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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第41章 荒れ狂う毒の華

「な、何やってるですか……!?」
 宿儺は、友人達に囲まれてクラスチェンジを喜ぶピノを、少し離れた場所からアクアと一緒に見守っていた。そこに飛び込んできた斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)の行為に彼女は棒立ちになっていた。衣を纏っていて耳と尻尾が見えなくとも。
 2人が自分の家族であることくらい、宿儺にも分かる。
 ディメンションサイトと行動予測を使っているのだろう。滑らかな動きを見せるハツネの周囲で、皆が次々に倒れていく。猛毒で動けなくなった彼等を、葛葉はクライオクラズムで攻撃していく。
 その最中、一瞬ハツネと目が合った気がして宿儺はますます動けなくなった。
「…………父様、姉様……!」
「……こっちへ!」
 アクアに手首を掴まれ、引っ張られるようにして宿泊施設の中に入る。窓から見えないようにラウンジを移動し、現場が確認できる窓際に潜んで身を屈めると、アクアは小さく 咳をした。多少なりとも毒を吸っているようで、苦しそうだ。宿儺も吸った毒に侵され、息苦しさを感じていた。屋内に入ったのは、これ以上毒を吸うのを防ぐ為だろう。
「ここで全員が捕われるわけにはいきません。倒れるわけにも……」
 だが、いつでも飛び出せるようにだろう。アクアはそっと腕を上に伸ばして窓の鍵を外した。そして、外の様子を伺う。
 この寒さの中、闇黒属性は兎も角、氷結属性の攻撃を受けて即座に動けなかった全員を――否、ピノとラス以外の全員を――ハツネは蛇骨の鎖で拘束していく。
 エイダーとスタッフの数人も縛られ、警戒していたカルキノスと淵、朔と満月も身動きが取れなくなっていた。その中で、位置の関係から蛇骨の拘束定員20人を超えて自由の身であったスカサハが現場から離れて走り出した。機晶犬クランと、こちらも幸運にも捕まらなかった調律機晶兵のウアタハを連れてサンダーハンマーを携えている。ハツネ達の後ろから、追い打ちをかけるように放牧場に入ってくる人型機械達の姿が見えた。そちらの対処に行ったらしい。
ファーシーは気を失っているようだった。猛毒のせい――ではなく、恐らく魔法攻撃のショックの為だろう。多少苦しそうではあるが、フィアレフトも意識を保っている。
「宿儺……あの2人を、宿儺は知っているのですね?」
 問われ、宿儺は不安と共に頷いた。アクアは怒ってはいないらしい。
「父様と、姉様です……」
「この攻撃は何なんですか? 毒……だとは思いますが、一過性のもの……空気中に消えていくものなのか、あの2人がこの場に居る限り、続くものなのか」
「多分、姉様のフラワシだと思うです。宿儺は見えないですが、フラワシは粘液を飛ばして攻撃します。粘液から出る気体を体内に取り込むことで、毒に侵されてしまうんです。フラワシが粘液を出し続けている限り……毒を吸い続ける結果になってしまうんじゃないかと思います」
「そうですか……それで、貴女はこの2ヶ月間、家族と連絡を取ったりはしていないのですよね? あの2人の目的の心当たりは……」
 ぶんぶんっ、と宿儺は首を振った。
「でも、父様達はよく『仕事』をしていました。その『仕事』の関係だとしたら……。でも……!」
 怒りの感情が込み上げてくる。目に涙を溜める彼女の手を、アクアは強く握った。間者であると疑われてもおかしくない状況だったが、それ以上の追及をしようとはしない。
「今は、様子を見ましょう。状況を打開できる瞬間を見逃さないように……」

              ⇔

 葛葉は何やら忙しそうだし、未来の清明はなぜか出て行ってしまうし――残った赤ちゃんの清明も、壊してしまいたいくらいに可愛いけれど。
「……長らく何もなくてハツネ退屈だったの。でも、久々にお仕事が入ったの♪」
 楽しそうに、ハツネはフラワシ、ギルティ・オブ・ポイズンドールで捕えた皆や、攻撃を止めようと割り込んできたに動物達を害し続けていた。
「クスクス……壊して愛してあげるの♪」
裂空のフラワシの能力で彼女達を切り裂き、焔の能力によって付着させた粘液を燃え上がらせる。粘液が気化し、また空気中の毒が濃くなっていく。
「きゃああっ!」
 燃やされ、フィアレフトが悲鳴を上げる。皮膚を焼かれても貼り替えればいいだけだと分かっている。命には関わらない。痕も残らない。内部コードが溶けても、交換すれば――理屈ではそう思っても、彼女は平静ではいられなかった。血の匂いがすぐ近くから漂ってくる。捕えられたエイダーから流れる血液だ。彼もまた、ファーシーと同様に気を失っていた。だが、彼の方が圧倒的に死の淵に近い。生身であり、かつ出血の多い彼の方が。
「み、ミンツくんは……!」
 必死にミンツの姿を探し、「あっ!」と驚く。彼女のパートナーである改造機晶ドッグは、蛇骨の分銅が直撃したのか胴体が破壊されていた。完全に機能停止しているようだ。フィアレフトは鎖から逃れようと身じろぎする。だが、自らの意思を持っているかのような鎖に、更に締め付けられるだけだった。近くでまた、焔が燃え上がる。
「……! ママ……!」
 毒を吸い続けているとはいえ、体の殆どが機械で出来ている彼女はまだ何とか動くことが可能だった。鎖に抗いながら少しずつ芋虫のような動きで移動して、ファーシーを守るように体を重ねる。守る為なのに、庇う為なのに、久しぶりに母に抱きつけたようで心が少し安らいでしまう。
(ママ……ママだけは、私……)
 クスクスと笑うハツネは、葛葉と共にフィアレフト達と――そして彼女達やエイダーを守ろうと飛び込んでくる動物達に攻撃を続けた。ハツネはカルキノスが哨戒させていた牧神の猟犬を烈風で切り裂き、葛葉は荼枳尼で動物達を切りつけ、倒していく。

「……あ……」
 それを見たピノの口から、声が漏れた。吸い込んだ毒の分だけ、視界が霞む。苦しくて、全身が、酷く痛んで動けない。
「……やめて……」
 傷ついていく友人達を、エイダーを、動物達を見て、ピノは一瞬目の前が真っ赤になったような気がした。
「やめて! やめてよ!」
 叫ぶだけで、体力が一気に奪われた。それでも魔法を放とうと、意識を集中させようと懸命になる。ハツネがこちらを一瞬見て、笑みを深めた。瞬間的に血が上ってピノが攻撃しようとした矢先、その手をラスが掴んで止めた。反射的に見返すと、彼は微かに首を振ってハツネに言った。
「……無駄だ。挑発して……攻撃を誘うつもりならな……」
 ハツネと、葛葉の動きが止まる。それを聞いて、ピノは「え」と驚いた。思ってもみなかった。そういえば、どこかで聞いたことがある。一番の隙は、攻撃をしようとする時に生まれると。確実性と自身への安全性を確保するなら、怒りを煽って攻撃させるのは有効な手段なのかもしれない。あたしの今の状態じゃ、返り討ちにされる心配も無い……。あたしは……罠に掛かるところだったの? 攻撃したら、殺されてた……? でも、何で……
 そう思った時、何故自分達2人だけが拘束されていないのか、その疑問に初めて行き当たった。考えるまでもなく、答えが出てくる。
 ……あたしとおにいちゃんが、この2人の本命……?
「それとも……単なる嗜虐趣味者か? 何にしろ、こっちからは攻撃はしない。逃げることもできない……今すぐにでも、ピノを殺せる。妨害してきそうな奴等はいい加減行動不能になってる。……もう、いいだろ。これ以上は……無意味だ」
「おにい……ちゃん……?」
 荒い息をしながらのラスの話に、ピノは違和感を覚えて彼を見た。『ピノを殺せる』って、その言い方じゃ、あたしだけが狙われてるみたいだ。何か……何か、知ってるの?
 ハツネは相変わらずクスクスと笑いながら、拘束した皆に向けてまた火を放った。彼女自身から出ているという感じではない焔が、皆を焼いた。捕まっているスタッフ達が呻きを上げる。
「慈愛も情けも理解してるけど、人間は闘争本能というのがあるの……愛してあげないと……かわいそうなの」
「……仕事なんだろ……さっさと仕留めないで、俺達が逃げたらどうすんだ?」
「…………? 今、逃げられないって言ったの。でも、念の為……」
 そうハツネが言った数拍後、ラスが激しく咳き込んだ。一気に強い毒を受けたように苦悶する彼の傍にいると、ピノも胸苦しさが増してくる気がする。否、確かに体からの危険信号が増していた。鼓動がどんどん早くなる。
 苦しい。苦しい。苦しくって、怖い。怖くて、意味が分からない。
「これも立派な愛し方なの……だから、ハツネは悪くない」
「……くそ、まともな精神じゃないか……」
「……お、お……にいちゃん、大丈……あ、あたし……狙われ……どういう……」
 その時、葛葉に斬られてぴくぴくと痙攣していた動物達が、断末魔の咆哮と共に突然大量の血を吐いた。心臓が止まる程に驚き、ピノはラスとその光景を凝視した。吐かれた血液が、派手にピノの体に掛かる。
「……っ!」
 ぴくりとも動かなくなった動物達を前に、彼女は声にならない悲鳴を上げた。混乱真っ只中の頭に、怒りと哀しみ、そして無力感が襲ってくる。ドルイドになったのに、今日、夢が叶ったのに、また、動物を救えなかった――それも今度は、もしかしたら自分の所為で――
 滅茶苦茶に心が乱れる中で、ピノはラスに抱きしめられた。暴れないように、狂ってしまうのを防ぐように。
「……大丈夫だ……ピノは、何も悪い事はしてないんだ……誰かを不幸にしようとしたわけじゃない……そんなお前が大好きだから……お前が居ないとダメだから……俺は……」
「きゃあああっ!」
 再開された攻撃の中で、フィアレフトの悲鳴が聞こえる。彼女は必死に、必死に助けを求めていた。慈悲を求めていた。誰かに、ハツネ達ではなくこの場に居ない誰かに、助けを求めて彼女は叫ぶ。
「止めて! 止めて! あなたは……あなたはこんな……こんな誰かを巻き込むような、そんな人じゃなかった! 機晶姫を……みんなを……命を守りに来たんじゃないの!? ピノさんだけ、仕方なく殺しに来たんじゃないの!? あんなに慕ってたのに! それなのに……! ……え?」
 その叫びが、不意に止まる。その途端、施設の周囲はしんと静まり返った。いつの間にか、ハツネ達の攻撃が止まっていた。フィアレフトが叫んでいた途中から、2人は皆を害するのを止めていたのだ。勿論――彼女の言葉が届いたからではない。
「……止めてください……父様、姉様、止めてください! 何で、何でこんなことするですか……!」
 目だけを何とか動かして、ピノは声の主を――宿儺を探した。少女は――
 怒りに満ちた形相で涙を流し、裂傷だらけの体から血をぼたぼたと流していた。