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世界を滅ぼす方法(第1回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(第1回/全6回)

リアクション

 
 
「面白いことになってんなあ」
 掌を額の位置に翳し、遠くを見やるような姿勢で、その少年は空京の町を見ていた。
「……やれやれ、ようやく見付けました」
 声に、特に驚くこともなく振り返る。
「よく解ったなあ」
 感心したように笑う、褐色の肌と金髪の少年に、久沙凪 ゆう(くさなぎ・ゆう)は肩を竦めた。
 本当は、できれば声をかけるのではなく捕縛したかったのだが、少年が自分に気付いていたのが解ったので、予定を変更せざるを得なかった。
「いつ襲ってくるかと身構えていたのに、まさか空京の外にいたとはね。襲撃するのはやめたんですか」
「空京の結界ってのが厄介でさ」
 ふん、と少年は忌々しそうに笑った。
「俺みたいな純粋な災厄は、弾かれちまうんだよな」
「……純粋な災厄……?」
「――でも、『カゼ』にだったら風穴くらいあけられるかな? 指咥えて見ててもつまんねーし、少し悪戯してやりてえな」
「……? 誰のことです」
「あいつのことだから、呆れて溜め息をつきながら、しっかりリクエストに応えてくれるんだぜ」
 会話が噛み合わない。何を言っているんだ、と怒鳴りかけたところで、突然少年が両手を振り上げた。
「行っけえ!」
 空京内での戦闘の音は、町の外までは聞こえてこない。なのに、ドン、と小さな音が、耳を掠めた。
「うわっ、やっぱダメだ。すっげえ疲れる。やめたやめた」

「てめえ、今何した!!」
 叫んだのはゆうではなかった。ロイ・エルテクス(ろい・えるてくす)ミリア・イオテール(みりあ・いおてーる)が走ってくる。
 彼等もここに気付いたのか。もう少し早ければ、或いは自分一人でなかったら、この少年を捕らえられたかもしれないのに、とゆうは内心で歯噛みする。
「何だあ? わざわざご苦労だな。そんなに俺と戦いたいのか?」
「違います。あなたを”捕らえたい”んですよ。……それと、色々話が聞きたいですね」
 ゆうの返答に、少年はくっくっと肩を揺らして笑った。

「――ならばわらわは、戦いを望みますわ」
 言い放つなり。
 少年が振り返るより先に、シルフェノワール・ヴィント・ローレント(しるふぇのわーる・びんとろーれんと)は”ドラゴンアーツ”を使って一気に少年の懐に飛び込んだ。
「ひゅっ……」
 跳び退って距離を置いた少年は、
「やってくれるぜ」
と笑う。ロイとミリアが魔法で援護に入ろうとしたが、それよりも先に、今度は少年が、シルフェノワールの懐に飛び込んだ。
「!? 早っ……!?」
「身の程を知りな、クソガキ!」
 翳した少年の右手が発火する。動けない、と思った瞬間、横手から、ゆうが体当たりするようにして、シルフェノワールを抱き込みながら、少年からひきはがした。「……ちっ」
 少年は炎を収め、
「ま、いいか」
とあっさり引き下がった。
「自信満々なのは結構だが、強い奴と戦う時は、強くなってからにするんだな」
 ゆうの腕の中で、シルフェノワールがぎり、と奥歯を噛む。
「……何者なんだ、あんた。何が目的なんだ」
 立ち去ろうとしている。それを察して、ゆうは言葉を投げた。機会は今しかない。ロイもそれに続いた。
「……どうして、コハクを襲ったんだ!」
「コハク……? ああ、あのヴァルキリーのガキか、そんな立派な名前持ってんのか」
 少年はくすくす笑って、
「別に、あのガキには興味ないが、勝手に追いつめられてくれるかもな」
「……何?」
「すげえ甘ちゃんくさい匂いがしたぜ。目の前で人が死んだら、自分のせいだと責任感じてそうだ。お前等に迷惑かけられない、とかこっそり1人で抜け出してくるなら、待ち構えて簡単に釣り上げられるな」
「なっ」
 カッと怒りを露にするロイの横で、ミリアが少年を睨みつけた。
「そんなことにはなりません」
「へえ?」
「私達は、あの子を絶対に見捨てないわ!」
「あっはははは!」
 大笑いして、少年は、ゆう達に体を向けたまま、一歩、二歩と後退する。
「いいことを教えてやるよ。次に魔境化するのは、ヒラニプラ南部の氷雪地帯にある聖地だぜ」
「何だと……!」
「ああ、それと」
 少年は、思い出したようにゆうを見る。

「俺達の目的は、”絶望”さ」

 掻き消すように。
 少年の姿が消えた。

「……大丈夫ですか。少し火傷をしてますね」
 気を取り直し、ゆうはシルフェノワールの様子を見た。
「……平気ですわ」
「急いで戻って手当てをしましょう、俺が運びますんで、彼女の装備を持ってくれますか」
「ああ」
とロイも頷いた。



 褐色の肌に、後頭部で束ねた長い銀髪。長い錫杖を持った魔術師装の男が、空京の町を窺い見ている。
 気配を感じて振り向いた男の前に、少年が現れた。男は軽く溜め息を吐く。
「……遊びすぎだ、『ヒ』」
「ふん」
「何故ヒラニプラのことを奴等に教えた?」
「面白そうだったからさ」
「……ならば自分がの所に呼べばいいだろう」
「あはは。別に俺、ヒラニプラに行けば俺がいるなんて、ひとっことも言ってないぜ。だって俺はこの通りフラフラ寄り道してるし、お前は俺のフォローとかしてるし、『ミズ』はぼーっとしててよく解んねえ奴だし、でも『ツチ』はでかい図体してるくせに生真面目だからな。じき魔境化するだろうから、奴等に見せてやろうかと思ってさ。ま、この後に俺もちゃんとイルミンスールに向かうさ」
「……光珠をすぐに奪わなかったのは?」
「邪魔が入ったから。――恐い顔すんなよ。何だか面白いことになりそうだと思ったからさ」
 ちら、と、『ヒ』と呼ばれた少年は、左右に視線を走らせる。
「……それに、あれは俺の仕事ってわけでもないんだよなあ」
 くるりと男に背を向けて、「お前の客?」と、背後の男に訊ねた。
「知らんな」
「でも俺のところに来た奴は、撒いてきたんだけどな」
 2人の元に、朱 黎明(しゅ・れいめい)と、彼のパートナーのネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)が歩み寄ってくる。
「捜しました」
「モテモテだな」
「何の用か」
「協力を申し出たい」
 ぷっ、と『ヒ』が吹き出した。
 男はそんな『ヒ』を全く無視して黎明を見、
「人手なら間に合っている」
 と応える。くくくと笑っていた『ヒ』が訊ねた。
「面白い奴等。理由はなんだ?」
 黎明はまっすぐ『ヒ』を見返す。
「それは、人間が嫌いで、滅びればいいと思うからだ」
「……だってさ」
 『ヒ』は笑いながら背後の男を仰いだが、男は眉ひとつ動かさず、「必要としない」と言うだけだった。
 ふと、男は視線を横に走らせる。

 気付かれた! と内心で舌打ちしたのは、黎明とネアに注意を向けている隙に、できるだけ彼等に近づこうとしていた、小鳥遊 美羽だった。
 ええい、なるようになれ! と、気付かれたと思った瞬間には飛び出していた。
 勝負は一瞬、一撃、強い方!
 『ヒ』の方が近くにいたが、狙いはその奥だった。
 当然、『ヒ』は自分が標的だと思ったので、大きく後退した。
 美羽はそれに目もくれず、銀髪の男に向けて、剣を横薙ぐ。
「やああああっ!」
 躱した、と思った男の頬に、ぴっと赤い筋が入り、男は微かに驚いた顔をした。一撃の間合いで、ニ撃入ってきた、そのニ撃目を食らったのだ。
「へえ! 『カゼ』に一太刀入れやがった!」
 感心したように『ヒ』が呟く。
 反撃が返される前に、美羽はすかさず距離を取った。
「――私は小鳥遊美羽! その傷と一緒に、私を覚えておきなさい!」
 剣先を男に向けて、美羽は叫ぶ。男は表情の無い目で美羽を見返したが、やおら手の甲で頬の傷を拭った。拭った後の頬に、傷がなくなっている。
「……なっ!?」
 男は身を翻し、黎明とネアを見やった。
「滅びを望むなら、お前達の方法で滅びをもたらすがいい。世界を滅ぼす方法は、1つだけではないのだから」

 風が渦を巻き、それに呑まれるようにして、男の姿が消えた。いつの間にか、『ヒ』の姿も消えている。

 ふう、と溜め息をついて、ネアが黎明を見た。
「……残念でございました」
「まあ博打ではありましたけどね」
 肩を竦めて、苦笑した。
「くっ……くやしい〜〜〜〜〜何よあいつ〜〜〜〜!!!!!」
 美羽は地団太を踏み、解り易く悔しがる。だしだしと地面を数回踏んだ後、ぐるりと黎明を振り返り、
「そこのオールバック! さっきのアレ、本気!?」
と、八つ当たりに見えなくもないような糾弾を向けてきた。
「さあ? 奴等に取り入って油断させようという演技かも」
 しれっとして、黎明は応えた。
「大体、世界が滅びたら自分も死んでしまって困るでしょう」
「………………」
 じいっと黎明を睨んでいた美羽だったが、やがて怒りの向け所に詰まったように頭をかきむしり、再び
「ああぁもぉ!」
と叫ぶ。
「ああ、そうそう、さっきの攻撃の時」
 思い出したような黎明の言葉に、美羽は振り向いた。
「何よ?」
「パンツが見えていましたよ」
 美羽のスカートは、美しい脚線美も露な、超ミニ。
「……! ………! …………! これは見せパンだこのエロ中年――!!!」
 ヒクヒクとこめかみを痙攣させた後、美羽の絶叫が、山もないのに木霊した。


「……上手く撮れました?」
 物陰に潜み、パートナーが一連のやりとりを撮影していた間、周囲の警戒に務めていたラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)が、カメラを下ろした羽入 勇(はにゅう・いさみ)に訊ねた。
「バッチリ。探るのはローグのお仕事だもんね! あの子のパンツまでバッチリ撮っちゃったよ」
「……それは、バレたら怒られるんじゃないでしょうか……」
「見せパンらしいからいいんじゃない?」
「そういう問題ではないと思いますが……」
 ケロリと言った勇に、ラルフは困ったように苦笑する。
「とにかく、これで敵の外観情報を皆に伝えることができるね。敵の顔を知るってのは結構大きいからね」
「あのう」
 突然背後から声をかけられて、2人はビク! と跳び上がった。
「できれば、わたくし達が写っている部分は、プライバシーということで配布を不許可とさせていただきたいのですけれど」
 いつの間にいたのか、ネアが困ったような顔で2人の横に座り込んでいる。
「あ、ああ、勿論、これでもプライバシーのマナーはちゃんとしてるつもりだよ」
 心配しなくても大丈夫! と請け負う勇に、
「じゃあ私のパンツもちゃんと削除しといてね」
と、まあここまで来たら気付かれて当然だし別に隠れる必要もないのだが、美羽がにっこりと笑っている。
「おっけー」
 そもそも目指しているのは報道カメラマンで盗撮エロカメラマンではないのだから、特に惜しくもなく了承する。というか、ここで削除したところで、美羽のパンツを撮りたいなら、誰でも特に苦労することもないだろう、と思う勇なのだった。
「何よう、それがオトメゴコロってやつじゃん――!」