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冬空のルミナス

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●ジャパン流年末年始!? の巻

 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の自宅で開いた忘年会には、フレンディスを含め四人が顔を揃えた。彼女とベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)、そしてこういった場には初見参となるジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)だ。
「マスター、この年の瀬にお越しいただけなによりです。今年はジブリールさんが家族になり、お隣にご友人が越してきたことで一層賑やかになり私大変嬉しいです」
 とまずベルクに挨拶して、全員にむかってフレンディスは告げる。
「本日は年越し蕎麦とお節を用意致しました。来年も良い年を迎えられますよう、皆様で年越しを楽しく過ごしたく思います」
 フレンディスがなにか期待するように、熱っぽい視線をこちらに向けていることに気づいて、ベルクは軽く咳払いすると話し始めた。
「ま、色々あったがなんとか平和にってところか。ジブリールも大分この暮らしに慣れたようだな。……特にフレイの天然対応が上手くなってるあたり……」
「天然ってなんですかマスター!」
 プンスカという擬音が似合うくらい両手を挙げて抗議して、くるっとフレイはジブリールに話を振る。
「じゃ、ジブリールさんからもコメントをお願いします!」
「えっ、オレ?」
 と、いくらか戸惑い気味ではあったが、ジブリールはすぐに話し始めた。
「これがジャパン流年末年始の過ごしかたなのか。色々初めてだけど……うん、やっぱいいよな。それも含めて今年、みんなに受け入れてもらえたこと、とっても感謝してる!」
 彼(いや、彼女か?)はすっきりとした笑顔であった。さらに言う。
「あ、ベルクさん。オレ、フレンディスさんの料理作りを手伝ったんだ」
「お、それはいいことだ。いい経験になったろ?」
「うん!」
 ジブリールの目は輝いており一点の曇りもない。
 ある事件で助けられて以来、フレンディスにジブリールが家族として受け入れられ早数ヶ月……当初こそ、普段のフレンディスがかなりの自由人であること(ベルクいわく『残念っぷり爆発であること』)を知って動揺を隠せない日々だったが、慣れてきた今は逆にそれが平和な日常と家族暮らしであると、噛みしめるように実感しているジブリールなのだ。
「ところで……こういう機会だから、訊いてしまっていいかな」
 ほんのついでのように言っているがそうではない。前々から用意していた質問である。そこに色々と障害や問題点があることをジブリールとて察していたが、口に出さない限り解決しないと考えて、あえてここで問うことにしたのだった。
「フレンディスさん、ベルクさん、二人ともオレの家族なのに一緒に暮らそうとしないんだ?」
 あわわ、突然フレンディスの脳は混乱をきたした。
「えぇと……私とジブリールさんが家族で、マスターとジブリールさんも家族……! そ、それは私とマスターが兄妹……?」
「あいかわらずすごい天然ぶりだな……」
 軽く頭痛を感じつつ、ベルクはさっと片手を上げた。
「フレイ、ちょっと黙っててくれ。要点はそこじゃないんだ」
 俺が話す、と断ってベルクは続ける。
「俺とフレイはまだ結婚したわけじゃない。簡単に言うとそれが理由だ。だがもうそろそろ、もう一歩前進していい頃だと俺個人は思っている。つまり……一緒に住むってことだ」
「ど、どどどど、同棲〜!?」これはこれで動転する忍者さん。
「というより『共同生活』、こう考えたらいいんじゃないかな」
「そうだよな、それだったら、家族らしくなるよな」
 ポンとジブリールも手を打った。実をいうと恥ずかしくて口に出せないだけで、ジブリールには、二人の弟ではなく子どもになりたいという願いがあった。
 互いに明かしたわけではないが、ベルクもジブリールと同じ考えだったりする。
 ――どうせフレイのこったからまだ申請も出せてないだろうし、ジブリールが息子か娘かわからねぇけど、きょうだいじゃなくて『子ども』としてパートナー登録するのが一番だろ。
 ところでこの状況でなんだか一人、いや一匹、ほったらかしにされている者があった。
「く、このターバンが! エロ吸血鬼と共闘してご主人様に余計なことを言うななのですよ!」
 ポチの助である。
 ジブリールが家族に加わって以来、どうも家庭内ヒエラルキーが激しく低下してピンチ状態になったと彼は考えている。発言権が危ない、ここは主張しなくては、
「エロ吸血鬼と同棲ですって! ご主人様いけません! そのような戯れ言に乗せられては!」
 もうこのへん、片意地と言われてもおかしくない状態ながら、やはりポチの助はこう言わざるを得ない。
 実のところ……ポチの助はもう、とっくにフレンディスとベルクのことを認めている。フレンディスへの憧れに近い恋心はすでに薄れ、今ではペトラ(ペトラについてはこのページ後半で語ろう。お楽しみに)という気になる存在もできていた。
 でもだからといって、簡単に割り切れない『いぬのきもち』……というやつなのだ。
「そもそもですねえ、男女七歳にして席を同じうせずと申しまして……」
 なにを言っているのか自分でもわからなくなってきたものの、とにかく主張を続けようとするポチだったが、
「はいこれ」
 ジブリールが、ポチの助の好物『ほねっぽん』を投げてやるとこれをくわえて黙った。
 ベルクは話を戻した。
「ま、あくまで最終的に決めるのはフレイだ。俺は提案しただけ、今すぐ決めなくていいから考えてみてくれ」
「……あ、はい……」
 耳と尻尾を元気なく垂らし、フレンディスは視線を落とした。
 ――たしかに、『家族』というのなら同居しないのはおかしいですよね……ジブリールさんには悪いことしました……でも、うう、同棲……じゃなくて共同生活! なし崩し的にそんな領域に入ってしまっていいのでしょうか……?
 でも検討はしたい。いや、する!
 こうしてフレンディスは、新たな悩みを抱えたまま年越しすることになったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 どこかから閑かに、深く重い鐘の音が聞こえてくる。
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は目を閉じて、しばしその響を楽しんだ。
「除夜の鐘か……まさに大晦日って感じだな」
 日本式の暦を採用すると、年末など瞬く間だ。先週はクリスマスで慌ただしく過ごしていたというのに、一週間もしないうちにもう年が暮れる。
 アルクラントは鍋の火加減を見つつ、そっと振り返った。
 パートナー三人がそろって待っている。
 こうした光景は、なんとなくだが久しぶりのような気がした。自分を含めて四人、こうやってそろう機会はこのところ減っていた。
 アルクラントの視線を受けて、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が腰を浮かせかけた。
「なに? アル君、手伝おうか?」
 なんとなく釣られて完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)エメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)も和風暖房器具……つまりコタツから身を起こすも、アルクラントは手を振って声をかけるのだ。
「いや、いいから、君たちは座ってて」
「でも」
「盛り付けのときだけ手伝ってくれればいいから」
「まー、マスターもあー言ってるわけだし、いいんじゃないー」
 ペトラはアルクラントの気持ちを察したのか、そう言ってシルフィアを座らせる。
「そうよね。アルクなら、『厨房は己のテリトリーだ』なんて思ってそうだし」
 と言ってエメリアーヌは清酒を杯に注ぎ、呵々と笑った。
 ――見抜かれてるな。
 アルクラントは鍋に向き直る。苦笑いが口元にあった。
 ――キッチンは男の戦場だ……今日ばかりは邪魔されたらたまらないからな。
 そんな言葉が心に浮かんだばかりだったのだ。
 まあいい、遠慮してくれるのであればそれに越したことがないだろう。シルフィアとペトラが手伝えば味がおかしくなることは予想が付く。それに、いずれにせよエメリアーヌは面倒といって手伝わないだろうし。
 鍋の火加減は上々、フライパンの焼き物もきつね色になってきた。
 さあ、もうじき完成だ。今年最後の豪華な食事、大盤振る舞い!
「さて、どうだい。なかなかのものだろう」
 アルクラントが料理を披露すると、三人は目を輝かせた。
 チキンの香草焼き、チーズリゾットにアボカドのサラダ、ベーコンとポテトのピザもオーブンから出てくる。配膳を手伝うと言ったペトラは、ただもう目を丸くしてこの光景に見とれていた。
「こいつをつまみつつ、酒も楽しむとするか……あ、ペトラはノンアルコールの炭酸飲料な」
 やがて、
「それでは、乾杯といこうか」
 という彼の言葉を合図に、四つのグラスが冴えた音を上げたのである。
 晩餐の時間帯としては多少遅くなったものの、どうせこのまま日付が変わるまで楽しむ気配なのでそれでいいとしよう。
「今年もこれで終わりな訳だが……本当に色々あったな」
 さっそくグラスを乾したエメリアーヌに、アルクラントは赤いワインを注ぐ。
「色々? たとえば?」
 いきなりボールを投げ返された格好だ、アルクラントはぐっとグラスを空けた。頬が熱いのは酒のせいだろう。多分。
「やはり大きかったのは……シルフィアとのこと、かな」
 びくっ、と仔猫のようのシルフィアが身を竦ませるのがわかった。彼女の顔がみるみる紅潮するのがなんだか、微笑ましい。
「散々回りから言われてはいたけれど、やはりきちんとした、というのは私的にもね、色々とね」
 後半、ちょっとシルフィアの言葉は曖昧になる。
「なーにが『色々とね』よ、いっぱしの口きいちゃって」
 さっとエメリアーヌはシルフィアにワインボトルを向けた。
「ほら、グラス貸して。空になってる」
「え? あ……まあ、じゃあ、ちょっとだけ……」
「ワインを注ぐときはテーブルに置くの。日本酒みたいに杯を手で持たないように」
 このあたり、エメリアーヌにはこだわりがあるようだ。それはそうと、と言葉を切って続ける。
「それより、次はシルフィアが言うべきじゃない? 今年の思い出」
「え!? 私!
 ……えーと、私も…やっぱり、その、アル君とのこと、かな。出会った日もそうだったけど、なんというか、私の心を暖かくしてくれて……ってなに言わせんのよ、もう」
「あー、はいはい、二人ともお熱いことで」
「あ、シルフィアのろけてるー。マスターも照れちゃって。ひゅーひゅー!」
「こら、冷やかすんじゃない。これでも真面目に言ってるんだぞ」
 言いながらどうにも反応に困って、アルクラントは多少乱暴に、手にしたピザにかぶりついた。
「そうよ、ペトラもエメリーもからかわないでよー」
 それを聞くや、ふーん、という顔をして、
「そのときの影に私がいたこと忘れずにね。感謝なさいな」
 と言いかけたエメリアーヌだが、そういえば、とでも言いたげにアルクラントとシルフィアが視線を投げてきたので、
「……いや、ホント悪気はなかったんだってば」
 あははと声に出して肩をすくめた。
「それに二人だって色々あったくせに。私知ってるんだからね」
 逆襲すべくシルフィアが身を乗り出す。アルクラントも言葉を合わせた。
「そうそう、ペトラとも空の上の冒険に行ったな。まさかペトラのルーツの一端を知ることになるとは思いもしなかったが……過去は過去として、これからを考えるにはいい機会だった」
 ペトラはうなずいて見せた。
「そうだね、自分自身のことを知ったっていうのはたしかに大きかったかなー。でもね、それ以上にお友達がいっぱい増えたってのが僕のすてきかな」
「そういや『彼』とはそれからどう?」
 シルフィアのいう『彼』というのは、忍野ポチの助のことだ。
 待ってました、とばかりにペトラは満面の笑みを見せた。
「そうそう、この間もポチさんとねー」
 今年どんな交流をしたかをペトラは一気にまくし立てた。なんとも清くそしてほのぼのした交際が行われているようだ。今後が楽しみではないか。
「それで、明日も遊びに行く約束もしてるんだー。だから年が変わったらすぐに寝るつもりだよ!」
「おんや、ペトラもスミに置けないじゃないの」
 と呟いたエメリアーヌは、三人から見つめられていることに気がついた。
 どうやら彼女にも、2023年の総括をせよということらしい。アルクラントが水を向ける。
「今年はエメリーも結構表に行ったな。未来に飛ばされてみたり本の世界に行ってみたり。私の言葉だけじゃなくて、自分の目で見るってのもいいものだろう?」
「んー、そうね。その経験とも関連して、今年思ったことを言うわね。もともとアルクの見聞録だった私だけど、こうやって人間の姿を取るのが普通になってしまって、アルクが日記書いてももう私の記憶にはならなくなったわけだし、今後はあらゆるものを自分の目で見て耳で聞いて……覚えてないとね、なんて思ったりしたわ。しっかりとね。だから、アルクもシルフィアもペトラも、これからずっと私に素敵を見せ続けられるように努力しなさいよ」
 ほう、と感心するような声が三人から聞こえたので、むっ、と眉をしかめるエメリアーヌである。
「な、なによ、私が真面目な事言ったら変? そんな気分の日もあるってことよ。一年の計は元旦にありっていうでしょ。まだ日付変わってないけど」
 ぶつくさと言いながら徳利を手に、手酌で清酒を呷るのだ。
 その様子に思わずアルクラントも吹きだしてしまった。
「いや悪い悪い、いいこと言うなあと思っただけだ。気を悪くしないでくれ」
 そこからアルクラントは、自分の回想に戻った。
「あとは……グランツ教の件か」
 鮮明に思い出す。アルクラントと相対したカスパールの姿を。
 銃口を向けても、彼女は微動だにしなかった。

「この銃はライジング・トリガーという。竜の角で作られた弾丸を使う特殊なものだ。これであれば、きみを傷つけることができると思う」
「おそらく、おっしゃる通りになるでしょう。その種類の武器には経験がありませんもの」


 潤んだようなカスパールの瞳……そこに寸毫の嘘もなかった。それは断言できる。

「アルクラント、他のパートナーたちと別れ、私と共に来ると約束して下さい。そうすれば私はあなたに、私のすべてを捧げましょう……」

 だがアルクラントは、その『契約』を断った。
「あれはなんとも、肝を冷やしたというか…アルティメットクイーンもそうだが、カスパールやメルキオール……やつらとも来年こそは決着をつけないとな」
「そうね」
 とシルフィアは彼の腕に手を置いた。
「来年は色々と決着をつけなきゃいけない年なんでしょうね。私もそんな予感がするわ。
 でも、それが終わったらまた新しい素敵を見つけるんだから。……これからも、皆と一緒にね」
 アルクラントは頬を緩めた。なんだか彼女の一言で、救われた気がする。
「そうだな。来年も、共に素敵な一年を過ごそう」
 つい長話になってしまった、そろそろ年が変わる。
 ソバを食べないと、とアルクラントは席を立った。手打ちソバを用意している。
 たらふく食べたというのに、ソバとなればまだ食べられるのは、なんとも不思議というものだ。
 気がつけばもう除夜の鐘は、聞こえなくなっている。