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リアクション
武雲嘩砕二日目〜出店は今日も熱いぜ!
翌朝。
すんげー小っちゃくて可愛い子が鉄板で豪快にお好み焼きを作っている!
という噂を聞きつけ、ミツエ達はそれを朝食にしようと繰り出した。
「ここでお好み焼きに会えるとは思わなかったわ。楽しみね」
日本でお好み焼きに馴染んだ者なら、きっとミツエのように思うだろう。
そして行ってみれば漂ってくる香ばしい匂い。
おいしさからか珍しさからか、店には列ができていた。
すれ違うゆる族が「うまいうまい」と言いながら、できたてのお好み焼きを頬張っている。他にもパシリらしいパラ実生や、家族連れのパラミタ人がいる。
手際も良いのか、最後尾に並んだミツエが先頭になるのにそれほど時間はかからなかった。
「いらっしゃい! 元広島番長直伝の広島風お好み焼きだよ!」
元気の良い声は八月十五日 ななこ(なかあき・ななこ)のものだった。
「あなたの店だったのね。一つちょうだい」
「まいど! トッピングはどーすりゅ? 青海苔とかマヨネーズとかあるよー」
と、ななこが指したところを見れば、お好み焼き用ソース、青海苔、マヨネーズ、紅しょうが、かつおぶし、ねぎ、揚げ玉があった。
「どれを選んでもいいの?」
「もちろん。こういうのは自分の好きにゃ味のほうが嬉しいしねっ」
「それもそうね」
頷いたミツエは紅しょうがと揚げ玉とお好み焼き用ソースを選んだ。
「それにしても、一人でやってるなんて凄いわねぇ」
「そんなことにゃいよ。一人でやってる人、けっこういりゅよ。それにね、この味はあたしが受け継いだかりゃ、あたしが最初にここに広めるの。今は亡き元広島番長もきっと喜ぶよ」
「今は亡き……?」
不穏な言葉に眉をひそめたミツエだったが、ちょうどその時いくつかのお好み焼きが焼きあがった。
「太郎の死は無駄にしにゃいよ。はい、熱いから気をつけてね。ありがとー!」
元広島番長のために書いておくと、彼は死んではいないし名前も太郎ではない。
けれど、この話をたまたま耳にした客が涙もろい客だったため、あっという間に話は広まっていった。
師匠の魂を受け継ぐ健気な女の子の話として。
腹も満たされて一息ついたミツエ達は、昨日と同様に文化祭市を練り歩いた。
そこでふと気づく。
「昨日より増えない?」
「そうですね。評判を聞いて集まってきたのかもしれませんね」
昨日あった隙間にテントが立ち、市の終点ははるか向こう。
数えたわけではないが、風祭優斗の言うとおり集まってきたのだろう。
賑やかになるのは良いことだ。このまま商店街にでも発展すれば良いのだが。
ミツエがそんな想像をした時、呻き声とも野次と笑い声がある一画で湧き上がった。
見れば、うなだれるスキンヘッドの不良達とそれを笑う不良達がいた。
何なのかと興味のままに近寄ってみれば、その出店ではあらゆるモヒカン製品が売られていた。
モヒカンキーホルダー、モヒカンペナント、モヒカン饅頭。その他、みやげ物売り場にありそうなもの多数。
「凄いわね、ここ」
「あ、これはミツエ様。ようこそいらっしゃいました」
丁寧な挨拶でミツエの前に現れたのは店主のエル・ウィンド(える・うぃんど)だった。
展示ケースを眺めていたミツエは、もう一度「凄いわね」と言った。
みやげ物もそうだが、展示ケースも様々なモヒカンがあった。
店名に『モヒ館』とあるのも頷けた。
展示されているのは、A級四天王のものだというゴールドモヒカン、枝毛のないモヒカン、刺さるようなモヒカン、撫で心地最高のモヒカンなどなど。
「エルはモヒカンが好きなの?」
「はい? いえ、好きか嫌いかと聞かれれば特別好きでもないですが……」
「ふうん……」
『モヒ館』の周りで嘆いている不良達は、エルと戦って負けてモヒカンを刈られた者達だろう。
その時、和希が驚きの声を上げた。
「おいっ、ドージェのモヒカンて何だよこれ!」
どれだどれだと一斉に和希のもとに集まるミツエ達。
ショウケースに収められていたのは、黒く艶々とした妖しい美しさのあるモヒカン。
明らかに怪しい。どう見ても怪しい。
じとーっとした目がエルに集中する。
「や、やだなぁ、そんな目で見るなんて。よく見なよ」
少し焦りながらエルが指したカードに目を凝らせば、もの凄く小さな字で『(が倒した生徒)』と書き加えられていた。
続けて読むと、ドージェ(が倒した生徒)のモヒカン、となる。
「紛らわしいんだよっ」
和希の拳がエルに命中した。
「ところでミツエ様」
殴られた顎をさすりつつエルがミツエを呼び止めた。
「皇帝には玉璽が似合うと思いませんか?」
「伝国璽ならあるけど」
「いいえ、玉璽です。玉璽と言えば黄金。黄金といえばボク。つまりボクが人間玉璽となればいいのです」
わけがわからずポカンとするミツエ。
「ボクをミツエ朝の人間玉璽にしてくださいっ」
「な、何を言っているの!? 無理に決まってるでしょ!」
「そんなつれないことはおっしゃらずに、どうか。……これを受け入れるかどうかでミツエ様の器が測れますよ?」
「測れるわけないでしょっ。無理っ、無理よっ」
確かにエルはキンキラの身形だが、人間を玉璽に……印になどとても無理であった。どこにどうやって押せというのか。
諦めてちょうだい、と早口に言ってミツエは『モヒ館』を飛び出した。
だいぶ『モヒ館』から離れたところで、ミツエはようやく息を整えることができた。
「世の中いろんな人がいるのはわかってたけど、あんなぶっ飛んだ人もいるのね……」
ミツエの心臓はまだドキドキいっている。
そんな一行に、いやエルの感覚にひたすら首を捻っている曹操に、遠慮がちにかけられる声があった。
「すまん。聞きたいことがある。今いいか?」
いつもの溢れんばかりの覇気が見えないラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だった。
不審に思う曹操同様、気になったミツエも「行っていいわよ」と頷く。
市から少し離れた静かなところでラルクは足を止め、曹操に向き直った。
「悪かったな、急に」
「気にすることはない。で、どうした?」
促されたラルクは口を開きかけ、一瞬躊躇った。
しかしすぐに迷いを追い払う。
迷いを解決するために曹操を呼び止めたというのに、その迷いを口に出すことに迷ったのでは何も進まない、と。
「えーっと……その、例えばの話なんだが、自分が最初に選んだ道があるとする。しかし、途中で別の道に行きたくなった。曹操なら最初に選んだ道を貫くか? それとも……自分が行きたい道を選ぶか?」
「ふむ……心理てすと、というやつか?」
曹操はすっとぼけた態度で腕組みして考え始めた。
そもそもラルクがこんなふうに悩んでしまったのは、生徒会が思った以上に気に食わなかったからだ。
ひょっこり現れてのし上がろうとしているミツエに対し下克上を狙っていたのだが、生徒会を見ているうちにミツエについて奴らをギャフンと言わせるのも悪くないかもしれない、などと思ってしまった。
けれど、そうなると最初の『下克上を果たしてトップになる』という目標が揺らいでしまう。
そんな簡単に目標を曲げていいのか、というわけだ。
「──自分の行きたい道が自分が選んだ道だ。朕ならそう答えるな。とことん自分と向き合った末に出した答え……気持ちなら、きっとそれが真実であろう。最後に手にしたいものが何なのかわかっているなら、どの道を選ぼうとも最終的にはそこにたどり着くと信じている」
それから、と曹操は力を抜いて付け足した。
「決めた道を脇目もふらずに走るのも良いが、道草もたまには必要ではないかな?」
それは、突き放した答えとも取れるし、焦って答えを出そうとするなという戒めのようでもあった。あるいは、どの道を歩くかではなく何が欲しいのか見極めろと言っているのか。
何にしろ迷うラルクに必要なのは、自分自身と深く見つめ合うことのようだ。
「そのような問いかけをした者は、良くも悪くも真面目よな」
いまだとぼたままの曹操にラルクは笑みをこぼし、それから曹操に共に市を見て回らないかと誘った。
曹操は喜んでその誘いに応じた。