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第3章 調理室を借りて

 クリスマスイブの夜。
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は沢山の材料を持って、百合園女学院の調理室に訪れていた。
「え、えっとー……イブの夕方にはデートとか色々終わったので、これからクリスマスが終わるまでお付き合いしてくださいません?」
 友人である桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)にそう連絡を入れたところ、夕食後なら大丈夫という返事が届いていた。
(鈴子さんは、パートナー達とクリスマスディナーを楽しんだのよね? まさか男性となんてことは……)
 自分はデートやらプレゼントやら沢山貰ったのだが、鈴子が男性とクリスマスを楽しんだ様子を想像すると、なんだかもやもやしてしまう。

「こんばんは」
 鈴子が到着をしたのは、22時頃だった。
「こんばんわあ。ご家族でパーティをお楽しみのところごめんなさい!」
 リナリエッタがそう軽く探りを入れると。
「今晩はルリマーレン家でご馳走になりましたの。ライナの面倒はミルミが見てくれるそうですから、朝まででもお付き合いできますよ」
 鈴子は微笑んでそう答えた。
 やはり、パートナー達と食事を楽しんだらしい。
「それでは是非お願いします。……お菓子、作りたいんですよお。で、鈴子先生に弟子入りしたくリナリエッタは参上しました!」
 調理室にある、食材や本を見せながらリナリエッタは言った。
「お菓子ですか。明日のクリスマスパーティに提供できそうですよね」
「ええ。複数人に配る、パーティー用のお菓子が作りたくてー」
 自室のキッチンでは作り難いということもあり、百合園の調理室を借りたのだ。
「フルコース料理は……今回は無理なので、デザートのみで。作ってみたいのは、クッキー! あと、出来ればスポンジケーキですー」
「時間はたっぷりありますし、材料もかなりあるようですから、両方できますよ」
 リナリエッタが用意した材料を確認しなががら、鈴子はそう答えて早速手を綺麗に洗う。
「はい、頑張りますー。まずは――小麦粉のだまを取るためにふるいにかけるんですよね!」
「ええ。では、私は粉砂糖を振るいますね」
 そうして、リナリエッタと鈴子は、まずはシンプルなクッキーを作るために薄力粉と粉砂糖をそれぞれふるいにかけていく。
「焼き菓子は分量や材料の混ぜ合わせ一つで台無しになるか成功になるのか決まる難しい分野なのよねー。鈴子さん、遠慮なくダメ出しお願いしますね。……っと、ああああ、粉が周りにぃー分量が変わっちゃうわ」
 ボールの外に粉がパラパラ落ちてしまい、リナリエッタは軽く慌てた。
 鈴子は「その程度なら大丈夫ですよ」と微笑んでいる。
 鈴子がレンジで無塩バターを溶かして状態を確認し、リナリエッタが粉砂糖、卵黄を加えてかき混ぜて、それから薄力粉を加える。
「切るように混ぜるんですよね。切るようにって……?」
「こんなカンジです」
 ヘラを持つリナリエッタの腕を鈴子が掴んで、一緒に生地を混ぜていく。
 それから、生地を棒状にして冷蔵庫に入れる。
「さ、冷やしている間に、ココアクッキーの生地を作りましょう」
「はーい。小麦粉減らした分ココアを入れればいいってわけじゃないのよねー。量間違えないようにしないと」
 リナリエッタは慎重に計量をして、粉類をふるいにかけて鈴子に習った混ぜ方で生地を作っていく。
 その間に鈴子はリナリエッタが用意した材料で、カップケーキを作っていた。
「鈴子先生が一緒だから失敗はしなくてすみそうですわあ。出来たお菓子は、配れる人に配りたいのだけれど、百合園皆! の分はさすがに無理よねぇ……そういえば、風見さんはどうするのかしらね。明日退院だっていうし、まだ顔出せないわよねー」
「そうですね。多分今年は、いい人と予定もあるでしょうし」
「ですよねぇ。なんだか羨ましいですわあ」
「リナさんだって、さっきまで散々いい人『達』と楽しく過ごしたのでしょう?」
「いやまあ、おほほほほ……」
 ちょっと棘のある鈴子の言葉を、リナリエッタは笑って躱す。
「そろそろオーブンを温めておきませんと」
「あ、はい。スイッチオンですわあ」
 リナリエッタは1台目のオーブンをクッキーを焼くための温度にセットして、スイッチを押した。
 ある程度生地が出来上がった後は、冷やし終えたものを取り出して、5mmくらいにカットして、天板の上に並べていく。
「12月は忙しくて大変ですよねぇ。12月になったと思ったらもうクリスマス。もう今年も終わりですねえ……」
「そうですね。色々なことがありましたけれど、あっという間でした」
 ええ、と頷いた後。
 リナリエッタは並び終えたクッキーを見ながら、そっと息をついた。
「はー……こうやって料理を作って、それを皆に配るのも結婚したらもっと忙しくて難しくなっちゃうんですかねえ」
 ぽつりとリナリエッタの口から言葉が漏れた。
 そして、リナリエッタはちらりと鈴子を見る。
(鈴子さんはもうお見合いしてるのかしら? ライナちゃんが小学を卒業と同時に結婚、とか考えてそうよねえ)
「リナさんは、卒業後、どうするのですか?」
「え!?」
 突然の鈴子の問いかけに、リナリエッタはびくっとした。
「以前から迷ってらっしゃいましたけれど、そろそろ心は決まりましたか?」
「う、うーん……。まだなんとも……。まあ、折角パラミタに来たからには、現地のイケメン捕まえたいわねえ」
「外見より、内面がイケてる、イケメンを捕まえてくださいね」
 微笑みながら鈴子が言った。
「外見も性格も重要ですわあ。合コンや……お見合い、頑張りませんとねえ」
「あまり拘りすぎると、婚期を逃しますよ」
「鈴子さんだって!」
 そんな話をしながら、2人は笑い合い。
 深夜。対照的な美しさを持つ女性、2人きりで。
 芳しく甘い香りを漂わせながら、お菓子を作っていくのだった。