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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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第四章 お世継ぎ2

「奥医師の大奥での診療は誠に恐れ入る。無駄な経費を抑えるなどのご倹約にもご協力頂いているそうだな」
 マホロバ城では、本郷 翔(ほんごう・かける)ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が奥医師として大老と謁見していた。
 大老はこのところ目覚ましいほどに忙しく、四半刻で話を終えるように事前に告げていた。
 翔は仕方なく、単刀直入に切り出した。

「いえ、私たちはただ努めを果たしているだけですから。でも、大奥の女達はそう思っていないものも居ます。不満があるのを、大老様もご存知でしょう」
「大奥の不満など、このマホロバの大きな政(まつりごと)からみれば小さきこと。それよりも、奥医師様にはいっそうご活躍頂き、マホロバ幕府を支えて頂きたい」
「……と、申しますのは?」
 翔が訝しむと、大老は大声で笑った。
「何、そう考えるものではない。大奥の御花実の様子とお世継ぎについて、逐一我らに知らせてくれればよいだけだ。流石にあそこは男は入りづらいものでな」
 翔は大老や改革派家老と接触すれば、奥医師の範囲を超えて大奥でも影響力のある存在になれるだろうと考えていた。
 そのことで、変わるかもしれない大奥を良い方向に舵を取る手伝いが出来るならと、彼は了承することにした。
「良いでしょう。お世継ぎ問題はマホロバの将来にも直結しています。ね、ソール先生!」
 大老相手にはあまりやる気を見せていなかったソールだが、帰り際、可愛い奥女中を見つけて彼はこういった。
「俺はこのまま、大奥の奥医師で女の子に囲まれてモテモテ状態を維持できるなら、協力してやってもいぜ。なまじ、違った方向に行っても俺は構わない」
 ソールの言葉が引っかかり、翔は首をかしげる。
「間違った方向って?」
「大奥がいつも良い方向に行くとは限らないだろう? それに政情は常に不安定ときている……あ、お嬢さん。それ、重いから持って上げよう。その後で俺とデートしようね」
 ふざけているように見えるが、翔は案外、ソールが的を得ているような気がしていた。

卍卍卍


 紫水の間では、瑞穂 睦姫(みずほの・ちかひめ)が文机にもたれかかるようにして座っていた。
 今では白米の炊ける臭いだけで気持ちが悪くなるらしい。
「ちかちゃん……ボク、おめでとう言いに来たんだ」
 百合園女学院桐生 円(きりゅう・まどか)がおずおずとやって来た。
「この前の、答え聞いてくれる、かな?」
 睦姫は円の顔を見ると「ええ」と小さく言った。
「ボクが好きな子って女の子なんだ。片思いだし、好きになっちゃったのは後悔してないよ。ボクの中で一番その子が大きいからね」
 しかし、円はふと寂しそうな笑顔を見える。
「ボクはその子の事、理解すればするほど好きになったんだ。だから、ちかちゃんも、将軍の事を理解して好きになっていけばいいと思うよ、おなかの子もいるんだし、焦らなくてもさ。将軍はいい人って聞くよ?」
「そう、いいわね。貴女は……女同士だったら、こんな思いしなくても済むでしょう?」 睦姫は顔を上げたが、再び突っ伏した。
「いい人だとか、関係ないわ。あんな怖い思いするの初めてよ」
 円は困り果てて、睦姫の隣りに座った。
「ネックレスちょっと貸して。ボクも、ちかちゃんが幸せになれるように祈りたいんだ。どうやって何時も祈るの? 」
 円に言われて胸元に手を伸ばしたとき、睦姫はハッとした。
「……ない、ネックレスが!?」
「どこかに置き忘れたんじゃないかしらあ?」
 吸血鬼オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が当たりを見渡している。
「そんなはずはないわ。私、いつも一緒に……いたっ」
 睦姫が急に腹を押さえてうずくまった。
 泣き出しそうな睦姫に、オリヴィアが親身になって答える。
「私が探して差し上げますわぁ。それに、困ったときは声をかけるようにと葦原房姫様がおっしゃってるそうねえ」
「房姫?」
「房姫様自ら産着を縫ってらっしゃるそうですし。無事にお子たちが生まれるよう、努めるのは大奥の全員の役目とか。瑞穂と葦原の確執を取り除くいい機会じゃないでしょうか? 同じマホロバですし、今のうちに仲良くしても損はないかと思いますよぉ」
 睦姫が腹の痛みに耐えているところを、慌てて駆け寄った人物が居た。
 百合園女学院オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)である。
 オルレアーヌは睦姫の身を心配しつつ、思い詰めた表情で言った。
「睦姫様――本日は、御暇乞いに参りました」
「何ですって?」
 オルレアーヌは睦姫が回復するのを待って、静かにこう言った。
「私が貴女に近付いたのは此の手に掛ける為です」
 彼女はエリュシオン帝国への嫌悪と敵意、いかにしてシャンバラやマホロバから叩き出すかという算段を語った。
「ですが――私の唯一にして最大の誤算は……睦姫、貴女が貴女であったということ。もっと傲岸不遜で高飛車で、エリュシオンの後ろ盾に虎の威を借る狐であれば、どんなにやり易かった事か……それがどうして! 私は、貴女に……魅せられてしまった」
 感情を抑えられなくなったのか、オルレアーヌは胸の内を吐出す。
「貴女が純粋だったから、私は貴女を解き放って差上げます。死ではなく――別の方法で貴女を瑞穂の呪縛から解放ちます」
 オルレアーヌの告白に睦姫は驚きを隠せなかった。
 ただ、彼女の名を繰り返し呼んでいる。
 そのとき、紫光の間の入り口で、男性役人と女官が押し問答している騒ぎが聞こえてきた。
「一体、どうしたの?」
「睦姫様、お逃げください。貴女が、ユグドラシルの隠れ信者だと言うことが大老に知られたのです。私が考えていた以上に、大老の動きが早かった。さあ、早く。私が貴女にして差し上げられるのはこのくらいです」
 オルレアーヌが役人の元へ立ちはだかろうとしている。
 睦姫が後ろから叫んだ。
「駄目よ、貴女も一緒に逃げて!」
「ジズー(ジーザスの略称)。それが私の名だ――地獄に堕ちても忘れるな」
 オルレアーヌはまるで自分自身に言い聞かせるように良い、掛けていた眼鏡を外し睦姫へ投げて寄越した。
「さあ、早くお行きなさい!」
 睦姫は円とオリヴィアに引きずられるように、窓から脱出させられていた。