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リアクション
武雲嘩砕二日目〜今日こそキリンを!
──見つけた。
文化祭に集まってくる人々からの情報をもとに、虹キリンの居場所を突き止めた琳 鳳明(りん・ほうめい)が岩陰で目を細めた。
「本当に綺麗な虹色で……」
感想を口にしながらポケットから携帯を取り出し、パートナーのセラフィーナへ繋げる。
「セラフィーナさんかい? 虹キリンを見つけたよ。これから実況するからよろしく!」
『怪我はしないでくださいね』
「大丈夫。──さて、キリンさん討伐トトカルチョにご参加の皆様、お待たせいたしました。実況の琳鳳明、ただいま虹キリンさんが見える場所に到着しました。五十メートルくらい離れてますが、すえた臭いが漂ってきています」
一呼吸後にリポーターとなる鳳明。
この時、セラフィーナの店の周りでは彼女の携帯をラジオ代わりに購入客達が耳を澄ましていた。
キリンはまばらに生えている木の下で休んでいた。
すると、鳳明の少し後ろで砂を踏む音がした。
振り向くと、長いピンク色の髪を風に揺らせたカリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)が立っていた。
「おっと、カリンさんが来ましたよ。無敵と言われるキリンさんにどんな技を見せてくれるでしょうか!」
「何やってんの、キミ」
「──あ、キリンさんと戦う皆さんの実況中継です。市でトトカルチョやってるんです」
「ああ、そう。で、キミは誰に賭けたんだい? もちろん私だよな? ン?」
「いえ、私は主催者ですので……」
迫るカリンと後ずさる鳳明。
助けたのはメイ・ベンフォード(めい・べんふぉーど)だった。
「何やってるの、カリン。キリンはいいの?」
「おっとそうだった。それにしても酷い臭いだね。よし、行ってくるよ」
カリンは言い残して飛び出していった。
残ったメイに鳳明が聞く。
「メイさんは行かないの?」
「カリンが危なくなったらね」
虹キリンへ真っ直ぐ走るカリンは、大声で叫んでいた。
「作物が育たなくなるだろ! 自然は大切にしろ〜」
キリンはぼーっとして遠くを見ている。
カリンは無闇にキリンへ攻撃する気はなかった。
昨日の神代正義の例を聞き、案外話の通じる相手ではないかと判断したためだ。
刺激臭が増した三十メートルほど手前で、いったん足を止める。
キリンはカリンを見ようともしない。
不審に思いながらも、カリンは友好の印に持ってきた広島風お好み焼きを差し出してみる。
「これおいしいよ。食うか?」
ゆる族なら人間と同じものを食べるだろうと思って、八月十五日ななこの店で買ってきたのだ。
輪ゴムを外して香ばしい匂いが届くようにしたが、キリンは遠くを見つめたまま。
自分の発する腐臭でお好み焼きの匂いがかき消されているのかもしれない。
カリンはしばらく鼻が利かなくなるのを覚悟して、ゆっくりとキリンに歩み寄っていった。
すぐ横に立ってもわずかに首を揺らしただけだった。
「おとなしいな……」
首筋にそっと触れても嫌がったり怒ったりする素振りは見せなかった。
そのことに口元を緩ませ……ふと、カリンは気づいた。
驚愕の事実にカッと目を見開く。
「こいつ、キリンじゃない……!」
馬だーっ!
という叫びはメイと鳳明のもとまで届いた。
キリン、いや馬は荷を背負っていたのだが、その中身から刺激臭がしていたのだ。
「いったい誰がこんなことを!」
悔しさに地団太を踏んだ時、遠くで銃声が響いた。
吉永竜司とアイン・ペンブロークで虹キリンの進路にいくつも落とし穴を作った。岩場の多いここは罠を隠すには都合が良い地形だったが、一つだけ作ってもかわされる可能性があるからだ。
しかし、キリンは最初の穴に見事にはまってくれた。
光学迷彩で姿を隠し、様子を見ていたアインはすぐさま穴のふちに駆け寄りアサルトカービンを撃ち込む。
穴の底は泥水を溜めてあるため、足場は悪いはずだ。仮に弾丸をどうにかしようとしても難しいだろう。
と、半ば確信していたのだが。
キリンは首を狙って放たれる銃弾にひるみもせず、話に聞いていた脅威の跳躍力で穴の底から飛び出してきた。
「オマエモ ジャマスルカ」
虹キリンは凄まじく怒っていた。鼻息の荒さまで伝わってくる。
怒りに染まった瞳がアインを捉え、いっそう瘴気を濃くした。
いったん引くか、とアインが考えた時、
「待て! オレ達はてめぇの敵じゃねぇ!」
今まで光学迷彩で姿を隠し、とどめの機会を伺っていた竜司がキリンの前に姿を現した。
「ミツエが気に入らねぇはオレも同じだ。どうだ、奴をぶっ潰したければオレについてこい」
「テヲクム ノカ?」
「その通りだ」
「その話、俺も乗りたいな」
岩場の陰に気配を殺して身を潜めていた葉月 ショウ(はづき・しょう)が、目的のためにちょうど良い展開になったのを感じて協力を申し出た。
「隙は建国宣言の直後にできるはずだ。そこに突っ込んでミツエを殺してしまえば、新しい国はそっくりそのままキリンのものになるぜ」
「オウノザナド ドウデモイイ」
「なら、オレがもらおう」
ミツエを殺すことが全てのキリンに代わり、竜司が名乗り出る。
もともと竜司は自分の四天王就任祝いのためにキリンを狙っていたのだが、これは思わぬ良い事態になったと喜んだ。
「おもしろいことになりましたな」
悪い笑みを浮かべている二人と一頭に聞こえないようにアインが呟いた。
アインもアインで目的があって竜司を唆してキリン捕獲に走らせたのだが、まさか玉座がついてくるとは思っていなかった。
ショウが携帯を開き、今頃ミツエのもとに着いているだろう葉月 アクア(はづき・あくあ)の番号を押す。
「アクアか? ああ、着いたのか。虹キリンはだいぶ手強いようだ。さすが最強の暗殺者と噂されるだけはある」
唐突に遠くにいるらしいパートナーと通話を始めたショウを、不審気に見守る竜司達。
「ペットにする? ああ、そう。じゃあ引き続き何かわかったら教えてくれ。こっちも進展があったら電話する」
通話はそこで終わった。
「てめぇ、誰と何を話してやがった……?」
「ミツエのもとに送ったパートナーだよ。向こうでどんな対策が取られているか知る必要があるだろ? 安心しろ、キリンのことで向こうに知らせるのは居場所くらいだ。それにアクアは何も知らない」
ショウは不信感を募らせる竜司とキリンに、自分は味方だとわかってもらうため微笑んでみせた。
「……それで、話の内容は?」
これ以上疑っても何も進まないと判断した竜司は、ショウの電話の中身について尋ねた。
ショウはキリンを見て苦笑する。
「キリンを捕まえてこれから作る国の正当性を高めるんだと。ま、ペットってところだ」
「フザケルナー!」
キリンは激昂した。
「オレヲコンナニシタ ミツエ! コロス!」
前足で地面を抉る。
今にも飛び出そうとしたキリンだったが、馬の蹄の音と共に呼び止める声があった。
岩場を駆け下りてくるカリンだ。乗っている虹色の馬は先ほど騙された馬だ。
「かわいい生き物を唆すな! 全部聞いたぞコラァ!」
「やんのか、てめぇ!」
吼える竜司に、馬から飛び降りたカリンが勢いのままに飛び蹴りをする。
両腕でガードした竜司はかすかなしびれを覚えた。
一方、馬はまっすぐショウに突き進み、体当たりをして彼をどこか遠くにふっ飛ばしてしまった。吸夜幻精により馬はカリンに操られている。
「キリンよ、かわいいんだから殺すとかやめて仲良くやろうぜ! 私と一緒に呉軍に来ないかい?」
竜司の拳をかわし、キリンに呼びかけるカリン。
「余計なことを言わないでもらおうか」
わずかな戸惑いを見せたキリンに計画崩壊の危機を感じたアインが喧嘩に加わる。
そうなると、追ってきていたメイも黙っているわけにはいかず。
格闘する竜司とカリンを、アインとメイはそれぞれ遠距離から援護した。
アインの銃弾とメイの魔法が、パートナーに当たりそうな勢いで相手を牽制する。
竜司もカリンも、多少味方の援護が自分をかすめたくらいでは動じない。
遠くでハラハラしながら見ていた鳳明が、ふと気づいて叫んだ。
「キリンがいないよ!」
その言葉の効果は絶大で、四人の喧嘩の手は同時にピタリと止まった。
さっきまでいたはずの、白いペンキの少しこびりついた虹キリンの姿はどこにもなかった。
カリンに幻惑されていた馬にふっ飛ばされたショウが気絶していたのはほんの数秒で、意識を取り戻したきっかけはアクアからの着信音だった。
電話の内容は、ミツエのところまでキリンがたどり着いた時の、その腐食能力への現在のところの対策案だった。
一つは、ガガ・ギギのアルカリ性洗剤。もう一つはアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)の用意した強力な防腐剤。
どちらも実際に試していないので、効果のほどはわからない。