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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第16章 図書館にて&学者との対話

「私は、『魔王』と名乗る人が間違ってると思うの。『魔王』がドラゴン達を襲わなければ、人の住む場所が奪われるなんて語らなければ、世論が不安に怯えてピノちゃんも『法律』を作り出す事はなかった」
 歌菜もまた、『パラミタ大陸自体がこれ以上の人口増大を拒否した』という学者の説に疑問を抱いていた。
(本当にそれが答えなの? そんな事が、有り得るの?)
 納得出来る説ではない――私的な感情から来るもの以上に、彼女の理性が伝えてくる。
「それに、『魔王』の正体や本名を誰も知らないなんて……。これだけ皆の前に顔出しをしてるのに」
「分かっているのは、この顔写真だけか。だが、マスクをつけていて素顔は分からないな。一見して怪しい男だが、彼の主張が国民に影響を与えたのはこのマスクの不気味さが原因か?」
 歌菜と羽純は、手分けして新聞雑誌、インターネットサイトを閲覧して魔王に関する情報を集めていた。魔王の発言は各媒体で大きく扱われていて、その内容は細かな差異はあれど殆ど同じだった。フィアレフトが言っていたのと同じ話が、看過出来ない社会問題として扱われている。
 そして、その『魔王』本人のビジュアルは確実に異質で、不気味だった。筋肉質な肉体にビキニパンツ、頭からすっぽりと被ったマスクという出で立ちなのだが、それが何故か笑い飛ばせず、ある種の支配者のような迫力を持っている。
 犯罪者の戯言だと人々が思えなかったのは、言葉に出来ないその不気味さが原因だろうか。
「とにかく、この写真を皆に見せて映像も撮っておいてもらおう」
「そうだね。これで、魔王の正体が分かったら……」
「……でも、この体つきというかフォルムというか……どこか見た気もするんだよな。どこだったか……」
 その頃、リネンはフリューネとパラミタ大陸とニルヴァーナ大陸の関係について調べていた。
「……2044年に、回廊で事故が起きていたのね」
 一冊の雑誌にその見出しを見つけたリネンは、記述されている内容を目で追っていく。フリューネも、横から覗き込んで彼女と知識を共有した。それは、この年の重大ニュースとして扱われていた。事故が起き、ゴアドー島の回廊、月の回廊の二箇所共に使用不能になってしまったという。
「そうね。だから、『魔王』の言葉で不安を持っても、異常の原因が発表されても、皆、移住ができなかった……それで、国は『処分』を決めたということね」
「事件性は無いって書かれているけど……」
 そこには、回廊の時空が歪んだ、と書いてあった。発生した歪みは大きく人々の悲嘆も大きかったが、犯人が存在しない為に誰を責めることも出来ないという。
「他の資料も調べてみましょう」
 雑誌の記事は事故の詳細を知っている者向けに書かれていて、なぜ事故が起きたのかその起点については触れられていない。少ししてから、フリューネは同年の資料から一つの記録を見つけて一通り読んでからリネンに渡した。
「正式に災害に分類されているわね。この記事を見てみると、誰かが故意に壊したのではないという事がよく分かるわ」
「『現在修復中』……いつかは直るのね」
 渡された資料を読み、リネンはこの事故の原因が完全に解明されていることを理解する。地道な修復作業を待っている最中だからだろうか。2045年以降、この件に関する資料の数は格段に減っていた。

 そしてまた、資料で埋め尽くされようとしている大机の一角では、託がまとめたデータを皆に報告していた。
「まずはわかりやすいところで、『法』が出来る前後の人口の変化を調べてみたんだけど……2024年から総人口は確実に増えているねぇ。地球人が一番増えているけど、パラミタ人もそれなりに増えてるよ」
 パラミタ大陸が出現したばかりの頃よりは落ち着いているが、地球でパートナーと出会い、新契約者と共に帰郷し定住する者も存在する為、地球人が増えてパラミタ人が減るということはないようだ。一般のパラミタ人はそう増加していないので、契約が影響しているのは確かなようだ。とはいえ、未契約の不老不死種族も多く居る。『自分達の生活圏が脅かされる』と人々が不安を抱いたのは、相対的な印象からだろう。
「ドラゴンに関しても、野生生物が殆どで正確な数は判らないという注釈付きだけどデータがあるよ。『法』が出来た2046年から増加している。それまでは、特別急増したりはしてないみたいだけど」
「それじゃあ、『魔王』が自分の考えを広めたことで、ドラゴン達への風当たりが強くなってしまったということなのかな。実際は、そこまで脅威となる状態ではなくて……」
「そうなるわね。彼の主張は正確な情報をもとにしてのものじゃなかった。個人的な主観から、行動に出たのね」
「…………」
 資料を読んでいたピノは、表情を曇らせて俯いた。法律の全文を前にうーんうーんと唸っていた彼女は、セレンフィリティとセレアナの言葉を聞いて、『法律』が与えた影響と問題を考えた。未来の自分が作った法がこの世界にとっては余計だったのはもう、ほぼ間違いない。
「……それにしても、学者達が『パラミタ大陸が人口増大を拒否した』っていう結論に至ったのは何でなんだろうね。人造体を処分したら復元するだろうなんて言って実行して結局失敗してるわけだから、本質が間違ってる可能性だってあるしねぇ。そこまで確かめて、結局パラミタ大陸の問題だっていうなら、大陸を何とかする方法を考えればいいかなって思うよ。……そういえば、リィナさんは原因は別にあるんじゃないかって言ってたよね?」
「ええ。リィナ女史は目に見えないような曖昧な理由ではなく、もっと明確な――病気だと仰いました」
 託に水を向けられ、ステータスの主であるアフロを上げて源三郎が答える。
「それで、俺達はリィナ女史の指示を受けて未来に来たんですよ。多分、病気が原因なのかどうか、裏付けられる情報が欲しかったんだと思います」
 リィナが調べるように言ったのは、『2024年から2048年までに起きた人災や天災の情報』と『子供の出生率の低下がどのような流れで広まっていったのか』という事だった。それを調べる為に、彼の前には新聞やゴシップ誌が山と積まれていた。拾えた情報は、画像として撮ったりノートにメモしたりしている。一緒に来た美咲は今は席を外していた。
「まぁ、自分ら学のない人間がこのテの資料を目にしても正しく理解も出来ないんですが……。何にせよ、『大陸の意志』という結論を出した学者に話を聞ければ早いんですけどね」
「あ、それなら今、学者先生にアポ取れたわよ」
「え?」
 背中から掛かった美咲の声に、源三郎は驚いて振り返る。どこかから戻ってきた彼女は、けろりとした顔でこう続けた。
「新聞記事に名前が出てたから電話してきたの。会ってくれるって」
「…………。お嬢、ちょっと行動力あり過ぎませんか!?」
「そう? だって、先生達がちゃんとした理由があってそう発表したのか、理由が判らないからやむを得ず答えを作ったのか気になるじゃない」
「しかも、そんな質問を直接ぶつける気ですか!?」
 どちらにしろ、プライドやメンツもあるであろう学者が青筋を立てるであろうこと請け合いである。しかし、話が聞けるならそれに越したことはない。調査していた面々にも声を掛け、それぞれ、大体の資料を確認出来たということで彼女達は全員で学者に話を聞きに行くことになった。
 ――そして。

              ⇔

「……つまり、私達が国の混乱を収めるために適当な事を言った、と。君達は、その可能性を考えているわけだね?」
 かなりオブラートに包んで、何故そんな結論を出したか詳しく聞きたい、と話したのだが学者には立派に伝わってしまったらしい。
(ほらー! お嬢!)
 研究チームのリーダーである学者の渋い顔を見て、源三郎は美咲に目で(サングラスをかけているが)突っ込みを入れた。だが、美咲は全く動じなかった。
「適当だとは思いません。ただ、筋道立てて説明出来る根拠があれば、知っておきたいんです。この世界を変える方法を模索する為にも」
「…………」
 学者は渋い顔を崩さなかった。模索なら、自分達が十分にやったという自負があるのだろう。
「この時代だけでは解決出来ない問題も、24年前から連携を取れば解決出来るかもしれません」
「過去から対策を取っても、時間軸がずれる事を考えるとこの時代には影響しないのではないかね? 私達に降りかかった災厄は去らないのでは?」
「確かにそうです。でも、もし原因が病気なら……」
「病気なら?」
「私達がもう一度ここに来て、薬の製造方法をお伝えして国民の皆さんに薬を投与する事は出来ると思います」
 そうして美咲は、タイムマシンを操縦してきたという朝斗に未来まで来た経緯をもう一度確認した。彼等は、パークスから直接未来に跳んだわけではない。
「うん、一回、昨日の夜まで戻ってから2048年に来るという方法を取ったんだ。そうしたら、同じ時間軸に到着出来た」
 ならば、また同じ日時まで戻って未来に跳べば、この時間軸に再来出来る筈である。タイムマシンに残っている記録を辿れば、誤差も出ない。尤も、一度に乗れる人数は4人までだが。
「……ということなので、本当に『大陸の意志』なのかどうか、その確証が欲しいんです」
 美咲がそう言って目を合わせると、学者は表情を緩めはしなかったがそれなりに納得したようだった。
「……分かった。説明しよう。但し、絶対に国民には口外しないでくれたまえ。結論を先に言うと――大陸の意志は確かめていない。その為には、大陸と話が可能な者に仲介を頼まなくてはならない。……例えば、契約者とかがそれに当たる。だが、この時代にそのような人物は居ない。強いていえば、パラミタ大陸を支えているドージェのパートナー、マレーナ・サエフ(まれーな・さえふ)だが彼女にも大陸と会話することまではできない。故に、確認は不可能なのだよ。次に、病気についてだが、私達もそれを最初に疑った。広がり方が伝染病に告示していたからね。勿論、検査も行った」
 しかし、病原と思われる異常は、どれだけの患者を検査しても発見されなかった。全種族を比べたり、名医達を結集して思いつく検査を端から試した。夫婦の長期的観察も行った。結果として新たな事実は発見出来ず、隠れた持病が見つかった者以外のカルテに書かれるのは『異常なし』の文字ばかりだった。実際に皆、子孫を残す為の機能が停止した事の他に異常は無かった。炎症も形状変化も何もない綺麗なまま、ただそれは静かに沈黙していた。
「まあ、君の言う、過去の住人と比較するという検査は行っていないが……不可能だったからな。これまで過去から来たという者に会った事は無いし記録も無い。過去へ赴けば――もう未来であるここへは戻ってこれない。私達にも家族がいてね。子孫の誕生が絶望的な世界で、家族を置いて一方通行の旅に出ようという学者はいなかった。……いや、発想すらしなかったのだ」
 或いは、考えた者はいたかもしれない。実行に移そうと発言しなかっただけで。
「原因が掴めなかったのは確かだ。だが、答えが見つからない事が答えなのだと私達は判断した。これは自然現象であり、人体にとって不自然な事ではないから何も出てこないのだと。……時に肉体というものは、持ち主の意識と違う判断を下すものだ」
 そう考えなければ説明がつかない。そしてそう考えると、不思議な程に全てが腑に落ちる気がしたのだ、と彼は言った。
「自然の理を操る者――それは、私達を生かしているパラミタ大陸しかない。大陸が関係しているのだとすれば、それは症状からして人口増加に歯止めをかける為としか考えられなかった。苦し紛れに出した結論と言われると否定出来ないが、決して国民を騙そうとしたわけではない。『分からない』という事を誤魔化す為だけに、多くの人造体を見殺しにしたりはしない。『処分』は、本当に最後の手段だったのだ。それが、君達の話では無意味な結果に終わるという……」
 そこで目を閉じた学者は、初めて自戒にも後悔にも似た表情を浮かべた。次々と人造体が処分されていく中で、彼は人々に起きた異常が回復すると信じていたのだろう。
「私達は人々を救えなかった。過去が関わる事でもし世界が変わるのならば、私も君たちに期待しよう。……しかし、無意味であれば、これ以上の『処分』は無用だな」
 国民も、彼と同じように未来に淡い期待を抱いている。多くの死の裏で落ち着いてきた世相がまた荒れるかもしれないが――
「私達の説は間違っていたと、『処分』を中止するようにと……国に伝えよう」