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仮初めの日常

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仮初めの日常

リアクション

 著名提案代表者は、班長の葵にも著名をお願いしていた。
 戸惑いの表情を見せる葵に、綾乃も近づいていく。
「多くの街の人は『賢しきソフィア』の離宮での行動を知らないはずだよね……その像をアレナ先輩の像に換えたりしたら街の人が納得しないんじゃない?」
「そうですか……」
 代表者もソフィアが起こした事件については、詳しくは知らない。
 像を変える為には、街の人々にももっと詳しい説明をする必要が出てくるだろう。
「個人的には騎士の橋のソフィア像は壊すのではなく、博物館等の別の公的施設に移設するのが良いと思っています。説明を受けたら、憎む人が増えるでしょう。ですが、歴史的価値もありますし、第一死者を冒涜する行為はあまりよろしくないと思いますから」
 そして、と綾乃は言葉を続ける。
「ソフィア像を公的施設に移設することは、心ない行為から像を守ることにも繋がります」
 今は良くは知らずとも、ソフィアが裏切り者であったという事実は広まっていくだろう。
 そうなれば、落書きをしたり、像を傷つけようとする者が出てしまうはずだ。
 綾乃の意見には、著名代表者も賛成のようだった。
「でも……」
 葵はアレナが泣いている姿を見たことがある。彼女の本心を少しだけ聞いたことがある。
 だから、微笑んで眠っているとは思えなかった。
 多分、泣いているだろう、と思えて……。
「学院に作るって話は賛成、するけど……ね」
 話しながら、葵の目からぽたりと涙が零れ落ちた。
「葵さん?」
「あれ……」
 話していた代表者も、葵自身も驚く。 
「おかしいな……なんで涙でてくるのかな……」
「葵ちゃん……」
 パートナーのエレンディラがハンカチを差し出す。
「ありがとう」
 受け取って涙を拭う葵の様子に、エレンディラは心を痛めていく。
 葵が無理していることが手に取るようにわかる。だけれど、どうすることも今はできない。
 立ち直って、いつもの明るい葵に戻って欲しいのだけれど……。
 フォローはできても、最後は彼女次第だから。
「ごめん、ね。なんで、だろうね……」
 綾乃が代表者の肩をぽんと叩き、呟く葵の下から代表者は頭を下げた後、去っていった。

 迷いを感じながら、代表者は綾乃と共に、離宮調査隊で先遣隊、及び攻略隊の隊長を収めたという樹月 刀真(きづき・とうま)に著名を求めつつ、意見を聞いてみることにした。
「申し訳ありませんが、今は協力できません」
 刀真ははっきりとした口調で断った。
「まずは他の6騎士達にこの話をしてみるべきでしょう。賢しきソフィアも、何か事情があって敵についた可能性があります。彼女の腕にはジュリオと同じ金の腕輪がありましたから。それは、俺が腕ごと切落してしまいましたが……」
 その発言に代表者が息を飲む。
「彼女達はそういった事情を知らないんです」
 どうか言葉を抑えて欲しいと綾乃は刀真に目で訴える。
 頷いて、刀真は話を続けていく。
「俺達も真実を全て理解しているわけではなく、知る術も今はありません。そして何より」
 差し出されたバインダーを押し返し、刀真は言う。
「俺はまだアレナを人柱から解放することを諦めてはいません。その為に、これから動き始める人達の為にも、彼女の像を作ることで、自分や周りの彼女に対する気持を終わらせないで下さい。解放しようと動く人々が減ることのないよう、どうか待って下さい。お願いします」
 そして、刀真は代表者に深く頭を下げた。
「ごめんなさい……無理だって、絶対無理だって思ってましたから。ごめんなさい……」
 代表者は悲しげな声で謝罪の言葉を口にしていく。
 アレナを解放するのは、現状無理である。
 でも、現場で指揮をとっていた彼がそう言うのなら、何か可能性があるのかもしれないと。
 それなら、アレナを助けたいという気持は百合園生の彼女達もすごく凄く持っているのだから。
「お手伝いできることがありましたら、何でもします……。著名は……アレナさんの為に、続けていきます。集まったお金は、像に限らず、救出が出来るのならそのためのお金として使えばいいことだと思います。これまで著名をしてくれた方にもそう説明しますから」
「ありがとうございます」
 涙ぐむ彼女に、刀真真剣な目で礼を言う。
 そしてまた、彼は自ら1つ責務を背負った。
 彼女達の気持の為にも、必ず成し遂げなければならない。

 給仕をしてくれている百合園生からスイーツを受け取った神代 明日香(かみしろ・あすか)は、その美味しさを堪能していたけれど……一緒にいるカルロ・デルオール(かるろ・でるおーる)は終始浮かない表情だった。
 明日香の耳にも、『賢しきソフィア』の像を『微笑みのアレナ』に変えようという話は、届いていた。
 カルロの耳にも……。
 それを聞いてから更に彼は悲しそうにただ沈黙していた。
「カルロ様」
 そこに、昔、6騎士と共に離宮の護衛についていたニーナが近づいてきた。
「申し訳、ありませんでした……私……」
 どうすることもできなかったとはいえ、ソフィアを討ってしまってよかったのだろうかと、ニーナは苦しんでいた。
 彼女も尊敬していた6騎士の1人だったから。
「謝ることなど、何もありません。ソフィアのことでしたら……私がしなければならないことでした。辛いことを任せてしまい、私の方こそ謝罪しなければなりません」
 カルロはニーナに頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。そして、彼女をしがらみから解放してくださり、ありがとうございました」
 素直に頷くことは出来なかったけれど、ニーナの心が少しだけ軽くなる。
 レモンケーキを食べ終えて、皿を片付けた後、明日香はそっとカルロに寄り添う。
「ソフィアさんのこと、聞かせてもらえますかぁ〜」
「……何をお話しましょうか?」
 カルロは寂しげな笑みを浮かべた。
「どんな人だったのか……昔、どんなことがあったのか、教えて下さい〜。話せる範囲でいいですよぉ」
「多分、一番カルロ様が親しかったようですが……」
 ニーナも明日香と一緒に、カルロの言葉を待つ。
「そうですね……」
 特に隠す必要はないと感じたのか、カルロは普通に、側にいる人々の耳にも入る大きさの声で、語り始める。
「私が彼女を好いていたのは、離宮に赴任する前のことでした。彼女は聡明で、勉強家であり、家柄も種族としての能力も秀でてはいないのに、女王の騎士として非の打ち所のない立派な女性でした。多少完ぺき主義なところがあったのでしょうね」
 遠くを見るような目で、カルロは話し続けていく。
「離宮への異動が決まった時、彼女は上官に意義を申し出ましたが、受け入れられませんでした。ずっと不満を持っていたようですが、異動後にはいつもどおりの彼女に戻り、女王の親族の為に働いていた……ようでした」
 その頃、ヒグザがソフィアと接触をして、裏取引をしたのだろうとカルロは続けた。
「私は仕事としてではなく、彼女を護りたいと思っていましたが、離宮に赴任してからすぐに、彼女に振られてしまいました。他に好きない人がいる、と。それが少し……酷い断られかたでしたので、私は『悲恋のカルロ』などと呼ばれ、同情されていたのでしょうね」
 カルロは自嘲気味な笑みを見せる。
「彼女に情がないと言えば嘘になります。ただ、5000年前の戦いでは、今回の何十倍もの被害者が出ています。彼女の裏切り行為が招いた結果であるのなら、私達騎士達も同情すべきだはないと思います。ソフィアは聡明な女でした。ヒグザという男に唆されたのだとしても、それは彼女自身が決めたことです。殺戮に手を染めることになっても、行いたいことがあったのでしょう。ですが、その感情は理解できなくて良いと思います。人を殺してまで成したいことなどあって欲しくはないですから」
「そう……ですかぁ……」
 黙って聞いていた明日香は複雑な思いを抱いていく。
「像、どうしますかぁ? 無くさないでって頼んでみますかぁ?」
「皆さんにお任せします」
 カルロの答えに、明日香はこくりと頷いた。
「お考え、胸に刻んでおきます」
 ニーナは深く頭を下げて、心に傷を抱えているパートナーのところに戻っていった。
「ソフィアを眠らせて下さった皆さんに、私はとても感謝しています。謝罪の気持もあります。本当は挨拶回りをしなければいけないところですが……今はまだ、どうかお許し下さい」
 カルロは回りの人々に頭を下げて、それからジュースの入ったグラスを手にとった。
 ジュースを明日香に渡して、自分も新たなグラスを手にとって、明日香のグラスにカツンと重ねた。
「お疲れ様でした」
 そして、悲しみが篭った優しい微笑みを浮かべた。