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第3章 傷跡

 街に平穏が訪れつつあっても、病院の中にはいつもと変わらず、多くの患者が入院していた。
 離宮から戻った者の中にも未だ退院のめどがついていない者もいた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
 深く頭を下げて、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が病室から出てくる。
 今日は百合園で打ち上げが行われるということだったが。
 彼は、打ち上げに参加する気分にはなれず、こうして深い傷を負った者達の病室を回っていた。
 涼介は離宮の作戦において、医療知識のあるものとして精力的に働き、沢山の人命を救った。
 しかし彼はまだ若く。医者としても見習いであるために……自分の未熟さを痛感する結果となってしまった。
 第三者から見れば彼は責務以上の功績を収めているのだが、本人としてはまるで納得できていなかったのだ。
 『隊全員の生存率を少しでも上げるため』と志願したのに結果として多くの死者を出し、さらに日常生活に戻るのが困難な状態のものも出してしまったことを悔やんでいた。
 もう少し上手く出来たのではないかと、自責の念に襲われていた
「あなた方には本当に申し訳ないことをした。最初の会議のときに皆のことを助けると言ったのに助けることが出来なかった。私のことを軽蔑してくれても構わない」
 次の部屋でも、片腕を失った軍人に対して涼介は謝罪をする。
「このようなことを言える立場ないけど、ただ一つだけ助かった命は大事にしてください」
「君の所為じゃないだろ」
「いえ、私の力が足りなかったことも原因です。申し訳ない」
 軍人達の言葉を受け入れる余裕が涼介にはなく、ただ、謝罪を繰り返す。
「一般人の君を頼るような作戦がそもそも間違っていたんだよ。軍側も医療について提案すべきだった」
 そう言ったのはレッザ・ラリヴルトンという名の青年だった。
「俺もそんなこと言えるような立場じゃないけど。軍に入ってまだ1年位だからね」
 それから彼は腕を失った仲間と共に、涼介に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「感謝いたします」
「……ありがとうございました」
 涼介は複雑な気持のまま、頭を下げ返して、その部屋を後にする。
 謝罪に回る彼に浴びせられる言葉は罵倒ではなく、殆どが感謝の言葉だった。
 胸が痛かった。その痛みをも心に刻んでいく。

「あエメさんエメさーん、メガネ、メガネ返してー」
 病院の前にて、巨大な袋を引き摺って……寧ろ引き摺られるような格好で、四条 輪廻(しじょう・りんね)が手を振っている。
「あ、四条君ですか」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)はゆっくりと歩み寄って鞄の中からケースに入れておいた眼鏡を取り出した。
「あの時はお世話になりました、お借りしていた御守り、お返しいたします。お蔭でこちらは無事帰ってこられました」
 眼鏡を差し出すと、ほっとした表情で輪廻は受け取ってすぐに目にかけた。
「貴方方は重傷を負っていたそうですが、大丈夫でしたか?」
 柔らかな微笑みを浮かべてエメが尋ねる。途端。
「はーっはっは、完全復活! そして怪我も完治っ! やはり俺はこうでなくてはっ!!」
 輪廻の表情ががらりと変わり、強気に笑い出したのだった。
「見舞いに来たのか? じゃーついでにこれも届けてやれ」
 そして、袋の中から花束を取り出して、エメに渡す。
 それから袋を今度はちゃんと担いで、バイクに跨ると「またな」と言いながら、花びらを散らして去っていった。
「……眼鏡をかけた後はまるで嵐のようでしたね……」
 エメはくすりと笑みを浮かべた後、目を細めて花束の香りを堪能する。

「え、完治って四条殿この間まで絶対安静って……」
 獣人の大神 白矢(おおかみ・びゃくや)が、輪廻と合流し併走する。
「メガネかけたからな」
「四条殿、この花びら、なぜか買ったときより量が増えたように見えるでござるが」
 白矢は口の端に花の入った袋を咥えている。
「メガネかけたからな」
「いや、メガネ関係ないでござるよそれっ!?」
 袋の中から少しずつ、花びらが外へと飛び出して、ふわりと舞っていく。
「四条殿、この花の料金って、やっぱり……自費でござるか?」
 その質問には、輪廻は少しだけ間をおいて答える。
「今週の晩御飯は白飯だ……慣れると美味いぞ」
「いや四条殿もうほとんど毎週……」
「なに、今週は俺だけじゃないからな……なぁ、共 犯 者」
「はっ、計ったでござるなーーーっ!!」
 大きな声と、笑い声が街の中に響き渡った。

 ジュリオ・ルリマーレンの病室には先客の姿があった。
「洗脳の後遺症で精神状態が不安定なようです。まともな会話は無理ですが、見舞うことくらいは大丈夫です。自分は見舞いの品とメッセージカードをミルミさん達に預かっていただきました」
 挨拶を交わした後、比島 真紀(ひしま・まき)がエメにそう説明をする。
 ベッドはカーテンで仕切られており、この場所からは様子は窺えなかった。
「汗をお拭きいたしますわぁ」
 カーテンの奥からは女性の声が響いてくる。
「桜谷鈴子さんとミルミ・ルリマーレンさん、それから白百合団員の方がお一人いらっしゃっています」
 真紀の言葉に頷くと、エメは花束を手にカーテンの方へと近づいた。
「こんにちは」
「こんにちわぁ」
 すぐに返事を返してきたのは、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)だ。パートナーの南西風 こち(やまじ・こち)は無言でじっとエメを見据える。
「こんにちは」
 こちにも挨拶をした後、エメは鈴子に目を向けた。彼女は怖がっているミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)を撫でてあげていた。
「こちらは四条輪廻君からです」
 エメは花束をサイドテーブルの上に置いた。
「ごきげんよう。まだお話は難しい状態ですので、残念ですが私達ももう帰るところです」
「そうですか……ところで、彼には現在地球人のパートナーはいないようですが、鈴子団長は彼との契約を検討されていますか?」
「いいえ、私にはミルミがいますから」
 確認をとった後、エメはジュリオへと近づく。
「う……誰だ、誰だ……私はジュリオ……」
 幻覚が見えるのか、ジュリオは顔をゆがめながら見えない何かと戦っている。
「私の事、わかりますか? 貴方を殺さずに済んで、本当によかったです」
 エメは苦しむジュリオに悲しげな目を向ける。
「でもこのような状態にさせてしまったことは、自分の不手際のせいでもあります。本当に申し訳なかった」
 エメはジュリオの状態が悪い原因に、パートナーロストの影響もあるのではないかと考えた。あるのかどうかは、解らないけれど、契約することで力がつき、症状が和らぐ可能性は高い。
「よろしければ、私と契約しませんか?」
 自分に目を留めたジュリオにエメは微笑みかけた。
「力を……守る、力、を……」
 ジュリオの手が震えながら伸びる。
 何かに抗いながら発せられたその言葉は、彼の本当の心だとエメは感じ取る。
「私、エメ・シェンノートは、ジュリオ・ルリマーレンとの契約を望みます」
 エメは彼の手をとって、契約の言葉を口にしていく。
「……エメ……シェンノートを、認める……」
 ジュリオもまた、エメを求める言葉を口にしてく。
 そうして。
 2人はパートナー契約を結んだ。
 エメはほっと息をつき、ジュリオはその後すぐに眠りについた。
 苦しみから解放されたような顔で。
「イケメン同士くっつくなんてもったいないわぁ」
 リナリエッタがそんな感想を漏らし、緊張していた場の空気がちょっと和んだ。