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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

リアクション

「おーまーたーせーしーまーしーたー!」
 と、待ちに待ったパラミタトウモロコシがやって来たのは、それから十分くらい過ぎた頃だった。
 額に汗したソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)達が、トウモロコシをリヤカーいっぱいに積んで荒野を渡ってきたのだ。食べられるようにいい具合に焼かれてある。
 お疲れさん、と出迎えたケイに、ソアは汗をぬぐって笑顔を見せた。
「ぼったくられそうになりまして、交渉に時間かかってしまいました。でも、何とか口説き落としましたよ!」
「これだけあればキリンも喜んでくれるだろ。よくやったな」
 褒めるケイに、はにかむソア。
 そんなソアに心の中で微笑みつつ、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がリヤカーをジンギス・カーン(じんぎす・かーん)に押し付けて相談という名の命令を発した。
「まずは、あの腐食能力について調べよう。ジンギス、おまえが適任だ。こいつを持って調べてこい」
「えぇー!? ぼ、僕が? ……ベアさんはどうするのかな?」
「俺様はここからその様子を分析するぜ」
「それって……」
 胡乱な目で見つめられたベアは、内心で舌打ちをするとジンギスへ身を寄せて囁いた。
「ここで勇気を示せば、おまえへのソアの評価も高まるし何より喜ぶぞ」
 悪魔の囁きだった。
 かくしてか弱い羊は獰猛な敵の前へ身をさらす。
 リヤカーを引いて恭之郎の隣に立ったジンギスは、トウモロコシを恭之郎に一本渡し、自分も持って勇気を振り絞って声をかけた。
「や、やあ、こんにちは〜。僕はジンギスって言うんだ。よよ、よろしくね! パラミタトウモロコシを持ってきたんだけど、一緒に食べないかい?」
 ジンギスにとって、横に恭之郎がいたのは幸いだった。
 これはいい、と勢いづいた恭之郎もジンギスに続いてキリンを誘う。
「市までもう少し歩くからな。これで腹を満たしながら行こうぜ」
 昨日痛い目にあっているキリンは、敵意の見えない二人に戸惑いつつもまだ警戒心を解け切れずにいた。
 その駆け引きをハラハラしながら見守っていたソアだったが、同時にようやく会えたキリンへの感激もやまない。
「可愛らしいです……!」
 うっとりとしたその呟きにベアは引いていた。
 マジか、不気味だろ、と叫びたいのをグッとこらえる。
 それを言ってしまえば、自分を受け入れてくれたソアを否定してしまうことになるからだ。
 やがて、ソアの顔がパッと輝いてベアに向けられた。
「やりました! トウモロコシを食べましたよ!」
 恭之郎の押しの強さに負けたのか、ジンギスのひ弱さにほだされたのか、キリンは差し出されたトウモロコシを口にしていた。二人の手から食べることはしなかったが、まだ距離はあったが、話し合う気になってくれたようだ。
 地面に置かれたトウモロコシは腐っていない。
 ケイの予測は当たっていたようだ。
「俺達も行こう」
 ケイに続いてソアや風祭 隼人(かざまつり・はやと)達もキリンのもとへ向かった。

 集まってきた一団に、サッと警戒心をむき出しにしたキリンだったが、敵ではない、と両手を上げて近づいてきたことや、恭之郎やジンギスも味方だと訴えたことで、キリンは落ち着きを取り戻した。
 いつの間にか円になっておしゃべりしていた。
 空気が和やかになったところでケイがキリン自身のことを慎重に尋ねる。少しでも気分を害するようなら、話題を変えるつもりでいた。
 しかしキリンは暴れ出す様子も見せず、質問に答えていった。
「ミツエヲコロセトイッタノハ チュウゴクノエライヒト。ナマエハ シラナイ」
 自分のこともよくわからないと言った。
「名前もか?」
「ワカラナイ」
 ケイの問いかけにゆるゆると首を振るキリン。
 それでも断片的に覚えていることはある。
 泡立ちヘドロに満ちた川だったもの。偉大な河の支流だったか。その中にゴミに埋もれていた虹色。虚ろな自分。
 ソアがかわいいと褒めたキリンは哀れな存在であった。
 ぽつりぽつりとキリンはそれらを打ち明けた。
「カレラハ イッタ。ミツエガ オレヲ コンナフウニシタ。ミツエ コロセバ スクワレル」
 最初に違和感を覚えたのは隼人だった。
 ──興奮してきている?
 背筋に勝手に力が入る。
「ミツエ イキテルカギリ オレハ ズットコノママ! コロス! ミツエ ブッコロス!」
 蒸気のように鼻息を噴き出し、立ち上がるキリン。同時に鼻を突く腐臭が噴射される。
 すっかり和みモードでいた一行はひとたまりもなかった。
 嘔吐する前にいっせいに逃げ出す。
 けれど、ケイと隼人だけはその場に踏みとどまった。
「ミツエを殺しても、あんたの苦しみは終わらない! もっと違う生き方を探そうぜ。俺も手伝うから!」
「緋桜の言うとおりだ。俺がお前に暗殺なんかさせようとする奴をあぶり出してやる。だから、そんな悲しい生き方はもうやめろ」
 息をすると気絶しそうな腐臭をこらえて必死に呼びかけるも、憎しみにかられたキリンには届かなかった。
 キリンに暗殺を吹き込んだ中国の偉い人というのは、よほど巧みな言葉を使ったのだろう。
 立っているのもやっとな二人を飛び越え、キリンはミツエを目指して駆け出した。
 もうこの先は文化祭市場しかない。
「これは大変なことに……っ」
 ようやく嘔吐感がおさまった鳳明が、慌てながらセラフィーナに危機を伝えた。