イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

仮初めの日常

リアクション公開中!

仮初めの日常

リアクション


〇     〇     〇


「遅いなー、ナガン。店ここで合ってるよな? キャバクラって聞いたんだけど」
 メールを打つ手を止めて、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は入り口に目を向ける。
 警備をしているパートナーのイル・ブランフォード(いる・ぶらんふぉーど)の姿が見えるだけで、待ち合わせているナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)の姿はまだ無かった。
「キャバクラに行きたかったんですか?」
 朱 黎明(しゅ・れいめい)がくすりと笑いながら問う。
 ここはキャバクラではなく、ヴァイシャリーの繁華街にある寂れた飲み屋だ。
「そりゃまあ……いや、こういう柄の悪い店の方が俺らとしてはゆっくりできるしな。文句はない」
 言いながら、悠司は再びメールを打ち始める。
「私も先に報告をしておきましょうか」
 黎明はラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に電話をかけて、報告と自分の考えを伝えていく……。
 それから数分後、打ち上げ企画者であるピエロ姿の女が姿を現す。
「いやァ墓掘るのが想像以上に時間がかかってね」
 ナガンは2人の姿を見つけると、へらへらと笑みを浮かべながら近づいた。
「遅せーよ。なんかメール長めに打っちまったじゃねーか」
 悠司はメールを送信して、携帯電話を仕舞う。
「いい人にですか?」
 軽く笑みを浮かべながら黎明も携帯電話を仕舞った。
「そっちこそ、ご褒美がどーとか言ってたよな? 相手はどこのお嬢様なんだか」
 悠司の反撃に黎明は軽く声を上げて笑い、何も答えない。
 報告のついでに、ご褒美のことを忘れていないかどうか、ラズィーヤに聞いてみたところ。
 『忘れておりませんわ。功績に見あう褒美をそちらから指定してくださいませね☆』と、とても楽しそうな返事が返ってきたのだった。
 悠司の方は……組織の拠点で自分の腕を掴んだ少女に、メールを送った。彼女が神楽崎分校にいるのなら、すぐには届かないだろう、けど。
「それじゃ、始めるかー。パーティーに参加できないモン同士でなァ」
 ナガンが飲み物を注文して、席についた。
 途端、黎明が腰を浮かして、向いに座る二人に手を伸ばし……頭を撫でた。
「お疲れ様です」
「なんだよ、ジジくさい」
 悠司は子ども扱いにちょっとフテる。
「いや、疲れたなァ!」
 ナガンはご機嫌に見えた。メイクの所為もあり本当の表情は定かではないけれど。
 酒とジュースが届き、それぞれ注文した飲み物が入っているグラスを手に取った。
「ヴァイシャリーの……違うなムカツク奴がぶちのめされた事に乾杯!」
 ナガンが言い、「乾杯」と声を上げて、悠司と黎明がグラスを重ねていく。
 それからぐいっと飲んで笑い合った後、届いたツマミを食べながら談笑をしていく。
「あのボスの情けない顔を見せてやりたかったぜ」
「そう、ボスには結局会えず仕舞いだったなー。どんな顔だったんだか」
「モンタージュなら百合で保管されてるはずだぜェ。女装して忍び込んでみたら?」
「い、いや、モンタージュの為にそんなことしねーよ」
 会話の中心は、ナガンと悠司だった。飲んで食べて笑いあって、これまでのことを振り返っていく。
 黎明は酒を飲み、食べ物をつまみながら二人の会話を楽しげに聞いていた。
 それから2人に確認を取って、煙草を吸い始める。
「うっ……げほっ、ごほっ……」
 しかし、すぐに咽てしまう。
「珍しいことするもんだと思ったら、これだよ」
「そーやって、カッコつけすぎ、キザったらし過ぎなんだよ、お前はー!」
 ナガンと悠司は大爆笑だった。
「けほ……ははっ」
 黎明は普段、煙草を吸わない。
 面倒事がひと段落ついた時にだけ吸う、個人的な儀式のようなものだった。
 笑いが収まった後、給仕に追加の注文をして。
 会話が途切れた2人に、黎明は周りに聞こえないよう気をつけながら話していく。
「ある程度は知っていると思いますが……」
 闇組織を追う途中で黎明は鏖殺寺院の紋章を持つ男と出くわした。
 そして鏖殺寺院はエリュシオンと繋がっていた事実が判明している。
 だとすると闇組織は鏖殺寺院、ひいてはエリュシオンの意思の下で動いていた可能性がある。
「以後はヴァイシャリー家が動いて下さるそうです。各地の有力者と協力をして拠点を潰していくそうですが……。それだけでは終わるのでしょうか。本当の意味で闇組織との戦いはまだ終わっていないのかもしれません」
 その辺りに探りを入れつつ、敵がまだいるのならば自分には戦う意思があると、黎明は2人に伝える。
「その場合お二人はどうするおつもりですか?」
 悠司はちょっと考えた後こう答える。
「まあ、一応本部は潰したっつっても、寺院やエリュシオンと繋がりあるんならまだ残党どもが力持ってるかもしれないし、ナガンが話付けてた弱小マフィア連中に動向を調べてもらうか」
「その線から手掛かりを掴むのは難しそうだけどな」
 もぐもぐ料理を食べながら、ナガンが答える。
「黎明経由でツイスダーから情報をもらえりゃいいんだが……どう? 俺も腕輪見せれば信用してくれるかもと、ちと思ったんだが」
「それも難しいでしょうね。私も信用されているとは言えません。その辺りも、全てあとはヴァイシャリー家に任せるよう言われてますけどね」
「ふーん。で、そのヴァイシャリー家の息女サマとはドコまでいったんだ、色男」
「こっちが潜入して危ない橋渡ってる時に、いちゃついてたんじゃねーよなー」
 ナガンと悠司のからかいに、黎明は軽い笑みを浮かべる。
「秘密です」
 最初の裏交渉時以来、ラズィーヤと黎明は会ってはおらず、特に浮ついた会話などもしていなかった。
「高崎にも女いたよなァ? どうよ」
 ナガンがソーセージを齧りながら尋ねる。
「……おっと、これ美味そう。見かけは兎も角、なかなかいい店だな、ここ」
 話を逸らして、悠司ももぐもぐと炒め物を食べるのだった。

 店の前で警戒を払いながら、イルはふと子供に目を留めた。
 いや、子供ではない。魔女だ。
 最近、若い少年少女を見かけるとハーフフェアリーの子供のことを思い出す。
 攫って研究所で辛い思いをさせてしまった子供のことを。
「守るなどと……口だけか」
 自嘲気味な笑みを浮かべた後、気持を切り替えて警戒に専念していく。
 今のところ異常はなさそうだ。
 ピエロの姿をしているナガンを襲ってくる者もいなかった。