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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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第七章 扶桑のかけら2

「ゲーンヂくん! 今がチャンスじゃん。瑞穂を天子様に売り込まないとぅ!」
 薔薇の学舎南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が、現示を焚きつけていた。
 しかし、現示はぼんやりと突っ立ったまま、目の前の光景を見つめている。
 光一郎が目の前で人差し指と小指を立てたポーズを取ったり、現示の尻を撫でてみたりしたが、先ほどから反応が薄い……。
「もしかして、さっき俺様が教えてあげたこと気にしてるのかナ? チカたんのこと。まあ、今は行方不明だけどすぐ見つかるっしょ。他に行く当てもないだろうし」
 話は少し戻る。
 光一郎は現示にマホロバ城の地下のことや、大奥における睦姫の件をあますことなく伝えていた。
 睦姫の托卵や、隠れ信者であることがばれ、大奥から姿を消したということもだ。
 光一郎は、天子に睦姫とその子を差し出すことを提案していた。
「扶桑の『噴花』と鬼城家の『托卵』が同じシステムなら、扶桑は数千年のサイクルで若返りを繰り返すじゃん? そのとき鬼城が一族を差し出したっつーなら、俺らも何か差し出さねーとな。今のマホロバ統治の継嗣を修正するために……それは『今』しかできないよ?」
 現示はようやく気を取り直したようだ。
「わかってるさ。……天子様!」
 現示は前に進み出ると、片膝をついた。
「私は瑞穂藩の者です。瑞穂は二千五百年前に天下統一の戦いで破れ、貴方様にマホロバの統治者として選んでは頂けなかった。しかし、今は、このマホロバのために全身全霊を掛ける所存です。どうか、我々と一緒に瑞穂の地へおいでください」と、現示の言葉に、他の瑞穂藩士も一斉にひざまずいた。 
「そのためなら、どんな犠牲もはらいましょう」
「貴方たち瑞穂だけでマホロバを収めるのは無理よ。扶桑の力をマホロバの国力に付ける為とはいえ、天子をさらおうとする人たちに、好き勝手はさせられないわ」
 刀真のパートナーである剣の花嫁漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、瑞穂にその資格はないという。
「マホロバのためとは言え、お前らは天子様に認められていないのだから、力を貸してくれるはずがなかろう」と、刀真。
「うるせえよ、俺は天子様にお伺いしてんだ。脇からごちゃごちゃいうな!」
 皆が固唾を呑んで天子の返事を待つ。
 天子はややあって、ゆっくりと語った。

【二千五百年前の噴花で、鬼城貞康に力を授けたのは……鬼城家が鬼鎧を含め、類い稀な「鬼」の力でマホロバに天下統一という安寧をもたらしたためです。そしてあの時、貞康は、『権威』を求めなかった。彼はどうやって世の中を秩序立てるかを考えていました。将軍が自ら天子になるのを思いとどまったのは、実をとるため。荒れ果てた社会立て直し、幕府の安寧を末永く保ちたかったからかもしれません……】

「扶桑の力を受け継がせていくために濃い『鬼の血』必要で、初代将軍に力を渡したのは……鬼鎧のためではないのか?」
 英霊玉藻 前(たまもの・まえ)が、当時の状況に思いを巡らせる。
 「鬼」の力は外敵を退け、マホロバに平和をもたらしつつ、次の噴火までの扶桑を守る役割があった。
 しかし「鬼」の力があまりに強いため、扶桑の力で阿修羅を抑え込んでいると天子は言う。

【扶桑と天子は同一。また、鬼の血と天子の力を合わせた力が『天鬼神の力』。『天鬼神の血』を受け継ぐ者よ。この二千年以上もの間、よくマホロバを守ってくれましたね。しかし、扶桑が復活のために死に近づきある中で、鬼の力を抑える天子の力も弱まったのでしょう。貴方を苦しめてしまったようですね】

 貞継はただ頭を下げている。

【そして瑞穂の者よ。マホロバに生きる者を、あの時、あなた方を見捨てたのではありません。マホロバを守る資格を問うたのです】

 現示は平伏し、天子の言葉をかみしめている。

【もう一度。あなた方に、ここにいる全てものにマホロバを守る資格を問います】

 天子のすずやかな御声が辺り一帯にこだました。

【『扶桑』は枯れ、また蘇る。復活の『噴花』によってマホロバの生命の多くが死に、新しい命がばらまかれます。『死』と『復活』と『繁栄』。それが扶桑の噴花です。今は、それをあなた方に伝えるために、仮の姿となりました】

「お待ちください。それでは天子様は、本当の貴方様は何処へ……」
 今まで一言も発しなかった貞継が声を上げた。
 天子は微笑を浮かべながら姿を消していく。

【『私』は『私』を取り戻さなくては……この地に眠るもう一つの『私』を】

 そして、天子はもう一度繰り返した。

【扶桑が完全な『噴花』を遂げたとき、マホロバは新しい生命に満たされるでしょう】

卍卍卍


「現示、葦原と手を組んだほうがいい。瑞穂だけで何とかなるとは思えない」
 天子の姿が消え、奪還に失敗した瑞穂藩は次々に撤退していく。
 都の瑞穂藩邸へ引き返す途中で、八神 誠一(やがみ・せいいち)は現示に葦原と手を組むようにいった。
 英霊伊東 一刀斎(いとう・いっとうさい)も誠一の意見と同じだ。
 乱世の悲惨さは身に染みてわかる。
「命には賭けどころがあろう。死に急ぐは匹夫の勇、ただの不忠者のやることぞ」
「それがしも瑞穂藩全体とはいわぬ。葦原も瑞穂も、マホロバ内に分校がある。瑞穂弘道館分校だけでも、明倫館分校と手を結ぶと良いのではないか。明倫館分校長のティファニー殿とそれがしは親密でどろり濃厚ピーチジュースな間柄でござるよ」
 光一郎のパートナーオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、一部事実をねつ造しながらも、ティファニーとの橋渡し役をかってでていた。
「幕府も一枚岩ではござらん。手を結べるものは結び、マホロバにとって仇となるものと戦えばよい」
「いや、そういう問題じゃねえんだ。これは、誰がマホロバの頭を取るかって話だろ……天子様に認めて頂かねば……ずっと俺達は」
 現示は言葉を詰まらせた。
「日陰の道を歩むことになる……」

卍卍卍


 貞継は帰りの小型飛空挺の中で、始終押し黙っていた。
 ようやく口を開いたときには、マホロバ城下が見えてきた頃だった。
「噴花が起これば新しい生命がマホロバにばらまかれる。しかし、そのために今を生きるマホロバの人々が大勢死ぬことになる……」
 将軍は再び、鬼と天子の力の間で苛まれることになる。
「扶桑の噴花を成させて、果たして良いと言えるのだろうか……?」