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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第3回/全5回)

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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第3回/全5回)

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●目覚めよ、ちび! ……いや、『ミーミル』!

(……! ここは、どこ……?)
 目を覚ましたちびが辺りを見回せば、そこは何もない、というよりは何があるのかがよく分からない場所であった。
「ここはヴィオラの……いや、うちらの中、って言った方がええな。うちの中にうちがおる、不思議な状況やけどな」
 声が響き、振り向いたちびに手を振って答える少女、ネラ。
「ネラ……こうして、面と向かって話をするのは、初めてですね」
「そやなー、こんな状況でなければ、色々と聞きたいこともあったんやけどなー」
 言ってネラが、一つため息をつく。
「私たち、どうなってしまうのでしょう……?」
「やっぱ、一つになってしまうんやない? 今はヴィオラが戦闘に意識を集中してるさかい、うちらはこうしてのうのうとしていられるんやろけど、外が落ち着いたら、うちらも完全に吸収されて消滅してしまうんやろ」
「そんな……! 出る方法とかは、ないんでしょうか?」
 ちびの疑問に、ネラがうーんと唸りながら答える。
「うちらが吸収される前に、ヴィオラがうちらを制御できないくらいに疲弊した時になら、出られんこともないんやろけど……厳しいんやない? ほら、見えるやろ? ちょっとはうちの身体なんや、意識すれば外も見えるはずやで」
 ネラに言われて、ちびが意識を集中する。ヴィオラが見る映像が、ちびとネラの中にも流れ込んでくる。

「本当に行ってしまうのですか、筐子さん……例え成功したとしても、戻ってこられるとは限らないのですよ?」
「アイリス、今が、行かなくちゃいけない時なの。総てを捨てて戦う、ワタシはそう決めたのよ!」
「……まったく、最近の若い者は無茶するでござる。……行ってこい。拙者も出来る限りのことはするでござる、だからおぬしも……最善を尽くすでござる」
 決意を固め、ヴィオラを見据えるあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)を、アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)一瞬 防師(いっしゅん・ぼうし)が心配しつつも引き止めることなく見送る。
「一人で、ってのはカッコつけ過ぎじゃないか? 俺たちも混ぜてくれよ」
「そうよ、ちびを助けたいと思うのは誰も同じ。だから、協力させて、ね?」
 そこに、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)がやって来て、筐子に協力する旨を伝える。
「ベアさん、マナさん……ありがとうございます!」
「礼は、総て取り戻してからにしてもらおうか。……それじゃ、行くぜ!」
「ええ! みんなの想い、代表して届けに行きましょう!」
 頷き合った三人が、アイリスと防師の見送りを受けて行動を開始する。
「筐子さん、私はひたすら耐える事にします。絶対に、無事に帰って来て下さいね」
「……さて、拙者は果たすべきことがあるでござる、では!」
 防師が先に後方へと駆け出し、その後でアイリスも攻撃を受けない場所へと避難していく。一方前線では、ヴィオラの力が行使される中、冒険者同士の激しい戦いが展開されていた。
「どうして邪魔をするんだ! こんなことをして、それが本当にいいと思っているのか!」
 火弾を放ちながら、緋桜 ケイ(ひおう・けい)がその紅く変色した瞳で、ヴィオラを護るように動く者たちを見据える。
「ヴィオラ自身が幸せを見つけられるんだったら、それでもいいさ! あたしは、あたしと同じ花の名前を持つヴィオラの、『小さな幸せ』のために手伝うって、決めたんだ!」
 茅野 菫(ちの・すみれ)が同じく火弾を見舞い、炎と炎が衝突して爆発を生む。
「だからって、こんなのよくないですよ! ちびさんだって、こんなの望んでないですよ!」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が掌に氷の種を呼び出し、地面にかざす。地面を凍りつかせながら、氷の柱が菫に迫る。
「そのちびって言う女のために、ヴィオラはどうなってもいいって言うのかい!」
 菫も同じように氷柱を発生させ、両者は中央で相殺して無数の氷粒となり、空中に煌く。
「違う! ヴィオラを助けたいと想うのは俺たちだって同じだ!」
「あたしだってそうだよ!」
「私だってそうです!」
 ケイとソアが魔法を放ち、菫がそれを相殺する展開が繰り広げられる。ケイもソアも、そして菫も、仲間を積極的に傷つけるような真似はしていない。そして皆、『聖少女』を助けたいという想いは誰にも負けないくらいに強いからこそ、誰も引かない。ここで剣を交える者たちは、表向き戦いながらも、ヴィオラとネラを、そしてちびを助けるという意思は同じであった。
「ちび、見ておるじゃろうか? おぬしはこれほどまでに心配され、そして愛されておるのじゃぞ!」
「おまえたちの言うことも分かるぜ。きっとおまえたちは、ヴィオラの傍にいてやれるはずだ! もちろん俺様だって、ご主人だって、ケイだってカナタだって、みんなみんな、あいつらの傍にいてやれるんだ!!」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が発生させた火種を地に撒き、噴き上がる炎を呼び出してヴィオラを攻撃する。雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が手にした銃の引き金を引き、無数の弾丸をヴィオラへ見舞わせる。
「あなたたちの想い、おっしゃっていることも理解できます。……私は、菫がそうすると決めたことを、私自身をかけてでも叶えてあげたいのです!」
「そうじゃ、わしだってヴィオラを助けてやりたいと思うのじゃ! だから、今はこうする他ないのじゃ!」
 パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が上空から落ちる炎で炎を相殺し、相馬 小次郎(そうま・こじろう)が身を呈して攻撃からヴィオラを護り抜く。

「皆さん……どうしてそこまで……」
 一行の様子を見届けていたちびの呟きに、ネラが分かったように答える。
「そりゃ、うちらが愛されとるからやろ。ちびも、ヴィオラも、うちも。愛は人を強くするらしいで? ……長い間寝かされとった間に色々教えてくれたからな」
「そ、そうなの? うーん、私ももっと色々勉強した方がいいよね……」
「そうやな。……もちろん、ここから出られたら、やけどな。それに、ヴィオラが黙って見てるままとは、とても思えんしな」
 ネラが懸案したことが、今まさに実行に移される。

「ゴチャゴチャと騒ぐな、蛆虫共が!! 貴様らの想いなぞ、私には不用だ!! そんな見せ掛けの想いなぞ、消えてなくなってしまえ!!」
 ヴィオラの放った火球が、戦闘を繰り広げていた者たちの中で炸裂し、辺りを焦土と化す。吹き飛ばされたケイとカナタ、菫にパビェーダ、小次郎は戦闘不能に陥り、動く気配を見せなかった。
「すみすみーーー!! ……こらアカンわ。大和さん!! もうええ、これ以上は大和さんまで危険や!!」
「君ですか……いえ、俺はここに残ります。ヴィオラを独りにしてはおけないですから」
 なおも続く爆発の中、日下部 社(くさかべ・やしろ)がヴィオラの傍にいる譲葉 大和(ゆずりは・やまと)に呼びかけるが、大和は落ち着いた態度のままそこを動こうとしない。
「アホかっ! 何やっとんねん! そりゃ俺やてちびやヴィオラを助けたいんけど、死んでしもうたらどうにもならんやろ!? ヴィオラは校長がきっと止めてくれる、俺たちは十分戦った、それでいいとちゃうん!?」
「……俺は、彼女が名前を取り戻す瞬間を見ました。そのときの彼女……ヴィオラは、怒りを露にしていました。ちょうど今のように」
 大和が思い出すように呟くすぐ傍を、旋風が掠め、大和の身体を切り刻む。それすら苦にせず、大和が話を続ける。
「『こんな名前など忘れてしまいたかった』『この名前にはいい思い出など一つもない、全て忌まわしい思い出に喰われた!』……そう吐き捨てたヴィオラは……悲しんでいました。俺はきっとヴィオラが、忌まわしい思い出に食われた『嬉しい、楽しい思い出』も忘れてしまうことを悲しんでいると、そう思ったのです。ヴィオラは、この世界全てを破壊したいんじゃない! ヴィオラの認識する全てが、ヴィオラの大切なものを破壊しようとする悪に満ちたものだから、そうするしかなかったんだ!」
「大和さん……どうして……」
「はぅ〜、ボクには難しすぎてよくわかんないですぅ〜」
 呆然とする社の横で、望月 寺美(もちづき・てらみ)が頭を抱える。
「分からんでもええ。こやつは馬鹿じゃ。大うつけじゃ。……じゃがの、こやつなりに皆が幸せになれる方法を模索しとるようでの。わしも、この方法がいいとは思えぬ。じゃが大和が、この軽薄で変態でドMな大和が、ここまでして通そうとしていることじゃからの。それに付き合うわしもたいそう馬鹿じゃが……それもアリじゃろ」
 九ノ尾 忍(ここのび・しのぶ)が、大和と同じく負傷しつつも、大和の傍を離れようとしなかった。
「はぅ〜、ちょっとだけ分かった気がしますぅ。でもでもぉ、あまり無理だけはしないでくださいねぇ〜」
 寺美が早々に納得した表情を浮かべて、後方に下がる。
「大和さん……死んだらアカンで、絶対やで!!」
 次いで社も、名残惜しそうに振り返りながら、寺美の後を追うように駆け出す。
「……さて、あまり時間も残されていないようです。それまでに、できることをしてしまいましょう」
「……そうじゃの。……ラキのご飯、もう一度食べたかったの」
「大丈夫ですよ。きっとまた食べられます。……さあ、行きましょうか」
 言って、大和と忍が、怒りをぶちまけるヴィオラに呼びかける。
「どうか、どうか怒りを静めてください! あなたの過去に何があったか、俺に教えてください!」
「わしからもお願いじゃ! おぬしのことを何でもいい、教えてはくれぬかの?」
「……貴様らに話すことなど、とうにない。どうせ踏みにじられる言葉なら、話すだけ無駄だ。……退かぬというなら、ここで殺すまでだぞ」
「……逃げて得た命など、俺には無価値です。行くというなら、俺を殺して行ってください」
 毅然として言い放つ大和、その言葉にヴィオラは――。

「そうか、ならば……言葉どおりにしてくれよう!!」

 巻き起こる旋風、それが晴れた頃には、二人の姿はどこにも見受けられなかった――。

「そんな……あんなに私に優しくしてくれた皆さん……止めて、もう止めて、ヴィオラ!!」
 崩れ落ちるちびが泣き喚いても、拳を叩き付けても、ヴィオラの動きが止まることはなかった。
「止めて、って言って止めたら苦労はしないやなー。……それにしてもようやるなぁ、人間、あれだけバッタバッタ倒されとんのに、まだ来るで。……そういやあ、うちに名前をくれた青年、どこにおるんやろな。まさかもう負けたりしとらんやろか」
 ネラが思い出したように呟いて、該当する青年が映らないかを待つ。
(皆さん……私は、こんなに皆さんを傷つけてしまいました。もう、私は皆さんの前に、出てこれる資格なんてないのかもしれません……)
 ちびの心が絶望に支配されようとしている中、未だ戦闘は続く。もう世界樹イルミンスールは、真上に見えようとしていた。

「ヴィオラがすぐそこまで迫っているぞ! 仲間が懸命に食い止めているが、それもどこまで持つか分からない。……このままではイルミンスールが落とされてしまうぞ!」
「あいつは確かに強敵だ。俺たちも危なく暴風に巻き込まれるところだったぜ。……ま、何とか振り切れたけどな」
 イルミンスール直下、最後の砦として形成された陣地の中で、様子を確認に行った夏侯 淵(かこう・えん)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と話をしていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)に報告する。
「いよいよこの時が来ちゃいましたね……校長は?」
 ルカルカが見遣った先、数を減らした冒険者に護られるようにして、エリザベートが未だその瞳を開けず、安らかな息を立てていた。
 ルカルカがエリザベートの傍に歩み寄り、その穏やかな表情を見つめながら言葉を紡ぐ。
「貴女は、何もしてあげられなかったと悔やんでいたけど……でも、何もしてあげれなかったのは貴女だけじゃないよ。そして、まだ手遅れじゃない。そう信じてるから……行くね」
 ルカルカに続いてダリル、カルキノス、夏侯淵、そして志を同じくしたスフィーリア・フローライト(すふぃーりあ・ふろーらいと)フタバ・グリーンフィールド(ふたば・ぐりーんふぃーるど)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が一行に合流する。
「……最初に貴女が名前を付けた時、一気に成長したの、覚えてる? もうあの時には『ちび』じゃなくなってたよね。だから今こそ、彼女に相応しい名前をつけてあげようよ。世界樹の下で目覚めし少女……『ミーミル』、どうかな?」
 ミーミル、それは、『三つに分かたれた少女』『世界樹』という符号から導き出された、そして、ちびを心から思う者たちが生み出した大切な、贈り物。
「みんなで、この名前を届けにいくから。だから、彼女を……ミーミルを、助けてあげてください。校長になら、きっとできますからっ!」
「エリザベート校長。命ある限り、取り返しはきくものだ。初めて足元を掬われたことで動揺したのかもしれんが、ここから落ち着いて、冷静に成すべき事を成せばよいのだ」
「ま、やるだけやってみるぜ。淵、俺から振り落とされんなよ」
「このような時に、そのようなヘマをする俺ではない!」
 ルカルカとダリル、カルキノスと夏侯淵がそれぞれ言葉をかけ、エリザベートに背中を向ける。
「魔法学校とか、世界樹とかは……ちょっと、荷が重すぎます。でも……あの子を、助けたいって気持ちは、誰にも、負けません。……どうか、私にお力を。……行ってきます」
「大丈夫、これだけ心強い人たちが集まっているんだ、あっという間に助けられるよ!」
 スフィーリアが祈りを捧げるように屈み込み、そして立ち上がる。大切な品の詰まったバッグを大切そうに抱えて後を追うスフィーリアに並んで、フタバも後を付いて行く。
「境遇は違えども、少女たちを助けたい思いは俺も同じだ。微力ではあるかもしれないが、俺も協力させてほしい」
「オレ、今日はマジメにやるよ! 成功したら後で何かお菓子ちょーだい!」
 エース、そしてクマラが言い終え、先行した一行を追う。ほんの少し駆けたところで地面が火球によって爆砕され、塵と風圧の変化による風が一行を出迎えた。
「ゲームはもう終わりだ……貴様らは、私の糧となって朽ちるがいい!!」
 ヴィオラが手を一行へ向ければ、爆発が地面を抉りながら連続し、一行へ迫る。それを分散して避け、それぞれ武器を構えて戦闘に突入する。
「カルキノス、俺に合わせろ。いつもの調子で失敗するなよ?」
「へっ、俺がいつでもお調子者だと思ったか? お調子者だろうとな、やるときゃやるんだぜ!?」
 ダリルとカルキノスが、自らの周囲に鋭い先端を持つ氷柱を無数に作り出し、ヴィオラへ投げ付けるように見舞う。
「そんなもので、私を足止めできるとでも思うのか!?」
 向かってくる氷柱を、ヴィオラの周りをうねる二本の『侵食の闇』が打ち砕き、塵となった氷が森に潤いを与える。
「俺の弓で、その闇、貫いてくれる!」
 夏侯淵が引き絞る弓矢が、力の影響でほのかに青白い光を放ち始める。ギリギリまで引き絞られた矢が放たれ、青白い光を紅々とした光に変えた弓矢が、二本の闇の合間を縫ってヴィオラの羽根、その一枚を根元から撃ち貫く。
「やってくれる……では、私の番だな……行けぇ!」
 ヴィオラが指図し、『侵食の闇』が地面に潜り、三人を捕らえるべく地面から自らを伸ばす。一本目は回避されたが、二本目が三人を絡め取り、締め上げていく。
「獅子小隊先陣の太刀、獅子の牙ルカルカ。力敵わぬとも、引き剥がす事くらいならっ!」
 窮地に陥った三人を、ルカルカの目にも映らぬ速さ、そして引き出された竜の如き力が乗った剣戟が闇を切り裂き、救い出す。しかし身体にかかる負荷は、意思の力をもってしても抑え切れるものではなく、ルカルカが鮮血を迸らせてその場に崩れ落ちる。
「そうやって無理をするのは承知の上だ! 癒しの力よ!」
 エースがかざした掌から、練り上げられた癒しの力が解き放たれ、それはルカルカを包み込む。直後、止めとばかりに振り下ろされた闇の一撃をすんでのところで避け、ルカルカが再び攻撃に転じる。
「オイラもあっついの行くぜ〜! 絞って絞って絞って……」
「では私も、少しだけ協力しようかね。練って練って練って……」
「お前達、気持ちは分かるが無茶振りだけはするなよ。子供であることに変わりはないんだからな」
 クマラとフタバが詠唱する様を、エースが窘めるものの、当の本人に気遣う様子は見られない。
「よーし、出来たぁ! これでもくらえーっ!!」
「私は、あの触手のようなモノの動きを止めるかな」
 二人が詠唱を完了し、出来上がった炎をヴィオラと周りの闇へ放つ。凝縮されたことで小さく、速度を増した火球が、しかし強烈な熱をヴィオラにもたらす。周りの闇が炎に包まれ地に伏せるが、ヴィオラは服の端が焦げた程度であった。
「ほう……では私も真似してやろう。……格の違いを知るがいい!」
 ヴィオラの両手に炎が生まれ、合わさった掌の間に収められる。力が掌から炎の核へと注ぎ込まれ、そして出来上がったのは、アメ玉くらいにまで凝縮された炎。それがヴィオラの手から、先ほどの数倍の速度で飛び、後衛の中央付近へ着弾する。
「お前達!!」
 クマラとフタバ、それに二人をかばおうとしたエースが、太陽のもたらす熱というものはこういうものなのではないかと想像する他ない熱量に包まれていく。
「ちびさん、どうか、どうか目を覚ましてください……!」
 呼びかけ続けるスフィーリアを、闇から放たれた針のような闇が、雨のように降り注ぐ。その雨に打たれながら、それでも懸命にちびを呼び続ける。
『皆さん、もう止めて下さい……! このままでは、私が皆さんを殺してしまいます……! それを見せられ続けるなんて、私は、私は……!!』
 容赦のない攻撃に、傷付き、倒れていく様を、ヴィオラの視界を通して見せられたちびが、涙を溢れさせて懇願する。
『うーん、あの青年、出てこんなー。やっぱり死んでしもたんやろか……お?』
 ネラが、映像に映る青年に、声をあげた。
「……想いに殉じるというのは、こういうことを言うのだろうか。彼女たちは真に、褒め称えられるべきだろうね」
 戦闘不能に陥ったスフィーリアを抱いて、セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)が呟く。
「……セイ兄、せめてその子を、安全な場所へ連れて行ってやってくれ」
 セイニーが見上げた先、背中を向けて立ち尽くす森崎 駿真(もりさき・しゅんま)、その言葉には揺るぎない意思が内包されているようであった。
「……分かりました。では、ヴィオラに伝えておいてくれ。『自分の名前は自分だけで背負え』……とね」
 セイニーの言葉に駿真が頷きだけを返す。セイニーがスフィーリアを抱えて下がるのを感じ取って、駿真がヴィオラを、その中にいるはずのネラを見つめる。
(一度はちゃんと抱きかかえたのに……名前も呼んだのに……結局、守れなかった。カッコ悪いな、俺)
 自虐的な笑みを浮かべ、しかし頭を振ってそれを打ち払い、力強い表情を浮かべる。
「オレは、もう一度ネラに会いに行く! そして今度はちゃんと、面と向かって、ネラって呼んでやるんだ!!」
「おっ、お前も会いに行くのか? いいぜ、同行者大歓迎だ」
 響いた声に駿真が振り向いた先には、ベアに抱きかかえられる形でルカルカ、ちょっと不満そうにしているマナ、そして筐子の姿があった。
「俺たち、ちびに会いに行こうと思ってな。んで、さっき助けた彼女が、ちびにあげたいものがあるっていうから、一緒に行くことにしたんだ」
「バカなこと考えてる、って思うかもしれないけど。でも、私たち、本気だよ」
「ワタシは、ちびもヴィオラもネラも、全員助けたいです! その想いがあれば、何だって出来るはずです!!」
 ベアとマナ、筐子の言葉に、駿真がおかしそうに笑って、そして告げる。
「……ああ、じゃあオレも、一緒させてもらうぜ。楽しい旅になりそうだな」
 差し出した手に、ベアとマナ、ルカルカ、筐子の手が重なり、そして全員が一斉にヴィオラを見遣る。
「何をするつもりだ。弱き者がいくら集まったとて、何も変わらぬぞ」
「あのさ、俺たちちびに会いに来たんだけど、中、入れてくんない?」
 ベアの言葉に、ヴィオラが狙いを察したのか、くくく、と微笑む。
「……そんなことをしても、私の糧となるだけだぞ? 貴様らは全くの無駄死にだ」
『そうです!! お願いですから、逃げてください!!』
 届かぬ声を張り上げ、ちびが叫ぶ。ネラはじっと様子を見守っている。
「いいえ、無駄じゃないわ。私たちがちびを想うその心は、きっと届くわよ。……たとえこの身体がなくなっても、言葉なんてなくてもね」
「ちび、エリザベート校長と仲間たちが待ってますよ! みんな、ちびに会いたがってるんです! もし落ち込んで出てこないっていうなら、気にしないでほしいです! 失敗なんて、成功でいくらでも取り返せるんです! ワタシだって失敗して、でもこうして皆さんと一緒に、成功させようと頑張っているんです! だから、ちびも、頑張って出て来てください!!」
「……ネラ!! 今から迎えに行くからな、元気で待ってろよ!!」
 口々に言葉を紡ぐベアとマナ、筐子に駿真。そしてベアの手から離れ、ふらつく身体を懸命に保ちながら、ルカルカが口を開く。
「貴女に新しい名前を考えてきたよ。……校長も、貴女の新しい名前を、きっと喜んでくれているはず」
 そして、全員が晴れやかな表情で、その名前を口にする。



「ミーミル!!」



 ……直後、ヴィオラの繰り出した闇が、彼らを根こそぎ食い尽くした――。

「……名前、呼ばれるの、ええなぁ。うち、目覚めてほんの少ししか経っとらんから、生きてどうとか死んでどうとかよう分からへんけど……でも、もしうちが消えたら、もう名前、呼ばれなくなるんやな。……それは、嫌やな」
 それまで表情をさほど変えなかったネラが、ここで初めて悲しげな表情を見せ、その瞳から雫が零れ落ちる。
「……ミーミル……私の、名前……皆さんが、そしてあの人が私にくれた、私の名前……」
 ちび、否、ミーミルの脳裏に、最初に名前をくれた人、エリザベートの姿が思い出される。
「私は……こんなに愛されている。私がどんなに悪いことをしても、皆さんは笑って許してくれる。……そして、きっとあの人は、私を迎え入れてくれる。私を、私として認めてくれた、私の、『お母さん』……」
 涙をこぼしながら、ミーミルが呟く。ぼんやりと光る背中の羽根が、水を与えられた草木のようにしなやかに、一杯に伸びていく。
「もう一度、会いたい、皆さんに……もう一度、一緒の時間を、皆さんと……お母さんと、過ごしたい!!」
 涙を振り払ったミーミルが、晴れ晴れとした表情で、声の限り、叫んだ。



「お母さん!!」



 世界樹イルミンスールが、大きく靡く。
 まるで、彼女の声に、応えるように。

「……ミーミル……」

 未だ眠りについているはずのエリザベートの口が開いてその名前を呼び、そして一滴の涙が零れ落ちて地に弾けた瞬間、エリザベートがテレポートするように消える。
「エリザベート校長!?」
 傍で様子を見守っていた宇都宮 祥子が、突然の事態にうろたえる。そして、他の冒険者の発した声に、そちらを振り向けば。
「イルミンスールが……成長している!?」
 ぼんやりと発光しながら、世界樹イルミンスールが、その背丈をぐんぐんと伸ばしていた。それに合わせて寸胴も僅かばかり膨らみ、地面を大きく揺らす。辺りの木々に掴まりながら、祥子も、冒険者もその様子を固唾を飲んで見守る。

「何だ、何が起きている――ぐうっ!!」
 事態を把握できていないヴィオラが、突如胸を押さえて苦しみだす。
「……そうか……貴様か……まだこの私に刃向かうというのだな……」
 荒い息を吐きながら、ヴィオラが声を漏らす。歯を食いしばり、両腕から漆黒に染まったオーラを立ち昇らせる。
「貴様の創造の力……この私が破壊してくれる!!」
 掌と掌を合わせ、そこにヴィオラが出せる限りの力を注ぎ込み、冒険者が避難したことで開けた視界の先、成長を続ける世界樹イルミンスールの根元へ向けて、力を解放する。発動の衝撃で地面が抉れ、そして漆黒の波動が一直線に、イルミンスール目掛けて飛ぶ。
 避難していたことで直撃を免れた冒険者が、最悪の結果を脳内に想像した瞬間、波動の先端にテレポートしてきた影があった。
「させません」
 呟いた人影が掌をかざせば、漆黒の波動が掌の数センチ先で、全て受け止められる。背丈をゆうに越える波動の勢いにも屈することなく、やがて奔流は勢いを失い掻き消え、風が人影の長く伸びた髪の毛を、成長しきったイルミンスールの枝葉を揺らしていく。
「えっ……校長……なのか?」
 全てが収まったのを見計らって、戦場に復帰した七尾 蒼也(ななお・そうや)が見たその人物は、見間違えることなくイルミンスール魔法学校校長、エリザベート・ワルプルギスその人であった。
「ちび……いいえ、ミーミル……あなたの力、そして想い……受け取らせてもらいました。私のことをお母さんと呼んでくれて、ありがとう……今度は私が、あなたを助ける番ですね」
 呟いたその言葉は、エリザベート本人のものか、あるいはもしかして、イルミンスール自身のものか――。
 エリザベートが片手を挙げ、振り下ろせばイルミンスールが靡き、どこか優しげで、そして暖かな風が吹き抜ける。その風を浴びて蒼也は、自らに例えようのない力が湧き起こってくるのを感じ取る。
「な、なんだよ、この力は――」
 戸惑う蒼也の視界、力を行使したエリザベートのすぐ傍に、ゆっくりと起き上がってくる人の姿が映る。その顔に見覚えがある者の姿を認めて、蒼也が駆け寄る。
「大和! お前、無事だったのか!?」
「っ……ここは、一体……? 俺は確か……」
 記憶のはっきりとしない様子で、譲葉 大和が状況を確認する。その他にもヴィオラの攻撃で戦闘不能に陥った者たちが、ふらつきながらも立ち上がり、状況の把握に努めている。
「ワタシは……どこ? ここは……誰?」
 ヴィオラに食い尽くされたあーる華野 筐子と他の仲間たちも、混乱しつつも意識を取り戻した様子だった。
「さあ、後はミーミルとネラを救い出します。あなたたちでヴィオラの動きを止めてください、私が二人をヴィオラから解き放ちます。……魔法学校での修行の成果、発揮する時は今、ですぅ!!」
 最後だけいつもの口調に戻って、エリザベートが冒険者に告げる。
(俺は……ヴィオラを攻撃することはできない。けど、二人を助けたい思いは誰にも負けない! みんな、俺の分まで戦って、ちびとネラを助けてやってくれ!)
 蒼也の強い思いに増幅された、そしてイルミンスールの加護で飛躍的に強化された癒しの力が、この場にいる全ての冒険者の傷を癒し、戦う勇気を託される。

「イルミンスールの加護を受けし者たちよ、行きましょう!」

 エリザベートの号令で、冒険者たちが一斉に飛び出していく――。