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栄光は誰のために~英雄の条件~(第3回/全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件~(第3回/全4回)

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 「……そうか。実はな、どこか敵の薄い所があれば、突破して輸送路を開こうと言っている生徒がこっちに居るんだが」
 燭竜に連絡して来た林は、《工場》と本校の中間、ちょうど樹海が切れるあたりに居た。《工場》を出る時に風紀委員長の李 鵬悠(り ほんよう)に留守を任せてきたこともあり、《工場》へ戻るよりも《工場》に居た生徒たちを呼び寄せた方が時間の無駄が少ないと判断、バイクに積んだ無線で鵬悠に連絡して、本校へ向かおうとする生徒たちと合流したところだ。
 『身を隠す技能がある生徒なら、敵を突破して本校までたどり着くことは可能かも知れません。が、問題はその後です。どうやって彼らを校内に入れるんですか? それに、補給路は切り開くだけではなく確保することが重要になると思いますが、それをどうします? 数人の生徒で運べる物資の量などたかが知れています。危険を冒して本校へ取りに来るのは、まったく無謀とは言いませんが、リスクの方がべらぼうに高いと思います』
 「……だ、そうだが」
 林は固唾を飲んで彼と燭竜の会話を見守っていた皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)とパートナーのゆる族うんちょう タン(うんちょう・たん)、英霊皇甫 嵩(こうほ・すう)の三人を見回し、燭竜の話を伝えた。
 「えー……門をちょこっとだけ開けてもらう……とか、出来ませんでしょうかぁ?」
 伽羅がしょんぼりとした表情で、上目遣いに林を見た。
 「難しいんじゃないか? お前たちが光学迷彩や隠れ身を使って敵の目から逃れることが出来ても、門が開くのは隠せないだろう。夜間も、防壁付近は警戒のためにライトを当てるくらいのことはするしな」
 「むぅ……」
 タンが唸って腕を組む。と、
 「え、何だって?」
 まだ話が終わっていなかったらしく、林が携帯に向かって尋ね返した。
 「ああ……うん、判った。そっちなら、本校まで敵を突破するよりは安全だろうしな。頼むわ」
 会話を終えて、林は伽羅たちを見た。
 「燭竜が、山麓の町に補給物資を供出してくれるように要請すると言ってる。小火器や弾薬の製造を委託している工房があるから、多少なら武器弾薬の補給も出来る。それを受領に行ってくれないか」
 そう言って、林は、今いる地点から本校までの道のりから少し外れた所にある町の名前を出した。
 「町の周囲を敵がうろついている可能性もあるが、敵の大群を突破して本校へ行くよりマシだろう」
 「了解ですぅ。必ずや、物資を持って戻りますぅ!」
 敬礼する伽羅の隣で、嵩が口を開いた。
 「それがしは部隊に残り、連絡係を務める所存でござります」
 「わかった」
 林はうなずく。そこへ、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)とパートナーの武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)がやって来た。
 「林教官、ちょっとご相談したいことがあるのですが」
 「あ、では、私とうんちょうは早速出発しますですぅ」
 「それがしも、失礼つかまつります」
 伽羅たちが行ってしまうと、岩造は声を低めて言った。
 「沙 鈴(しゃ・りん)教官と、パートナーの綺羅 瑠璃(きら・るー)が、タシガン方面で地上の国の外務大臣に危害を加えようとしたと噂になっている『白騎士』派の生徒を取り調べるつもりのようです」
 「緊急の場合を除いて、公式な処分として生徒を査問にかける権限は、兵站担当の沙にはないぞ」
 噂レベルの話で先走りすぎだ、と林は呆れた表情で頭を掻く。
 「はっきり言って、沙教官のやり方は暴走だと俺も思うんです。彼女を引き戻して、かわりに、俺に法務官と憲兵数名をつけて下さい。『白騎士』をきっちり追い込むネタを掴んできます」
 だが、林は深々とため息をついて言った。
 「……ここに居ないものを、どうやってつけるんだ?」
 「…………」
 岩造は沈黙した。法務官は本校に戻らなくては居ないし、憲兵科の生徒は数名居るが、士官候補生として自分の判断で動けると言っても、出来ることには限度がある。
 「生徒でそういった権限を持つのは、風紀委員長と査問委員長だが……今はあいつらも動けんだろう。それより先に片付けなきゃならんものが、目の前に転がっているからな」
 「鏖殺寺院ですか」
 岩造の問いに、林はうなずいた。
 「妲己あたりが喜んで食いつきそうなネタではあるが、教導団自体が壊滅したら、派閥も何もないからな。とにかく、本校と《工場》を襲撃してきた部隊を退けなくては、風紀委員も査問委員も動くに動けんだろう。……まあ、だからと言って、教導団の規律を乱すような行為を放置して良いってわけじゃないが、それが風紀委員・査問委員と『白騎士』との対立にシフトするのは、双方ともに避けたいところだろうな」
 「沙教官についてはどう致そうか? 必要があれば、わしらが連れ戻すが」
 弁慶が申し出る。
 「教導団の教官として取り調べるのは越権行為だが、個人的に問い質すだけなら問題はないからなぁ。燭竜に、一言釘を刺しておいて欲しいと言っておくか」
 林は、いったんポケットにしまった携帯を再び取り出した。

 「……はい。わかりました」
 燭竜から連絡を受けた沙 鈴(しゃ・りん)は、通話を切ってため息をついた。
 「何かありました?」
 パートナーの剣の花嫁綺羅 瑠璃(きら・るー)が尋ねる。
 「『本校が非常事態なのだから、本来の職分を外れている上に緊急を要さない件については、ほどほどにしておいて下さい。越権行為は慎むように』だそうですわ」
 「確かに、どちらが緊急かと言われたら本校の方だけど……かと言って、看過できることでもないと思うのに」
 瑠璃は眉を寄せる。
 「それが上の判断なら、仕方ありませんわ。すぐに戻れとは言われていないのですし、多少の猶予は与えてもらっているのだと考えましょう」
 鈴はもう一度ため息をついて、携帯をしまった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 《工場》には、李鵬悠をはじめとする風紀委員たちと共に、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)とパートナーのクリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)麻生 優子(あそう・ゆうこ)桐島 麗子(きりしま・れいこ)マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)とパートナーのアム・ブランド(あむ・ぶらんど)ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)とパートナーのレナ・ブランド(れな・ぶらんど)ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)とパートナーのクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)とパートナーのアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)、そして蒼空学園の酒杜 陽一(さかもり・よういち)とパートナーのアリス酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が警備のために残っていた。
 巨大人型機械の搬出後、《工場》の扉は再び溶接され、その上から例の明花謹製の特製ネットがかけられた。現在はさらにその上に風紀委員たちが土を盛って補強中である。
 一方、ハインリヒ、ジェイコブ、陽一は、道路を通すためにいったん切り開いたバリケードを補修していた。ケーニッヒは、バリケードの手前に光学迷彩対策の泥地を作っている。
 「本当は退避壕と、予備の弾薬を入れておくための穴を掘りたかったのでございますが……」
 ハインリヒは残念そうにため息をつく。バリケードを作るのと、《工場》の扉を閉鎖するのに必要な工具と材料はあるが、《工場》をコンクリ詰めにする予定はなかったので、さすがにセメントや鉄筋はここにはないのだ。
 「扉を埋める土をバリケードの内側で掘って頂いて、予備の弾薬はそこに入れてありますが、上から手榴弾などを落とされる可能性があるとなりますと、手掘りではやはり強度が不安がございますね」
 「仕方ありませんわ、補給がないのですから。手に入れようのないものを欲しがってもどうしようもありません」
 慰めるように、ヴァリアが言う。
 「どうして、ヒポグリフ隊を自分たちに任せて欲しいと主張なさらなかったのですかですか?」
 一人でも義勇隊が残る以上は、と『お世話役』として残った水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、陽一と美由子の様子から目を離さないように気をつけながら、鵬悠に尋ねた。
 「今頃、『白騎士』たちは本校で派手に戦って、一般の生徒たちの支持を得ているかも知れません。わざわざ『白騎士』に活躍の場を与えなくても……」
 だが、鵬悠はまったく心を動かされた様子もなく、冷静な口調で答えた。
 「ああいった特殊な部隊に属することは、我々にとってはかえって枷になる。風紀委員は教導団全体に目が届かなくてはならない。だが、特殊な部隊に居れば、行動範囲はおのずと限られて来る。そしてもう一つ。我々の目的は教導団内の規律の維持だ。派手に戦って目立つことではない。手柄が欲しくないとは言わないが、派手な戦いを繰り広げなくても戦功を立てることは可能だろう。ましてや、今回ここの守備をしているのは林教官の命令あってのこと、放り出すわけには行かない」
 「それは……そうですが」
 そうは言ったものの、ゆかりはまだ納得出来ない様子だ。
 「最前線で派手に戦えば、確かに人の目につきやすく、口に上ることも多いかも知れない。だが、軍隊組織における『活躍』とは、果たしてそういったものだけだろうか? 装備を開発製造する者、補給や輸送を担当する者、作戦を立案する者、そして前線で戦う者。軍隊は色々な役割の者で成り立っている。その中にどれか一つでも、不要な役割があるだろうか?」
 鵬悠は、眼鏡越しの視線をまっすぐにゆかりに向けた。ゆかりは口篭り、目を伏せた。
 「確かに、ここを守るのも大切な仕事だと理解はしておりますが、少し寂しい気がいたしますわ」
 ヴァルナがうつむいた。
 「それに、『白騎士』をのさばらせておくのは、面白くありませんな」
 マーゼンも吐き捨てるように言う。が、鵬悠は静かに言った。
 「我々風紀委員と『白騎士』は確かに反発しあっている。だが、本校が外敵に襲撃されるという危機に手柄争いで周囲が見えなくなっては、状況を弁えない愚か者と謗られることになるだろう。今は、校内に波風を立てるようなことは避けるべきだ。『白騎士』たちは、ヒポグリフ部隊の一隊員にすぎず、指揮権まで完全に掌握しているわけでもないのだしな」
 (私は、風紀委員長のこういう、我欲のないところや与えられた任務に忠実であろうとするところはところは決して悪くはないと思うのだけど……他の皆はそうではないのかしら?)
 レナは一歩下がった所で、少し不思議そうにパートナーのゴットリープや他の生徒たちを見ながら思う。
 「……それに」
 鵬悠はゆっくりと、マーゼン、そしてクレーメックら『新星』のメンバーを見渡した。
 「パラミタの建国が成れば、おそらく、地上の各国と教導団の関係は変わらざるを得ない。我々はどこに帰属し、誰のために、何のために戦うのか、もう一度考え直さなくてはならない時が遠からず来るだろう。今回の戦いは、おそらく、そのきっかけの一つになると、俺は考えている」
 パラミタという一つの国の内部で、学校同士の関係はどうなって行くのか。パラミタの利益と地上の各国の利益が一致しない時はどうなるのか。その中で、自分たちはどうするのか……。
 「今までのパワーバランスや関係図が崩れ、再構成される、ということか」
 クレーメックは呟いた。鵬悠はうなずく。
 「そして、おそらく、その中で、教導団内部の構造も変化して行くことになるだろう。否、既に変化は始まっているのかも知れない。団長の中でも、生徒たちの中でも」
 「じゃあ、団長が『白騎士』を増長させているように見えるのは、団長自身の気持ちも、以前とは変化しているから、なのか?」
 アンゲロが驚きを隠せない表情で言う。
 「理由の一つは、これは以前からのことだが、教導団が学校という体裁を取り、欧米系の生徒も排除せずに受け入れていて、団長がその校長という立場にあることだ。団長が表立って『白騎士』を押さえ付ければ、欧米各国から『教導団は組織として欧米系の生徒に対して不当な扱いをしている』と非難されることになる。対外的にはあくまでも、『生徒レベルの争いごと』で収まるようにしなくてはならない。そのために我々が居る。そしてもう一つ……確かに、団長のお気持ちも以前とは変わっていると思う。最近は直接話す機会がないが、パラミタ建国についての教導団の立場を考えるに、そうならざるを得ないだろう」
 そして、鵬悠はマーゼンを見て、強い口調で言い放った。
 「『白騎士』と争いたいのであれば、そうするがいい。ただし、風紀委員及び査問委員は、本校を襲撃中の鏖殺寺院を退けるまで、表立って『白騎士』と事を構えるつもりはない。もし作戦中に表立って同じ教導団の生徒を攻撃したり、作戦行動の妨害をする者があれば、我々風紀委員は、規律を乱す者としてその生徒を処罰しなくてはならない」
 つまり、たとえ『白騎士』に属する生徒であっても、作戦行動中に後ろから撃つような真似をすれば規律違反に問う、ということだ。マーゼンは思わず鵬悠に詰め寄りかけたが、クレーメックがマーゼンを制した。
 「わかった。心しておこう」
 とだけ、クレーメックは鵬悠に言った。
 その時、優子と麗子が、広げた布に食用になる木の実の類やら小動物やらを乗せて運んで来た。
 「食料になりそうなものを探して来たわよ」
 「すみません、手があいている方は手伝って頂けませんか? 処理をして食べられる状態にしなくてはいけないものがありますの」
 飲料水は水場に設置した簡易ろ過器を使えば不足する心配がないが、食料は林偉が残していってくれたものがあると言っても、いつまでここに居なくてはならないか、いつ補給が再開するかまったくわからない状況下では、現地調達も考えておかないと心もとない。そこで優子と麗子は、樹海の中へ食料を探しに行って来たのだ。だが、鵬悠は厳しい視線を二人に向けた。
 「食料を探しに行くなら、もう少し大人数で行った方が良いかも知れないぞ。樹海の中で敵と鉢合わせしたら危険だろう。次からは、風紀委員からも何人か割こう」
 「一応、『禁猟区』なども使って警戒しながら行っては来たのですが……気をつけますわ」
 鵬悠の言葉に、麗子はうなずいた。