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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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第八章 龍騎士


 天子を連れ去ることに失敗し、都の瑞穂藩邸に逃げ込んだ現示達を待っていたのは、インスミール魔法学校ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)であった。
 彼は、現示に瑞穂藩からエリュシオンに龍騎士団を派遣してもらうこと依頼していた。
「ふむう、天子奪還計画は失敗したみたいだけど、そういうときこそ、エリュシオンの力が必要だよ。瑞穂がマホロバを救う次代将軍の後ろ盾となるためにも、帝国の庇護を受けた方が良いね!キミみたいな憂国の烈士が立ち上がらなくてどうするんだい? うひひ……」
 ブルタはまた、鬼鎧をちらつかせればエリュシオンも積極的に加勢してくれるかも知れないという。
「ボクはね、前々から疑問だったんだ。葦原は西シャンバラに属してるけど、マホロバは本来は東にこそ相応しいんじゃないかってね。鬼鎧を大量に復活させれば、エリュシオンも手厚く迎えてくれるだろうし、何よりもね、西側はパラミタの資源を狙う地球勢力だよ。扶桑の力も目を付けられて、奪われちゃうんじゃないかなあ」
「シャンバラ東西の分裂にマホロバが巻き込まれるのはごめんだ。シャンバラだけでやってくれってやつだ。だがな、龍騎士団は……」
 現示にも色々思うところがあるようだ。
「やってみてもいいが、エリュシオン帝国の龍騎士団か。後々、なんか押しつけられそうだな」
「ならば、やはり鬼鎧を東側の兵器として復活させるしかあるまい」
 波羅密多実業高等学校送りになっているジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)も、鬼鎧を東側の兵器とし、重視することを提案していた。
 瑞穂で量産されるようにしたいと言う。
「おまえは知らんだろうが、シャンバラ東西の分裂で東側が劣勢で困るのは帝国だ。今、マホロバに鬼鎧があると知れれば、帝国も、鏖殺寺院もマホロバに一目置く。お前達の望む力も手に入れられるだろう」
「……瑞穂から帝国に支援を仰ぐのは簡単だが、そうなると手土産は一つじゃすまねえぞ」
「葦原から奪った鬼鎧があるではないか。あれだけでは足りんというのか」と、ジャジラッド。
 現示がにやりと笑った。
「あれは、今動かねえしな。それに、あんたそのものが帝国への土産物になるといいんだけどなあ」
「何だと」


 そのとき、目を患った女が瑞穂藩邸を尋ねる。
 日数谷に会わせろという。
 彼女は乳飲み子を彼に見せた。
「俺は身に覚えねえぞ」
「この子はマホロバ将軍鬼城貞継の血を引く子ですわ。この子を瑞穂の子として、育てて欲しいのです」
「ここは託児所じゃねえ……帰んな」
 現示は女の言葉を本気とは取らなかったようだ。
 彼女を追い返そうとする。
 赤ん坊の母親ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)は、赤ん坊の頭巾を取った。
「これをみても、まだそう思われますか」
 赤ん坊の頭に小さな突起がある。
 現示は一瞬コブかと思ったが、触ってみるとそれが角であることが分かった。
「……これは」
「鬼城の血脈は鬼。『天鬼神』の血を引いた者は、鬼になることもありますが、将軍継承権も持つのです。この子が将軍継嗣となれば、将軍家はこちらのもの」
「しかし、鬼とは……まずいんじゃねえのか」
「将軍家は権威を守るため隠してきましたが、きちんと養育すれば、鬼であろうとなかろうとすばらしい君主になれるでしょう?」
 ファトラは帝国の教育を受けさせて、将来は東シャンバラ側に付く将軍にしたいと言った。
 今、シャンバラは東西に別れにらみ合っている状態だ。
 地球勢力と結びつきの強い西シャンバラの思惑のまま、マホロバが西側に付くのは危険だという。
 地球勢力はパラミタの資源が狙いであって、侵略者はエリュシオン帝国をも食い尽くすを考えているのだ。
「私はこの子が市井の子として一生を終えるのも悪くないと思いましたが、それ以外の道があるのなら、パラミタの為に役立って欲しいと願うのです。母親の勝手な願いですわ」

 現示が考えあぐねていると、藩邸が急に騒がしくなった。
 上空の黒い影が近づき、龍に乗った騎士が藩邸の大庭に降り立つ。
 金髪の精悍な男。
 美しく立派な体躯。
 帝国風の衣装と鎧。
 そして――龍。
「無様な、天子は失敗か。どうして逃げ帰った」
 エリュシオン帰りの瑞穂の龍騎士は、名を漆刃羅 シオメン(うるしばら・しおめん)といった。
「日数谷、お前も龍騎士団に入れ。お前ほどの実力があれば、暴れ龍に乗ることもできよう」
「……俺は、地に足がつかねえ、ふわふわ空飛ぶもんはあんまり信用しちゃいねえよ」
 シオメンが鼻を鳴らしたときだった。
 藩邸には、命からがら逃げ込んだという瑞穂 睦姫(みずほの・ちかひめ)があらわれた。
 彼女は葦原明倫館紫月 唯斗(しづき・ゆいと)たちに付き添われている。
 頭から御高祖頭巾(おこそずきん)を被っていたが、その美しい顔に彼は一目で睦姫であることを認めた。
「ど……どうされ……まし、たか」
 うまく舌が回らずどもる現示に、唯斗が怒りをぶつける。
「日数谷ァ! てめえがもたついてるせいで、睦姫がどれだけ泣いたと思ってるんだ。房姫は言ったぞ。神様に祈ってる間は自由だとよ!」
 唯斗はすたすたと歩いてくると、現示の胸ぐらを掴んだ。
「俺はソレを自由になりたいと受け取った。だから全力で助ける。お前はどうするんだ?! 瑞穂もマホロバも関係ない! ただの日数谷現示はよ!」
 現示は言葉なく、唯斗にされるがままにしている。
 瑞穂の龍騎士は不敵な笑いを浮かべていた。
「その手に抱かれている赤子は、マホロバ将軍の血を引くお子ですかな。さすがは姫様でございます。立派にお役目を果たされましたな」
 シオメンは睦姫に恭しく一礼をする。
「今すぐ将軍の代替わりがあるかはともかく、そのお子、私どもが責任を持ってお預かりしましょう。鬼鎧と供にね。大帝は喜ばれるでしょうな……」
「それは一体、どういうこと……?」
 睦姫は子供と離れるのを拒んだが、シオメンは冷たく言い放った。
「貴女様はまだやることがおありのはずですよ。マホロバ将軍に働きかけて、将軍継嗣を確かなものにしていただかねば。そのお子には帝国式の立派な教育がなされます。ご心配めさるな」
「ちょっと待て……鬼鎧は今は動かねえんだ。動くようになったら、エリュシオンに渡してやる。そんときにお子も……」
「日数谷、おかしなことをいうな。鬼鎧はイコンに似たものだときく。今の瑞穂にそんな技術があるとは思えんが?」
 ジャジラッドはこれ幸いと、鬼鎧を渡すように現示に促した。
 ブルタも鬼鎧を差し出し、エリュシオンからの増援を求めるよう迫る。
 現示はうめくように声を振りしぼった。
「鬼鎧は動かせるようにする。約束する。葦原の連中が、鬼鎧に手を加えて動かせるようにしたらしいからな。そいつの技術を奪えば、あんたの手間もかからねえだろ」
「お前が確実にそれを行うというのならな。しかし、赤子はこちらで預かる。帝国式の教育は瑞穂藩主様も望んでおられると思うが」
「わかったよ、あんたの言う通りだ。だけど、あんたも人の子ならせめて、睦姫様と赤ん坊にしばしの別れのさせてやってくれ」



 現示は奥の間に睦姫達を引き入れた。
「俺を信じてください」と短く言い、赤子の着物を脱がすと、それを持って別の間に消えた。
 そこでは、うなだれたまま子を抱えるファトラに向かって言い放つ。
「おい、さっき子供に帝国の教育を受けさせたいと言ったな。その夢、叶えてやるぜ。しかもエリュシオン行きの切符付きだ。これに着替えさせな!」
 現示は二人の子供をすり替えた。

卍卍卍


 龍騎士シオメンは、母と離れ、腕の中で泣く赤子を満足げに眺めていた。
「鬼鎧は後に差し出すという日数谷の言葉は当てにはならんが、まあいい。うまくすれば、葦原の鬼鎧を手に入れることができるかもしれんしな」
 龍騎士はユグドラシルに向かって、腕の中の赤子に祝福を祈った。
「瑞穂の新しき王子、穂高(ほだか)様……貴方様の人生がこれから、豊かなものでありますように!」

卍卍卍


 動かない鬼鎧の中で、夜泣きして皆を起こすからと中で眠っている睦姫と赤子がいた。
 赤子は雪千架(ゆきちか)と名付けられていた。
 今夜の都は雪が降りそうな程、深々と冷える。
「睦姫、まだ諦めるんじゃねえぞ。諦めるのは頭の良い大人達のやることだ。俺達は、まだここから始まるんだよ……!」
 唯斗は眠ることもせずに側に付き添っている。
 彼の隣に寄り添う剣の花嫁エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は、睦姫に小さく囁いていた。
 厚手の毛布を唯斗にも掛けてやっている。
「素直に叫べば、その声を聞き届けるものも必ずいるというのに。どうしてこう、自分の殻に閉じこもり思い悩むものばかりなのか……」
「そうですわ。私も数ヶ月前に兄さんや皆さんに助けて頂くまで封印されてましたから。睦姫様も自由になって欲しいですわ」
 アリス紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が、まどろみながら呟く。
「房姫様も貞継様も日数谷様も、みんなが一緒に頑張ればいいのに」
 魔鎧プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が、夜食を持ってきた現示を問い詰めていた。
「日数谷様、あなたが壊れるまで戦うのは勝手ですけどね! もう少し、冷静になられては? どうせ茨の道なのです。
「俺も、あんたの主と一緒だよ。睦姫様の居場所も作って差し上げてえよ」
 現示がおにぎりを彼女に渡す。
「でも俺には、戦うことしかできねえってだけの話だ……」