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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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リアクション



みんなのバレンタイン

 ざわざわっと百合園女学院の学生寮がざわめきたつ。
「ちょっと、何でしょうか、あれ」
「怖いですわ、お姉さま……」
 休日ということで、外に出ようとしていた女生徒たちが、出るに出れずに、おろおろしている。
 学生寮の前には、白い波羅蜜多ツナギを着た男を始め、複数の男たちがいた。
 百合園のお嬢様たちにチョコをもらえないかと期待して集まった男たちだ。
 その中の先頭にいる白い波羅蜜多ツナギの男はパラ実の国頭 武尊(くにがみ・たける)だった。
 精悍な外見の武尊だが、普通のお嬢様の百合園生からすると、見慣れないタイプであり、近づきがたい。
 生徒たちが騒いでいると、白百合団がやってきた。
「早々に追い出すとしましょう」
 白百合団が寮の前に行こうとする。
 武尊は『神楽崎分校』所属なのだが、その団員は知らなかったらしい。
 すると、その白百合団の前に一人の少女が立ち塞がった。
「お待ちくださいませ。ここは百合園に咲く一輪の可憐なレウコフィラこと、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)にお任せいただけませんか?」
 ジュリエットの言葉を、パートナーのジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)がフォローする。
「あの、バレンタインという、このような日に強硬手段はふさわしくございませんので……一つ穏便に」
「穏便にできるということなら、任せてもいいですわ」
「ありがとうございます。ご期待にお答えいたしますわ」
 ジュリエットは優雅に礼をし、ジュスティーヌとアンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)を連れて、女子寮の前に行った。

 ジュリエットたちが外に出ると、すぐに武尊と目が合った。
 そして、武尊は。
「安西先生、チョコが欲しいです……」
 土下座した。
「……は?」
 いきなりの土下座に、ジュリエットはポカンとする。
 だが、男たちは武尊の動きを見て、それが正しいと思ったのか、武尊に倣った。
「なにかしら、これ。覚悟はできてるということかしら?」
 ジュリエットはふっとSっぽい笑みを浮かべ、美しいおみ足を上げた。
「さあ犬ども、靴の裏を……」
「ジュリエットお姉様。『驕る紀文は久しからず』ですわ」
 みかんを手にジュスティーヌが嗜める。
 それを聞き、ジュリエットは足を下ろして、チョコを一つ取り出した。
「さ、欲しい人は付いていらっしゃいな」
 ジュリエットは見せチョコを餌に男たちを連れ、彼らを百合園の学生寮から引き離し、百合園の生徒たちを安堵させたのだった。

「せめてお手くらいはさせたいところでしたのに、残念ですわ」
 チョコを配り終えたジュリエットがそう呟いたが、ジュスティーヌが小さく笑った。
「これで良かったのですわ。皆さんとてもうれしそうに帰られたじゃないですか」
 ただ一日にチョコレートがないばかりに肩身の狭い思いをする男子が気の毒だと思っていたジュスティーヌは、彼らのうれしそうな顔に満足そうだった。
「ま、匿名希望の誰かさんから本命チョコをもらったと吹聴するに足る豪華なチョコですから、それは満足したことでしょう」
「本命チョコですか……」
 ジュスティーヌが呟くと、そこに武尊が声をかけてきた。
「ええと、きちんと礼は言っておかないとと思ってな。だが、これ本当は誰かへの本命チョコだったのか?」
 心配する武尊にジュリエットは肩をすくめた。
「本命なんてまだ考えたこともないですわ」
 今更、敬愛するラズィーヤ様にチョコをお渡ししたって埋もれてしまうだけですから、今後行動で示せば良いのよ、とジュリエットは思っていた。
 もっとも今回のバレンタインでラズィーヤに会いに行ったのはイルミンスールのオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)だけなので、もしかしたら、埋もれなかったかもなのだが。
「誰か一人に縛られるなんてまっぴらじゃん! お互いその日その日の気分でとっかえひっかえして、楽しければそれでいいじゃん!?」
 アンドレが話に混ざり、ケラケラと明るく笑う。
「楽しければか。良ければ礼に、一緒に来るか?」
 武尊の誘いに、ジュリエットたちは顔を見合わせた。

「バレンタインデーって、シャンバラにとっていい行事なのかな?」
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は内心、そんなことを思いながら、夕方のツァンダ公園で、チョコレートフォンデュパーティーの準備をした。
 ナガンの周りには、D級四天王であるナガンと吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が声をかけて集めたパラ実生たちがいた。
 パラ実生99%以上がパラミタの人たちだ。
 そんな彼らにバレンタインデーとは『親しい人と楽しく遊ぶ日』と言う感じで、楽しいことと広めたいと思ったので、D級四天王の立場を利用して、人を集めたのだ。
 その話を聞き、鍋を用意してきたサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)が目をぱちくりさせて言った。
「やっぱり善人ッスねー」
「ナガンは善人じゃないし、パラ実はいい奴じゃないぞ」
 サレンの言葉にナガンが不満そうに愚痴る。
「まぁまぁ、ほら、チョコレートのおでましッスよ」
 公園に入ってきた国頭 武尊(くにがみ・たける)をサレンが指差す。
 だが、武尊は一人ではなく、後ろにいかにもお嬢様然とした少女たちを連れていた。
「おい、国頭。その人らは?」
「今回のチョコフォンデュのスポンサー」
 武尊はそう言って、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)たちを紹介した。
「おう、オレの女の仲間なら歓迎するぜ」
 いきなりにょきっと現れた吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)はビクッとしたが、アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)は面白そうに笑った。
「すげぇなあ。トロールみたいなのがキタァー」
「トロールだからな」
「トロールだし」
「トロールっスね」
 アンドレの言葉に皆が賛同すると、竜司が吠えた。
「オレの事をトロールって呼ぶんじゃねぇ!」

 そんなこんなで、6人は仲良くチョコフォンデュパーティを始めた。
「さて、そんじゃパラ印乳業のピエロミルク入れるぞー」
 サレンが用意してきた鍋に、ジュリエットが武尊にくれたチョコと、ナガンが持参したピエロミルクと、竜司が持ってきた自称小麦粉を入れて混ぜ合わせる。
 弱火でゆっくりとナガンがチョコを溶かしていると、サレンが気を利かせて交代を申し出た。
「ナガンさん、私、かわるッスよ」
「そっかぁ? そんじゃ頼むわ」
 ナガンがお玉を渡すと、サレンは笑顔で受け取り、混ぜ始めた。
 そして、ナガンたちを見て、サレンはちょっと心配した。
(なんだかお疲れ気味ッスねえ……)
 おまけに冬の夕方の公園なので、段々と冷えてきた。
 サレンは気を使い、あるものを取り出した。
「これでみんなの疲れも寒さも取れるッス」
 どぼどぼどぼっと用意しておいたブランデーを入れる。
 うっかりさんのサレンは間違えて一瓶入れてしまったが、それは気にしないことにした。
「おいしくなーれッス!」
 自称小麦粉にブランデーの入った恐ろしいチョコ鍋が出来上がった。
 

「強くてカッコ良くてイケメンのオレが、バレンタインに暇してるわけねぇだろ〜。たまたまナガンに付き合ってやっただけなんだよ。百合園の女どもは恥ずかしがり屋が多くて困ったもんだなあ。なあ?」
 同意を求められ、怖くなったジュスティーヌがこくこくと頷く。
「こっちも本当は暇じゃないんだよ。ホントだよ」
 武尊もトロール……じゃなかった竜司と同じようなことを言う。
「よーーし、そんじゃ歌うかぁ!」
「待てよ。そろそろ日が暗くなってカップルどもも増えてきたことだし……」
「だからそのカップルにオレの歌を聞かせてやろうって言うんだよ。これなら善人のナガンでもOKな範囲だろ?」
「ナガンは善人じゃねぇ!」
「まぁまぁ。ほら、もっとチョコ食べるッスよ〜」
 サレンがナガンと竜司の間に入って、チョコバナナを差し出す。
「おう、サンキュー。サレン、お前もどんどんチョコ食えよ!」
「いただっくッスよー」
 もらったチョコをサレンがぺろぺろと舐めると竜司は満足そうな顔をし、ぐいっと武尊を引っ張った。
「おい、てめぇチョコはいくつ貰ったんだァ? オレもねぐらに帰ったら、ねぐらがチョコに埋もれてるはずだけどな!」
 竜司たちが騒ぐそばで、パラ実生徒たちも集まって騒いでいる。
 パーティの面白さにパラ実生たちが勝手に仲間を呼んだのか、当初よりかなり人が増えていた。
 その様子を見て、ナガンは自称小麦粉とブランデーの入ったチョコで目を回しながら、空を見上げてぼやいた。
「シャンバラ人と地球人がお互い楽しめる行事ならいいだろ……」
 ボケッとしていると、武尊がチョコをつけた餅とスカイフィッシュの干物を差し出してきた。
「割りといけるぜ、ナガン」
「サンキュ」
「感謝の気持ちだ。文化侵略的行為に勤しんでいるカップル達は羨ましいけどさ、嫉妬団とか結成して、騒ぐのもむなしいからな」
「神楽崎分校の所属だから、問題起こせねえ思ってたり?」
「が、ガマンしてるわけじゃないぞ、本当に。絶対に本当に」
「分校か……」
 孤児院に分校に……気楽そうなパラ実もいろいろある。
 しがらみが増えれば、それぞれの優先順位も必要になり、何処を大事と考えて行動するかは大事で……。
 また思索に陥りそうになるナガンの耳に、サレンの明るい声が聞こえた。
「サレン・シルフィーユ、脱ぎます!」
 上着を脱ぎ、ジーパンを脱ぎ、チューブトップに手をかけ……。
「お、おやめくださいっ」
 ジュスティーヌが慌てて止めるが、パラ実生たちは「もっと脱げー」と囃し立てる。
 明るく楽しくパラ実のバレンタインデーは過ぎていくのだった。