リアクション
第5章 終息へ……?
「……なんだか、二次災害が起きているようにも見えるが、こういう時こそ自分達教導団が中心になり、被害者の救助を行なわねばなりませんな。地味で地道に行う作業だが、それこそ教導団が得意とする分野であります」
「どこの学校の生徒だろうね? ちゃんと作戦立てないとダメだよね。普段の鍛錬の成果も発揮しなきゃ! 今こそ教導団の真価が問われる時だね」
テントでの救護活動と指揮を任された教導団の真紀は、サイモンとともに、担架に苦痛に呻く被害者を乗せて、近くに立てた救護用のテントへ運び込む。
必要な用具を揃えたり、使えそうなものを回収したり、ゴミの分別用に看板を立てたり、コツコツと、集まった者に指示を出しながら、作業に勤しんでいた。
「大変っ、足の骨が折れていますね。こちらにそっと寝かせて下さい」
イルミンスールの緋桜 ケイ(ひおう・けい)の誘導を受け、真紀とサイモンが担架をテントの中に運び、ケイと3人で怪我人をシートの上に降ろした。
「魔法は限りがありますので、何度もかけられませんが、痛みが和らぐような処置をいたしますね」
ケイは苦痛に顔を顰めている怪我人に一度だけヒールを施した後、濡れたタオルで患部を優しく丁寧に拭いて、傷口の消毒をする。
服などを纏めて作ったクッション代わりの布束を、怪我人の頭や患部の下に敷いて、優しく問いかける。
「他に痛いところはありませんか? お腹は空いていませんか?」
心配気に、慈愛に満ちた顔で訊ねると、怪我人――スキンヘッドの不良は顔をぷいっと背けた。
「飲み物だけでいい」
ぶっきらぼうな言葉だけれど、ケイを受け入れた言葉のようでもあった。反発している不良達は怪我をしても尚、抵抗しているから。
「すぐに用意いたします」
ケイは清潔な水とコップを取りに向かう。
「おぬしたちは本当に鏖殺寺院なのか」
ケイのパートナー悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は、自らも治療活動を手伝いながら、ケイが手当てを終えた者に順々にそう問いかけていた。
「鏖殺寺院? なんだそれは」
「やはりおぬしも無関係と言うか」
軽く溜息をついて、カナタは立ち上がる。
カナタの問いに、不良の少年も、パラ実生、パラ実卒業生の女性も、皆鏖殺寺院とは無関係、洗脳されたり、人体実験もされてはいないと答えるのだった。
「どうしてそういう話が浮上し、どうしてこんなことになったのか。っと、ケイ、次の患者だ。わらわは救助活動をまた手伝ってくる。ここは任せたぞ」
「はいっ。お水、ゆっくり飲んで下さいね。何か必要でしたら、直ぐに声を掛けて下さい」
ケイは手当てを終えた少年に水を渡すと、次の重傷者の元に向かう。
運ばれてきた少年は腹部に酷い傷を負っており、血が流れ出ている。
「しっかり! 大丈夫です! 絶対に私たちが助けてみせますから!」
手をぎゅっと握り締めて、ケイは即ヒールを使う。
「…………」
健気に、優しく、甲斐甲斐しく、人々を励まし、癒していくその姿は立派だ。立派だけど……。
「完全に少女になってしまっている。これもどうしたものか……」
溜息をつきつつ、カナタは瓦礫へと向かうのだった。
「頑張ってますね。出血多量になっては沢山いただけませんしね。こちらもお茶請けにどうぞ」
テントに顔を出した優梨子が置いていったのは、重傷を負っている不良2名だった。
「放せてめぇ、ぶっ殺されてぇかーっ」
血だらけでも、威勢良くその不良は叫んでいた。痛みを紛らわせるために叫んでいるようでもあった。
「……茶請け!? いや、流石にそんな場合じゃ……」
とりあえずイルミンスールの和原 樹(なぎはら・いつき)とフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は、不良達をテントに入れる。
「……アレと同居していたものの血など欲しくはない」
フォルクスは頭を振って、脳裏に浮かび上がった黒い昆虫の姿を消した。
命に別状はなさそうだ。ヒールは後回しでいいだろう。
「それにしても、ホントにこっちがテロやったみたいな状態になっちゃったな」
「……言われてみれば、その通りだ」
樹とフォルクスも、秘宝に興味があるものの、テントで治療活動に勤しんでいた。
「大人しくしろよ」
「いってぇぇぇぇっ」
樹が濡れタオルを怪我人の火傷した肌に当てた途端、その悪態をついていた不良少年が悲鳴を上げた。
「って、あれ? なんかザラついてる? もしかしてこの白いの、塩!?」
火傷を冷やそうとフォルクスに氷術で水を冷やしてもらったのだが……。
「ああ、それは氷に塩を混ぜると融点が下がり温度が低くなるという性質を利用してより冷やす為に……」
「フォルクス……」
「……いや、氷嚢に使う分だと思ったのだ。すまん」
「ったく。それじゃ、傷口を消毒しようか」
樹は消毒液の変わりに用意した酒を手繰り寄せて、布を湿らせて患部に当てた。
「ぎゃーーーーーーーっ」
またもや不良が悲鳴を上げる。
「ええっ!?」
匂いを嗅いでみたところ、アルコールの匂いがしない。これは……。
「酢!?」
それはワインビネガーだった。
「樹……そもそも、ワインはアルコール度数が低く消毒には適さない。痛みを紛らわせる為、患者に飲ませるのかと思ってな。怪我人はパラ実生が多いとはいえ、未成年に強い酒を渡すのは躊躇われるだろう?」
……フォルクスが掏り替えていたようだ。じーっと睨み続けていると、フォルクスは罰が悪そうに目を彷徨わせた。
「酢だったのは、単に手違いだ。すまんな」
「まあ、これはこれでいい薬かもしれないけどさ。……よし、最後の手段。最初に別荘に入った時、女女って言ってる人多かったから……不良達には男の膝枕で反省してもらうっ」
「……え?」
「……は?」
フォルクスと不良が驚く中、樹は不良の肩を掴んで自分の膝の上に頭を乗せた。
「や、やめろー」
不良は真っ赤になって抵抗するも、怪我故に逃げ出すことが出来ない。
「あんまり抵抗したり、反抗してると、アレに混ざることになると思うけど?」
樹が不良の体を横にして見せたのは――荒巻 さけ(あらまき・さけ)が今尚せっせと作っている、地獄のドーナッツだ……。
途端、不良は大人しくなる。
「樹が他人を膝枕というのも気に食わんが、何故我まで……」
ぶつぶつ言いながら、フォルクスも反抗している不良を一人引き摺ってきて、自分の膝に乗せた。
「ぐ……っ。うううう……」
不良は屈辱に赤くなっている。
「俺だって、赤の他人を膝に乗せるなんて不本意だよ。でもこれ以上、手当てで被害出すのもあれだし……あのドーナツより彼等にとってマシな仕置きだと思うし、うん。仕方ないだろ」
「……まあ、な」
言いながらも、やっぱり気に食わず、フォルクスはペシペシ不良のデコを叩いたりしてぷちストレス発散をする。
○ ○ ○ ○
「もうちょっと離れたところがいいな。鏖殺寺院がいるんだよ、鏖殺寺院がいるんだよ」
ミルミ・ルリマーレンは、執事のラザンを従えて、大好きな縫ぐるみをぎゅっと握り締めながら、救護用テントの近くまで連れてこられていた。
「だめだめ。だからこそ、変な人からの襲撃も考えて、皆固まってた方がいいんだよ!」
百合園の
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)はミルミにそういいながら、休憩用のテントを張り終える。
「ゴミも随分とたまってきたから、そろそろ纏めた方がいいよね」
瓦礫を纏めておく位置を提案したり、各テントの位置を提案したのは歩だった。
「それじゃ、片付け手伝ってくるね。動ける人は、手伝いに来て欲しいけど……ゴキブリ見て暴走しちゃう人は手当てや見張りをしていてくれると助かるなっ」
にこっと皆に微笑みかけた後、歩はゴミ置き場の掃除に向かうのだった。
「ミルミちゃん、お茶入れるからテントの中に入って入って。目立ったらダメだよ」
そわそわしているミルミに、白百合団員の
秋月 葵(あきづき・あおい)が声をかける。
「うん」
「そのクッション、ミルミさん用ですよ」
葵のパートナー、白百合団員の
エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が、苺の絵が描かれたクッションを指差した。
「ありがとっ」
新しいテントの中に入り、クッションの方に歩み寄ってちょこんと腰かける。
テントの中には、どよーんと元気のない、
高原瀬蓮(たかはら・せれん)と
アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)の姿もあった。
休憩用のテントで爆破の被害に合った2人は、アフロにこそならなかったが、心の中はもじゃもじゃ状態だ。
治療を受けたあとも、隅の方でいつでも脱出できるように警戒しながら2人寄り添っている。
「もしここに襲撃があったら、ミルミちゃんと瀬蓮ちゃんは危ないから安全な場所で隠れててね。私がミルミちゃんとして戦うから」
葵はトレーにお菓子を沢山のせて持ってきて、ミルミの隣に腰掛けた。
「ありがとう葵ちゃん……っ。ミルミ一生懸命逃げるからね」
「ミルミとは反対方向に逃げるよ」
アイリスは瀬蓮を気遣いながら力なく言った。3人からはもう帰りたいオーラが大量に流れ出ている。
「はい、お菓子食べようね。ミルミちゃんも、瀬蓮ちゃんも!」
葵は、チョコレートやキャラメルを皆に配っていく。
「元気出して! 皆頑張ってくれてるし」
「……そうだね。皆、頑張ってくれてるんだもんね。ミルミも、チョコレート食べて頑張るっ。頑張って応援するよ」
チョコレートを受け取って、そう言うミルミと、皆を励ます葵の姿に、エレンディラはそっと微笑みを浮かべる。
「Gや、ネズミさん、ガスの噂……心配ですね」
休憩用のテントの片隅には、教導団の
ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)と、
アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)の姿もあった。
「何とかならんのか!」
パートナーと電話で連絡をとり、冷静に指示を出していたゲルデラーが突如怒鳴り声をあげ、顔をしかめて頭を抱える。
聡明で冷徹に見える彼らしくない、全く彼らしくない動揺っぷりだった。
びくりと震えるミルミの側で、葵は「大丈夫大丈夫〜」と、ぽいっと口に飴を投げ入れる。
(葵ちゃんが、危なそうな別荘の片付けに興味を持たなくて良かったです)
ふうとエレンディラは吐息をつくと、紅茶を淹れて皆に配るのだった。
「何か暗いな、暗いよ、暗いってば!」
蒼空学園の
皆川 ユイン(みながわ・ゆいん)が休憩用のテントに顔を出した。
地下で死に掛けたユインだが、治療を受けて逞しく復活し、次なる野望を果たすためにバタバタと走り回っていた。
「私、別荘占拠してた不良や、パラ実の姉御達とも一通り会話したんだけどさ、土地をそのままにしておくの勿体無いじゃん? 折角だからあそこにリゾートホテルでも作って私の帝こ……じゃなかった、皆が楽しめるパラダイスを作ればいいと思うの! ほら、おたくの校長の方針『皆仲良く』を実行する時だよ!」
ミルミ直ぐ側、真向かいに腰かけて、ユインは熱烈に自分のプランを語り出す。
「不良達が穴を掘っていたのは、温泉を掘ってたんだよ、きっと。パラ実の姐さん方は、ヴァイシャリーのカジノやバーで働いてる人ばかりみたいで、皆接客慣れしてたし、あと秘宝もどうやら見たことのない種族の生物らしいんだよね! 見世物に出来ると思うよ。あ、知能のある生命体だとしたら、封印されてて無一文だと思うから、やっぱり雇うってことで」
「ううーん。そういえば、ぶっ壊した後、ここどうするか決めてないんだよね……。でも不便な場所だから、人あんまり来ないと思うよ」
「だったら、特徴を出せばいいじゃん! 写真撮ってる人がいたから、今回の件の資料館とか、
ゴキブリ博物館とか、
アフロ専門美容院と、
ドーナツショップも外せなそうよね」
「……トラウマ思い出しそうな気もするよ、それ」
「全て楽しかった思い出にするの、それが一番♪ 怪我したこととか、鏖殺寺院のこととか、皆が全て忘れられるようにね」
顔を近づけて目を輝かせ、熱心に語るユインの言葉に、ミルミは唾をごくりと飲み込んだ。
「う、うん。ミルミ家に帰ったら、両親に話してみるよ! すっぱりすぽっとまっさらに皆に全て忘れてもらうために!」
ミルミとしても、あまりつっこまれたくないことがあるのだ。後ろめたいこともありまくるのだ。
「よーし、それじゃ、私もちょっとは手伝って来ようかな!」
ユインはお菓子をぱくぱくっと食べて、エネルギー充電すると、作業を手伝いに瓦礫の方へと向かうのだった。