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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第18章 帰還

「……では頃合じゃし、2024年に戻るとするかの」
「そうですねぇ、行きますよぉ〜」
 フェイ達も戻り、イルミンスール魔法学校の空き教室に集まった皆は現代に帰ることになった。学者の行動によって、これからこの時代での機晶姫や剣の花嫁達が殺されることは無くなっていくだろう。だが――まだ、学校にいる生徒達はその事を知らない。歌菜は、校内を包む重い空気を感じて緊張していた。否――彼女はこの時代に来てから、ずっと心を強張らせていた。いつどこで、羽純が襲われるか分からない、その不安から。
 2048年の教室の景色が薄れ、周りが白くなっていく。来た時と同じように、握った羽純の手の暖かさを感じながらぎゅっと目を閉じ。
「…………」
 次に目を開けた時には、12歳のエリザベートが主である校長室に戻っていた。窓の外は、未来に跳んだ時の夜色ではなく、夕暮れ色に染まっている。
「タイムマシン組との兼ね合いもありますからねぇ〜。2月20日の夕方にしましたよぉ〜」
 自分の机の前に落ち着いて、エリザベートが言う。その声を聞いて、歌菜はやっと少し呼吸が楽になったような気がした。だが、まだ体の震えが止まらない。
「……歌菜」
 羽純に、ぎゅっと抱きしめられる。
「大丈夫だ。きっと未来は変えられる。変えるために、誰も死なない未来にするために、皆で戦うんだ」
「羽純くん……」
「誓っただろ? 俺達は二人で幸せになる。幸せになるんだ」
 彼の声は、どこまでも力強かった。怖れが無かったわけではないだろう。彼女に、そして自分に言い聞かせるように話す彼の背を、歌菜も強く抱き返す。
「うん。誓った……。絶対に、未来を変えよう」

              ⇔

 アーデルハイト達が現代に戻った一方で、ファーシーとスカサハ達、アクアの帰りを待つから、とタイムマシンを使って戻る面々はまだ2048年に留まっていた。集合までの時間を利用してカゲノ鉄道会社を見に行ったエリシアは、そこで元気に働いている環菜と舞花に似た女性を確認してどこか安心した気持ちを抱いていた。世界状況的に陽太と環菜の孫はいなさそうだが、陽菜がどうしているのかが気になったのだ。きっと、あの女性が陽菜だろう。
(……元気にしているようでしたわね)
 タイムマシンの近くでファーシー達を待つ中でエリシアは思う。『異常』のただ中で、色々と考える事もあるだろう。だが、陽菜はしっかりと前を向いて生きていた。それが、彼女には嬉しかった。
「チラ見した未来での自分が、全然見た目変わってなくて驚いたよ」
 そして、同じく自宅に様子を見に行ったエースは、ピノ達とそんな話をしていた。まだ完全に解決法が判ったわけではないが、未来世界ではこれ以上の犠牲は防げそうだ。これまでの犠牲を思うと微かな――本当に微かな救いであるが、何となく、ピノがほっとしているのが彼には分かった。
「へー……そういうのって美魔女って言われてるよね! あれ、でも男の人の場合は魔女じゃないよね。美魔法使い……あ、でも魔法使いじゃないし……」
「何だ、若作りに精でも出してたのか?」
「そうじゃなくて……メシエのせいらしいんだ」
「美……美……?」と新しい単語を考え始めたピノの隣で、ラスが無遠慮な言葉を放つ。それに苦笑を返しながら、エースは説明した。寿命はそのままだが、吸血鬼の下位種族と化したことで老化による劣化を防いでいるのだ、ということだ。本人に自覚は無かったが、メシエと契約してから彼の外見年齢は殆ど変わっていなかったのだという。
「今日、初めて知ったよ。後でゆっくり話し合おうな」
 エースが笑顔を浮かべると、メシエは数度瞬きをした後にしれっとした態度でこう言った。
「君の血を、いつでも新鮮な状態で飲みたいからね」
「メシエ……そうだ、ピノちゃん、現代に戻ったらどうする? 図書館で『法律』のコピーは取ったけど……」
「あ、うん。それなんだけど……あたし、異常の原因があたしでも、そうでなくても、この『法律』を見直してみようと思うんだ。あたしは、最初、『法律』を作った自分が嫌になったし、そのことで未来の自分だけじゃなくて今のあたしも嫌いになりかけてた……ドルイドっていう職を選んだのも、間違いだったんじゃないかって……。でも、今日この『法律』を読んで……難しくってまだ全部は解らないけど、悪いところも多いけど。でも、良いところもあるような気がしてきたんだ。だから、その良いところを使って、動物さん達もドラゴンさん達も、皆も幸せになれるような、そんな法律が作れればいいなって思ってるよ。あたしはまだまだ子供だし、それを実現するのは先になるかもしれないけど……」
「お待たせしたであります!」
 スカサハと満月、ファーシーが来たのは、ピノが「その内容を、エースさん達と一緒に考えていきたいな」と続けたその時だった。3人は、すっかり元通りになったミンツを連れている。
「ごめんな! 遅くなって」
 ミンツは元気一杯だったが、ファーシーは少し元気が無かった。優斗達に話しかけられ、彼女は、この時代のファーシーとピノ、ポーリア達を安全な場所に避難させた事、彼等が過去に渡る前のフィアレフトとブリュケに会った事の報告を受ける。
「この時代でのこれ以上の『処分』は防げそうだということも、先程伝えておきました。ただ、暫くは新しい発表に納得出来ない国民も多いでしょうし、念の為に隠れておくように言ってあります」
「そう……ありがとう……」
 明るさが戻らないままに、しかしファーシーは僅かに微笑んだ。アクアが来たのはその頃合で、彼女は真っ青な顔で、ふらついた足取りでこちらに向かってくる。手には、何十枚にもなる紙束を持っていた。ファーシーに倒れかかりながら、紙束を渡す。
「……こ、これを……」
「アクアさん!? どうしたの!?」
「この時代の私に会ってきました。色々と話を聞いて……そして、検査を受けてきました。これは、私と、この時代の私の検査データです。まだ、詳しい比較はしていませんが……」
「検査? だってお前、体を弄られるのは……」
「嫌ですよ! でも、私にされるのなら何とか我慢出来るかと……私だって、今回の件、何とも思っていないわけじゃないんです!」
 ラスに返すアクアの顔は、若干赤くなっている。誰かの為に、何かの為に行動するという事に慣れていなくて恥ずかしいのだろう。
「……後、すみません。私、途中で機晶姫だとバレてしまって……早く……」
「危ない」
 彼女が皆まで言い終わらないうちに、どこかから銃声が聞こえた。ディメンションサイトで周囲に気を配っていたメシエが、咄嗟にアクアの腕を引く。ほぼ同時に、エリシアはアクアの前に立ちアブソリュート・ゼロと蒼氷花冠で壁を作った。氷の花に銃弾がめりこむのを見て、鋭く叫ぶ。
「早くタイムマシンに!」
「う……うん!」
「準備は出来てるよ! タイムラグなく出発出来る!」
 緊迫した声で朝斗が言い、機晶姫、剣の花嫁優先でタイムマシンに乗り込む。その間にもエリシアは飛んできた銃弾を防ぎ続けた。攻撃してきているのは兵士や傭兵の類ではなく、一般人だ。殺気立った彼等に、メシエがグラビティコントロールで負荷をかけて動きを止める。それを、エースが周りの植物を操り、伸びた蔓で一時的に拘束した。
「一般人に怪我はさせられない。メシエ、目眩ましを」
「ああ。冬だし、寒さで戦意を失ってくれるといいんだけどね」
 メシエは、多少手加減しつつホワイトアウトを使った。途端、彼等と一般人達の間を遮るように雪の嵐が吹きすさぶ。
「全員返したよ! エースさん達も早く!」
 少しして、背後から朝斗の呼び声が聞こえた。
「! 行こう」
「そうですわね」
 エースとメシエ、エリシアはタイムマシンに走り寄って座席に座った。住民達の怒声が聞こえる中、彼等は2024年に帰還した。

「じゃあ、わたくしは陽太に今日の事を報告してきますわね」
 エリシアは未来の図書館で得た情報や資料を銃型HCで画像保存していた。時空超えの影響で不具合が起こる可能性を考慮して、記憶術で覚えた事をソートグラフィで念写するという方法を取っている。
「僕は施設の天井からタイムマシンをフロアに戻すよ」
 タイムマシンは、パークス外周部の砂漠に停まっていた。エリシアを除いた皆が廃墟に足を向ける中、タイムマシンは再び宙に浮く。
 そうして、彼等は地下施設に戻っていった。