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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第5回/全6回)

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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第5回/全6回)

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第3章 タバル坂火力戦

 敵が視界に入ると同時に陣地は慌ただしくなっている。敵の隊列は横三列くらいの横隊を編成し、これを数段重ねるようにしてじりじりと接近してくる。
 和泉の合図と共に信号弾が打ち上げられる。それと共に次々と迫撃砲が撃ち出される。そのまま近づいてくる敵の前に着弾し、土煙を上げる。
 「ほいさっさ、ほいさっさ」
 ロイ・シュヴァルツ(ろい・しゅう゛ぁるつ)は迫撃砲弾を筒に放り込んで発射していく。前回、一部の迫撃砲を放棄したため、門数は六割ほどになっているがとりあえず、ある程度の阻止砲撃は出来る。
 「えーい。例の集積所を砲撃したかったんだが」
 「距離ありすぎでしょ!」
 エリー・ラケーテン(えりー・らけーてん)が発射時、耳を押さえている。
 作戦説明を見ればわかるが、敵の物資集積所は大分後方である。しかも位置がわからない。迫撃砲の射程内になる可能性は薄い。このあたり、シュヴァルツの判断能力はまだまだである。
 砲撃を抜けさらに敵は前進してくる。すると、今度は味方陣地の前面に敵の爆弾が着弾し、土煙が上がった。敵も手慣れたもので向こう側も阻止砲撃を行ってきている。当然皆は、伏せるが、そうなると敵の接近を許す。双方爆炎と土煙にまみれながら射撃を開始する。
 「撃て撃て!」
 味方陣地の最右翼は機動歩兵大隊を中心に火力武装している。まずは敵の攻撃はここに集中している。月島は声を枯らせて周りの者に撃たせている。もちろん、自分もアサルトライフルを撃ちまくっている。敵の火力が集中するが、それ自体が目的でもある。敵がここを抜こうとすると、右へ右へと突破場所を探すことになる。結果として敵は引きずられてこちらから見て左側へじりじりと長く展開していくことになる。言うまでもないことだが、この火力部隊の要は最右翼の機動歩兵大隊だ。ここが抜かれれば戦線全体が崩れてしまう。もちろん、予備兵力として強襲偵察大隊もあるが、早々に投入するのは愚策である。
 ホリィ・ドーラ(ほりぃ・どーら)がとりあえず、木材で作ったというか、並べたというか、かき集めて作った掩蔽壕からライフルで撃ち合いだ。
 「わ、意外ともろい」
 「作りが甘いからだ」
 麻上 翼(まがみ・つばさ)は怒鳴りつけた。敵弾が当たると割とぼろぼろ崩れている。
 「月島君、敵には複雑な策はないみたい。敵意はまっすぐこちらに向かってる」
 「よーし、それなら幸いだ。敵は倒さなくていい。とにかく怪我させて足止めできりゃいい!」
 「い〜い判断だ。側面から味方が回り込んでくるまで持たせりゃ大分楽になる」
 張がライフルを撃ちながら言った。身体が大きいのでさすがのライフルが小さく見える。張は白兵も射撃も出来る強者だ。幸い、機動歩兵大隊は手練れが多く、濃密に弾幕を張っている。一方、敵もしたたかに攻撃の手をゆるめない。隙あらば突入を図っている。
 甲賀 三郎(こうが・さぶろう)はずりずりと雪に覆われた雪面を何かの虫のように陣地から出て這いずっていく。
 「ぬう、もう少し近づいて」
 「あんまり、近づくと危ないよお」
 後ろからもロザリオ・パーシー(ろざりお・ぱーしー)が付き従っているが、迂闊に動くと光学迷彩が解けてしまう。隙を見て少しずつ、少しずつ、近づいた。
 「(ぬおっ!)」
 「(どしたの?)」
 「(踏まれた)」
 敵兵が甲賀の上を踏んづけて進んでいく。今動くとばれてしまう。
 「(ぬあっ!)」
 「(どしたの?)」
 「(また踏まれた)」
 敵兵も乱戦中である。敵兵の近くに来た甲賀は展開する敵兵に二度、三度と踏まれている。
 「(このままでは足跡だらけになる〜、やれ!)」
 甲賀の合図でパーシーは敵兵の耳元で何やらささやいた。
 敵兵はいきなり聞こえてきた命令に驚いたようだ。敵の第一波の一個小隊ほどが攪乱されて後退した。ただし、退路上に隠れていた二人はまたも盛大に踏みつけられることとなった。
 だんだんと敵兵はこちらの陣地展開に沿って広がってくる。すでに第3歩兵大隊の所まで来ている。敵も数に物を言わせて回り込む所を探しているようだ。所々で爆発が起こるのは敵のオーク兵である。陣地に近づけてはならない。第3歩兵大隊も射撃を開始した。
 「今回はあんまり下がれないのよね」
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は慎重に陣地の縁から首を出す。
 「もう、連中もどんどん手強くなってくる」
 爆炎の向こうから敵兵が殺到する。今の所は射撃の後にオーク兵が突っ込んでくるやり方と考えている。いきなりオーク兵では割とやられやすい。敵も馬鹿ではないのでまずはこちらの頭を押さえてからと思われる。
 「さあって、いくかのう」
 シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)はガチャガチャと音を立てて立ち上がった。ごてごてと上半身がメカに埋まっている。両足を広げて踏ん張ると右肩の所から折りたたまれていた砲身がぱたぱたと展開する。顔面に照準用のフェイスカバーが覆い被さる。
 「行くじゃけん!」
 ぱりぱりと軽く火花が散ったかと思うと、砲身から突風と共に弾丸が射出された。自慢のレールガンは敵のオーク兵に向かって炎を吐いた。軽く爆発が起こった。損害は与えたようだが、それほどでもなかった。まもなく敵の斉射と共にウィッカーは慌てて頭を下げた。
 「何でじゃあ〜?」
 実際、レールガンの様な兵器の場合、兵隊に向けてもあんまり効果はない。この場合、むしろアサルトライフルで斉射した方が費用対効果は遥かに良い。レールガンは一発撃つのに時間がかかる上に倒せるのは命中した一人だけである。サイズから言って榴弾を使用できないので撃つなら軽車両などに限られる。敵歩兵相手にレールガンというのは逃げる鶏を牛刀ぶんぶん振り回して追いかけるような物である。
 その近くで負けじとローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はスコープを除いていた。
 「よーしよし」
 レクチルにオーク兵を捕らえ、引き金に指をかけた。派手な銃声と共にクライツァールは吹っ飛んだ。一瞬速く敵の一斉射がクライツァールを捕らえたのだ。右肩周りに数発弾丸を喰らってそのまま横に一回転して突っ伏した。
 クライツァールは狙撃用のライフルで狙いをつけていたが、敵の歩兵は知っての通りカラシニコフ系のアサルトライフルを持って突っ込んでくる。敵が4,5人いれば、クライツァールが一発撃つ間に相手は百発撃ってくる。火力の違いは歴然だ。そもそも、狙撃用ライフルやボルトアクションのライフルを持つ相手に対し、突撃時に火力で圧倒するために作られたのがアサルトライフル(突撃銃)だ。両軍がアサルトライフルで撃ち合いしている状況というのは狙撃などやっている場合ではない。
 「負傷兵です、負傷兵です。ほら、そっち持って」
 「お、おう。こうか?」
 ハーレックはドラゴニュートのネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)はクライツァールの片脚を掴んだ。もう片方の脚をハーレックが掴むとそのまま両脚をずるずると引きずって塹壕沿いに後方に引っ張っていく。何とはなしにハーレックは嬉しそうだ。機動歩兵大隊は持ちこたえているが、第3歩兵大隊は敵に接近されつつある。どうも状況判断ができない者が多いようだ。この方面は早々に苦しくなってきた。

 その頃、左翼外側を大きく回り込んだ機動打撃部隊は戦車を先頭に敵側面から突入した。戦車二両が前衛を作り、AFVがその後から続いていく。『ビートル』前方の同軸機銃が火を噴いて前方の兵をなぎ倒していく。さすがに敵も無視できない。大蠍がわらわらと向きを変えてこちらにやってくる。ローテ1、シュレーダー車が主砲を発砲する。大蠍の一匹が粉々になった。
 「よし、APFSDSだ」
 ローテ2では夏侯が弾種を指示した時だ。がくんと衝撃が襲った。戦車に大蠍がとりついたのだ。車長キューポラを鋏でがりがりやっている。
 「この、この!」
 慌ててルーは左右に蛇行するようにして振り落とそうとするが上手くいかない。
 「砲塔回せ!急げ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が足元のペダルを踏むと勢いよく砲塔が回転し、大蠍の横っ面?を主砲ではたき倒した。ひっくり返った大蠍をAFVで引っかけて踏んづける。
 「おや、戦車で白兵戦ですか?」
 志賀はAFVからひょこっと顔を出して言った。戦車に続く先頭のAFVに乗っている。
 「このまま、このまま突っ切ってください」
 皆はAFVの上から周辺に弾幕をばらまく。周辺の歩兵がばたばたとやられていく。こうなると、陣地方面ばかりに火力を集中させていられない。機動打撃部隊の方に火力が集まってくるがそれは計算どおりである。AFVの外装に敵の小銃弾ががんがんあたる。とりあえず今の所は防げているが喰らいつつければ穴くらい開くかもしれない。戦車の場合、とりつかれなければ大蠍もそれほど怖くない。踏みつぶすことすら可能である。ただ、AFVはとりつかれるとちょっとやっかいだ。オープントップなため乗り越えられると中に入られる可能性がある。ちょうど、今のように。取り付いた大蠍の一匹が外壁に引っかかった様になる。頭部の目とおぼしき部分がぎらりと光る。
 「お。目が合っちゃったぜ」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は冷や汗を流して目の前の大蠍を見る。
 「おお、好かれてますね」
 これはびっくり、とばかりに手を広げる志賀。
 「蠍に好かれても嬉しくない!」
 朝霧は光条鞭でびしびし大蠍をひっぱたく。さすがに蠍の方も鋏と尻尾を振りかざしてくる。夜霧 朔(よぎり・さく)もアサルトカービンを撃ちまくる。この距離では六連ミサイルポッドは近すぎて使えない。その間にライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は呪文を完成させ、『アシッドミスト』と使用する。が、わずかにシュウシュウ音を立てるが大蠍にはそれほど効果がない。
 「効かない……?!」
 振り下ろされた尻尾をエンプは慌ててかわす。朝霧は鋏の腕に鞭を絡みつけるも逆に引っ張られる。パワーでは言うまでもなく蠍の方が大きい。志賀は拳銃で目の所を撃つと蠍は頭部をこっちに向ける。そこに呪文が飛んできた。氷術で大蠍は動きを止められる。そうなれば後は簡単だ。ひたすら弾を撃ち込んで最後に夜霧が蹴飛ばす。
 「いい加減しつこいです!」
 げしっと蹴飛ばされた大蠍は腕が外れた格好になり、そのまま落っこちて後ろのAFVに踏まれた。
 「おおっ!ちょいと、おるあ!」
 AFVの縁に緋桜 ケイ(ひおう・けい)准尉が落ちそうになってじたばたしている。危ないと見て隣のAFVから飛び乗ってきたのだ。先ほど氷術を放ったのは緋桜である。急いで引っ張り上げる。走っている最中なので大変だ。
 「助かった……」
 「ご苦労さん」
 ぜえぜえ言う緋桜に声を掛けた志賀はもう一度、後方に見える蠍の方を見た。
 「アシッドミストは使用禁止した方がいいかなあ?」
 「ええ〜」
 「何でですかあ〜」
 夜霧とエンプは驚いた。
 「緋桜准尉。アシッドミストっていうのはどういう魔法なのかな?」
 「ええっと、酸性の霧を発生させる魔法だぜ」
 「あれだよねぇ。それで吸いこんだ人間が肺を焼く訳でしょ。だったらマスタードガスと同じなんですよ」
 マスタードガスはいわゆる糜爛性ガスであり、化学兵器の一種である。
 「冒険ならいいんだろうけど、戦争で使うと陸戦協定に引っかかる可能性がある」
 いわゆるハーグ陸戦協定、もしくはジュネーヴ条約だ。BC兵器の使用を禁じている。
 「でも、相手はそんなこと斟酌しないぜ?」
 朝霧は疑問を提示する。もちろん、ワイフェン族側は戦時協定なぞ知ったことかというか、戦時協定って何?である。であるならば、別に良いのではないかとする考えは当然だ。
 「それはそうだけどね。しかし、そうなるときりがないし、果てしなく殺し合いになるよ。それに、それだけじゃない。それがいろいろなところに影響が出る。解るかな〜。戦争は『どう終わらせるか』も考えなきゃならないからね」
 難しい問題ではある。何してもいいんなら核兵器を落とせばいい。しかし、それでは教導団は存在意義がない。また、危険なアシッドミストをぽこぽこ使用する第3師団を周りの部族はどう思うだろうか?
 「いずれにせよ、混戦でアシッドミストはまずいかもしれんぞえ」
 「ぬう、いつの間に!」
 一同はいつの間にか現れた悠久ノ カナタ(とわの・かなた)に驚いた。話込んでいる間にうんしょうんしょとよじ登ってきたのは秘密である。
 「混戦だと味方を巻き込みかねんしの。肺で呼吸していない大蠍にはそれほど効果がないじゃろう。やはり大蠍には氷術で足止めが一番じゃのう」
 特に機動歩兵大隊はAFVを使用した機動下車戦闘を基本戦闘スタイルとしている。そのため、安易な範囲魔法の使用は厳禁である。先ほどのアシッドミストも仮に下車して使用したとして、下手すると移動中の味方AFVの歩兵が喰らうことになるからだ。
 「それはそうと、前が危ないのではないかのう?」
 一同が前を見ると、一斉に敵兵が火力を戦車に集中させてきた。さすがに強力な対戦車兵器を持っていないと見えて、『ビートル』は敵を蹴散らす勢いで進んでいく。しかし、その前面に樽が飛んできて爆発する。爆発そのものも『ビートル』にはたいしたダメージは与えられないが、その影から歩兵が肉薄してくる。
 「小銃ではたいした損害にはならないけど、オークの自爆でキャタピラやられたら面倒です」
 そう言うと志賀はマイクをとった。
 「あ〜。部隊各員へ、速度並足、下車戦闘。繰り返す、速度並足!」
 『ビートル』とそれに続くAFVは速度を人間の駆け足の速度に落とす。そしてAFV後方の扉が蹴破られるように開き、次々と歩兵が飛び降りて左右に展開する。戦車を先頭にAFVが機関銃を撃ちながら続き、歩兵が周りで銃を撃ちながら前進する。機械化歩兵部隊戦闘の理想型だ。
 「よし、行くぞ!」
 レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)も後部ドアを蹴破って開けると大地に躍り出た。そのままAFVを追い抜くように走る。周辺でも兵達が散らばりながら前進する。一度にやられないための散兵戦術である。
 「みんながんばって〜」
 ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)がAFVから手を振って叫ぶ。
 「ちょっと手伝ってください」
 シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)はAFVの機関銃を構える。味方の歩兵が敵に接近できるよう牽制するのだ。先頭のAFVが射撃を始めると各車両もこれに続く。アンスウェラーも『ビートル』の右側に近づいてくる敵兵めがけて撃ちまくる。敵兵が伏せてこれを避けるならそれもよし、前進していく味方歩兵の餌食である。そして実際、敵兵が顔を上げた所ですでにこちらの兵が目の前に来ている。皆アサルトライフルを腰だめに構える。突撃時には肩当てを腰に当て、銃口の少し後ろを上から手で押さえるようにして構えて突撃する。敵兵との撃ち合いが始まる。この場合、こちらは突撃側なので一気に行かねばならない。敵兵の何人かが倒れることでわずかに隙間が出来る。そこにルーヴェンドルフは突っ込んだ。そのまま、自慢の高周波ブレードで切り払う。相手側も突っ込んでくるルーヴェンドルフに脅威を感じたのか銃を捨て、山刀に切り替えて応戦してくる。ブレードを中段に構え、横なぎに斬りかかるルーヴェンドルフに対し、敵は上に刃を立てたまま腹でこれを受け止める。もちろん力の具合を考えれば受け止められるはずはないのだが、それは承知の様だ。つまり、そのままわざと刃を合わせたまま受け流すようにして一歩引き、そこで刃を寝かせるようにして合わせてくる。
 (こいつ、強い!)
 素早くルーヴェンドルフは手前に刃を引いた。敵はそのままひねりを加えて武器落としにかかるつもりであることが解ったからだ。身体ごと後ろに倒れる様にして、よけた後、右足をふんばり、一度刃を下げてから素早くブレードを回し、身体毎相手に背中を向けるように回りながら上に向かって逆袈裟に切り上げた。相手は切られて後ろに倒れる。しかし、動けないようだが致命傷ではない。しかしとどめを刺している暇はない。
 「おお、反省しているようですね」
 様子を見ていた志賀は前進していく歩兵部隊を見て言った。今までの戦いでもよくあったことだが、剣士・騎士など白兵が得意な連中が後ろにいる場合がまま見受けられる。これはよろしくない。自分という戦力を有効に活用できていないという判断ミスと受け取られる。以前の戦車部品奪還作戦で遺跡を攻撃した際、突入班と封鎖班に分かれたが、白兵が得意で封鎖班に回った者の評価はマイナスであったのはそのためだ。近接戦闘が予測される場面では積極的にそちらに行かないとおかしいのは言うまでもない。今回はルーヴェンドルフも積極的に先陣を切って突っ込んでいる。
 「(彼はやれば出来る子なんです)」
 「こらこら通信に割り込むんじゃありません」
 ティルナノーグの割り込みに志賀は注意した。周辺の敵に大きく打撃を与えたのを見て取ると志賀は再度乗車の指示を出した。数ではこちらは圧倒的に少ない、素早く離脱しないと囲まれたら大変だ。脚を止めれば即座に包囲されて終わりである。負傷射を素早く収容し速度を上げねばならない。
 「この際です、タンクデサントもあり!」
 志賀がそう言ったので朝霧やエンプは『ビートル』2号車、ルーの乗るローテ2(ツヴァイ)にとりつく。タンクデサント(跨乗歩兵)とは戦車に歩兵が乗る戦術である。かつてドイツ軍やソ連軍、特にろくにAFVを持たなかったソ連軍は戦車に歩兵を乗せて機械化歩兵戦術を行っていたが、何しろただ乗っているだけである。機銃掃射や敵戦車との撃ち合いで戦車は無事でも弾かれた砲弾の破片が命中したりして乗っていた歩兵はばたばたやられた。俗に『タンクデサント、歩兵の寿命は一週間』と呼ばれたのも当然である。しかし、今回は敵に有効な対戦車兵器がないことと、とにかく移動時は速度優先であることからこれもよしだろうと判断している。
 よっこらせっと戦車の後ろに乗っかってきた緋桜は車長キューポラをゴンゴン叩くと夏侯が顔を出した。
 「おう」
 「んじゃ、いまからいくじぇいっ!」
 「解った」
 緋桜が前方の大蠍に向かって氷術を放ち、その脚を止める。そこを戦車の主砲でとどめを刺していく。
 「動きさえ止まっていればこっちのもんだ」
 ガイザックは素早く照準してトリガーを引くと鈍い発射音と共に砲身が後退する。発射された主砲は大蠍を吹っ飛ばしていく。氷術と戦車砲の組み合わせは大蠍にかなり有効である。これは対大蠍の基本戦術と言って過言ではないであろう。そうなると、氷術の使える魔法使いが対戦車チームに必要と言うことになる。
 「通達、まもなく、突破終了なんで、戦車はそのまま回り込んで支援に当たれと」
 「承知と伝えろ」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の言葉に短く夏侯は指示する。今の所自動装填装置は問題なく作動しているのでシュトロエンデもそれほど忙しくない。
 「こちらローテ2、指示了解、突破終了後、速やかに反転する」
 「ローテ2じゃないの、ローテー2号なの〜」
 操縦席でルーが抗議する。
 「愛称をつけるな〜。だいたいコードネームなんだから任務次第で変わるんだぞ」
 いろいろかしましいローテ2車内である。
 まもなく機動打撃部隊は敵を横切ることに成功する。戦車二両は速やかに反転して敵の追撃を食い止め、その間にAFVやトラックはさらに進む。そして反転した後、速やかに乗り換えを行う。再び突入するからだ。その間に付き従っていた騎兵大隊のうち、第1騎兵大隊は一端離脱し、東側へ向かう。機動打撃部隊が敵を引きつけ、火力支援部隊が食い止めている間に敵集積所を捜索に当たる。これが作戦の骨子である。敵に気づかれにくいよう、機動打撃部隊は再度の突入を図る。