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栄光は誰のために~火線の迷図~(第2回/全3回)

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栄光は誰のために~火線の迷図~(第2回/全3回)

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第二章 緑陰に潜むもの

 翌日。
 明花の到着を待っていた遺跡探索部隊は、装備や食料の補給を受けて、やっと遺跡内部の探索を再開した。支給された真新しい盾を持った生徒たちを先頭に、列を作って遺跡の中に入って行く。
 「気をつけて。外は私達で何とかするから」
 紫光院 唯(しこういん・ゆい)は、前回にも増して大荷物を担いで遺跡の入口に向かう深山 楓(みやま かえで)に声をかけた。
 唯と、パートナーの剣の花嫁メリッサ・ミラー(めりっさ・みらー)は、前回の探索には参加したが、今回は遺跡の外に残ることを選んだ。敵が遺跡の中まで雪崩れ込むようなことがあれば、探索部隊は遺跡の中で挟撃されてしまう。直接探索部隊を守るのではなく、テロリストの攻撃を防ぐことで守ろうと、二人は考えたのだ。
 「ありがとうございます。でも、敵の戦力が良くわからないという点では、私たちより守備隊の方が危険かも知れません。紫光院さんもミラーさんも、気をつけてくださいね」
 ぺこりと頭を下げながら逆にこちらを気遣う楓に、唯とメリッサは顔を見合わせてちょっと苦笑した。
 「ありがとう。お互い頑張りましょうね」
 唯の言葉に、楓はもう一度頭を下げ、小走りに列に戻って行った。
 「……さてと、そろそろ見張りの交代時間かしら」
 腕時計をちらりと見て、唯は見張り台の方へ歩き出す。
 (楓さんたちも心配ですけど、わたくしはあなたのことも心配ですわ……)
 その背中を見ながら、メリッサは心の中で呟いた。唯は今回、あえて危険と思われる方を選択した節があるように思われるのだ。
 (楓さんの言った通り、外の敵はまだ、どんな戦力がどこにどれくらい居るかわかっていない……あまり、無茶をして欲しくないのですけど……)
 メリッサは、バリケードの向こうに広がる樹海を見た。もしかしたら、敵は今もそこから自分たちを見ているかも知れない。メリッサは背筋が冷たくなる思いがした。


 「こちらイレブン・オーヴィル、今のところ敵の姿は見当たりません」
 その頃、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)とパートナーの剣の花嫁カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)は、遺跡にほど近い樹海の中で哨戒に当たっていた。
 補給及びその護衛の任務についている生徒たちから
 「補給路を整備し、車両が通行できるようにするべきだ」
 という案が出ているが、いつ敵が攻めて来るか判らない状況ではバリケードなど陣地の構築が先決で、補給路の整備に割ける人手が足らないことと、自分たちが通行しやすいと言うことは敵及び部外者も侵入しやすくなるということである、という二つの理由から、まだ許可されていない。馬やバイクなどの機動力が生かせない地形では、騎兵科の生徒の本領が発揮できないとして、イレブンは他の作戦で蛮族から鹵獲した『騎狼』をこちらへ連れて来て利用したいと林偉にかけあったが、
 「他の部隊が現地で鹵獲して使っている最中のものを、こっちの都合で使わせろとは言えん」
 と一蹴されてしまい、やむなく徒歩で哨戒を続けていた。
 「うーん、敵の姿も他校生の姿も、ぜんぜん見かけないねえ……何だか退屈になってきちゃったよ」
 カッティはため息をついた。
 「遺跡の中で機械を相手にするより、血の通った相手と戦った方が楽しいやーと思ったんだけど……これだったら、もう一回遺跡に入った方が良かったかも」
 「気を抜くなよ、どこに敵がいるか判らないんだからな」
 イレブンはカッティをたしなめた。彼は、敵は前回のように一団になって攻撃はして来ず、陽動と別働隊など、複数の部隊に分かれて行動するのではないかと考えていた。だから、どこで出くわしてもおかしくない、とも。
 その考えは、『当たらずと言えども遠からず』だった。ただ、二人は気付かなかったのである。
 ……彼らの頭上、木の枝の中に潜む、黒い人影に。


 一方、鄭 紅龍(てい・こうりゅう)とパートナーの守護天使楊 熊猫(やん・しぇんまお)も、樹海の中で蛮族の姿を探していた。ただし、哨戒のためではなく、鏖殺寺院と手を組むのを止めるよう、蛮族と交渉するためである。
 「何匹いるかわからない蛮族をいちいち相手にしていたら、こちらが疲弊するだけだからな。蛮族とは別に鏖殺寺院の人間が居るとしても、蛮族が戦いに加わらなければたかが知れているだろう」
 紅龍はそう考え、蛮族の姿を探して樹海を歩き回った。そして、どうにか十匹ほどのオークとゴブリンの集団を見つけることができた。
 「こちらに敵意はない。話し合いたいだけだ」
 紅龍は両手を挙げてみせたが、蛮族たちの反応は鈍かった。ただ立ち止まって、焦点があっていないような目でぼんやりとこちらを見るばかりで、敵意は感じず、襲って来るわけでもない。しかし、かと言って話し合いに応じようとする様子もない。
 「……何か、様子がおかしいアルよ? コイツら、ぼけぼけアル」
 熊猫が頭を傾げた。
 「おい……」
 紅龍がいぶかしげに一歩踏み出したその時、ピィィィィィ!という、指笛の音らしき甲高い音があたりに響いた。そのとたんに、蛮族たちの形相が変わった。
 「やばいアル!」
 さっきまでまったく感じなかった殺気を感じて、熊猫は叫んだ。紅龍はカルスノウトを抜いたが、その前に、蛮族たちは銃の引金を引きながら、二人目掛けて突っ込んで来た。紅龍はとっさに、熊猫を近くの藪の中に押し込んだ。
 「隠れていろ!」
 紅龍は弾丸を避けながら反撃の機会をうかがおうとしたが、相手が教導団の生徒の半分も銃を使いこなせないとは言え、人数の差が大きすぎた。避けきれない弾丸が、紅龍の身体をかすめて行く。
 「鄭ッ!」
 熊猫は藪の中からヒールを使った。しかし、傷を癒しても、それ以上に傷が増えて行く。
 オークが弾の切れたアサルトカービンを振り回した。頭を横殴りに張り飛ばそうとするそれを、紅龍はカルスノウトで受けた。金属音が静かな森の中に響く。だが、その反対側から、今度はゴブリンが銃で紅龍に殴りかかった。わき腹をしたたかに殴られて、紅龍はうめき声を上げてその場に膝をついた。
 「鄭、鄭ッ!」
 居ても立ってもいられず、熊猫は藪から飛び出した。持てる力を振り絞って最後のヒールをかけ、ホーリーメイスを振り回して応戦したが、多勢に無勢だ。二人揃ってタコ殴りである。
 もうだめかも知れない、と遠のく意識の中で紅龍が思ったその時、再び指笛が響いた。蛮族たちは二人を殴るのを止め、去って行く。残された紅龍と熊猫は、そのまま意識を失った。