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仮初めの日常

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仮初めの日常

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「はあ……やっと着きました」
 赤羽 美央(あかばね・みお)は汗だくになりながら、墓地へたどり着いた。
 手術が必要なほどの大怪我をしていたため、彼女はまだ入院中だった。
 松葉杖を使って、体を支えながらパートナーのジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)と共に、ここまでやってきたのだ。
「大変そうデスネー」
 ジョセフは既に全快していた。
「まあ美央はガリガリデスシ、貧相だから治りが遅いんでショウネ、ハハハ!」
 その美央が守ったせいで、ジョセフの怪我は美央より浅かったのだが、そのことはすっかり抜け落ちてしまったらしい。……というより、悲しみに暮れたり、沈んだ雰囲気が苦手なので、こんな風に冗談を言わずにはいられないのだ。
 美央は軽くジョセフを睨んだだけで何も言わずに墓地の中へと入っていく。
「侘助さんと火藍さんが来ていますね……元気がありませんね」
 自分というよりジョセフを2人と会わせるのは良くないかなと思い、美央はそっと2人を見守り、彼らが慰霊碑の側から離れてから、道端で摘んだ小さな花を持って慰霊碑へと近づいた。
「ごめんなさい。病院を抜け出してきた状態ですので、ちゃんとした花は用意できませんでした。それはまた、改めて……」
 花を手向け、慰霊碑に向って、美央は語りかけていく。
「ほんのちょっとの間だけでしたが、大切な人達を護るという覚悟の重さを教えてもらえました。皆さんが命を賭してまで救おうとした場所は、今のところ無事こうして残っていますよ」
 キメラの来襲もあったとのことだが、命を落とした者はいなかったと聞いている。
 街も人も、傷ついたモノもあるけれど、失われはしなかった。
「ご家族とか、大切な人達のことが気がかりかもしれませんが、きっと時間が解決してくれます。かくいう私も無事ではないのですが、まあお互いしばらく休んでいましょう。少なくとも、今日は平和なんですし」
 そう言って目を細めて、しばらくその場に立っていた。
 ジョセフは美央にも慰霊碑にも近づかなかった。
 木陰に隠れて、そこから慰霊碑の方へと薔薇の花をふわりと飛ばす。
「ユー達も、余りしんみりされると、疲れるでショウ?」
 離れた位置から、空の彼方を見上げながら犠牲者に話しかけていく。
「せっかく重い体カラ離れられたんダカラ、ミーみたいに適当にぶらぶら生きる……イエ、ぶらぶらと流されていくのもなかなか面白いデスヨ?」
 美央にその声は届かなかったけれど、飛んできた薔薇の花には気付いており、拾い上げて、自分の手向けた花の隣にきちんと並べた。
「今日は神楽崎隊長……いえ、神楽崎さん、来ていないようですね」
 パートナーが重体に陥り、自身もキツイ状況にある中で、必要な指示を出し続けてくれた彼女に美央は感謝をしていた。戦友としても。
「感謝の言葉は……百合園に送っておきましょうか。お会いできることがあるのなら、直接伝えたいですけれどね」
 優子の分の祈りも捧げた後、美央はその場を離れ、木陰に留まり続けていたジョセフと合流をする。
「手を貸しまショウカ? お礼は何を戴きましょうカネ〜?」
 陽気なジョセフの様子に、安心感を覚えながら一緒にゆっくりと歩いていく。
「むー、これだけぼろぼろだったら、本格的に休んでないとだめですね。次戦いに行く時までに治して無いと足手まといになっちゃいますよね」
「ナント! 懲りずにまた無茶するつもりデスカ」
「当たり前です。何かの際にはいつでも駆けつけますよ。……武術部の練習とかもあるし、鍛錬はかかさないようにしてないといけないですし」
 大きく息をついて、美央はまた汗を拭った。
「という訳で、これから治るまでは、ゆっくりとしておきましょうか」
「そうですネー。ゆっくり休むとイイデスヨ」
 ジョセフは美央の歩調に合わせて、ゆっくりゆっくり病院へと歩いていくのだった。

(僕達がもっとしっかりしていれば、助かった命があったかもしれない)
 墓を回る清泉 北都(いずみ・ほくと)の表情は沈んでいた。
 共に歩く白銀 昶(しろがね・あきら)は普段どおりだけれど、北都が沈んでいるのでやはり浮かない顔だった。
(あの時は手の届く場所で危機に陥っている人を見捨てて、先へは行けなかった。本当は全体を考えれば、別の事をすべきだったかもしれない。私情で動いたのは事実で)
 花を手向けながらも、北都には彼らを自分が助けられたとは、思わなかった。
(……でも僕はそれを後悔していない)
 軍に所属しているわけでも、組織に所属している訳でもない。
 命に優劣なんて存在しないけれど、それでも北都には助けたい人がいたから。
 危険を覚悟して先に進むべきところがあったかもしれない。
 後になってこんな風に思う事もあるけれど。
 誰にも正解なんて判らないんだから。
「自分で選んで行った行動だから、僕は後悔はしていない。後悔して何かが変わるわけじゃない」
 墓に花を添えて。
 目を閉じて、北都は亡くなった人々へ祈りを捧げ、感謝の気持を送る。
「僕がここに居るのは支援してくれた人達と命を賭けて仕事をした人達のおかげだよ」
 だから。
 二度とこんな事がないように。
 もう犠牲を出してしまったり、痛い思いをしなくて済むように。
(強くなりたい。強く、なりたいよ)
 昶は北都に付き従っていたが、自分自身は祈りは捧げていなかった。
 昶にとって、優先すべきは北都だから。
 最後のあの時も、北都が友達を助けたいというから、付き合ったまでだった。
「離宮とは関係ないけどさ……ツァンダの方にあったっていう獣人達の村に行ってもいいか?」
 北都が全ての墓を周り終えた後で、昶は尋ねた。
 そこにも、組織の作り出されたモノで失われた命が眠っている。
「同じ獣人としては一度確認したい事があるからよ」
 その獣人の村は、昶が育った村でも、親交があった村でもないけれど。
 同じ種族が痛めつけられたという事実に、不快感を覚えていた。
「次に鏖殺寺院やエリュシオンの奴らが襲ってきたら、オレは全力で立ち向かうぜ」
 昶のそんな言葉に、北都は首を縦に振る。
「うん、行こう……遠いから準備が必要だね」
 頷き合って墓地を後にし、2人で一緒に獣人達の村へと向かい始める。