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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第40章 最終日の襲撃者

「……わぁ……」
「これが聖なる鹿だよ、ピノちゃん」
 ボールを引いて決定した動物の前に立ち、エースは、どこか高貴な雰囲気を漂わせる幻獣を紹介した。この鹿は、ドルイド以上にならないと扱えない。その為、セイントの彼のような補助が必ず必要だった。今の時点で、ピノが鹿に認められるのはまず不可能といってもいい。
「幻獣に類する生き物は知能も高いから、しっかり信頼関係を作らないと事故の元になりかねないからね」
「うん、気をつけるよ! 何だか、かわいいっていうよりかっこいいねー。暴れたりしそうにないけど、ビーストマスターには心を開いてくれないのかなあ……」
「全く心を許さない……ということもないけれど、対処が難しかったりするからね。職業とスキルに制限がかかるということは、色々と繊細で気難しい部分も持ち合わせているってことなんだ。元々大人しい生物だけれど、体が大きい分、興奮状態になった時には色々と対応が大変なんだ」
 鹿を見上げてそう説明してから、エースはピノに笑顔を向ける。
「ドルイドになったら、1人で扱う事になるからね」
「なんだかちょっとドキドキするなー……。エースさん、鹿さん、今日は1日よろしくね!」
 気合を入れて、ピノはエースと澄ました顔(に見える)鹿に言った。理想の関係になるのが難しいと聞いて、どうすれば合格になるんだろうと少し困ったけれど――
 きっと、いつも通りにやれば大丈夫だ。
「琴乃、あの子が琴乃の学校の子?」
「そうだよー。ピノちゃんっていうの。明るくて楽しい子なんだよ」
 聖なる鹿を囲む柵の外で、南條 託(なんじょう・たく)南條 琴乃(なんじょう・ことの)と2人で試験の様子を見学していた。いつもとは違う実技試験だと聞き、ちょっと面白そうだと思ったのだ。
「うん、応援したくなる子だね〜」
 鹿に対するピノを見ながら、託はにこにこと琴乃に言う。本来は扱えない動物を前にしているせいか、少女の笑顔の中には緊張も見えた。若干危なっかしいような感じもしたが、セイント職の補助やドルイドの友人達がいるようだし、大丈夫だろう。
「ピノちゃん、がんばってねー!」
「あ、琴乃ちゃん! 来てくれたんだね、がんばるよ!」
 振り返って嬉しそうに手を振るピノと琴乃を微笑ましく思いながら、託は放牧場を見回してみる。それぞれの区画で、それぞれの受験者が様々な動物達と向き合っている。ピノ以外にも、託の知っている顔がいくつか見られた。みんな頑張って〜、と、心の中で応援する。
「あんな動物やこんな動物まで……色々いるね〜」
「パラミタ中の生物がいるっていうだけあるよね! 初めて見る動物も多いよー」
 放牧場の雰囲気を楽しんでいるようで、琴乃は好奇心いっぱいの表情を浮かべている。
「僕も、一応ドルイドになったこともあるけど……なかなかああいう子たちと接すのは難しいだろうね〜。まあそれでなくても、今は頭の上が基本ポジションになってるうちの飼い猫で手一杯だけどね〜」
 託は、2人の家で留守番中の飼い猫アスターを思い出しながら琴乃の手を取る。
「この辺りの試験をちょっと見回ってみないかい? ここの動物達を近くで見てみよう」
「そうだね! 行ってみようか」
 手を繋ぎ、2人はリュー・リュウ・ラウンを巡り始めた。

 ――最終日の時も、緩やかに穏やかに、かつ体感時間は早く時は過ぎていった。ただ、受験者達はこれまでより試験に苦戦しているようで、動物達を宥めるような声も多かった。
「……ん?」
 ピノのいる聖なる鹿のいるエリアに戻る途中、託は放牧場を流れる空気に異物感を覚えて足を止めた。
(何か嫌な感じが……)
 この場にそぐわない、存在するべきではない濁った意識を持つ何かが迫っている。気のせいでは片付けられない、そんな予感が肌を刺激する。
「あれ、どうしたの?」
「ん、いや、ちょっと……ね」
 続けて足を止める琴乃に普段と同じように笑いかけると、託は再び歩き出す。
(これは……なかなか、というかかなり大きいね。それに色々と混ざっている感じ……。? 混ざっている?)
 引っかかるものを感じて次に思い浮かんだのは、最近よく報道されているイコン部品や鉄材の盗難事件だった。勘、というやつだろうか。
(……もしかしたらあれと関わっているかもね。まったく、相変わらずいつどこで何が起こるかわからないなぁ……)
 柵の傍で、管理人のエイダーとスタッフ達が何やら話し合っている。彼等も、放牧場に妙な空気が混ざり始めていることに気付いたのかもしれない。……否、そう思って周囲を見ると動物達も気が高ぶっているようだし、恐らくそれで察したのだろう。
 動物達の落ち着きの無さが、受験者達との相性以外の所から来ていると分かったのだ。
「試験が終わったら、受験者達に結果を伝える前に動物達を移動させよう。肉食動物やドラゴンを戦力として残し、小型種は屋内施設に入れて、草食動物も獣舎に移すように……」
 エイダーがそう指示をしている間にも時間は進み――
「おめでとう、これを使えば、君も今後は同業者だ」
 午後4時、合格者達にエイダーから黄金の枝が授与される。無事に枝を受け取ることが出来たピノは、応援や手伝いに来た一同に笑顔を見せた。放牧場に来てから見せた中で、一番明るく、嬉しそうな笑顔だ。
「あたし、ドルイドになれるよ! みんなに手伝ってもらって、合格できたよ!」
 ささやかな祝福として、枝にはリボンが結んであった。ずいっと腕を出して皆にそれを見せるピノに、エースが言う。
「ピノちゃんは、どんな動物に対しても『思い通りにしよう』とはしないで『仲良くなろう』としただろ? それが合格に繋がったんだよ」
「そうなのかな? あたし、わからないこともいっぱいあったし、うまくできなかったこともいっぱいあったと思うけど……」
「それでも、一番大事なことは分かってると判断されたんだと思うよ。同じ世界に生きる存在として、お互いを尊重して過ごしていく事がドルイドとしては大切なんじゃないかな。自分だって、誰かに支配されたくないだろ。友達になりたいって思える気持ちがあれば、動物達と本当のパートナーにもなれる。大切な相手には、無碍なこと出来ないからね」
「……そうかあ……」
 それは何となく、人同士の関係にも似ている気がした。枝を手にし、嬉しそうに他の受験者が帰っていく中、中腰になったファーシーが目を合わせてくる。
「ピノちゃん、早速、その枝を使ってみたら? もう、何も待つことないんだから」
「え、今……? ……うん、そうだね!」
 この場で使うという発想が無かったピノは、少し驚いたがすぐにそれに同意した。可愛らしいデザインの財布を出して、10000Gをエイダーに渡す。初めてこの放牧場に来た日――ドルイドになろうと夢見たその日から貯めてきたお小遣いだ。
「よろしくお願いします、エイダーさん!」
「転職するんだな。預かろう」
 10000Gを受け取ったエイダーは、クラスチェンジに伴う作業を――作業内容はご想像にお任せします2クリックではないと思います――行った。ピノが握り締めていた枝がその場で光の粒子となり、それが全て消え去った時にエイダーは言った。
「これで、君はドルイドだ。実感はないかもしれないが、荒ぶる力が使えるようになっている。使う状況が訪れないと試せないが、次は石化解除の力が使えるようになるよう頑張るといい」
「ありがとう!」
 残ったリボンは記念に、とピノはそれを大切に仕舞う。そこで、祝福を伝えようと優斗が彼女に笑いかける。
「おめでとうございます。夢が叶って良かったですね」
「うん! ……あ、そうだ」
 ピノはキャットシーと過ごした時のミアの言葉を思い出し、優斗に言った。
「優斗さんもおめでとう! 今回はとっちめられなくて良かったね!」
「……? 何のことですか?」
 突然何の話だろうと思う彼に、ピノはミアから聞いた話を小声で伝えた。ミアの試験に続き、浮気しそう(に見えたら)とっちめる準備が出来ていた事、それを手伝ってくれないかと言われていた事――
(え……!)
 さーっと血の気が引いて、優斗は慌ててミアに視線を移した。彼女の傍にはぷるりんしろまりっちぴちこガレッツフルールがいるが、そういう理由であの5匹を連れてきていたのか。今回の試験が男ばかりというわけでもなかったことを考えると、無事でいられたのは奇跡に近い。
 クスクス……と、微かな笑い声が聞こえた気がしたのはその時だった。風の音に紛れ、気に留めないままに流してしまいそうな声がした方を見ると、フード付きの衣を纏った少女らしき人物と目が合った。だがそれは一瞬のことで、脳がそう認識した直後、少女の姿は彼の視界から消えてしまう。呆けて立ち尽くしていると、不審を感じたのかミアとテレサが近付いてくる。
「優斗お兄ちゃん、どうしたの?」
「優斗さん、どうしたんですか?」
「あ、2人とも、今、あそこに女の子が……」
「「女の子?」」
 しかし既に、そこに笑みを浮かべた少女は居ない。優斗の示した先を確認したミアとテレサは、明らかな疑惑の目を彼に向けた。
「今は誰もいないけど……優斗お兄ちゃん……」
「その女の子に見蕩れてたんですね? 私達には見蕩れないで?」
「え? いえ、そういうことじゃなくて……」
「あの顔じゃ言い訳出来ないよ! 浮気しようとしてたんだね!?」
「え? え? あの……」

「え……危ないことが起きそう? 今日?」
 うわあああああー……と、情けなく、そして気の毒な悲鳴が空に消えていく。その中で、エースは人の心草の心、を使って、こっそりと放牧場に植わる植物達に話を聞いていた。試験中から、動物達が少し緊張状態なのが気になっていたのだ。何を不安がっているのかを知りたかったのだが、その結果として返ってきたのがその答えだった。
「怖い気を持っている人が紛れ込んでる……? 4人?」
 その時、クスクス……という声が背後を通過していった。直後、エースは背に何かが付着したような気がした。べちゃ、という擬音が似合う、そんな感触に背を確認する。
「何もついてないな。気のせい……。……!」
「エース、これは……!」
 突如として痛みと息苦しさが体を襲う中、エオリアが胸を押さえながら近付いてくる。いつもより青い顔をして息を乱した彼は、やはりエースと同じ症状に陥っているようだった。
 急激な不調ではあるが、緊張していれば倒れることなく動くことは可能だった。周囲を見回す彼等の目に、フードつきの外套らしきもの――とけこみの衣――を纏った何者かが2人、走っていく姿が見えた。うまく物陰に隠れつつ、ピノ達の立つ方へと迫っていく。2人が通った後、近くの木で羽を休めていた鳥達がぼとぼとと落ちてくる。体を痙攣させ、かなり苦しそうだ。
 放牧場にいた殆どの動物達が屋内に移動している今、倒れる動物の姿は多くない。だが、残されていた肉食動物達はもれなく自立不可能になっていく。何が起こっているかは、明白だった。
「毒だ……。毒が撒かれてるんだ……! エオリア、ピノちゃん達を頼む。女性や子供を先に避難させてくれ。俺は動物達を解毒して避難させるよ」
「分かりました、気を付けて」
 エースは百獣の王を使って毒耐性を上げ、自分とエオリアの体内の毒を相殺する。そして、2人は走り出した。

              ⇔

 毒を撒く2人組が現れた現場からは随分と離れた放牧場の端で、は敷地外からこちらに向かってくる人型の無機物達の姿を認めていた。150体以上はいるだろうか。恐らく、あれらは機晶姫ではない。体の全てが金属で構成された、『道具』に近い存在だ。形の統一はされていない。どこか、急ごしらえで造った、という印象があった。
「あれって……お、襲ってくるつもりだよね……!」
 どう見ても遊びに来ているようには見えない人型達から目を離さず、琴乃が言う。その彼女を横目で見て、託は思う。
(出来れば、こういうのには巻き込みたくないんだけれどね〜……)
 とはいえ、起こってしまったことは仕方がない。問題は、今日は戦いに使えそうなものを大して持っていない、ということと琴乃がここにいるということだろうか。
「琴乃は危ないから下がってた方がいいよ。みんなと一緒に逃げるんだ」
「……! そ、そんなこと出来ないよ! 私も戦うよ!」
 琴乃は、人型達と向き合う位置で光条兵器を構える。そう意思を示されてしまえば、これ以上逃げろとも言えない。彼女を傷つけないように立ち回りながら人型に対することを決めた時、宿泊施設のある方から悲鳴が聞こえた。女の子の――フィアレフトという少女の声だろう。
 何があったのかと振り返る。しかし、それ以上の悲鳴も、激しい戦闘の音も何も聞こえない。静かすぎるほど静か――否。
「煙が上がっているね……。琴乃、ちょっと様子を見てきてくれないかな? 決して無茶はしないように、だけど」
「…………」
 琴乃は人型と施設の方を見比べた。束の間の逡巡を見せてから彼に頷く。
「分かった! 行ってくるね」
 真剣な表情で、琴乃は施設へと走っていく。託は迫り来る人型達に向き直り、ひとりごちた。
「……さて、戦いも考えないとね」
 状況が状況だし、あの人型達全てを倒せる気は彼にもしない。だが、ピノ達やスタッフなどが避難出来るまでの時間を稼ぐくらいはしたい。
(速さで攪乱しつつ……攻撃は……、そうだ)
 放牧場の異変にも、人型達が害を齎す存在だということにも気付いているのだろう。気を高ぶらせている肉食動物達に、託は声を掛ける。彼等は彼等で自衛しようとしているようだが――
「みんな、ちょっとだけ力を貸してくれるかい?」
 人型達は、もうすぐそこまで迫っている。ゴッドスピードを使って素早さを上げて地を蹴り、人型達が構える前に百獣拳で攻撃する。倒れた数体の人型は、のろのろとした動作で起き上がろうとしていた。何処から飛んできた魔法攻撃を避けながら、託は人型達を観察した。表面に幾何学的な模様が描かれた個体と、武器を持っている個体の2種類が存在するようだった。魔法を使ってきたのは、模様が描かれている方だろう。
「……ああ、そうそう」
 そのうちの1体と、託は目が合ったような気がした。ちょうど言いたいこともあったし、と彼はその個体に向けて口角を上げる。
「ここで琴乃に何かあったら、今回の裏にいるやつら全員生きていられると思うなよ?」