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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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第六章 天子拉致計画1

 貞継の心の乱れは日に日に悪化していた。
 彼は自分の中に潜む鬼と扶桑の力が、人の心を食い尽くしたのだと語った。
「大老が将軍の亡き姿を願っているというのに、そんな気弱なセリフ、お姉さんは許さないわよ」
 大慈院に貞継将軍付女官として付いてきた水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が、冗談ぽく喝を入れていた。
 これでも彼女は心配しているのだ。
 緋雨の周りをうろつく訓練されたパラミタペンギンたちも、うんうん頷いている。
 彼女の精鋭部隊は院内に癒しをもたらしていたが、たまに将軍の猫とけんかしていた。 
「これこれ、ふー言わないの。それでね……」
 緋雨はペンギンと猫を引き離しながら言う。
「やはり……貴方を想って托卵した人たちのためにも、マホロバ城に戻る必要があるわ。お城が貴方の居場所よ」
「いや……戻ることはできぬ。また、家臣や女官を殺めるようなことがあれば……そんなものが将軍であって良いはずがない」
「それが将軍家の宿命なら、貴方を救う術はない」
 シャンバラ教導団の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は将軍の相談相手として大慈院に付いてきていた。
 彼は厳しい表情を貞継に向ける。
 小次郎は、ご無礼を承知で申し上げると付け加えた。
「『天鬼神』の力を後世に伝えるためだけに、今の鬼城家があるとすれば……跡継ぎができれば、貴方の価値はなくなります。鬼になるのを待つだけなら、あとはこのまま幽閉されるか、再び城の地下に舞い戻るしかないではありませんか」
 貞継は城の地下という言葉に動揺したようだが、黙って聞いている。
 小次郎の隣で、守護天使のリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、大老の今のマホロバ城での振る舞いについて語った。
「この幽閉は、貴方も本当は納得してないのではないでしょうか。大老となった楠山にこのまま好きにさせて良いのですか」
「楠山は……まだ、将軍となったばかりのころから、老中として働いていた。楠山にとっては将軍が誰であろうと幕府こそが全てだ。楠山は楠山なりの忠義を、幕府に尽くしている」
「だからといって、貴方に責がない訳ではない。将軍が本当は何を望むのか、最後にやりたい事があるなら叶えるが、こちらの言う事も聞いて頂きたいですね」と、小次郎。
 三人の間にしばらく沈黙が訪れた。
 御従人の篠宮 悠(しのみや・ゆう)が間に入る。
「今の話、俺にも言わせてくれ。俺は、俺達は、貞継様が覚悟を決めてくれればそれに付いて行くだけだ。鬼のことは、またああなったら俺達が全力で止める。立ち向かうなら、全力で手伝ってやる。いい加減……覚悟決めようぜ」
 悠は一つの、大それた提案を将軍に進言した。
「扶桑の都に行こうぜ。マホロバを統治する力、『天鬼神』の力を貰ったてんなら、授けた天子様に会おう。正直、何が起こるか俺には分からんが、他に手があるとも思えん」
 悠の突飛な申し出に、貞継は驚く。
「そんなこと、できる訳が……」
「やってやれないことはない。ちょっと不安だが、俺の姉貴を呼ぶか。小型飛空挺で扶桑まで飛ぶぞ」
 悠はさくさくと段取りを進めようとしている。
 緋雨が悠に向かってすっと手を上げた。
「せんせいー! 私もお手伝いするわ。マホロバ城へ戻る前に、扶桑で問題を解決するのが先かもね。距離的には……すごく遠回りだけど。飛行船もう一機あったほうがいいでしょう?」
 彼女は用意していた女物の着物をもって、英霊天津 麻羅(あまつ・まら)と共に貞継ににじり寄る。
「ふふ……覚悟召されよ、将軍!」
「大老の目をごまかすにはこれが一番なのよ! こ、これは作戦であって、着せてみたい訳じゃないんだからね!」
 一時間後――絵心のある麻羅が綺麗に化粧を施し、花柄の着物を着た美少女ができあがっていた。
「貞継様、可愛いいー、私の見立て通りだわ!……じゃない、作戦よ!」と、はしゃぐ緋雨。
「おお、これは……何かに目覚めそうだ」と、乗り気の悠。
「お前達……よくも……」
 ふるふる肩を振るわせる将軍をよそに、彼らは扶桑に向けて出発する準備を行った。
 小次郎がフッと笑った。
「やはり扶桑に行かねばならないか。鬼の血はそう簡単に絶やすこともできないでしょうしね。行くとしますか」
 扶桑の都に向けて、彼らを乗せた飛空挺が飛び立つ。


卍卍卍


「はーい、悠。お姉さんが来てあげたわよ−」
 彼らは途中で悠の実姉と合流し、百合園女学院篠宮 真奈(しのみや・まな)が小型飛空挺ヘリファルテで迎えに来ていた。
 彼女は女装した貞継をじろじろみている。
「こちら……どなた?」
「ああ、その方がマホロバの将軍様だ。鬼城貞継将軍」
 弟の紹介に真奈が奇声を上げた。
「うそ。マホロバ将軍てこんな趣味が……うちの校長とタメ張れるんじゃないの?」
「お前達は本当に……本当に。これ以上は許さんぞ」
 貞継は着物を脱ぎすてようとしたが、ことごとく緋雨たちに阻止される。
 中には、悠の精霊三姉妹の次女モトハル・キッカワ(もとはる・きっかわ)タカカゲ・コバヤカワ(たかかげ・こばやかわ)も紛れ込んでいた。
「扶桑の都に着くまでは何があるか分からないんだし、このままが良いわよ!」
「そうですわ。ぎらぎらと隠された男の本能にこんな面白い格好……ではなくて、将軍様の安全のためにも必要ですわ〜!」
 将軍は説得されてそのままの格好で渋々、小型飛行船に乗せられた。
 多人数なのと、追っ手が来た時を考えて、休憩のときに二挺を人数を入れ替えて交互に乗り換えたりしていた。
 緋雨たちの乗る飛行艇アルバトロスでは精霊火軻具土 命(ひのかぐつちの・みこと)が運転をし、後部では櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)が追っ手に注意を払っていた。
「このまま何事もなく扶桑に着いたらいいんやけど……そういえば、さっきから将軍様のお姿が見えしませんなあ」
 命の問いかけに、姫神が冷静に答える。
「つい先ほど、乗り物に酔ったと言われて、篠宮さんとこのタカモト・モーリ(たかもと・もーり)さんに付き添われて貨物室の方に行きましたよ」
「貨物室? なんでまたそんな狭いとこ……」
「さあ。少しお休みになりたいとか」
「まあ……いいわ。もうじき、着きますさかい。都入りすれば、嫌でも大変やろうしねえ」



 そのころ後部の貨物室。
「托卵でなくていいのか……?」
「はい……私は、この温もりを胸に戦場へ行きます」
「悠とその姉に知れたら……殺されそうな気がする」
「大丈夫です。兄様達は私のことを応援してくれてますから」
 小型飛行船の貨物室は限りなく狭いので、荷に腰掛けている貞継の膝の上にタカモトが座っている。
 乱れた息と熱気に飛行船の丸い小さな窓ガラスが曇っていた。
「どうか……私に、思い出と貞継様ご自身を、お刻み……ください」
 呼吸は荒くなり、タカモトの身体は火のように熱くなっている。
 彼女の手形が曇りガラスにぺたりと残されていた。



 一方、小型飛空挺ヘリファルテでは、姉弟が久しぶりに水入らずの会話をしていた。
「あんたがマホロバ将軍様の側近だなんて、驚いたわ。まあ、姉として応援してるから、頑張りなさいね……ところで、彼女はできたの?」
「な、何を言いだすんだ。いきなり」
「なによ、いい年した弟の心配しちゃ悪いの?」
「そっちこそ、男の影が全然みえねーぞ!」
 姉弟の会話に、真奈のパートナーモリガン・バイヴ・カハ(もりがん・まいぶかは)がくすくす笑っている。
「真奈、そんなに弟殿をからかうものではなくてよ。マホロバ将軍様も思っていたより可愛らしい方でしたけど、常に仕える殿方とその周囲に気を配るのが淑女の嗜みですわ」
「ねえねえ、あれ見て見てー!!」
 魔鎧サージュ・ソルセルリー(さーじゅ・そるせるりー)が窓の下に見える扶桑の都と、巨大な桜の木を見て歓声を上げる。
「すごーい! 大きい〜! きれーい!」
 まだ開花途中ではあるが、扶桑の壮大さは上空からもよく分かる。
「あれが扶桑。桜の世界樹。あそこがマホロバの始まり……そして天子がいるという」
 護衛としてついて来ていた魔道書著者不明 エリン来寇の書(ちょしゃふめい・えりんらいこうのしょ)は、天子をみたいという夢が叶うのを目前にして胸が高鳴っていた。
 その本を見ても、扶桑の化身や天子、将軍家やマホロバの関係は載っていない。
 彼女自身がその著作となるのだ。
 希望と不安と未来を抱えて、彼らは古都の地に足を踏み入れた。