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リアクション
『某、やっぱり俺ここに残るわ!』
友の声は、まだ頭の中に残っている。
『だってよ、こんな場所にアレナをひとりぼっちにするんだろ? そんなの絶対いやだね!』
彼ははっきりと言った。迷いは感じられなかった。
それでも、後悔、してないかと声をかけずにはいれれなかった。
『後悔? そんなのしてたらこんな事しねえよ!』
いつもとさほど変わらずに、ちょっと出かけてくるかのように……
『んじゃぁな某! また会う日までちょいとお別れだ!』
そう言って、友は――大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、離宮に残った。
アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)と共に。
「……どうした? 相棒の姿がないが……」
暗い表情で百合園の校門へと向ってくる匿名 某(とくな・なにがし)に、近づいてアシャンテは声をかけた。
一緒に校門へと歩きながら。
しばらく間を置いて、某は答える。
「……あいつなら今アレナと一緒に離宮にいるよ」
そう答えた後……。
溢れ出る感情を、離宮から戻って初めて、某は口に出していく。
もう既に答えは出ているけれど、あの結末を避ける方法はなかったのか?
そのために自分ができたことはあったんじゃないのか?
そう考える自分がいる。
そう、何とかしたいと思っている。
けれど頭の中が混乱していて、どうしたらいいのか……。
冷静に、答えが出せない。
考えが纏まらない、何もアイディアが浮かんでこない。
「……らしくない」
彼の言葉を聞いたアシャンテは静かにそう言った。
その直後に――。
アシャンテは某の脇腹を手加減なしで、思い切り蹴り飛ばした。
突然の打撃に、某は一切ガードが出来ず、数メートル吹っ飛んで地面に転がった。
「……流されるな。石に齧りついてでも足掻け。いずれ答えは見えてくる……」
倒れたまま、痛みに耐えながらその言葉を聞いた某は、地面に拳を叩きつけて、立ち上がる。
「サンキュー……っ」
そして、百合園の中へと駆けていく。会わなければならない人がいる。
(私らしくない事をしたか……?)
アシャンテは某の背中を見送り、苦笑しながら繭螺達の下へと戻っていった。
神楽崎優子はほんの少し前に百合園に帰還したばかりだった。
校長達と生徒会役員に挨拶を済ませた後、寮へ戻ろうとした彼女に某は面会を求めた。
「優子さん。他の人間も今回の事に思うところはあるんでしょうけど、少なくとも俺はアレナ達の事、まだ諦めたわけじゃないです」
顔を合わせた途端、そう強く言い切った某を、優子は誰もいない場所――校舎脇へと導いた。
「パートナーの大谷地康之さんには申し訳ないことをした。私の代わりになってもらったようなものだ」
「いや、康之は自分で選んだんです。優子さんが残ればよかったなんて誰も思っていません。2人を助ける方法はあるはずです。他の女王器、関連する秘法とか。それでもだめならエリュシオン。これだけあるんだ。だったらやれることは全部やりますよ」
某の決意に対して、優子は厳しい目を向ける。
「けど、俺は一人で何でもできるほど強い人間じゃない。だから色んな人に力を借りていこうと思ってます。だから、優子さんも力を貸してもらえませんか?」
優子は某の言葉にすぐには返事をしなかった。
「……あいつは最後まで笑ってました。だったら、俺も最後は笑えるように動くだけです」
「笑って、たのか……」
頷いて、某は言葉を続ける。
「アレナがどんな顔して眠ったのか俺にはわかりませんが、少なくとも一人ぼっちではないですから……」
優子は軽く目を閉じて、ゆっくり頷いた。
「感謝している。一人は怖かっただろうから……。キミのパートナーはきっと、アレナの支えになってくれている。ありがとう」
某は頷いた後、真剣な目で優子を見続ける。
彼女の答えが聞きたくて。助けるための力を借りるために。
優子もアレナを助けたいはずだから。自分と同じように、強くそう思っているはず、だから……。
「ただ……今、大声で騒ぎ立てては逆効果だ。だから、しばらく時間が欲しい」
大きな危機は過ぎ去り、ヴァイシャリーは平和だった。
だけれど、それは仮初めの平和だ。
エリュシオンがこの地への侵攻を目論んでいることは明白だ。
恭順を示したヴァイシャリーはどうなるのか、どう動くのか。
まだわからず、まだ決められない。
「そんな中で、ヴァイシャリーの民の心を揺らすような、邦人同士が抗争を起こすような問題を、発生させたくはない。その点はどうか注意してくれると嬉しい。具体的な案があるのなら、ヴァイシャリー家に提案をして欲しい。私も、これからはよりヴァイシャリー家に協力していくつもりだから」
それは勝手に動き、騒ぎを大きくしないでくれという優子の願いだった。
「わかりました。考えてみます」
某は約束をした後、アレナとそうしたように、優子とも連絡先の交換をする。
そして、訪れた時とは別人のような決意に満ちた顔で、百合園を後にした。
「神楽崎さん!」
校舎前に出た優子は、威勢の良い声に呼び止められる。
「……橘、だったか?」
「はい、橘美咲です」
紅白の矢絣の長着に赤紫色の袴の、茶色の髪の女生徒だった。
ヴァイシャリーの花火大会の時に、優子は彼女と顔を合わせたことがある。
彼女――橘 美咲(たちばな・みさき)は微笑みを浮かべていた顔を、すっと真剣に変える。
「白百合団に所属しました。勝負してください」
美咲は白百合団に所属した後、一連の事件に興味を持ち、離宮のことを。優子のパートナーが人柱となり離宮を封印したことを知った。
それから、優子の表情が硬いということも。近寄りがたい雰囲気だということも。
美咲は以前の優子を知らない。
頑なに、強くあり続けようとする意思が、優子の心を硬質化させれいるのだろうかと美咲は考えた。
「強くなるということは誰かに頼らない強さを手に入れることじゃない。笑い続けることだと……私は思います」
「以前もキミは私に笑えと言っていたけれど……そんな気分じゃない時もある。作り笑いが見たいというのなら、笑って見せてもいいが」
そう言いながら、優子は苦笑する。
美咲は首を左右に振り、竹刀を構える。
「勝負してください。あなたの心を見せて下さい」
優子の心を試し、自分の心を見せる為に、美咲は勝負を求めた。
「キミのことを良く知らないから、どうしてそんなに笑うことに拘るのか、私にはわからない」
「それは笑い続けることが、大切な人に恥じない生き方が出来るって信じてるから!」
「そうか……でも、それはその大切な人と、キミの価値観じゃないかな?」
「それならあなたの価値観を知るためにも!」
何事かと、百合園生達が遠巻きにこちらを見ている。
優子はすまなそうに言葉を発していく。
「剣の稽古なら、白百合団の訓練に出て、指導員につけてもらってくれ。悪いが、勝負は出来ない。理由は様々だが私に勝負を求めてくる者は非常に多い。1人1人に稽古をつけてあげたり、勝負をしている時間はどうしても取れないんだ。一般団員のキミだけ特別扱いしたら、他の団員や知人から不満が出てしまうから。どうか許してくれ」
優子は軽く頭を下げると、美咲の脇を通り過ぎようとする。
「せざるを得ない理由があれば……!」
美咲は優子に竹刀を振り下ろす。
竹刀が空を切る音に、優子が足を止めた。
美咲の振り下ろした竹刀は優子の肩に直撃する。
バシッと音が響いた――。
「……避けれたはず。なんで当たりに来た」
「一撃当てたら気が済むかと思って。……大丈夫、私は」
振り返って、優子は美咲に笑みを見せた。厳しい顔付きながらも、向けられた目は優しかった。
「私に余裕がないせいで、キミや団員達に辛い思いをさせてしまっているのなら、本当にすまない。白百合団の体制は近いうちに変わる予定だ。新たな体制の下、精進して欲しい。……それじゃ、今日は休ませてもらうよ」
穏やかに言って、優子は寮の方へ歩いていった。
幾ら挑もうとしても、勝負は望めそうもなく、美咲は諦めるより他なかった。
今はまだ、互いの本心を知り合うことの出来る関係ではないけれど。
今日の出来事が、未来へ繋がっていくだろう。