとだけ言って、セレンフィリティはセレアナの元に帰っていった。 そして不安気に待っていたセレアナの目をまっすぐ見詰めて。 「出来たての料理貰いに行ってたの。もうすぐ持ってきてくれるって」 そう言うとセレアナの腕を引いて、近くのテーブルに並んで腰かけた。 「さ、今日は楽しみましょう。……積もる話は、あとで、ね」 心は激しく乱れ、頭の中はごちゃごちゃだったけれど、精一杯の笑みを、セレンフィリティはセレアナに向けた。 マリエッタは、見ているだろうか――。 |
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