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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第5回/全6回)

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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第5回/全6回)

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第4章 ノックする音

 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は山道を登っていた。先を行くモン族のガイドは慣れたものだがフォートラウフはついていくのがやっとである。
 「やれやれ、そなたはだらしないのお」
 ミア・マハ(みあ・まは)の方はと言えば至って元気のようだ。
 「んなこと言ったって、この山道は」
 「スポーツ万能とか言っておったくせに、わらわを見習うがよい」
 「……歳の功……」
 「何か申したかの?」
 まもなく山岳地帯の山間の村に到着した。このあたりは羊ではなく、山羊が多いようだ。
 「モン族の人たち、いろいろ飼っているね」
 「牛に羊に山羊か。このあたりは標高が高いからの。山羊の方が良いのじゃろうて」
 「あ〜。こちらですなあ」
 モモンガガイドに案内されたのは村の近く、洞窟である。わずかにひんやりした空気が漂う。
 「わ」
 フォートラウフらが見たのは洞窟内に作られた棚である。棚には小型のタイヤくらいの形状の物が並べられている。色は淡い黄色である。
 「わあ、ずいぶんあるねえ」
 ずらりと棚に並べられているのはチーズである。フォートラウフは特産物になりそうな物を調査していた。モン族では牛や羊を飼っているのでチーズはどうなのかと睨んで調べたところ、高原の村々で作っていると言う話があり、案内してもらったのだ。棚には熟成中のチーズが並んでいる。雪に閉ざされる冬の間の貴重なタンパク源だ。肉はそれなりに貴重であり、チーズは多く食されているようだ。これも生活の知恵である。
 「なんか硬そうだね」
 「物知らずじゃのう。地球で売っているチーズは加工しておる。むしろこちらの方が本場じゃぞ。それにしても、これは牛の乳で作っておるようじゃが、山羊を飼っているならもう少し違うのがあるのでは?」
 「さすが、お目が高いですな」
 モモンガガイドはにんまり?笑うとさらに洞窟の奥へと案内した。すると、やや湿度が高くなった一角を仕切ってくすんだような色の斑点のあるチーズが並んでいる。
 「おおっ。これはブルーチーズじゃな」
 「このあたりには風穴の洞窟が多いんですがの、ちょうどチーズ作りには良い具合で」
 世界三大ブルーチーズと呼ばれるのがフランスのロックフォール、イタリアのゴルゴンゾーラ、ドイツのババリアブラウである。その中でロックフォールは山羊乳で作られ、洞窟の特殊な環境を利用して作られている。たまたまここはそれに近い環境なのだろう。
 「チーズが作れるのはいいよねえ。料理に幅広く使えるし」
 「そうなると運ぶ算段をせねばなるまい。流通出来るようになれば活用できるのではないか?」
 山道を降ろすのは大変だ。しかし、低コストで流通させられれば需要は大きいだろう。
 「ちょうど、子ヤギが生まれる時期ですだ。春ころにはチーズ作りで忙しくなりますだ」

 大分離れたモン族の街の外れ、鍛冶屋がいる辺りでは盛大にトンテンカントンテンカンと音がしている。
 「まあ、数そろえるのも大事だからな」
 イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)少尉は図面を見ながら言った。現在、馬車、リヤカーのプロトタイプを作成中である。
 「タイヤが使えないのはきびしいよねえ」
 カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)は作りを心配している。ゴムの供給と加工の技術がないのでタイヤが使えず、木の車輪である。そこで馬車などにはリーフサスペンションを採用した。小型の鉄板くらいならモン族でも作れるからだ。むしろ紙のように薄い鉄板だと高圧プレス技術が必要だが、5ミリくらいの厚みを持った鉄板なら逆に作りやすい。細長い鉄板を何段かに重ねて衝撃を和らげる事が出来る。中世の馬車と比べれば乗り心地はいいだろう。タイヤの生産は将来、ゴムの入手と加工が確立してからだ。粗製ゴム自体は原料があれば簡単に作れるが熱加工でタイヤなどのゴム製品にするには大がかりな設備がいる。
 「まあ、今の所は仕方がない。幸い、モン族の人たちは鉱山持っているだけあって、鍛冶屋が多い。生産が増えれば彼らも仕事が増える」
 「でもそうなると、仕事を安定的に与えられるようにしないといけないわね。あ〜難しいわあ」
 急いで馬車を量産するような体制を整えるのはいいが、ある程度大量に作った後、需要がなくなったら困る。ここで簡単に他の物を作るようにすればいいと言うのは早計だ。簡単に需要があるとは限らないからだ。
 「もう、何か作ろうと思えば、それを作る技術や経済を考えなきゃならないんだものね」
 「確かに。しかし、それも現実だ。タシガンあたりからこっちにやってくるのが最近多いのもその辺だろうな。シャンバラのあちこちでいきなり地球の技術を押しつけるようにして普及しようとして反発を受けている所もある。第3師団はかなりうまくいっている方だろう。確かにむやみに鉄道を敷こうというのはいろいろ問題が出る」
 現地の技術や慣習を無視してやればトラブルの元だ。イギリスは便利だろうとインドや中東で鉄道を敷いたが、これはある意味植民地支配の象徴と受け取られたからだ。馬車の量産は急ぎたいがその結果、馬車作った後に安定的に運営できる規模にしておかねば後々問題を引き起こす。このあたりを考えて動いているのが第3師団が周辺部族に受け入れられている理由である。馬車は大量に欲しい。しかしむやみに生産規模は拡大できない。さらに資金の問題もある。教導団とて無尽蔵ではない。モン族やラピト族が需要で儲かるようにしつつ、かつ教導団にも利益が上がるようにしなければならない。経済を上手く回す事が必要である。しかし、これが上手くできれば、地球の技術も受け入れられやすく、発展しやすくなる。この問題は実は根源的な物である。ソマリアやイエメンを見れば解るように産業の育成に失敗し、経済が破綻すると貧困が生まれ、それがテロの温床となる。西アフリカの国々の多くが現在貧しい理由の一つが植民地時代に単一農産物をプランテーション栽培で押しつけられたからだ。
 「とにかく、量産型?を作るのが急務かな。その課程で工業の基盤を作れるように出来ればいいが」
 ある程度まとまった安定需要が見込めるのであれば、例えば鉄を溶かす炉も大がかりな物を作ることが出来る。これは最終的なコスト削減につながる。鉄の大型炉は稼働を始めたら止めることが出来ないので、需要があるとはっきりしないと作れない。
 今の所、いわゆる『戦時標準船』?の理論を応用し、性能?にはある程度妥協して量産性を重視して馬車とリヤカーを作ることになった。ただ、人手は必要なのでモン族で鍛冶屋の所で働く人は増えている。当面は品質を見ながら徐々に生産量を増やしていくことになる。

 一方、街道沿いで止まっているのは一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)である。交通ルートを調査している。
 「やっぱり、難所は概ねモン族のところですね」
 現在の第3師団の行動半径を調べると分校〜ラピト領域〜モン族領域〜ラク族領域となる。ラピト領域までは概ね平地でラク族領域は湿地帯で船と街道になる。山岳地帯で交通が大変なのはモン族領域だ。特にタバル砦周辺がでこぼこ道が多い。
 「問題が出そうなのはタバル砦周辺の整地。後はラク族の湖上輸送ですね」
 「道幅も広げて置かないと実用的ではありませんわ」
 エミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)も道路の拡張を考えている。確かに馬車が頻繁に行き来するには極論、二台の馬車がすれ違えるだけの幅がいる。しかも整地されていなければならない。
 「そうなるとかなりの人員を割かないとならないですし、お金もかかるわね」
 一条はどれくらいの手間がかかるか考えため息をついた。
 「それはもちろん工事班作って進めて行くしかないでしょうけど」
 ヴィーナはしかめっ面で返答する。まずはゼネコン、というか工務店を作って地道に整地していかなければならない。その準備が必要だ。
 今の所、タバル砦周辺の街道整備は少しずつ行っていくしかない。馬車の輸送力強化に合わせ、拡充していく。これにも資金が必要だ。あくまでも急いで整備したいのは教導団でモン族ではないからだ。モン族やラピト族にも資金をお願いすることは不可能ではないが、まずきちんと資金繰りを考えねばならない。唯おねだりするだけならわがままな子供である。
 「タイヤが使えれば」
 グロリアーナ・イルランド十四世(ぐろりあーな・いるらんどじゅうよんせい)は残念そうだ。現状ではタイヤの生産はモン族の所では出来ず、分校の工廠もトラックにつける分で精一杯だ。
 「なら資金の優先順位を考えないとならないですわね」
 「さすがにあれもこれもは出来ませんからね」
 道路の整備と馬車生産の拡充、どちらを優先して資金を投入するか?その辺りも考えねばならない。闇雲に手を広げるわけには行かないからだ。

 オーヴィルや一条は割と手堅く行動を行っている。報告を受けたフリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)少尉は少しずつ軌道に乗っていることを喜びつつも次々出てくる問題に頭を悩ませることとなった。何かを作ろうとすれば、そのためには何が必要か考える。さらに必要な物を作るために何が必要かを考える。どんどんやらねばならない事が広がっていく。
 「資金も人員も限られている。皆で優先順位や規模を管理しないとならない。第3師団が戦う前に破産ではしゃれにならないであろう」
 何を作るかの優先順位は重要だ。第二次大戦時、日本は飛行機を作るためアルミニウムの生産拡大をもくろんだ。しかし資材は限られている。当時首相だった東条英機は『発電所の建設資材を減らしてアルミ生産工場を増やせ』と指示を出して岸信介にあきれられている。アルミニウムは電気精製するので莫大な電力を消費する。発電所がなければアルミの大量生産は出来ないからだ。
 「まあ、それはそうだ。しかし、まずは要所だけでも整地しないと馬車作っても効率よく運べないじゃないか」
 連絡に来た久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)としては街道整備を急ぎたいところだ。一条がこの面ではがんばっているのを何とかしたいところである。
 「一理ある。しかし、馬車の生産が遅れるのも困る。流通の改善が目的であることは共通しているのだからオーヴィルと一条で調整してもらわないと」
 そこにジェシカ・アンヴィル(じぇしか・あんう゛ぃる)がやってきた。
 「農具の改良生産を行いたいのですが」
 「農具の改良生産?」
 「農具の生産を増やせば経済発展に寄与すると思います」
 アンヴィルとしては鉄鉱石を利用した産業を振興することで拡大を考えている。
 「理屈は正しいが……」
 ヴァンジヤードはテーブルの上で手を組んだ。
 「馬車生産に影響が出るだろうな?」
 「出るねえ」
 久我も同意する。鍛冶屋も馬車用の金具作りで忙しい。農具を作ればその分、馬車生産量が落ちる。
 「それに、需要はどうなんだ?農具を大量に作る以上、それなりの農具の需要がないとならない」
 何らかの農業に対する基本計画があるかどうか。それが成功する見込みがあるかどうかである。需要がないのに作っても余るだけである。今までも一応農機具は作っている。大量の農機具を必要とする開墾計画などがあれば別だがただ単に作りましょうではお金の無駄遣いである。
 「農業と来れば基本的にはラピト族だが……」
 「えーと」
 久我は資料をごそごそ漁っている。報告書全体はかなりの量になる。
 「農業生産量は上がっているが農業人口が減っている」
 「え?何で」
 アンヴィルは驚いた。農業に従事する人口が減っているのに生産量が伸びているからだ。本来あり得ない結果が出ている。これではそれほど農具の需要が伸びない。
 「農具を生産するというなら、需要を確認する必要がある。ラピト族の状況はどうなんだ?そちらを確認して農業に関する計画を立てた方がいい」
 「じゃあ、農具生産は?」
 ステイア・ファーラミア(すていあ・ふぁーらみあ)はてっきり農具を作るため、鉱山に行くと思っていたがそう簡単にはいかないようだ。
 「どのくらい必要かまず調べて確認しないと。ラピト族の状況などによるだろう」
 久我はそう首を振った。皆々それぞれ考えているが一方で少ない資源や資金の取り合いになりつつある。より有効・必要な物から始める事になる。

 さて、やや空回りしているのが沙 鈴(しゃ・りん)である。ラク族領主ヤンナ・キュリスタが病気になったと言うことに注目した。あるいは地球の病気、もしくは鏖殺寺院がB(生物・細菌)兵器でも持ち込んだかと色めき立った。何しろ原因不明だったからだ。そのため、即ワクチン類の手配を進めたが、準備を進めているところで連絡が入った。
 「直ったって?」
 「ええ。ほぼ全快したそうよ」
 綺羅 瑠璃(きら・るー)がそう告げると紗は口をあんぐりしたまましばらく硬直していた。
 「本当に直ったのかしら?」
 「それは解らないけど。でも逆に言えば、何でヤンナ嬢だけだったの?」
 先月、ヤンナが高熱を出したわけだが、ヤンナだけであり、他のラク族の面々には全く同様の発病者がいないからだ。これは奇妙である。街中に出た教導団員もいるわけでいわゆる病気の感染とは考えにくい。またヤンナから他のラク族に感染したりもしていない。これだけ見る限りではウィルスではなく、体調不良と思われる。仮に鏖殺寺院がB兵器を使用したにせよ、ヤンナだけというのはおかしいからだ。もっとも、その体調不良の原因は不明である。
 まあ、紗にしても手当たり次第にワクチンを持ち込んだ物の適用が解らないのが現状だ。

 そんな中、志賀が前線に行ったきりなので、ヴァンジヤードが交渉に挑むことになった。
 「先だってはご迷惑をおかけしました」
 ヤンナが頭を下げた。現在ではほぼ回復しているらしい。
 「お元気になられて何よりです」
 「ありがとうございます」
 何とか、毛織物は軌道に乗りつつある。また、第3師団主力もじりじりと敵を押し返しつつある。交渉も次第に流れが教導団に傾いてきた。
 「今回の主眼はラク族、モン族、ラピト族、第3師団の同盟に伴う、政治的意志決定に関する基本方針の確認と言えます」
 「了解します」
 「当方、教導団側としては従来の王政による統治方式自体を否定は致しません。しかしながらいわゆる神権的権威による女王統治は現実的には女王に高い統治能力があることが前提となります。我々の共通目的としてシャンバラ王国の復活があり、それに向けて目指すという方針は堅持する物ではあります。ただ成立時のシャンバラ王国の女王に統治者の能力が本当にあるのかどうか?という点に関して危惧を持つ事です」
 概ね地球式の政治体制に慣れた者にはヴァンジヤードの言葉は納得の行く物であろう。シャンバラ王国が復活したとしてその女王が統治能力があるかどうかは保証できない。
 「その点に関しては了解いたします」
 実の所、ヤンナ達にしても直接女王を見たことなぞないわけで、女王に統治されていたのは数千年昔、果たして現実がどうだったかなぞわかりはしないからだ。中国でも堯・舜の時代は理想郷と呼ばれていた。
 「ただ、シャンバラ王国の話は現段階では早いと考えます。私たちが今話し合いを行うのは同盟に基づく政治体制についてではないでしょうか」
 「それはそうです。ただ、シャンバラ王国自体の体制をそのまま持ってくる粉と自体には反対する物です。そのための主張であります」
 「理解いたします。私達が話し合いを持とうとするのはラク族、教導団、モン族、ラピト族からなる同盟……。現実的には地方政府でしかありません。それがシャンバラ王国自体と異なる政体であってもかまわないと考えます。と言うより、地球の方々が加わることにより、従来の王国の体制では問題も起こるであろうと言うことを前提として王国をよりよく支えるための方式を模索する上で重要な存在であることに意義があると思います」
 ヤンナは比較的柔軟な考えのようだ。但しそれなりにポリシーはあるらしい。
 「当面は早急に決定機関の創設を急ぐことは出来ないと考えます。まずはモン族、ラピト族の代表者と併せて、まず形を作り、部族間の共通的な基本法の策定による共同体の創設を優先すべきと考えます」
 このヴァンジヤードの意見は微妙な所である。すでにモン族、ラピト族と同盟している教導団が数で押し切ろうとしていると受け取られない物であるからだ。
 「よろしいでしょう。他の部族も合わせての全体的な話し合いで共同体の方向性を決定することにしましょう」
 ヤンナはこれに同意した。
 「地球の方々は王政とは違った政治体制で動いているようですが?」
 「地球では概ね能力重視です。伝統的権威を尊重は致しますが、それだけではありません。それ故、伝統的権威のみでの王政にはいささか疑念があります」
 「そう言うことですか。それは地球の方々の考えとして理解できますが、それは地球の方々にも言えることですよね?」
 「それは……そうです」
 難しい点である。つまり、女王に統治者としての資質を教導団が求めるというのであれば、シャンバラ側も教導団に指揮官としての資質を求めるよ、と言うことだ。現在、ラピト族やモン族の兵士を教導団が指揮することで第3師団は成り立っている。現状では教導団を『信頼して』指揮を任せている訳であるが、今後は指揮官の資質をはっきりしてもらう。言うなれば指揮官として適正があると判断されない者を指揮官には出来ないと言うことだ。教導団の者はその資質を厳しく問われることになる。
また、産業関係に携わっている者もきちんとした考えが出来ないと判断されたら外さねばならない。このあたり教導団側がきちんとしないとラク族は同意しないよと言う宣告である。
 来月ラピト族、モン族も加えて基本形が決定される訳であるが問題は戦局である。ラク族としてはモン族国境からワイフェン族を追い出せるなら同盟参加と言うスタンスである。これをはっきりさせないといけない。

 んで、馬を調達しに来たパントル・ラスコー(ぱんとる・らすこー)は比喩的な意味でサーデヴァル・ジレスン(さーでばる・じれすん)に首根っこ捕まれていた。理由はラスコーの普段着がざっと一万五千年前のトレンディだったからだ。ぶっちゃけ毛皮である。おまけに動物の牙で作った首飾りとさすがにこういう格好はシャンバラでも『?』である。
 「いや、オレは馬を調達に来ただけだ」
 「それは解るけど、少し自重してもらわないと」
 ラスコーは馬車に使う馬を調達に来たが、これはさすがに簡単には買い付けられない。馬はシャンバラの人々にとっても重要な生活手段であるからだ。もちろん、今後増やしていくことは必要だし、そうすることにはなるだろうが、現状では簡単に増えるわけではない。これも計画的に増やすことになる。また、必要量を少しずつ調達していかないとモン族やラク族の人々の生活にも影響が出る。
 「他からも買えるかねえ」
 「まあ、教導団が馬を買うとなれば売りに来る者もでるだろう」
 そう言うジレスンは王国の統治システムに関して調べているが言い伝えによると女王の神権的権威を元にした王政であり、女王の決定が最優先である。議会、と言うものがあったがどうかはよくわからない。おそらく女王の下に何らかの補佐機関はあったと思われるが、それが議会と言うほどきちんとしていたかどうかは定かではない。なにしろ、この周辺は旧シャンバラでは一地方に過ぎないからだ。言い伝えもあくまで言い伝えで正しいかどうかはわからない。概ねキュリスタ家は王国を模倣する形の封建制であったのである程度はこれに近いと思われるが推測の域を出ない。
 「ウゴウゴ、なあ、シャンバラでは人間喰うのか?」
 興味津々で見るラスコー。振り向いてその視線の先を見たジレスンは思わす驚いて吹き出した。
 「♪よっそ者だ」
 「♪よっそ者だ」
 「♪つっかまえた」
 「♪つっかまえた」
 「♪とっり調べっ」
 「♪とっり調べっ」
 ルンルン気分でラッコ兵が数人で棒を担いでいる。(だんだんのりが良くなっている)その棒に獲物よろしくぶら下げられているのはフェデリコ・フィオレンティーノ(ふぇでりこ・ふぃおれんてぃーの)である。何やらこのまま火に掛けられて丸焼きにされそうな感じだ。
 「あの〜。助けて欲しいんだけど〜」
 情けなさそうな顔でフィオレンティーノは逆さまになって言った。
 「大体事情はわかった」
 ジレスンは冷や汗を流しながらうなずいた。
 「あのな。ラク族は今警戒態勢にある。ほいほい入ろうとすると捕まるぞ」
 「こいつはどこからきたんだあ?」
 「服装からみると、タシガンのようだが?」
 相変わらずラク族の所に潜入を図る輩が後を絶たない。しかもどういう訳かほとんどがタシガンの者である。タシガンはラク族から見てもっとも遠くの場所にある。有り体に言えばシャンバラの反対側だ。それゆえ、ラク族から見て一番関係ない所であるがタシガンの方ではそう思っていないのか、次々とやってきては捕まっている。知っての通り、ラク族は外交的に微妙な状況にあり、必ずしも教導団と同盟を組むとは限らない。そのため、侵入者に対して警戒している。現状で入ることが出来るのは教導団に協力する者(交渉団の証明書がある)と同じく交渉中のワイフェン族の交渉団だけである。ラク族は現状での地球人との交渉窓口は第3師団と認識している。それゆえ、それ以外の人間は今の所迂闊に入れない。しかもタシガンの人間が繰り返し潜入をはかるものだからますます警戒が厳しくなるという状況だ。ぶっちゃけ、むやみに潜入を図ろうとすると、地球人に対する不信度が上がるので真面目な意味で妨害行為である。ラク族との交渉を妨害しているとも言えるわけで利敵行為とも言えなくはない。
 「いや〜。ラク族の領主様に会いに来たんですが〜」
 「だから、むやみに会いに来てもなあ」
 ぶら下がったままのフィオレンティーノにジレスンは首振って答えた。どこかの国に行っていきなり首相に会わせろと言ってあえるかどうか?このあたりは一般常識の問題である。
 「まあ、犯罪行為してなければ追い返されるだけで済む」

 近くで様子を見ていたのは黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。とりあえず、地球人であることを隠して潜入しているが、ラク族の警備に見つかると簡単にばれてしまう。ましてやお供のブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はラク族領内では事実上存在しないはずのドラゴニュートである。離脱しないと捕まる可能性は大である。
 「ラク族の警戒を甘く見ていたか……」
 商人の振りをするつもりだったが、商人かどうかではなく、ある意味ラク族は鎖国状態だ。
 「これでは行動できまい、どうする?」
 「仕方ない、一度外に出て東の方へ向かおう」
 「東はワイフェン族領だぞ?」
 「何か商材でもさがしてみるさ」