First Previous |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
Next Last
リアクション
第3章 完全に観光する気まんまんのモノ・その3
山葉涼司は喧噪から抜け出し、人気のない後方車両で物思いに更けていた。
なんだかコメディ濃度が強まってきたため、なんとなくこんなシリアスシーンも必要かなという配慮である。
それはさておいても、このところ働き詰めだった彼にはこのような時間が必要だ。
神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)はその様子を物陰から見ていた。
彼女がここに来たのは、パートナーのエマ・ルビィ(えま・るびぃ)の誘いがきっかけだった。
「ジュジュ、切符を手に入れたんです。わたしもナラカへ行きたいですわ。その、一緒に来て……くれませんか?」
「急にどーしたの?」
問いただしてみたが、ただ思い詰めた表情を浮かべるばかりで、何も答えない。
「旦那さんの許可はとったの?」
「ジュジュとお仕事でしばらく家を空けます、とだけ」
授受は知らないのだ。
エマがかつてエマイア・アクエリアだった時のことを、過去との決別を信じて、ナラカ行きを決めたことを。
そういう理由があるので、初めはエマの付き添いとして環菜救出隊に参加していた。
だが、ここにきて自分にも目的と呼べるものが出来た。
「メガネ……、じゃなくて新校長。ちょっといい?」
「ああ……、あらたまってどうした?」
授受は涼司の向かいに座ると、皆と敵対するわけじゃないからね、と前置きして話し始めた。
「あたしもいたわ、死んでほしくなかった人……、今もたくさんいる。死んだ者を生き返らせる……、今までどれだけの人が願ったのかしらね……。あたしもカンナ会長の事は悲しい。悔しい。大切な人が殺されたら、絶対に犯人見つけてブチ殺してやるわ」
溢れてくる涙を拭い、ぎゅっと拳を握りしめる。
「……でも、でも! 生き返らせるのは違うと思う。そりゃカンナ会長が生き返ったら嬉しいわ、でも、そう出来ると皆が知ったら? 蒼空学園は人を蘇生する方法を手に入れた。ナラカエクスプレスを使えば死んでも生き返ることが出来る、そう考える人たちが、絶対に出てくるわ」
そして、真っすぐな目で涼司を見つめた。
「……あんたは、世界の理を捻じ曲げる覚悟がある? これから大切な人が死ぬたびに、同じ事をするの?」
「……俺も死者を生き返らせるのは反対だ。たとえそれが環菜校長でも」
ふと、声のほうを見ると、暗がりから黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)が姿を現した。
要人を生き返らせる方法が確立されれば……、それは政府、いや世界にとって大きな収穫となる。
諜報部員としてナラカ調査に来た彼は、情報を集めるため周辺の設備を隠しカメラに収めて回っていた。
しかしながら、彼個人の意見としては、死者蘇生には反対だった。
「一度しかない死を受け入れるから、一瞬の生が輝く……違うか?」
「それは否定しねぇよ」
にゃん丸の視線を真正面で受け止め、涼司は答える。
「俺からも言わせてもらう。山葉、お前は……、俺達が死んだら……、花音が死んだら迎えに来るのか?」
「おまえらの言い分はわかる。けどなぁ……、人間そう理屈だけで動けねぇだろ!」
だんっと壁を叩いた。
「環菜が死んだ、はいそうですか、って諦められねぇんだよ! 世界の理なんて知ったことか! なんと言われても俺はやるぜ! そこに環菜が生き返る可能性があるなら賭ける! 何もしないで諦めるなんてまっぴらごめんだ!」
しんと冷たく空気が凍る。
「黒脛巾、神楽……、俺はおまえ達が死んでもそこに可能性があるなら、救ってやる!」
踵を返し立ち去ろうとすると、その背中に授受が声を賭ける。
「……あんたの気持ちはよくわかったわ。でも、あたしの考えは変わらない。カンナ会長に会えたら、同じ事を聞くつもりよ。彼女が蘇生を望むのかどうかわからないけど……、最後はあんたと会長の判断に任せるわ」
授受は涙を拭って微笑む。
「カンナ会長にもう一度会いたいのは本当よ。会えるように、がんばりましょ」
そう言うと、涼司の横をすり抜け、彼女は別の車両に消えていった。
「くそぅ……、確かにあいつの言う通りだ、真実を本人に聞いて見なけりゃはじまらねぇ!」
にゃん丸は授受とは反対方向に踵を返し、複雑な表情を浮かべたまま立ち去った。
隣りの車両に移ったところで、いるはずのない、パートナーのリリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)に鉢合わせた。
「あ、にゃん丸やっと見っけた」
「り……リリィ、何でまたこんなところに!?」
「何じゃないわよ、こーんなやらしい本の間にこんなもの隠してさ」
目の前に突きつけたのは、まごうことなきナラカエクスプレスの回数券だった。
「古王国の由緒正しき超次元急行だなんて……、こんな豪華列車で自分だけ旅行しようなんて許さないんだからねっ!」
「え……、いや、これは仕事で……。つかこれ、ナラカ行きの列車だぞ?」
「ナラカって……、ナラカ?」
きょとんとリリィは首を傾げる。
「そうなんだ、あんたは地獄行き確定だから下見に行く気持ちはわかるけど……」
「うるせぇやい」
「冗談、冗談……でもナラカも楽しそうだね! 地獄の一丁目、血の池地獄から行ってみよっか〜っ!」
テンション高い相棒に振り回され、にゃん丸には前途多難な冒険の幕開けのようである。
◇◇◇
その頃、貨物車両に妙な動きをする人影があった。
もし、生徒がその人物を見たならば、幽霊が出たのではないかとパニックが引き起こされたかもしれない。
それは御神楽環菜そっくりに変装したリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だった。
「よしよし、鞆絵の至れり尽くせりは完璧ね、今回も瓜二つに仕上がったわ」
コンパクトを見ながら、リカインは満足そうに頷いた。
それから旅客車両に行こうとすると、パートナーの中原 鞆絵(なかはら・ともえ)が止めた。
「本当にその格好で出ていくつもりなんですか……?」
「何言ってんの、あったり前じゃない」
「校長のフリなんて悪趣味にもほどがありますよ。バレたら、どんなにひどく非難されることか……」
「いいじゃない、この姿を見せたら、トリニティから何か情報を引き出せるかもしれないでしょ?」
心配する鞆絵に、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はどんと胸を叩いた。
「大丈夫よ、フィスがついてるんだから、トラブルがあったら護るし」
「だから心配なんですけど……」
そもそもシルフィスティはトラブルバスターと言うより、どっちかって言うと、メイクするほうの人間である。
そんな三人のやり取りを、三人目のパートナー、天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)が物陰から見ていた。
今回の作戦に誘われなかった彼女だが、コッソリと後をつけてきたのだ。
「なんか私に内緒でコソコソやってると思ったら、やっぱりあの女の差し金なのですね……」
敵意を燃やしシルフィスティを睨んでいると、ガラガラと扉が開いて、トリニティが入ってきた。
一瞬ビクッとするリカインだが、すぐに平静を取り戻し、ニセカンナとして話しかけた。
「トリニティ、メールでは世話になったわね。それで状況はどうなってるの?」
「……お客様とメールのやり取りをした覚えはありませんけど?」
極めて冷静な対応だった。
「な、何言ってるのよ、環菜よ、環菜。覚えているでしょう?」
「……御神楽さまの扮装をなさっているのはわかりましたが、それでどう言ったご用件なのでしょうか?」
リカインは小声でシルフィスティに耳打ちする。
「……なんかバレてるくさくない?」
「いけるって、このまま押し切れるって……」
「あの」
「え、なになに?」
「もし、たばかろうとされているなら無駄でございます。残念ながら、私に嘘偽りは通用いたしません」
それから付け加える。
「そもそも、私とはメールのやり取りしかしてないのですから、御神楽さまがどのような容貌をしているのか存じません。その御神楽さまに扮装されましても、私のほうでは本物かどうか確認出来ないではありませんか?」
「はっ……! と、灯台下暗し……!?」
リカインは床に手を突き、ガックリとうなだれた。
◇◇◇
「……なにやってんだ、あいつら?」
その様子を隣りの貨物車両から窓越しに、緋山 政敏(ひやま・まさとし)が見ていた。
彼は現在、パートナーを引き連れて、ナラカエクスプレス内の調査を行っている最中だ。
「この車両にも異常はなかったわ」
並んだ小型飛空艇などの乗り物を避けて、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)がやってきた。
「旅客車両にも怪しい人物は乗ってなかったし……、この感じだと内部に妨害を企んでる人はいなさそうね」
「何もないなら何もないでそれにこしたことはないさ」
「まぁ、そうだけど……。ねぇ……、政敏。ちょっと訊いてもいい?」
「なんだ?」
「政敏は環菜さんの蘇生には反対してるのよね? なのにどうして救出隊に志願したの?」
「……しいて言えば、二次遭難を防ぐためかな。校長はともかく、ここにいるみんなは無事にこっち側に戻したい。あとはまぁ、校長があのメールを削除してなかった点を図りかねてるから、理由を知りたいってのもあるな」
「メールってトリニティの?」
政敏は頷く。
「だって、あんなメールを残してたら、みんな危険を冒してでも助けに行くだろうに……」
「言われてみれば、そうよね」
「ま、そんな話はあとだ。奈落人が乗り込んでたら洒落にならないからな、とっとと全車両のチェックを済ませよう」
とその時、トリニティが車両に入ってきた。
「見学中でしたか、どうぞ続けてください」
踵を返そうとするトリニティを、慌ててリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が呼び止めた。
彼女の顔を見て、頼み事があったのを思いだしたのだ。
「あの、トリニティさん。お願いしたいことがあるんですけど……」
「なんでございましょうか?」
「機関室と運転室って先頭車両ですよね。もし良かったら見学させてもらうことって出来ないですか? 技術的にも気になりますし……、あ、言っておきますけど、私は鉄ちゃんじゃないですからね。あくまで普通の人ですからね」
しかし、トリニティは首を振った。
「申し訳ありませんがお断りしています」
「何かあると困りますし……、この列車を希望と捉えている人達がいるんです、お願いします」
頭を下げて丁寧に頼み込むが、やはり首を縦には振らなかった。
「防犯上の理由で、私しか入室出来なように設定してあります。どうか諦めて下さい」
「そ、そうですか……って、えーと、その……、トリニティさんが運転手もやっているんですか?」
「そういうわけではありません。私が行うのは行き先の設定ぐらいで、基本的に列車は自動運転で進行します」
「……ってことはやっぱり、この列車は一人で切り盛りしてるのか」
政敏が感心していると、ふと、霧の立ちこめる窓の外に人影が見えた。
先ほど調査の途中であった生徒で、特に不審な点もなかったが、政敏は奇妙な違和感を覚えた。
ハッキリとした確証はないのだが、なんというかその……、雰囲気や表情が違っているように思えたのだ。
「……おでましのようですね」
不意にトリニティが呟いた。
その言葉に気を取られた時にはもう、その人物は霧の中に姿を消していた。
First Previous |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
Next Last