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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編
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リアクション

 門の修理の方は、生徒たちの持ち込んだ工材によって着実に進められていた。
 現代の優れた機械と質のいい材料、元々簡素な作りであったことも幸いして――かつての襲撃以来、確かに門は改修されたものの、現代地球から見ればそれは押し引きで開閉する木板でしかなかった――、むしろそれまでよりも強固になっていくようであった。街の人があまり見慣れない金属を用いた工具や材料が、門や壁に取り付けられていく。
「……ふぅ。このくらいかな」
 唸りを上げていた工事用ドリルを置いて、サポートのために付けていた篭手を外して、峰谷 恵(みねたに・けい)が額に浮かんだ汗を拭う。恵の足元は、欠損した石造りの足場を一旦掘り返し、適度な大きさに切り揃えた石を新たにはめるための穴がいくつか開いていた。
「お疲れさまです、ケイ。後は私が」
 その、長方形に切り揃えられた石を抱えて、エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)がやって来る。後方で生徒たちに指示を飛ばすイナテミス出身の大工の指示通りに、エーファが石をはめ込んでいく。住人の大半が、見慣れない道具やそれが生み出す音に不安な表情を見せていたが、驚くべき速度で修復されていく門や壁を見て、今では文句を言うことは無くなっていた。大工に至っては「おめぇらいっそここに住んでくれねぇっかな」なんて軽口を言い出すほどである。
「気持ちが前向きになってきたのかな。ここも大分直ってきたし」
 住人のそんな様子に、恵が自分が修復した箇所を見つめながら呟く。あちこち崩れていた道路が、今では現代日本の都心部に匹敵する真平らさである。近隣の街や村の中でも飛び抜けて近代改装されてしまいそうな勢いである。
「気持ちに余裕が出てくれば、街の人も外に目をむけるようになります。精霊との関係も考えるようになるでしょうか」
 エーファが恵に告げたところで、恵の携帯が着信を告げる。
 ディスプレイは、町の周囲を監視しているグライス著 始まりの一を克す試行(ぐらいすちょ・あんちでみうるごすとらいある)からの着信を知らせていた。

「怪しい動きは見られない。話にあった『黄昏の瞳』の動きも確認されない」
 街をぐるっと取り囲むようにそびえ立つ壁の上から、周囲を双眼鏡で確認していたグライスが、見たものを携帯越しに恵に伝える。
『精霊祭』の時に精霊を利用しようとした集団『黄昏の瞳』は、首領であるアストリッドが消息不明となったことにより――死体も、その後の痕跡さえも未だ掴めていない辺りが不安材料ではあったが――、大半がアストリッドに洗脳される形で構成されていた組織は事実上崩壊。彼らは解放された後、自らの罪を認め、贖う意味を込めて各地を巡り、精霊との共存、魔法生物――ここではキメラのことを指す――との共存を訴えていた。
 イナテミスにも彼らは訪れていたようで、その甲斐あってか、一つの懸案されたことは大した騒動とならずにすんだ。
 そして今彼らは、正門とは反対側、遠くに海が見えるその場所である作業を行っていた。
 グライスの双眼鏡が上下し、彼らを捉える――。

「『希少種動物保護区』プランは認可される見通しが立ったよ。それは良い話なんだけど……今、シャンバラは大変なことになっているからね、施設の建設にはもう少し時間がかかりそうなんだ。人間同士の争いで、この子達にも不自由な思いをさせてしまっているのが心苦しいね。だから、君達が行動してくれるのは嬉しいよ。まだキメラに対する蔑視はあるだろうし、イナテミスも大変な状況と聞く。もしかしたら君達の行動は、街の人にいらぬ不安を与えることになってしまうかもしれない。……言うだけ言っておいて見送るだけというのも情けない話だけど」

 『イルミンスール鳥獣研究所』所長、ディル・ラートスンの言葉が、作業を続ける者たちに呼び起こされる。
「ディルさんの言った通りな部分もありましたが、まずは作業が出来る環境を提供してくれて良かったです。これもワタシのスマイル! の為せる技ですね!」
「いや、それはないだろ。こいつが可愛かったから……ああいや、街の人にも動物好きがいたんだろう」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)の発言にツッコミを入れたリア・リム(りあ・りむ)が、傍らで瓦礫の撤去作業を手伝っているキメラに緩んだ表情を見せかけ、慌てて元の凛とした表情に戻る。
 
 ルイとリアは先行して、自分たちが使役するキメラ――ルイは『アルフ』、リアは『プックル』と名付けた――を連れて、街の復興作業をキメラと共に行わせてほしいと申し出ていた。反応はやはり芳しくなかったが、『かつてここを訪れた者達が、キメラのことを一意的に悪く見ないでほしいと願っていた』という事例から、町長は一つの決断を下した。門や壁、ライフラインの修復といった街に大きく関わる作業には従事させず、良く言えば住人の心を豊かにする、悪く言えばどうでもいい箇所の作業に従事させることにしたのだ。この混乱のさなかにあってその程度の判断で済んだ、というのが適切であろう。キメラの風貌からすれば、門前払いを食ってもおかしくはない。精霊は彼らの連れてきたキメラに敵意がないことを感じ取っていたが、人間にはそれができないのである。

「追い出されないだけよかったんだよね。後はここから、ワタシたちがキメラはいい子なんだよって、模範を示してあげればいいんだよね」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が頷いて、傍に寄ってきた『頭部はヒョウ、胴体はニホンジカ、尻尾はニシキヘビ』のキメラ、『メッツェ』の『ふさふさとした首回りの黒毛』を撫でる。ミレイユに撫でられて、メッツェは気持ちよさそうに喉を鳴らす。キメラの生態は彼らにも分からないことが沢山あるが、その中でも少しずつわかってきたのは、キメラは肉食であること、昼行性であること――個体差はあるが、人間に使役されることを前提として作られた名残があるようだ――、そして可愛がってあげれば愛玩動物のように可愛らしいということであった。
「そうだな。そのためにも私達が、住人に誠意を見せなくては。まずはこの周囲の瓦礫を撤去し、そこに灯台を立てるんだ。街を見下ろす光があれば、住人の不安も幾許か解消されるはずだ」
 ミレイユに頷いて、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)が傍らのキメラに指示をし、積み上げられていた瓦礫を共に取り除いていく。その積まれていた瓦礫こそ、ここで昔小さいながら漁が行われていた時の、船乗りたちを見守るために作られた灯台の名残なのであった。そして今彼らはそこに、住人の支えとしての灯台を作ろうとしている。
「……おや、あなた方は……」
 そこに、街の見回りをしていたサラが様子を見かねてやって来る。イレブンから事情を聞いたサラの表情に、笑みが浮かぶ。
「そうか、それはいい案だと思う。点灯の際には私も加わらせてもらえないだろうか。あなた方の仲間に助けてもらった恩もある」
 サラの手がキメラに触れると、キメラはすぐに懐いたようにその手をべろり、と舐め回す。
「あっ、もしよかったら、今からここで街の人のために料理をしようと思うんだけど、協力してほしいな! 炎の精霊の炎なら、いいもの作れそう!」
 カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が中華鍋片手に、サラに協力を願う。私でよければ、とサラが承諾して、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)と用意した調理場へ向かう。
「……炎よ、姿を現せ」
 サラの手が紅く光り、かざした先に紅炎の炎が舞い上がる。
「おおー、こんな火力、なかなかないよ! これは料理人の腕の見せどころだねっ!」
 薄い鉄であれば溶かされてしまいかねない炎を前に、カッティが中華鍋に具材を放り、一気に炒めていく。
「材料は……うん、これなら私でも大丈夫そうですね。こっちは……えっと、鷹の爪ですか……できれば遠慮したいですね」
 シェイドが時にカッティのサポートをしながら、今作っている料理のレシピを見つつ一喜一憂していた。
「うわー、いい匂いだねー。もうお腹空いてきちゃったかも」
「ここに来てから働き詰めでしたからね。どうです? 一度ワタシたちで味見をしてみませんか?」
「そんなこと言って、ルイが食べたいだけじゃないのか? ……まあ、ルイがそういうなら僕もいただくが」
 作業の手を止め、ルイとリアがそれぞれのキメラと共に集まってくる。
「デューイ、ご飯だって!」
「……分かった」
 ミレイユが呼びかけると、壁から地面に降り立つ音が聞こえ、次いでデューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)の姿が露になる。壁の上に立って見張りを続けていたデューイの目には、風で波立つ海と、遥か先まで広がる嫌な雰囲気の雲が映っていた。
「はーい、チャーハン八人前、完成ー! お次は焼きそばいくよー!」
 山と盛られたチャーハンを作り上げ、落ちる雫を厭わずにカッティが次の料理の作製に取り掛かる。キメラ達はひと足お先に塩のたっぷり振られた生肉をかぶりついていた。
 
 不安な状況下にあっても臆することなく、自分たちが何をするべきかを考えて行動する。
 そんな彼らの前では、周りの疑いの眼差しも、嫌な雰囲気も吹き飛んでしまいそうであった。

「兄ちゃんの背中にあんの、それ羽かぁ? 最近は色んなヤツが来るようになったなぁ。この前だって氷みてぇな羽持ったヤツが襲ってくるわ、んでつい最近は六枚羽の女の子だろぉ? パラミタも随分変わったよなぁ」
 作業をしながら饒舌にあれこれしゃべる大工らしき格好の男性に、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)がどこか慣れたような、それでいて呆れたような表情を浮かべて応対する。
(あまり羽のことは話題にされたくないんだがな……ま、いつものことか)
 聞こえるか聞こえないか程度の声で呟くレイスに、男性の声が聞こえてくる。
「ま、何だろうが、働いてくれるヤツは歓迎だ。働かざる者食うべからず! だっけか? はっはっは、オレ勉強なんざろくすっぽしたことねぇからな。兄ちゃんは学校ってとこ行ってんだろ? なあなあ、良かったらどういうところか教えてくれよ」
 どうやら男性は、レイスが黒い羽の持ち主だとか、そんなことは気にしていないようである。話題にしたのはそれこそ、目についたからというだけの理由であった。
「あの……よろしければ、こちらをどうぞ」
 レイスがどう対応しようか思案していたところへ、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が差し入れを持って現れる。
「おっ、助かったぜ! ちょうど腹減ってたところなんだよな〜。そうだ、姉ちゃんにも羽あんのか? いいよな羽、オレも羽あったらこうふわ〜って飛べっかな〜、あ〜でもオレ高所恐怖症だから怖くて自分から落ちちまうかもな、はっはっは!」
 一方的にまくしたてる男性に二人が苦笑しつつ、決して悪い気分ではない。外見に人間とは違う特徴を有する二人にとって、その特徴を変に槍玉にあげないで話をしようとしている男性の態度は珍しく、それは悪いことではないはずだからであった。
(荒れてしまった物、そして人の心……ですが、それらを直すのも、荒れたままにしてしまうのも、私たち次第、でしょうか)
 レイスと美鈴の様子を見守っていた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が、心に呟いて二人のところへやって来る。
「おっ、兄ちゃんは……羽ないな。あれか、隠してんなら出しちまえよ? 隠してたってな〜んもいいことないんだからな? ま、オレなんてカミさんに給料使い込んだの言ったら三日三晩家追い出されちまったぜ、あっはっは……」
 なおも続く男性の賑やかな会話は、しかし確かに生徒と住人の心を結ぶ架け橋になっていた。