リアクション
〇 〇 〇 「また居なくなったんだってね? 自分の為にどれだけの人が動いたと思っているのか……しょうがない人だな」 離宮問題に関する資料を見ながら、黒崎 天音(くろさき・あまね)は軽く笑みを浮かべる。 通信機で交わされた通信の記録などにも興味深く目を通しておく。 クリスと晴海の間で交わされた通信の内容が特に気になったのだが、彼女達の携帯電話での通話に関しては記録に残っていなかった。 楽しげに資料を眺めている天音の姿を、ちらりとブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は見る。 ここは、百合園女学院の応接室。 今日は、ラズィーヤ・ヴァイシャリーとの面会を求めて、天音は訪れており、ブルーズは彼の護衛として共に訪れた。 (しかし、何のために……? 離宮のことを知りたいだけににしては……) 出発前から、天音の様子が普段と少し違うことにブルーズは気付いていた。 「お待たせいたしました」 しばらくして、ラズィーヤが応接室に姿を現す。 できるだけ、人気のない場所で話しをしたいとあらかじめ手紙で申し入れていたため、百合園生や白百合団員はラズィーヤに付き添っていなかった。 ただ、立場上一人で行動というわけにはいかず、ヴァイシャリー家の護衛兼使用人が1人付き従ってはいた。 「その節は、ご迷惑をお掛けいたしました。ご助力感謝いたしますわ」 「ええ、だけど……」 一旦立ち上がった天音はラズィーヤと共に、またソファーへ腰掛ける。 「僕には、隠されている事実がまだまだある気がしてね」 ラズィーヤは以前、天音達に『あなた方にはこうして事実もお話しましたし、お手伝いしていただけますと、助かりますわ』と言ったことがある。 しかしまだ、天音には気がかりなことが沢山あった。 「パイスを呼んで貰った時、ラズィーヤさんは既にファビオの居場所を特定していたと思って良いかな?」 「考えすぎですわ」 天音の言葉に、ラズィーヤが笑みを浮かべる。 「携帯の件でファビオが離宮にはいないとやんわり断言出来る程度には、知っていたのだろう。と僕は思っているけれど」 「そうですわね。特定は出来ていませんでしたけれど、離宮にはいないと思っていましたわよ」 「……ラズィーヤさんがファビオに対する何を、僕らに期待していたのか気になるな」 クスリと笑みを浮かべて問いかけたその言葉に、ラズィーヤは何も答えなかった。 「立場的に、言葉を濁すしかない事も多いだろうと思うし……用心もしなければいけないだろうし、ラズィーヤさんの頼みなら手伝うのも良いかな? なんて僕の好意は、ラズィーヤさんには何の価値もないかも知れないけれど」 軽く目を逸らして、少し考えるその様子は、きまぐれで嘘つきないつもの天音らしくはない。 ブルーズは隣でそわそわしながら、彼を見守っていた。 「そうだな……僕は貴女と友人になりたいのかも知れない。貴族やエリュシオン、魑魅魍魎とずっと渡り合ってきた人には、なかなか信用出来ない話だろうけどね」 「友人、ですわよ」 ラズィーヤの言葉に、天音は目を上げる。 そこには、いつものように微笑む彼女の顔がある。 「あなたがそう思ってくださるのでしたら、友人ですわ」 「そう……うん、そう思うことにする」 軽く目を伏せて、天音は微笑みを浮かべた。 それからラズィーヤの瞳を見つめながら、彼女の心に問いかける。 「離宮をどうしたいのか、アレナをどうしたいのか、僕に何をして欲しいか……言って欲しいな」 「そうですわね……」 ラズィーヤはそのまま少し考え込む。 「今はさほど興味はありません。という答えが一番近いかもしれませんわね」 離宮に眠る技術にラズィーヤは興味を持っていたが。 今、それを入手するということは、エリュシオンに提供することになってしまう。エリュシオンの監視下にある、今は。 「あなたにして欲しいことは……特にありませんけれど、しいて言えばファビオ様をよろしくお願いしますわね、ってところでしょうか」 「よろしく……って」 「薔薇の学舎に入っていただくことにいたしましたの」 「薔薇学に? まさか、今回の病院脱走も、貴女の手引きなのかな?」 天音の言葉に、ラズィーヤはイエスとは言わない。 クスクスと笑みを浮かべているだけで。 言わないだけで、答えは明白だったけれど。 〇 〇 〇 「……うん、これなら傷跡が残る心配もないね。女の子の肌に傷が残ったら大変だし」 御陰 繭螺(みかげ・まゆら)は、離宮対策本部として使われていた会議室で、共に離宮に下りた百合園生達と面会を果たしていた。 一人一人の怪我の具合を見たり、会話をすることで現在の精神状態を知っていく。 繭螺の知り合いの百合園生達はかすり傷程度の怪我しかしていなかったらしく、魔法を使うまでもなく、怪我は皆ほぼ完治していた。 そして少し離れた場所には、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)の姿もある。 「……大切なのは、生きて戻る事だ。悔いるのなら、それを糧に次に生かせ……」 沈んでいる百合園生達に、アシャンテはそう声をかけた。 「はい」 返事をする百合園生だが、浮かない顔のままだ。 身体の傷は治っても、心の傷はやはりまだ治ってはいないようだ。 「……ふふ、いい事教えてあげようか? 今日お見舞いに来るって言い出したの……ボクじゃなくてアーちゃんなんだよ」 繭螺が百合園生達にそっとそう教えると、百合園生達はちらりとアシャンテの方に目を向ける。 「資料見にきたわけじゃなく?」 「報酬も、もう貰ったんだよね」 「うん、今日は純粋に、皆のお見舞いに来たんだよ」 繭螺の言葉に、百合園生達は顔を合わせた後、「ありがとうございます」と頭を下げていく。 「ああ見えて、優しくて面倒見がいいんだよ、アーちゃんって」 そう繭螺が言うと、決心したかのように百合園生達はアシャンテの方に近づいて。 「あの……今度は、事前に連絡下さい。お菓子やお茶を用意しておきますので」 「おもてなしは私達に出来る得意分野のお礼ですからっ」 そんな風に声をかけていく。 「……わかった、そうしよう」 そうアシャンテが答えると、今日始めて、百合園生達の顔に笑顔が浮かんでいく。 「これ、私の携帯電話の番号です」 「携帯のメールアドレスです」 彼女達は連絡先を書いたメモをアシャンテと繭螺に渡していくのだった。 メモを受け取った後。 「……」 アシャンテは、窓の外に彼女達以上に暗い顔をした人物を発見した。 「……すまない、少し席を外す……」 言って、彼女はその者の元へと向っていった。 |
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