|
|
リアクション
「ブラウニーとブロンディー、ブッシュ・ド・ノエル、それからザッハトルテだよ」
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が買ってきたお菓子を開き、御薗井 響子(みそのい・きょうこ)がお店の人がつけてくれたフォークを取り出した。
別にケイラはクリスマスとバレンタインを間違えたのではない。
今日はバレンタインということで、いろんなチョコのお菓子やケーキを用意したのだ。
ブッシュ・ド・ノエルの由来には『恋人へのプレゼントも買えない男が、せめてもの気持ちにと女性に薪の一束を恋人に贈った』なんていう説もあるみたいだから、バレンタインにもいいだろうとケイラは考えたのだ。
「やっぱり最初はこれだよね」
ケイラはブラウニーを摘んで、響子と一緒に食べ始めた。
お菓子を摘みながら、ケイラは先輩たちの話をした。
「今日告白するんだって『彼の為にフルートを演奏しようかな』とか『男だけど彼女にチョコレート作って行くぜ!』すごく楽しそうだった」
しっとりとした甘さと胡桃の食感を味わいつつ、ケイラが話していく。
ケイラは用意したこのケーキを全部食べられるのかなと心配しつつ、響子はケイラに尋ねた。
「人の話ばかり……ケイラ……誰かと恋しないの?」
初詣もバレンタインも、ケイラは人の応援ばかりしている。
響子の問いかけに、ケイラは静かに微笑をたたえた。
「………良いよ、自分は」
ケイラは先輩たちがデートをしているであろう公園を休憩所から眺め、小さく呟く。
こうやってケイラが女の子の服を着ているのは、死んじゃった婚約者だった彼女と一緒にいられるんじゃないかという思いがあったからだった。
「自己満足なんだけどね……こういう行事は2人分楽しみたいかなって思ってるんだ」
だからこそのたくさんのチョコレート。
そして、出来るだけ楽しいたくさんの会話。
「あ、響子もいるから3人分だね」
ケイラは笑い、ブティックに彼女と行くらしいよ、とか、また先輩や友人たちの話を始めた。
夕方になり、少し冷え始めた頃、ケイラはそこから立ち上がった。
「今日はつき合わせてごめんね。冷えてきたし、帰ろうか」
ケイラが手を差し出し、響子を立ち上がらせる。
すると、響子はそのままケイラをぎゅーっと抱きしめた。
「響子?」
「あの時……ケイラの手が温かかった……から……」
ケイラの寂しさが少しでも消えますようにと願いを込めて、響子は抱きついた。
「僕はこうやって……ケイラに会えて良かったと……思ってる。女装は……したいならしてて……良いと思う」
「うん、ありがとう」
今年のバレンタインは響子がいてよかったと思いつつ、ケイラはザッハトルテは初めて食べたけど高めのいいのを買ってよかった、とかケーキの感想を話しながら、一緒に帰ったのだった。
「鬼院に誘われたから、出掛けてくる。ブルーズは一日好きな事してて良いよ」
パートナーの黒崎 天音(くろさき・あまね)にそう言われ、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はぽっかり空いた1日を何をしようかと思案した。
そこでふとヘル・ラージャを砲台から助け出したときに早川 呼雪(はやかわ・こゆき)のパートナーであるファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)の手助けをし、「ありがとう、ブルーズさん。コユキの仲良しさんだから助けたいんだ。後でミスド、おごるね」と言われたのを思い出した。
「……連絡をしてみるか」
別におごって欲しいのではなく、ブルーズは前々からファルを気にかけていて、今も度々気にしているのだ。
連絡を入れてみると、ファルがブルーズにこう提案した。
「それじゃブルーズさんも一緒にミスドに行こう!」
「ブルーズさんも……?」
ブルーズは首を傾げたが、当日、その意味が分かることになる。
「こんにちはであります!」
ミス・スウェンソンのドーナツ屋、通称ミスドには、赤いチューリップ……もといトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)がいた。
「教導団のトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)ちゃん。この間、一緒にスケートに行ったんだ!」
ファルがブルーズにトゥルペを紹介し、トゥルペにブルーズを紹介する。
そして3人は仲良くドーナツを選び、食べ始めた。
「ほら、口の端についているぞ」
ブルーズはファルについたドーナツの砂糖をナプキンで拭いてあげた。
そんな様子を見て、トゥルペはニコニコしている。
「仲がいいでありますね! まるでご兄弟みたいであります」
「兄弟か……ふむ……」
ブルーズのほうが確かに年上ではあるのだが、トゥルペがそこまで気づいて言ってるのかは分からない。
しかし、2人に興味があるらしく、トゥルペは質問した。
「教導団でもゆる族がいっぱいいたり楽しいでありますよ。薔薇学はドラゴニュートさんが多いでありますか?」
「いや、多くないな」
同じ薔薇の学舎で、ドラゴニュートが少ないため、ブルーズはファルを気にかけているのだ。
トゥルペはふむふむと頷き、みんながドーナツを食べ終わると、ファルにチョコを差し出した。
「この間のスケートではごめんね、であります。足は大丈夫でありますか?」
差し出されたチョコを見て、ファルはパーッと顔を輝かせた。
「トゥルペちゃんのチョコ、楽しみにしてたんだ〜。すっごく嬉しい! あ、足は平気だよ。あの後もいろんなところに行ってるもの」
足のことよりもずっとチョコのほうが気になったらしい。
「ボクも作ってきたんだよ!」
ファルが差し出したのはチューリップ型の一口チョコだった。
ミルクやナッツ、胡桃が入ったそのチョコは溶かして固めただけと言ってもそれなりに手が込んでいた。
「ありがとうであります! トゥルペも初めてチョコを作ったので、楽しかったであります」
「…………」
その様子をバレンタインの知識がなかったブルーズはふむと見つめていた。
どうやら今日は仲の良い人同士がチョコ交換をする日だったらしい。
顔には出さなかったが、自分にそういう知識がなかったことがブルーズは内心少しショックだった。
すると、そのブルーズの前に2つのチョコが差し出された。
「口に合うか分かりませんが、どうぞであります。ブルーズさんの好みがわからなかったでありますが、お友達に何かあげるときは、一人にあげて一人にあげないのはダメだぞ、とイリーナに言われたので作ってきてみたであります」
「はい、こっちのピンクが青い方のはブルーズさんにだよ。意外と難しくて、結局コユキに手伝って貰っちゃって作ったものだけど、良かったら食べてね!」
ニコニコとチョコを差し出す2人に、ブルーズは少し戸惑いながら、そのチョコを受け取ったのだった。