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栄光は誰のために~火線の迷図~(第2回/全3回)

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栄光は誰のために~火線の迷図~(第2回/全3回)

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 近接戦闘は、蛮族たちが出て来た時点で揉め事が起きていた陣地中央がやや押し込まれる形で始まった。しかし、近接戦闘と言っても妙な方向に範囲魔法を放ったり、先に何か揉め事が起きたことを差し引いても、やけに状況が混乱している。
 「一体何をやっているのですかな? 集団戦闘に不慣れだからということでもないでしょうが」
 右翼でバリケードの外に居たマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は不審そうに呟いたが、すぐに理由は判った。
 この時、既に壕は倒れた蛮族であちこち埋まってしまっていた。教導団の攻撃で倒されたものより、火炎瓶の火によるものが多かったのだが、ともあれ、その死体を飛び石のように使って、黒い人影がこちらに向かって突っ込んできたのである。もっとも、人影と認識出来たのは、かれらがパートナー契約をした特別な人間だからであって、一般人の目には、黒い影のようなものが一瞬通り過ぎたようにしか見えなかっただろう。
 人影は軽いフットワークで壕のある地帯を越え、バリケードに迫って来た。マーゼンのパートナーである吸血鬼アム・ブランド(あむ・ぶらんど)がバリケードの中から火術で攻撃するが、敵の移動速度が速すぎて、火球が飛んだ先にはもう居ない、というありさまだ。
 (まずいっ! お目付け役のジーベックが居ないのに、こんな戦いがいのある敵が出て来ちゃったら、ハインリヒが暴走しちゃうっ!)
 ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)のパートナークリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)も、真っ青になって火術や雷術を放つが、敵をとらえることが出来ない。どうりで、義勇隊が範囲魔法を使っていたはずだ。動きが早すぎて、単体を攻撃するような手段では当てることが出来ないのだ。
 「止まれっ!」
 ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)がバリケードの内側から広角射撃を行って足を止めようとする。しかし、
 「楽しい戦いが出来そうでありますね!」
 ハインリヒが先にディフェンスシフトを使って防御力を上げ、盾を構えて敵に突っ込んでいく。素早い分軽い敵をチャージで跳ね飛ばそうと言うのだ。ロブは慌てて、銃口を上に向け、引金から指を外した。
 敵は壁走りの要領でハインリヒの盾を蹴り、宙返りをしてひらりと着地した。一瞬動きが止まり、敵の姿が明らかになる。前身黒ずくめで頭も黒い頭巾のようなもので覆い、顔にはわずかに口元だけが開いた黒いのっぺりとした面をつけている。体型からして男性のように見えるが、それ以外のことは何一つわからない。もしかしたら生身の人間ではなく人工的な存在なのでは、と思わせるほど、それは『個』のない存在だった。
 その姿を見せたのも一瞬のことで、次の瞬間にはもう、敵は動き始めていた。マーゼンが繰り出した槍を踏み台にして飛び上がり、銀色に光る、おそらくは投げナイフと思われるものを頭上から投げて来る。
 「くそっ、ちょろちょろと!」
 ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)とパートナーのドラゴニュートアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)がドラゴンアーツを使って投げナイフを吹き飛ばした。しかし、ケーニッヒ目掛けてもう一人、黒装束が突っ込んで来た。ひらりと空中に舞ったかと思うと、目にも止まらぬ蹴りがケーニッヒの頭を襲う。ケーニッヒはとっさに避けたが、髪が何本か風圧で切れて風に舞った。
 その時、一発の銃声が響いた。銃弾が黒装束の腕を掠める。破れた黒い服の下から、血のにじむ肌が見えた。やはり中身は生身の人間であるらしい。
 「済まん、義勇隊の方を監視していて遅れた!」
 離れた場所から、銃を構えたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が言い、隣に居たゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)の頭に拳骨を食らわせる。
 「お前今、相手が人間だと思って引金を引くのを躊躇っただろう!」
 「や、それは、相手が人間だからって言うより、あんな速度で動いている敵に、私の銃の腕では当たらないかなと……」
 頭を押さえてゴットリープが反論する。
 「余計に悪いわ!」
 ジェイコブはゴットリープをもう一発殴ろうとしたが、
 「やめてください、今はそのようなことを言っている場合ではありませんわ!」
 ジェイコブのパートナー、剣の花嫁フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)がジェイコブを止める。ジェイコブはフィリシアを睨んだが、戦闘中であることを思い出して何も言わなかった。
 「おいっ、どつき漫才をやっていないで加勢しろ!」
 まだ黒装束と渡り合っているケーニッヒが怒鳴る。
 「何ぼーっとしてんのよっ!」
 「そうでした、済みません!」
 パートナーの剣の花嫁レナ・ブランド(れな・ぶらんど)に肩を叩かれ、ゴットリープはカルスノウトを抜いて、ケーニッヒの元へ駆けつけた。
 「でも、バウアーもファウストも、怒鳴らなくてもいいじゃない……」
 自分が叱るのは良くても他人にパートナーが怒鳴られるのは何となく気に食わない、微妙なパートナー心理(あるいは乙女心?)で呟くレナを、フィリシアが呼んだ。
 「バリケードの内側に入っていましょう。あの戦いには手が出せないわ。巻き込まれたら迷惑かけるし」
 黒装束二人と彼女らのパートナーたちは、まだ戦闘を続けている。双方共に決め手を欠いており、すぐには決着がつかなさそうだ。
 やがて、黒装束が指笛を吹いた。正面で義勇隊とやりあっていた蛮族の一部が、こちらに向かってくる。蛮族たちと入れ替わるように、黒装束たちは撤退して行った。このまま戦っても戦闘が長引くだけだと思ったのだろう。
 「逃げられましたか……」
 蛮族をランスで蹴散らしながら、ハインリヒが歯噛みをする。
 「奴らが首謀者であるなら、また相まみえることもあろう。今は、この蛮族どもを排除せねば!」
 マーゼンが言った。マーゼンたちは親風紀委員の立場にあるが、『白騎士』にくみする者たちのように《工場》に入ろうとはせず、《工場》を守ることで李鵬悠や楊明花、ひいては金鋭峰に認められたいと考えている。黒装束に逃げられてしまった今、蛮族を倒すことこそが、彼らの目的に近付く道だった。