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第1章 訪れた日常

 戦いも、夏の催しも終わり、ヴァイシャリーの街は普段の姿を見せていた。
 だけれど、至る所に見え隠れする戦いの傷跡は簡単に消えることはなく。
 片付けや修繕に勤しむ者達の姿もまだ見られた。
「手伝うでござるよ、ニンニン!」
「わたくしに出来ることがありましたら、お申し付け下さい」
 キメラ討伐に尽力した秦野 菫(はだの・すみれ)とパートナーの梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)も、まだヴァイシャリーに残っており、街を回っては人々に力を貸していた。
「ありがとう、可愛い女の子達が沢山手伝ってくれるお蔭で、作業が進んで進んで仕方がない」
 笑いながら答えたのは場を仕切っている中年の男性だった。
 空き地となっているその場所には、瓦礫などを一時的に集めてあったのだ。
 その瓦礫を分別して、処理する作業が行われている。
「白百合団の方も来ているのでござるな、ニンニン」
「よろしくお願いいたします」
 指揮をとっている女性に、仁美は声をかけて頭を下げる。
「こんにちは。白百合団班長の風見瑠奈(かざみ・るな)と申します。お手伝いありがとうございます」
 綺麗な黒髪の女性だった。
「秦野菫でござる、ニンニン」
「梅小路仁美です」
「あ、お話は伺っています」
 菫と仁美は離宮対策本部に正式に協力を申し出ていたことがあり、瑠奈も把握していたようだ。
「私も諸問題と事後処理に駆け回っていて、街を回れるようになったのは最近なんです」
 瑠奈は地下の離宮で前線に立っていた。
 帰還後、しばらく入院し静養した後、現場に復帰したのだけれどまだ本調子ではないようだった。
「無理するなでござる、ニンニン」
「重い物は任せてくださいね」
 菫と仁美は白百合団員達と一緒に、瓦礫を台車に乗せていく。
「じゃ燃えるゴミは焼却場の方に持っていくな。こっちには金属類を集めてくれよー」
 指示を出して、中年の男性がいっぱいになった台車を押して焼却場の方へと向っていく。
「日が暮れる前に、終わらせましょう。よろしくお願いしますね」
 瑠奈が汗を拭う。
「団員の皆も無理するなでござるよー、ニンニン」
「皆様、お疲れでしょうし」
 菫と仁美もキメラ討伐に手伝いにと尽力してきたため、疲れがたまってはいたが顔には一切出さずに、作業に勤しんでいく。
 暗い顔をした人々の姿もある。
 心の傷を癒すことはすぐにできなくても。
 できる限り、元の生活、元の街の姿に戻すことができれば、元気を取り戻すための助けになるかもしれないから。

 はばたき広場には子供達を中心に人々が集まっていた。
 人々の視線の先。道路に近い場所に設けられた小さなステージの上で、動き回っているのは――人形だ。
「助けてー。誰か、助けてー」
「これ以上、街と人々を傷つけさせはしない!」
 逃げる子供達、そこに現れた若者達。
 子供達を襲っているのは、合成獣だ。
「くらえっ!」
「一撃で仕留める!」
 若者の姿をした人形達が、合成獣の人形に攻撃を浴びせていく。
 合成獣の人形は奇妙な声を上げて動かなくなる。
「敵は倒した、しかし……」
 合成獣は建物を沢山破壊してしまった。
「子供を守ってくださり、ありがとうございます。街は私達の手で!」
 そこに、人形の大人達が集まっていき、街の復興作業が始まる。
 人々の協力により、街はみるみるうちに復興していき、以前よりも美しい姿に生まれ変わったのだった――。
 劇が終わった途端、集まっていた人々から拍手喝采が飛んだ。
 人形劇を行っていた茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)はスカートの裾を両手でつまみながら、そしてパートナーのレオン・カシミール(れおん・かしみーる)は、片手に胸を当てながら、礼をする。
 一緒に、劇に登場していた人形達もぺこりと頭を下げた。
「うちのかべもこわれちゃったの。だけど、かぞくできょうりょくしてふさいだんだよ」
「まどがこわれちゃったけど、あたらしいのにかえたの!」
「このお人形どうやってうごいてるのー?」
 子供達が2人の元に駆け寄って、感謝と自分達の体験談について話していく。
「そうですか。皆さん頑張っているんですね」
「細い紐がついてるんだ」
 2人は子供達に笑顔で対応する。
「それじゃ、家に帰ってもっと綺麗な塀にしよっか」
 母親が子供に声をかけていき、子供達は元気に返事をして手を引かれて家へと戻っていく。
 衿栖とレオンは手を振って子供達を見送った後、顔を合わせて微笑み合った。
「ふぅ……さすがに緊張しました、でも上手くいってよかった……」
 衿栖が大きく息をつく。
「造り手としてはまだまだだが、繰り手としてはマシになってきたな」
 同じ人形師ではあるが、レオンから見れば、衿栖はまだまだ未熟だった。
「まぁたエラそうに、見てなさいスランプ脱出したらすぐに追い越してあげますからね」
 自信ありげな衿栖の言葉に、レオンはくすりと笑う。
「鼻で笑うな!」
「脱出後も、大差ないんじゃないか?」
 からかい口調のレオンに、衿栖は「もうっ」とちょっとふて腐れながらも、軽く笑いあって片付けていく。
 人形を求めて訪れた2人は、噂でヴァイシャリーで起こった事件を知った。
 街の人々を元気づけるためにこの人形劇を行うことにしたのだ。
「ばいばーい」
 子供が遠くから笑顔で衿栖とレオンに手を振っている。
「またね〜!」
 衿栖は両手をぶんぶんと振って、それに答えた。
 街に少し、笑顔が増えた。その笑顔が笑顔をまた広めてくれるだろう。

「どうぞ」
「ありがとですー。人形劇良かったですよー」
 青年が買ってきてくれたジュースを受け取って、青い髪のスタイルの良い女性――桐生 ひな(きりゅう・ひな)は明るい笑みを見せた。
 その笑みに苦笑に似た笑みを見せて、そのマスクと名乗っていた青年はひなの隣に腰掛ける。
 そうして2人は、はばたき広場の隅のベンチに並んでこしかけて、のんびり時を過ごしていた。
 今日、会おうと連絡をしたのは、ひなの方だ。
 先日の別れ際の彼の様子が気になって……。
 彼はやっぱり覇気がなかった。
 ひなとマスクは共に闇の組織の一員として、組織の元で働いていた。とはいえ、期間は短期間であり、組織からの命令で行ったことは殆どないのだが。
「今日はマスクしてないんですねー。マスクのないマスクはなかなかの好青年ですね〜」
「そうかな。ありがと」
 中肉中背。顔は派手でも渋くもないが、好印象を与える顔立ちだった。
「組織なくなっちゃいましたけど、今だから言えることとかありますー?」
 ジュースを飲みながら、ひなは問いかけてみた。
「んー、そうだな。ひなはこれからどうするんだ? その答え次第では言えないこともあるし」
「まだ曖昧ですねー。マスクの話を聞いたら、何か気が変わるかもしれませんよー?」
 ひなの答えに、マスクは苦笑した。
 そんな感じで。2人はこれまでずっと、互いの本当の目的や本心を語り合うことはなかった。
「俺は……」
 遠くの空を見ながら、マスクがゆっくりと言葉を発していく。
「組織を知りたかった。そして、潰したかった」
 彼は軽く自嘲的な笑みを浮かべた。
「復讐……の気持もあったんだと思う。そうじゃなきゃ、今こんなに無気力になるはずがない。誰かが潰してくれたのだから、喜ぶべきなんだけど、な」
 ひなの方に目を向けて、きょとんとジュースを飲み続けているひなを少しの間見つめた後。
 マスクはごく軽く頭を下げて謝罪した。
「ごめんな。ひなのこと騙していたかも、な。ひなが本気で組織の一員になりたかったのなら。けど……あんな組織にいたら、駄目だよ。友達、いるんだろ? 大事な人、いるんだろ?」
「……マスクにも、いるんですね?」
 ひなの言葉に、マスクは首を縦に振った。
「今日、これから会いに行ってくる。いつか迎えに行こうと思っていた、大切な家族だ。恋人とはちょっと違うんだけどな」
「うん、いってらっしゃいです〜」
 太陽の明るい光を浴びながら。
 ひなはにっこり微笑んで、マスクを見送るのだった。