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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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第三章 鬼城暗殺部隊3

「とっても、とっても、しつこいデース! ミーは何も悪いことしてマセーン!」
 葦原明倫館分校長{SNM9998870#ティファニー・ジーン}はマホロバ城下を縦横に駆けていた。
 この数日間、昼夜問わず黒い連中が彼女にまとわりついている。
 ティファニーの我慢も体力もストレスも限界に達しようとしていた。
 長屋の狭い路地を駆け抜け、角を曲がった瞬間、彼女は先回りしていた黒い集団に追い詰められた。
 小刀の鋭い刃が次々に襲いかかり、ティファニーを切り刻む。
 彼らは終始無言で、任務を遂行していた。
「……も、もうダメ……デス」
 彼女は倒れ込み、死を覚悟したときだった。
 地面を這うように強い爆炎が巻き起こった。
「ティファニーちゃん、大丈夫!? 遅くなって、ごめんなさいね!」
 イルミンスール魔法学校志方 綾乃(しかた・あやの)が、ティファニーの前に立ちはだかる。
「女の子一人に寄ってたかって……私が相手になってあげますよ!」
 綾乃は投擲武器の一種、戦輪を構える。
 チャクラムとも言われ、真ん中に穴のあいた金属製の円盤は外側に刃が付けられており、投擲武器としては珍しく斬ることを目的としていた。
「忍者だからって、負けませんからね!」
 綾乃がティファニーに近づけまいと戦輪を振り回している。
「主、ティファニー殿はまだ無事のようです。間に合いましたね」
 『八咫烏』の情報を頼りに、忍者の影を追っていた蒼空学園橘 恭司(たちばな・きょうじ)が魔鎧ミハエル・アンツォン(みはえる・あんつぉん)に答える。
「ああ、『依頼』では、鬼も忍者も不殺にしろとのことだが、牙竜もまた無茶なオーダーしやがるぜ」
「はい。追っ手の忍者達は、将軍の忍者部隊とは別の勢力のようですが……参りましょうか。久しぶりに、懐かしの戦場へ」
 ミハエルが恭司に纏われた。
 恭司は魔鎧を通じて、彼の意識と闘志を感じる。
 二人は戦闘に踊り入り、忍者の攻撃を受け身でうまくかわしていた。
 体得している空手と柔術を活かし、忍者の差すような攻撃から間隙を狙う。
 安全な間合いを見切り、不用意な攻撃をせずに隙を作らないよう心がければ、忍者戦でのダメージを抑えることができた。
「ある程度、数を減らせれば、こいつらを別の勢力にぶつけたいところだが……」
 恭司は戦闘中に考えながらティファニー達を見るが、彼女たちも防戦で手一杯のようだ。
 とても指示までは出せない。
 そこへ、頭上から彼らに声が投げられた。
「恭司、こっちだ。俺たちが誘導する。長屋の住民にも迷惑はかけられないからな」
 蒼空学園閃崎 静麻(せんざき・しずま)が、長屋の屋根上から呼びかける。
 彼のパートナーであるヴァルキリーレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が飛びながら、両腕を振って彼らを招いていた。
「こちらに来られますか? 私たちも援護します!」
 しかし、忍者達も素早い。
 走しり出す彼らに追従する。
「それがしとて、貴殿らに遅れはとらぬ。こうなった以上は、容赦せぬぞ」
 初代服部半蔵の分霊服部 保長(はっとり・やすなが)は潜んでいた物陰から回り込み、誘い込まれた忍者に襲いかかった。
 飛び出し刃を仕込んでおいた罠を作動させる。
 首に当たれば、はねられる仕様だ。
「静麻、そいつらは一応殺さないでくれ……こんなときに無茶振りなのは分かってるが!」
 恭司が走りながら叫ぶのに、静麻も答える。
「もちろん、俺だってそうしたい。こんな戦いでなければ、奴らだってマホロバの重要な戦力だからな。これからの状況次第だ……!」
 静麻達の行く先には、瑞穂弘道館分校がある。
 瑞穂藩士達が何事かと武器を持ってぞろぞろと現れた。
 静麻の作戦は、追っ手の忍者部隊と鬼、瑞穂藩士を鉢合わせ、纏めてかからせるというものだ。
 ハイナ総奉行には話は通しており、彼女はこれ程関係が悪化しているのならば、瑞穂の出鼻を挫くのもやむなしと判断していた。
「――静麻、役者は揃ったようよ。あれを見て!」
 魔道書神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)が指さした。
 彼らの視線の先には、鬼の面を付け、金の縁取りと黒藤の花が描れた衣装を纏い、長刀を携えた女の姿があった。
「将軍家の為、弟に変わって、私がお前達に死を与える……」
 鬼はそう良いながら長刀を振るってきた。
「やはり、放たれたのは将軍様の姉上か!」
 静麻と恭司は目を合わせ、互いに確認し合う。
 彼女は殺さず、連れ戻すことで彼らの意思は通じている。
 しかし、鬼となった姫は次々に目の前の者をなぎ倒していた。
 敵、味方問わずである。
「どうしましょう……鬼鎧を復活させるために、鬼の血を求めてここまで来たのは良いけれど……不用意に近づけませんわ」
 葦原明倫館の水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が機晶姫鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)を連れて、その光景に呆然としていた。
 鬼鎧と聞き、問い返す静麻に、彼女がこれまでの鬼鎧の経緯を話した。
「鬼鎧を動かすには、鬼の血が必要なんです。でも、今まで葦原は、鬼鎧を一度は瑞穂藩には奪われたし、二度目は暴れる鬼鎧に為す術ありませんでした。はあ……私、何をしてるんでしょう」
 そんな彼女を静麻は励ました。
「これまでやってきたことは無駄ではないはず。それに瑞穂藩士も、ここで失うには惜しい存在だ。マホロバの中で争っていても、無駄な血が流れるだけ。本当の脅威は何なのか、この国の人たちは気付く必要がある」
 戦いは入り乱れ、混戦を極めていた。
 敵味方共に負傷者は増し、傷ついたティファニーもぐったりして動けないようだ。
 綾乃が付き添っている。
 そのような中、ようやく灯姫に追いついた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が、身を挺して叫んでいた。
「灯姫! 貴女はそんなことをしちゃいけない人だ。本当に鬼城やマホロバを想うなら貴女は鬼と人間が共に生きられるように力を貸して欲しい!」
「また、お前か! そんな未来はない……! 永遠に来るはずが……ない! みんな、喰い殺してやる!!」
 その瞬間、鬼の長刀が優斗の脇腹を突いた。
 優斗の鮮血が灯姫の顔にまではねた。
 彼はがくりと膝をつく。
「それでも……僕は……信じてる」
「……お前は」
 優斗は激痛に耐えながら微笑んだ。
 正気に返った灯姫は、深手を負った彼を抱きしめ、二人ともそのまま倒れ込む。
「今よ、九頭切丸!」
 睡蓮の叫びに、機を見た九頭切丸が前に飛び出した。
 加速し、疾風突きで敵をかく乱している。
 敵は大いに動きを乱していった。
 鬼を恐れて逃げ出した瑞穂藩士を追ったのは、プルガトーリオの炎の嵐だった。
 炎は、瑞穂弘道館分校へと飛び火していた。
 「これは……大事では済まされないかもしれんぞ」
 駆けつけた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)がティファニーの無事を確認した後、貞継にどう告げるか悩んでいた。
 彼はティファニーを何処かにかくまう必要性を感じる。
「ティファニーちゃんを守るのは、何も腕力だけじゃない。友人として、俺ができることを手伝わせて欲しい」
 蒼空学園風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、ティファニーと双子の兄である優斗の傷ついた姿を見つめていた。
「うちの兄貴が迷惑をかけたな。昔からこんな性分でな。でも、俺も気持ちは同じだ。鬼達も暮らせるマホロバになれば、もう秘密は必要ない。ティファニーちゃんも狙われずに済む……」
 彼は籠手型HCに自分の想いを打ち込んでいた。
「将軍家の秘密を暴露してやろうと想ったが、マホロバはまだインターネットが整備されてない未開の地だ。アナログだが、直接大老を揺さぶることにした。あの地下で眠る鬼子達をちゃんと弔ってやるためにもな」
 隼人は大老へ送りつける草案を書き込むと、マホロバ城へ向かって歩き出していた。

卍卍卍


「たわけが……!」
 大老楠山は、隼人の書いた文を握りつぶし、屑かごへほうった。
 大奥の女官、剣の花嫁アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)が大老に渡したものだ。
 彼女はかつてティファニー付きの女官であった。
「大老がどれだけ締め付けても、情報は縛れないんだから!どこからか必ず漏れるわ!」
 その内容はマホロバ地下で撮影したものを、世間に公開するというものであった。
 楠山は笑う。
「何を持ち込まれようとも、マホロバの民が揺らぐことはない。第一、そんな得体の知れぬもの、マホロバで信じる者はおらぬだろう」
 それよりも、大老はこれを大奥へ切り込む好機と見た。
 権力を大老一派に集中させるためには、表の政にまで口出しする大奥をそのままにしてはおけなかったのだ。
 英霊ホウ統 士元(ほうとう・しげん)は、インターネット上にいつでも流せるように準備をしておくつもりではあったが、ここがシャンバラではなく、マホロバであるということに手を焼いていた。
「ここが空京であれば、こんな問題はないんですけどねえ」
 マホロバではインターネットは極一部を除いて開通していない。
 それも米軍が独占している。
 マホロバの人々は殆どが古来の生活を営み、とくに不便さも感じていなかった。
「それにしても、アイナくんをどう助けるか、ですが……」
 士元は頭を始終巡らせている。
 依然として、アイナは囚われの身のままとなっている。