イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

栄光は誰のために~英雄の条件~(第3回/全4回)

リアクション公開中!

栄光は誰のために~英雄の条件~(第3回/全4回)

リアクション


第3章 追撃

 一方、《工場》から本校方面へ移動中の部隊は、ようやく敵地上部隊の後背に食らい付ける位置までやって来た。幸い、ここまで敵の攻撃はない。
 「物資、受領して来ましたですぅ!」
 麓の村に向かった皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)うんちょう タン(うんちょう・たん)が、ここで補給物資を担いで合流した。
 「食料と、弾薬ですぅ。弾薬の方は、あまり沢山ないのですが……」
 「まあ、もともとこういう事態を想定して物資をストックしてあった訳じゃないからな。しょうがないだろう。食料が来ただけでもありがたい」
 申し訳なさそうに言う伽羅に、林はあまり気にしていない様子で言う。《工場》に残る生徒たちのために、かなりの量の食料を残して来たので、補給がなければ狩猟採集生活に突入か?というところだったのだ。
 「教官、少し食料を分けて頂けないでしょうか」
 そこへ、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がやって来た。
 「敵は道路だけではなく、岩場や森林地帯からも浸透している模様だということですから、私はそちらを襲撃したいと思います」
 「俺たちも、そうさせてもらいたい」
 と前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)も申し出る。
 「やってみてもいいが、包囲殲滅されんように充分気をつけろよ?」
 林はそう言って、祥子とパートナーの英霊湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)、ゆる族山城 樹(やましろ・いつき)、シャンバラ人セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)、風次郎とパートナーのドラゴニュート仙國 伐折羅(せんごく・ばざら)、英霊一夢庵 ひょっとこ斎(いちむあん・ひょっとこさい)が別行動することを許可した。
 「さて、俺たちも食事が終わったら行軍を再開するぞ! 敵の背後を引っ掻き回してやる」
 残った生徒たちを見回して、林は不敵に笑う。

 麓から本校へ向かう道路は、舗装こそされていないもののきれいに均されていた。輸送車両を通すため斜面をゆるく巻きながら登っており、本校へ向かって押し寄せているという蛮族の姿は生徒たちからは見えない。道路
の上空を遮るものは、路肩に生えている木の枝程度であまりないが、路肩には岩や木があり、乗り物を捨てれば身を隠す場所はそこそこ確保できそうだった。
 「でも、《工場》から移動して来る可能性は、敵も考えているよなあ……」
 パートナーのヴァルキリーアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)、魔道書伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)と山の上の方を見上げながら、高月 芳樹(たかつき・よしき)は心配そうに呟く。
 「まあ、しゃーねーやな」
 波羅蜜多実業高等学校の国頭 武尊(くにがみ・たける)が肩を竦める。
 「現状は変えようがねーんだし。それよか急ごうぜ、俺たちが着いた頃には本校が陥落してましたー、なんてことがあったら面白くねえし」
 そう言って、さっさと軍用バイクを走らせ始める。
 「ちょ、ちょっと待って! 一人で先行したら袋叩きにされるよ!」
 他校生の監視に当たっている夏野 夢見(なつの・ゆめみ)が慌てて呼び止める。
 「ほら、勝手なことしたらまた睨まれるって!」
 武尊のバイクのサイドカーに乗っている、パートナーの剣の花嫁シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が叫ぶ。
 「いや、あいつの言うことにも一理ある。むしろ、俺たちがあいつを『先行させない』べきだろう」
 そう言って、林がバイクにまたがる。
 「わっ、きょ、教官、待って下さいっ!」
 夢見は林のバイクのサイドカーに飛び乗った。
 「ふふ、なかなか『話がわかる』方ですわよね」
 蒼空学園の牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)はくすくすと笑いながら駿馬の背に乗り、パートナーの機晶姫シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)、ドラゴニュートランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)、魔道書ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)を振り返った。
 「さ、私たちも遅れを取らないようにいたしましょう」
 生徒たちは、武尊と林を先頭に、坂道を登り始める。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 林たちと別れた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とパートナーたちは、車両が通行できる道を外れて、木立ちの中の獣道に入っていた。
 「じゃ、ちょっと行って参ります」
 山城 樹(やましろ・いつき)が光学迷彩で姿を消し、先行する。
 「気をつけてね、無理はしちゃだめよ」
 祥子は樹に声をかけると、英霊湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)とシャンバラ人セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)を振り向いた。
 「じゃ、私たちは隠れていましょう」
 ランスロットとセリエはうなずき、道端の茂みに身を隠す。祥子も、二人とは道の反対側の木の陰で息をひそめた。しばらくすると、ガサガサと藪を分けながら走る音が近付いて来た。樹が、数人の蛮族に追われてこちらへ駆け戻って来る。
 「それっ!」
 かけ声と同時に、祥子は手に持っていた蔓を強く引いた。反対側ではランスロットが蔓を持っている。樹は身を屈めて蔓の下をくぐったが、蛮族たちはちょうど首のあたりが蔓に引っかかり、その場に悶絶した。そこへ、セリエが手にした門松を振り下ろす。祥子とランスロットも、蔓を捨てて攻撃に移った。あっと言う間に、蛮族たちはとどめを刺されて地面に転がることになった。
 「上手く行きましたなあ」
 三人の前を駆け抜けて行った樹が戻って来る。
 「ええ。でも、何回も繰り返したら相手も警戒を強めるだろうし、気を抜かないで行きましょう」
 祥子は表情を引き締めて、獣道の先を見つめる。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 そしてもう一組、本隊と分かれた前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)たちは、祥子たちとは逆に、山岳地帯のかなり標高の高い岩場にいた。
 「どうにか、蛮族たちより高い場所へ出られたな」
 風次郎は乱れた呼吸を整えながら斜面の下を見下ろした。先回りをするために、道なき道を一直線に登って来たのだ。伐折羅とひょっとこ斎も、さすがに息を切らしている。
 しかし、三人は一息入れる間もなく、攻撃の準備を始めた。風次郎はボール大の岩を集め、ひょっとこ斎に目配せをした。
 「聞け、異形の者どもよ! ここから先は断じて通さん! 我と思う者は前に出よ! この一夢庵ひょっとこ斎がお相手致す!」
 ひょっとこ斎は斜面の下にいる蛮族たちに見えるよう、大きな岩の上に飛び乗って大見得を切った。蛮族たちは一瞬ぽかんとして、騎士鎧の上に陣羽織よろしく派手な着物をひっかけたひょっとこ斎の姿を見た。その隙に、風次郎は集めた岩を蛮族たちに向けて転がした。
 不安定な岩場になっている斜面では、たった一つの落石が岩雪崩につながることもあると言う。風次郎が転がした岩は、本人が予想もしなかった規模に広がり、蛮族たちに襲い掛かった。転がる石に足を取られたり、跳ね飛んだ石をよけようとして転倒した蛮族たちが、石と一緒にごろごろと斜面を転がり落ちて行く。何とか踏みとどまった者も居たが、
 「忍法! 氷遁、地滑りの術ッ!」
 ただでさえ不安定な足元に伐折羅が氷術で氷を張ると、それで滑ってこちらもころころと転げ落ちる。
 「おっと、長居は無用!」
 斜面の下で、『あいつらを追え!』という声がした。どうやら、鏖殺寺院の兵士が指示を出しているようだ。捕まっては大変、と風次郎は伐折羅とひょっとこ斎に撤退の合図をし、あらかじめ目星をつけてあった岩陰に飛び込んだ。そのまま低い姿勢で岩陰を伝い、木立ちの中に飛び込む。
 「上出来だな。さて、他の場所へ移動するか」
 今の状況では、本校の中に入れて欲しいと言って門を開けてもらうわけには行かない。風次郎たちはしばらく同じような手段で敵の進軍を妨害することにし、木立ちの中を進んで行った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 祥子や風次郎が山岳ゲリラと化していた頃。
 輸送部隊と共に本校に戻ったばかりのローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)とパートナーのグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)ネージュ・グラソン・クリスタリア(ねーじゅぐらそん・くりすたりあ)は、防壁を乗り越えて本校の外に出て、獣道で敵を待ち伏せていた。ローザマリアはネージュと、グロリアーナはシルヴィアと組んで2手に分かれ、蔓草を巻いたカモフラージュ用のネットをかぶって、低木の中に伏せて息を殺す。
 「さっきから気配がするんだけど、本当にまだ来ない?」
 ローザマリアはネージュに囁いた。ローザマリアの『超感覚』は、先刻から近くに彼女たち以外の者の気配がすると告げている。だが、それが敵であるかどうかが今ひとつ良くわからない。
 「うーん……?」
 双眼鏡を覗いていたネージュが首を傾げる。できるだけ遠い場所から狙いたかったローザマリアだが、獣道は木立ちの中にあり、敵に対して斜面の上側に居ても見通しは決して良くない。遮蔽物の陰からでは尚更だ。
 その時、ローザマリアのポケットの中で、マナーモードにしてあった携帯電話が振動した。自分たちより先にいるグロリアーナとシルヴィアからの合図だ。ローザマリアは狙撃銃を構え、スコープをのぞく。
 「……来たよ」
 やっと、ネージュがローザマリアをつついた。しかし、ローザマリアが思っていたよりだいぶ、敵との距離が近い。
 「やれるか……?」
 ローザマリアは、列になって獣道を覆う小枝を掻き分けて来る蛮族の、先頭の一人を狙い撃った。銃弾は眉間に当たり、蛮族が崩れ落ちるように倒れる。列をなしていた蛮族たちは騒然となったが、指揮をしていた鏖殺寺院の兵士が手近な木の上に飛び上がりつつ指笛を吹くと、ローザマリアとネージュが隠れていた茂みに向かって銃を乱射して来た。いくら茂みの中に潜んでいても、弾が飛んで来た方向はわかるのだ。
 「うわぁ!?」
 ネージュが頓狂な悲鳴を上げる。
 「ちっ!」
 ローザマリアは舌打ちすると、ネージュの手を引っ張って茂みの奥へ逃げた。入れ違いに、グロリアーナとシルヴィアが姿を現す。
 「ここから先は行っちゃ駄目、だよ!」
 シルヴィアがアサルトカービンの広角射撃で敵を薙ぎ払うのに続いて、
 「そなたらごときに名乗るような安っぽい名は持ち合わせてはおらぬが、倒された相手の名も知らずにあの世に行かせるのもまた不憫。妾が真の名、エリザベス1世を其方らの引導代わりとするがよい!」
 名乗りを上げたグロリアーナが飛び出して、素早い斬撃を繰り出す。しかし、蛮族たちもアサルトカービンを撃ち返して来る。
 「くっ、飛び道具とは卑怯な!」
 グロリアーナが悔しそうに身を翻し、シルヴィアが再度銃を放つ隙に茂みに駆け込む。シルヴィアも銃を撃ちながら後退する。敵を撃退したと見た蛮族たちは、倒れた味方を放置して、再び進軍を始めた。
 「傷ついた味方を置いて行くなんて……」
 枝の隙間からその様子を見ていたネージュが顔を顰める。
 「うーん、こういう視界の悪い場所は、狙撃にはちょっと不利だったわね。むしろ純粋に罠を仕掛けた方が良かったかしら」
 ローザマリアはため息をつく。
 「とりあえず、ここからは移動した方がいいんじゃないかな? 敵も一度襲撃されて警戒してるだろうし」
 シルヴィアが言った。ローザマリアはうなずいて、他の三人と共に、攻撃に適した場所を新しく探し始めた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 そして、林に率いられた本隊は、道路を進軍する蛮族たちの最後尾に襲い掛かった。
 「あら……この数なら食いはぐれはありませんわね。素敵ですわ」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)がいかにも楽しそうに微笑む。『絶対暗黒領域』を発動したその姿は、背後に黒いオーラが見えるようだ。
 「おお、この人数なら、狙いなんかつける必要なさそうだな」
 武尊がうなずく。
 斜面を見上げると、既に上の方には教導団本校の、要塞のような防壁が見える。そこに向かって、黒ずくめの鏖殺寺院の兵士に煽動された蛮族たちが、三々五々斜面を登っている。
 「いったい、どのようにして蛮族に命令を聞かせているのでしょうかな」
 ランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)が首を傾げる。
 「自分たちのいいように操るために、薬を盛るとか洗脳すると聞いたことがあるぞ」
 林が言った。
 「だから、奴らは自分では判断が出来ない。自分の身に何が起きているかをかえりみず、ただ、鏖殺寺院に命令されたことを忠実に完遂しようとするんだとさ。降伏勧告はするだけ無駄だし、連中自身に責任があることじゃないが、頭と一緒に叩き潰さんと、どうしようもない」
 そう説明している間に、
 「状況開始、ミサイル全弾発射」
 アルコリアのパートナーの機晶姫シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が、六連ミサイルポッドを装着した腕を敵に向けた。白煙を曳いて、小型ミサイルが打ち込まれる。さらに、
 「この時期だとまだ動きが鈍いかも知れないけど、ちょっと虫を呼んでみるからね」
 シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が、ハミングで虫の羽音を真似る。すると、どこからか集まった羽虫が、蛮族たちに向かって襲い掛かった。
 「一番槍は貰ったぜ!」
 混乱する蛮族たちの中に、武尊がバイクで突っ込んでいく。しかし、バイクの運転と攻撃を同時に行うことは出来ない。バイクから降りて左右のホルスターからハンドガンを抜く間に、混乱が起きたことに気付いて、隊の前方に居た鏖殺寺院の兵士や無事な蛮族たちが、煙をかいくぐり、虫を払いのけながら武尊とシーリルに殺到する。
 「だーかーら、一人でいい格好しようとすると痛い目を見るぞと言ってるだろう! ……寄越せ!」
 「きゃっ!」
 林の武器である中国風の槍を持ってバイクのサイドカーに乗っていた夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は、手の中の槍をひったくられて思わず悲鳴を上げた。次の瞬間には、バイクのシートを蹴ってとんぼを切った林は、槍を振り回して前方の敵を蹴散らしながら、武尊に駆け寄っている。
 「ああもう、援護くらいさせて下さいっ! 指揮官が最前線で肉弾戦なんて、とんでもないですってば! それじゃ教導団なんだかパラ実なんだか判りませんよぅ!」
 叫びながら、夢見はトミーガンを構えて、武尊たちと林を援護する。
 「他校生、しかもパラ実に遅れを取ったとあっては教導団の名折れ! 《工場》に残った仲間にも、本校に居る仲間にも申し訳が立たん! 行くぞ、みと!」
 一刻も早く本校に居るアクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)たちを助けに行きたい相沢 洋(あいざわ・ひろし)も、軍用バイクで併走するパートナーの魔女乃木坂 みと(のぎさか・みと)に声をかけて、トミーガンを乱射しながら突っ込んで行く。
 「洋さまの命令に従って、今のわらわは兵器! 邪魔する者には容赦はしません。死んで頂きます!」
 みとの方は、後方に残ったまま、火術や雷術で洋の後方に回り込もうとする蛮族を倒して行く。
 「うーん、気持ちは判るが、いくら弾薬が届いたと言っても、あの射ち方はどうなんだ?」
 それを見ていたロイ・シュヴァルツ(ろい・しゅう゛ぁるつ)は、そう呟きながら光条兵器を取り出した。彼の光条兵器は曲射砲、つまり放物線状の軌道を描いて射撃するタイプのもので、精密に狙いをつけることが難しい代わりに、障害物を飛び越してその向こう側を射撃することが可能だ。不利な点もあるが、今回のように前に既に味方がいる上に、敵の数が多くて精密射撃をする必要性がない状況では、利点の方が勝ると言えるだろう。
 「行っけええッ!」
 パートナーの剣の花嫁エリー・ラケーテン(えりー・らけーてん)も、ロケットランチャー型の光条兵器で武尊や林たちの頭越しに、その向こうの敵を狙う。敵は密集している上にシーリルが呼んだ虫で混乱しているので、狙いが適当でも撃てば誰かのどこかに当たる。
 「うふふふふ、この血なまぐさい風こそ、私が求めていたものです」
 そんな乱戦の中、アルコリアはくすくすと笑いながら戦っていた。本人ご機嫌なのだが、他人が見ると百合園女学院の制服に百合の頭飾りのお嬢様が岩をも砕く勢いで戦いながら笑っているのでちょっと怖い。しかも、
 「メモリープロジェクター、起動」
 パートナーの機晶姫シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が、敵を撹乱するために、そんなアルコリアの姿を投影したものだから、怖さ倍増だ。同じくアルコリアのパートナーである魔道書ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)も、
 「爆焔よ、深淵より出で愚者を舐め尽くしなさいっ!」
 と、がんがん炎の嵐を放って道を切り開き、前へ進んで行く。
 周囲に、布や肉の焦げる匂いが満ちた。
 「……敵より、味方が怖いかも……」
 一応、他校生たちの動向に気を配っていた夢見が呟く。
 「うちの女子たちは、皆血の気が盛んでのう……」
 アルコリアのパートナーたちのうち、唯一後方に居るランゴバルト・レームが嘆息した。
 一方、アルコリアと同じ百合園女学院の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)とパートナーのヴァルキリーエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)、吸血鬼ルフト・ヴァンス(るふと・う゛ぁんす)は、そんな混乱から少し離れた後方で、敵を数人倒しては退き、を繰り返していた。『盛夏の骨気』を使って炎熱をまとった小夜子の回し蹴りが蛮族を吹き飛ばし、エノンはハルバードを振り回す。ルフトは紋章の盾で小夜子とエノンへの横や後ろからの攻撃を防ぎつつ、バスタードソードで反撃する。
 (牛皮消さんたち、少人数でどんどん突っ込んで行って大丈夫なのかしら……)
 ふと前方を見た小夜子は、心の中で呟いた。退くのを繰り返すうちに、三人は他の生徒たちから離れて斜面を下ってしまっており、彼女からは上の方にいる他の生徒たちの様子が良く見える。彼女たち以外は皆かなり敵の集団に食い込んでいたが、特にアルコリアたちは突出していた。
 「……あ、やべ」
 ハンドガンを乱射していた武尊が、渡されていた予備の弾丸まで使い切って舌打ちをした。
 「予備の弾丸をくれ!」
 ほぼ同時に弾切れになった洋が叫ぶ。
 「もうありませんよぅ!」
 物資の管理を任されている皇甫伽羅が悲鳴を上げた。
 「洋さま、魔法で援護いたしますから、いったん退きましょう! このままでは袋叩きになってしまいます!」
 乃木坂 みとに言われて、洋は悔しそうにうなずき、みとが魔法で切り開いてくれた退路を駆け下りる。
 しかし、武尊の方は、
 「こういう時に、こいつは便利だよなぁ!」
 大型拳銃型の光条兵器を取り出して、さらに暴れ続ける。
 「ふふ……もう、限界、で、す、わ……」
 傷だらけになったアルコリアが、微笑んだままぱったり倒れた。ランゴバルトが『リカバリ』や『驚きの歌』を使って回復役を務めていたのだが、それでも、色々な技能を一度に発動し過ぎた上、『封印解凍』を使っていたため、肉体的にも精神的にも負荷がかかりすぎて失神してしまったようだ。
 「楽しかったですわ……」
 ナコトも、腰が抜けたようにぺたんと尻餅をつく。
 「むう、仕方ありませんのう」
 ランゴバルトが一角獣の角を使うために近寄ろうとするが、間には蛮族がいる。
 「シーマ殿、二人をこっちへ連れて来てください」
 「わかった」
 シーマが片手でアルコリアとナコトの襟首を掴み、片手で蛮族の攻撃を防ぎながら、ずるずると二人を引きずって戻って来る。ロイとエリーが、シーマに近寄ろうとする蛮族を光条兵器で牽制した。
 「……そろそろ限界か」
 林が指笛を吹いた。
 「百人は程遠いが、おしまいか」
 ランゴバルトの所へアルコリアとナコトを引っ張って来たシーマが、残念そうに言う。
 「えー、まだ暴れ足りないぜー」
 武尊が不満を口にしたが、
 「ほらっ、置いて行かれちゃうわよ!」
 既にバイクにまたがったシーリルに急かされて、渋々と引き上げようとした、その時。
 「避けてっ!!」
 小夜子が悲鳴を上げた。生徒たちは皆、反射的に飛び退った。その、今までかれらが居た場所を、上空から銃弾が薙いだ、
 「高速飛空艇!」
 みとが叫ぶ。黒い三角形の機体は、ゆうゆうと生徒たちの頭上を旋回した。バンクを取った機体の風防の向こうに、浅黒い肌の、金髪の少年の姿が見えた。
 「ルドラ!」
 洋がいまいましげに吐き捨てて、高速飛空艇に銃を向ける。だが、引鉄を引いても、弾が切れた銃はカチカチとむなしい音を立てるだけだ。その間に、高速飛空艇は高度を上げ、本校の方へ飛び去って行く。
 「みんな、怪我はないか!?」
 林が生徒たちに声をかけた。幸い、機銃に撃たれた者は居ない。だが、今度は蛮族が再び生徒たちに迫る。
 「撤退するぞ!」
 林の命令に従って、生徒たちは斜面を駆け下りた。林は夢見に槍を放り投げてバイクに飛び乗ると、携帯を取り出した。
 「おう、俺だ。あのな、高速飛空艇。あれ、そっちに全機行ってるわけじゃないだろ? 多分、弾の補給のために交替で攻撃して来てるよな? ……冬山!」
 「はいっ!?」
 通話中に唐突に名前を呼ばれて、思わず小夜子は運転していたバイクのシートから飛び上がった。
 「高速飛空艇がどの方向から来たか判るか?」
 「見えるようになった時からずっと見ていたわけではないのですが……山の方から現れたように見えましたわ」
 小夜子は軽く首を傾げて答える。
 「あ? ああ、そうだ。さすが、良く判ってるじゃないか。じゃ、頼む」
 林は携帯をしまうと、生徒たちに言った。
 「とりあえず、敵が追ってこない場所まで後退して腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできん、てな。今の件は燭竜からの連絡を待って、皆に話す」
 そして林は不敵な笑みを見せた。
 「あいつは、鼠をもてあそぶ猫のつもりで居るんだろうが……窮鼠は猫を噛むんだぜ?」